FC2ブログ


シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

12のウィーン風ドイツ舞曲 D128 曲順に関する考察

12のウィーン風ドイツ舞曲 D128
作曲:1812年頃? 出版:1897年
楽譜・・・IMSLP

舞曲作曲家として生前から成功を収めていたシューベルトの、おそらく最初のピアノのための舞曲集である。
舞曲の種類や各曲の解説は、今回は行わない。本稿では「曲順」についてのみ考察する。

実はこの舞曲集には、確定した曲順がない。自筆譜の各舞曲の冒頭にさまざまな番号が書き込まれていて、どれが「決定版」であるのかわからないのだ。
たとえば自筆譜3ページ目の最初の舞曲にはこのように:
D128_manuscript_5
上からインクで9(鉛筆で∟マーク付き)、鉛筆で73(上から消されている)、5と、4つも番号が書き込まれている。
自筆譜は下記のサイトで閲覧することができる。
http://www.schubert-online.at/
直接リンクが張れないのだが、上部タブのNotenmanuskripte→左側メニューの2番目Alle Titel und Deutschnummern→本作D128→音符マークのzum Notenmanuskriptとクリックすると本作の自筆譜閲覧ページに到達する。
このサイトは大変貴重なプロジェクトだと思うのだが、チェックが適当なのか、何か理由があってなのか
P1・2・・・自筆譜1枚目
P3・4・・・自筆譜3枚目
P5・6・・・自筆譜4枚目(P6は空の五線)
P7・8・・・自筆譜2枚目
と順番がずれてしまっているので注意が必要である。

まず自筆譜の状態について言及しておくと、バラの五線紙4枚から成る。もともとは綴じられていたのかもしれないが、紙の左端が直線状に切り取られていて、右端がブサブサの状態なのが「表」で、その逆が「裏」である。
1枚目の自筆譜は「清書譜」である。書き直しがなく、立派なローマ数字で番号が振られている。
1枚目の表には「序奏」と、ヘ長調の「第I曲」、同じくヘ長調の「第II曲」、裏にはニ長調の「第III曲」、変ロ長調の「第IV曲」が記されている。
2枚目以降はおそらく「下書き」で、随所に書き直しの跡があり、曲順も明確には記されていない。おそらく1枚目にも同様の下書き譜があって、それを浄書したのだろう。2枚目の表の最初に書かれているのは、「第IV曲」と同じ舞曲である。これを下書きとして1枚目裏の清書譜を作ったのかもしれないが、下書き譜にも書き直しはなく、むしろ1枚目の清書譜よりもスマートに記譜されている。かつ、1枚目は改行の前後で第7小節を誤って2回ダブって書いてしまっていることがわかる。以降、番号は振られていないが、便宜上ローマ数字を使用することにして、ハ長調の「第V曲」。2枚目の裏は変イ長調の「第VI曲」と、ロ短調で始まるがニ長調で終わる「第VII曲」である。
3枚目の表の、ニ長調の「第VIII曲」の前には大譜表の波括弧の前に「Clav:」と楽器指定が入っている(もちろんClavierの略である)。続いてハ短調の「第IX曲」。裏にはヘ長調の「第X曲」と、ここから番号が復活し(ただし算用数字)ホ長調の「第XI」曲。
4枚目にはハ長調の「第XII曲」のみが書かれ、裏は白紙である。

ドイチュによるカタログでは、自筆譜に書き付けられた通りの順番でインデックスが付けられている。
I(F) - II(F) - III(D) - IV(B) - V(C) - VI(As) - VII(D) - VIII(D) - IX(c) - X(F) - XI(E) - XII(C)
という配列である(括弧内は各曲の調性をドイツ音名で示したもの)。

しかしながら、この通りの順番で出版された譜面はおそらくない。
1897年のブライトコプフ版旧全集(初版)以降、現在最も普及しているウィーン原典版(1973)やヘンレ原典版(1984)が踏襲している配列は次の通りである。
I(F) - XII(C) - VI(As) - XI(E) - V(C) - IX(c) - X(F) - IV(B) - VIII(D) - VII(D) - III(D) - II(F)
ウィーン原典版・ヘンレ原典版のどちらにも、なぜこの曲順を採用したのかについての説明は一切ないが、自筆譜を参照すると、どうやら鉛筆で「∟」のマークが付けられた番号を優先的に採用していったようである。
この配列の強みは、ヘ長調で始まった楽曲が同じくヘ長調の第II曲で終わっていることである。冒頭に「序奏」が付いているということは、シューベルトがこの舞曲集を一連の連作として考えていたことを意味する。すると、最初と最後は同一の調性であるのが望ましい。だが個人的には、第II曲は全体の「締め」になるような曲とは到底思えない。

一方で、最も権威あるとされるベーレンライター版新シューベルト全集(1987)の曲順は全く違う。
I(F) - IV(B) - III(D) - II(F) - VIII(D) - VII(D) - X(F) - V(C) - VI(As) - IX(c) - XI(E) - XII(C)
前例をまるっきりひっくり返すとあって、さすがに新全集の解説には曲順についての言及がある(解説はヴァルブルガ・リッチャウアー)。
曰く、いくつもの番号付けが残っているのは、シューベルトが常に新しい配列を試していた証拠で、新全集ではその中で「一番下に書かれた鉛筆書き」を採用したとのこと。これにより「ロジカルな調性配置」が実現し、「弱起と強起の曲がグループを成す」(1曲目は強起(アウフタクトなし)だが、2~6曲目がアウフタクト付き、7~12曲目がアウフタクトなし)ことになった。更に第VIII曲冒頭の「Clav:」の表示について解説があり、少しわかりにくい文章なのだが、要するに決定版の自筆譜を作るにあたり、一部を清書し、途中から下書きをそのまま採用する場合、シューベルトは下書きの採用パートの頭に「Clav:」と書いた、ということらしい。本作の場合1枚目の清書譜に4曲が記されているので、続く5曲目は第VIII曲ということになる。

