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ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 D571+D604+D570 概説

ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 (断章・未完) Sonate (Fragment) fis-moll D571
作曲:1817年7月 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

アレグロ 嬰ヘ短調(未完) と スケルツォ ニ長調 Allegro (Fragment) fis-moll und Scherzo D-dur D570
作曲:1817年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ小品 イ長調 Klavierstück A-dur D604
作曲:1816~17年? 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

(シューベルトのピアノ・ソナタの一覧はこちら

D571の嬰ヘ短調ソナタもまた問題児である。
第1楽章が完結しておらず、さらには後続楽章も揃っていないという「二重苦」にもかかわらず、バドゥラ=スコダが先鞭をつけた復元の試みが功を奏し、現在では時折演奏会やレコーディングのレパートリーに上るようになった。それに値するだけの唯一無二の音楽であることは疑いない。

冒頭楽章の断片(D571)は1817年7月に作曲された。タイトルには「Sonate V」とあり、1817年に計画された6曲の連作ソナタの第5番として書かれたことがはっきりしている。



左手のアルペジオの伴奏型が初めに現れ(このような「前奏」から始まるソナタは当時としては非常に珍しい。同じ調性のシューマンのピアノ・ソナタ第1番を連想させるが、1897年の旧全集で初めて出版された本作をシューマンが知っていた可能性はない)、[5]から右手がオクターヴで第1主題を奏でる。属音の3連打で始まる旋律の、滴り落ちるような瑞々しさと儚い悲しみは、まさに稀代のメロディーメーカー、シューベルトならではのものだ。メロディーが終わったあと、伴奏の音型だけが残って展開の素材となり、転調を繰り返して[54]でニ長調の第2主題へ至る。前から引き継いだアルペジオの中からメロディーの断片が聞こえてきて、それが次第に繋がっていく。しかし第1主題のような歌謡的な旋律はもう現れず、全体としてはアルペジオが支配する器楽的なテクスチュアの提示部である。
ニ長調の主和音に終着したあと、[100]の1番括弧では主調嬰ヘ短調の四六の和音に進んで、冒頭に戻る。ところが2番括弧ではなんとヘ長調の四六の和音へスライドし、半音階的なゼクエンツを経て[106]で変ホ長調というとんでもない遠隔調へたどり着く。調号もこれに合わせてフラット3つに変更となる。アルペジオの伴奏型はずっと続いたままだが、最上声には第1主題の同音連打をモティーフにした新しい主題が登場する。曲は変ホ短調を経て変ハ長調、そして変イ短調の和音が現れたところで調号がシャープ3つに戻り、3度ずつ下降するゼクエンツがロ短調のドミナントの和音に到達し、メロディーは薄れて同音連打のモティーフだけが残る。そして[141]で自筆譜は中断する。

以上が残されたD571(第1楽章)の姿である。この断章をいかにして完成させるかという話題については次の記事に譲ることにして、後続楽章について触れることにしよう。

D570の「アレグロとスケルツォ」がD571の関連楽章であろうということは、比較的早い段階から推測されてきた。嬰ヘ短調という珍しい調性(シューベルトの器楽曲で嬰ヘ短調を基調とする作品は他に見当たらない)、アルペジオを多用したテクスチャー、またフィナーレにふさわしい軽快な曲調は、「アレグロ」がこの嬰ヘ短調ソナタの終楽章として計画されたことを窺わせる。同じ自筆譜に書きつけられていたニ長調の「スケルツォ」はその中間楽章と考えるのが自然だ。シューベルトらしい舞曲風の「スケルツォ」は時に突飛な展開で人を驚かす。変ロ長調の中間部を持ち、セクション間のしりとりのようなモティーフのやりとりが楽しい。
例によってブラームスがこの作品に興味を示し、シュナイダー博士という人から借りてきた自筆譜をもとに作成したという筆者譜が、ウィーン楽友協会に保存されている。
ひとつ引っかかるのは、自筆譜ではアレグロの方が先になっていて、アレグロの最終ページの裏にスケルツォが記されているということだ。D571の後続楽章とするには、この曲順をひっくり返さなくてはならない。
もうひとつの大きな問題は、この嬰ヘ短調の「アレグロ」がまたしても未完成で、ソナタ形式の展開部までで筆が止まっているということだ。それこそ「一丁上がり」とばかりに、続きを端折って「スケルツォ」に取りかかったわけだ。この楽章の補作についても次の記事で触れよう。
D571にD570の2つの楽章を接続させることについては、研究者の間では概ねコンセンサスが取れていて、新全集でも同じ巻の中に収録されている。

ところが、このソナタは緩徐楽章を欠いている
シューベルトの完成した3楽章構成のソナタでは、例外なく第2楽章は緩徐楽章であり、スケルツォを持つものはない。スケルツォやメヌエットがある場合は必ず緩徐楽章のあとに置かれ、全体は4楽章構成となる。
その緩徐楽章の有力候補として、パウル・バドゥラ=スコダが見繕ってきたのがD604のイ長調の小品であった。

この小品は音楽としては完結しているが、タイトルも速度表記もなく、何のために書かれたのかは判然としない。1816年9月に完成した序曲D470の四重奏形式のスコアの続きに記されているが、バドゥラ=スコダやデイヴィッド・ゴールドベルガーによれば、D604とD570はいずれも1815-16年の自筆譜の余白に書き込まれているという共通点があるという。いずれも日付や署名、楽器指定を欠いているが、シューベルトがピアノ・ソナタの中間楽章を書くときはいつもそうだったとゴールドベルガーはいう。しかしながらそれ以上の積極的な関連性については確証がないとして、新全集ではD604はソナタから切り離して「小品」の巻に収録された。
構成としては典型的な「展開部を欠くソナタ形式」だが、第1主題のイ長調に対して第2主題は下属調のニ長調をとるのがいっぷう変わっている。再現部では第1主題の確保の際に属調ホ長調に転調し、そこから形通りにイ長調に戻る。曲は弦楽四重奏を思わせるテクスチャーで、微妙な和音の移り変わりが表情に繊細な陰影をもたらしている。確かに、開始早々に嬰ヘ短調のドミナント和音が登場したり、第2主題ではD570のスケルツォの冒頭と同じfis-eis-fisという音型を使用するなど、D571/D570との関連をほのめかす証拠は多々ある。第2主題の後半では右手に装飾的なパッセージが登場して、キラキラと忙しく動き回る。

D604第2主題  D570-2
はピアノ小品D604の[19]、第2主題冒頭部。赤くマークしたfis-eis-fisの音型のスケルツォD570-2の冒頭と一致する。
ちなみに青くマークした同音連打がD571の第1主題から来ているという説もあるが、クラウゼによれば「考えすぎ」。


D570-1のアレグロと、(またしてもベートーヴェンの「月光」ソナタ終楽章との調性配置の類似を指摘しているアンドレアス・クラウゼは、D604の追加には否定的で、このソナタは「月光」と同様、中間楽章にスケルツォを置く3楽章ソナタであるべきだと主張している。しかし「月光」ソナタの場合は冒頭楽章が既に緩徐楽章であったわけで、D571も緩やかな曲想とはいえ同列には論じられないと私は思う。
今回はバドゥラ=スコダの提案の通り、D604を含む4楽章ソナタ(D571+D604+D570-2+D570-1)の形で演奏することにしたが、未完の両端楽章にはオリジナルの補筆を行った。これについては次の記事で触れよう。
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  1. 2021/05/22(土) 21:56:35|
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