fc2ブログ


シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

林悠介インタビュー (3)コンマスのお仕事

(第2回はこちら)

佐藤 そこ(レックリングハウゼン)はどんな感じでした? オケの仕事としては。
林  合併したオケだったから、人数多くて130人ぐらいいて。日本にも似たようなオケがあるけど、二つの部隊に分かれて並行してやるようなところだった。
佐藤 へえ。
林  とにかく忙しくて、当時は。シンフォニー中心の定期演奏会は、周辺の小さな街でも行われたから回数が多かったし、もちろん歌劇場でのオペラ、ポップスコンサート、あと各地の教会で所属の合唱団との宗教音楽コンサート、ネトレプコなどの有名歌手とのガラコンサートでドイツ中回ったりもした。僕がオケの曲全然知らなかったのもあるんだけど、もう次から次へとひたすら譜読みで。そういう意味では大変だったけど、すごく鍛えられていい経験にはなったと思う。色々な曲弾けたからね。それこそオペラは、初めて弾くオペラが「サロメ」で。リヒャルト・シュトラウスの。
佐藤 (笑)そりゃまた大変だな。
林  それが最初の仕事だったかな。「はい、まずはサロメお願いします」って。
佐藤 いきなりハイレベルなところから始まった。
林  最初のオケの曲はブルックナーの9番だった。それもまたマニアックな曲で。
佐藤 (笑)まあブルックナーはオーストリアではおなじみですけど。
林  その後ハノーファーに移って。
佐藤 あ、その次がハノーファーなんだ。
林  そう。NDRっていう、北ドイツ放送の所属のオーケストラで、そこは第1コンサートマスターじゃなくて、副コンサートマスターだったんだけど。そこは僕がハノーファーのヴァイオリンコンクールを受けたときに、本選でそのオケがブラームスの協奏曲を伴奏してくれて、すごく良かった記憶があって。より世界的なソリストとか、有名な指揮者が来るオケだったから、それを経験したいという気持ちもあって、移った。充実した2,3年間だったんだけど、当時結婚して子供ができて、でも妻の所属しているオーケストラが遠くて通うには難しい距離で。
佐藤 うん。
林  ちょうど妻が働いてた街の近くのオーケストラ、ヴッパータールの第1コンサートマスターがずっと空いてると聞いて。それに僕自身もやっぱり第1コンサートマスターをまたやりたい気持ちがあったから、オーディションを受けたら受かって。その後4年間ほど在籍していたよ。
佐藤 じゃあドイツは3箇所。
林  3箇所だね。3つのオケを合わせて9年間。だからウィーンも9年、ドイツも9年。
佐藤 すごいな。それで帰ってきたのは去年(注・2021年)かな?
林  そうだね、縁があって読響からコンマスのお誘いを受けて。

林悠介インタビュー3

佐藤 これはどこまで聞いていいのかわからないけど、日本のオケで2年ぐらいやってみて、ドイツ時代と働き方って結構違うものですか?
林  うーん、そうね。
佐藤 どんなところが違う?
林  もちろんドイツもいろんなオーケストラがあるから、一概に言えないとは思うんだけど。ドイツのオケの方が、割と時間をかけてリハーサルするっていうか、リハーサル日程に余裕がある感じはあるかな。回数も多いし。
佐藤 そうなんだ。
林  それもね、日数があると団員も最初ちゃんと準備してこなかったりするから、割とスロースタートな感じはある。最初好き勝手に弾いていて、最後の方になってぐわーっとまとまってくる。まとまらないこともあるけど(笑)。そういう感じ。
佐藤 そうなんだ。
林  あとプログラムも違うかな、結構。プログラムの内容も。
佐藤 曲はそうだろうね。
林  指揮者(シェフ)にもよると思うけど、ドイツは全体的にはあんまりロシアものをやらない
佐藤 ああ、確かにその印象はあるかもね。
林  今の戦争は関係なくね。だから日本のオケの人は暗譜するほど弾いていると思う、チャイコフスキーの4番5番6番とかも、1回弾いたことあるかな、くらいの感じで。
佐藤 あっそうなんだ。
林  第九とかもね、それこそドイツのオケはそんなに弾かないから。何年かに1回。
佐藤 まあ第九は、日本は毎年やらざるを得ない。
林  「新世界」も滅多にやらない。
佐藤 あっそう?
林  7番8番は意外に弾くんだけど、9番は滅多にやらない。
佐藤 なんでなんだろうね。なんでこんなに日本人は9番が好きなんだろう。逆にドイツのオケでこれはしょっちゅうやるとかっていうのはある?
林  というのはなかったかな。もちろんその土地のお客さんの好みの傾向はあったけど、お客さんを飽きさせないように、新しい発見があるようにと多種多様なプログラムが組まれていた気がする。
佐藤 僕はドイツのオーケストラの定期演奏会とかあんまり聴いたことないからわからないんだけど。そう言われれば、なんかブラームスとかよく見たような気が。
林  あ、それこそハノーファーはブラームスよくやる
佐藤 やっぱりそうなの?
林  ハノーファーっていうか北ドイツのものという意識が。
佐藤 ハノーファーはゆかりがあるらしくて、確かブラームスのピアノコンチェルト1番ってハノーファーで初演したっていう。
林  すごい弾いた、あれは。
佐藤 そうでしょ(笑)
林  3年間で5回ぐらい弾いた、日本の新世界なみに。「あれ、また?」みたいな。それでお客さんも入るんでね。ブラームスだとすごい入る。すぐ売り切れる。
佐藤 ハノーファーの駅のすぐ近くにヨアヒムシュトラーセ(ヨアヒム通り)っていうのがあって、そこにヨアヒムが住んでたのかどうか知らないけど、とにかくヨアヒムはずっとハノーファーにいたので、それこそコンクールもヨアヒムコンクールなわけだ(注・ハノーファー国際ヴァイオリンコンクールの正式名称はInternationaler Joseph Joachim Violinwettbewerb, Hannover)。それでブラームスがコンチェルトを書いたときに、まだ当時はブラームスってたいしたキャリアがあったわけじゃないので、ヨアヒムがだいぶ尽力して。ブラームスとしてはあれがほぼ初めての大編成の作品で、その初演をハノーファーでやったっていうんで、なんかハノーファーの音楽家からするとそれが誇りらしくて。
林  そうなんだ。ピアノコンチェルト1番、あとシンフォニー1・2・3・4は弾いたね。確かにハノーファーではブラームスはやった。
佐藤 自分たちのものだと思っているんだろうね。ご当地もの。
林  そうだね。オケも得意だったし、いっぱい弾いてるっていうのもあるんだろうけど。

(つづく)
スポンサーサイト



  1. 2023/05/06(土) 20:50:26|
  2. シューベルトツィクルス
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<林悠介インタビュー (4)きっとチャンスだと思って | ホーム | 林悠介インタビュー (2)ウィーンらしさ、とは>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://schubertzyklus.blog.fc2.com/tb.php/183-8562d11f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)