なるほど新全集の配列は大変美しく秩序だっており、自然に聞こえる。音楽的に考えれば、ここまで挙げた3つの配列の中で最も理想的なものといえるだろう。
だが正直に言うと、新全集の解説を読んで、私はどうも疑わしく感じたのである。「Clav:」云々のくだり、私は研究者ではないので、こうしたことは学者の間では常識なのかもしれないが、もしこの説明が正しいとすると、まず下書きを書き上げたあとで、1枚目の清書譜を作り、しかるのちに下書きの3枚目表の第VIII曲の頭に「Clav:」と書き込んだことになる。
しかし、少なくともこの画像で見る限り、「Clav:」の文字は後から書き加えられたようには見えない。それに、もしこの箇所から下書きを決定版に採用するのだったら、「Clav:」などではなく、「No.V」と堂々と書き入れたのではないだろうか。
更に、4曲目にあてがわれている第II曲には、「2」と「12」の番号は見つかるが、4曲目という指示はどこにも見当たらない。他を埋めていった結果、余ったポジションに押し込めただけである。
どうも、これまでと違った(そしてより美しい)曲順を提案することに躍起になって、「一番下の鉛筆書きの数字」にどれほどの正統性があるのか、充分に検討していないのではないかと思えるのだ。

私も大いに悩み、各出版譜と自筆譜を並べてああでもない、こうでもないと検討を重ねていたのだが、突然あることに気がついた。
1枚目(清書譜)のローマ数字の4曲と、3枚目・4枚目の「11」「12」、これら以外の数字は、シューベルトの筆跡ではない。鉛筆書きはすべて別人が書き込んだものである。
上の画像をもう一度見ていただきたい。上から消されてはいるが、鉛筆書きの「3」の数字、書き始めが左側に大きく突き出ていて、どちらかというと左から右への水平方向の筆跡で始まっている。一方、五線上に書かれた拍子記号の「3」の数字は、書き始めが左に突出していない。むしろ下から上への垂直方向の筆の走りで書き始められており、全体的に左に傾いでいるような独特の角度がついている。2つを比べてみると、全く別の筆跡だとおわかりいただけるだろう。
他のシューベルトの自筆もいくつか見てみたが、鉛筆書きの「3」と同じ特徴を持つ「3」は確認できなかった。ほぼ確実に、この鉛筆書きは別人の手によるものなのである。
シューベルトは貧困のボヘミアンというイメージが定着しているが、もともと教師の息子で、幼少時から読み書きを鍛えられ、本人も教職に就いたことのある「インテリ」である。その素養が滲み出ているのか、彼の筆跡はとても美しく知性的である(少年期にまともな学校教育を受けられなかったベートーヴェンの悪筆と好対照である)。極めて主観的かつ不適切な表現かもしれないが、鉛筆書きの筆跡はいささか粗野で、深い教養が感じられない。
この鉛筆書きの主が誰なのか、はっきりしたことはわからないが、候補者の一人になりそうなのが、3枚目と4枚目の下部の余白にわざわざ「鉛筆で」サインを残しているニコラウス・ドゥンバ Nicolaus Dumba (1830-1900)という人物である。彼はギリシャ系の資本家で、紡績工場を経営して財を成した。芸術に造詣が深く、クリムトらと親交を結んだが、中でも音楽に情熱を傾け、ヴァーグナー、ヨハン・シュトラウス、ブラームスらと交際し、一時期自らが代表を務めていたウィーン男声合唱協会に50000グルデンという大金を寄付している。彼はシューベルトの大ファンで、遺言により200以上ものシューベルトの自筆譜がウィーン市に寄贈された。現存するシューベルトの自筆譜の多くがウィーンに残っているのは彼の功績によるところが大きい。
本作もおそらく、ドゥンバ氏のコレクションだったのだろう。貴重な自筆譜の余白に自分のサインを書き込むぐらいだから、番号も勝手に付け直していたとしても不思議ではない。彼にどれほどの読譜や演奏の能力があったのかわからないが、この12曲を眺めて「ああでもない、こうでもない」と曲順をいじって悦に入っていたという可能性は否定できない。
ちなみに、細いインクで控えめに書かれた数字も、おそらくシューベルト本人の筆跡ではない。「2」「4」などの数字の特徴がシューベルトのものと大きく異なるのだ。これは鉛筆書きよりも早い段階で付けられた数字のようで、あるいはドゥンバ氏が所有する前に既に書き込まれていた可能性もある。

となると、「一番下の鉛筆書き」を基準にしていた新全集はもちろん、鉛筆の「∟」マークに頼っていた旧全集以降の楽譜の曲順も全く根拠を失うことになる。
よって、ドイチュの作品目録と同じく、自筆譜に書かれた通りの曲順がシューベルトのオリジナルだという判断を下し、今回のツィクルスではこの曲順で演奏することにした。この曲順による出版譜はないので、おそらく非常に珍しい実演の機会になるのではないかと思う。
各曲の解説は改めて別の記事にしたい。
スポンサーサイト
  1. 2014/03/27(木) 05:41:59|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<アダージョ ト長調 D178 概説 | ホーム | 幻想曲 ハ長調 D605a「グラーツ幻想曲」 概説>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://schubertzyklus.blog.fc2.com/tb.php/10-1772bc6f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)