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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第17回「変奏曲 ―シューベルティアーデの仲間たち―」

シューベルトツィクルス第17回
2022年10月6日(木) 19時開演 東京文化会館小ホール  * ゲスト:斎藤和志(フルート)
♪トリオ D610 ♪ドイツ舞曲とエコセーズ D643 ♪アルバムの綴り D844
♪ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲 D576 ♪ディアベリのワルツによる変奏 D718
♪アレグロ・モデラート D347(未完・佐藤卓史による補筆完成版) ♪アンダンティーノ D348(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
♪「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 D802 *
一般4,500円/学生2,500円 →チケット購入
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  1. 2022/10/06(木) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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アンダンティーノ D348 概説

アンダンティーノ ハ長調 Andantino C-dur D348
作曲:1816年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


「30のメヌエット」D41の第23曲の裏面に本作の1ページ目が、同じく第22曲の裏面に2ページ目が書かれ、その続きは見つかっていない。第21曲の裏面にはD459A-3「アレグロ・パテティコ」の終結部とD348「アダージョ」の開始部が書かれていて、これらと関連する1816年頃のソナタの一部ではないかという説が有力である。

D348自筆譜1

自筆譜の1ページ目をよく見ると、発想標語ははじめAdagioと書かれたものを消してAndantinoに訂正されており、また調号も♯3つ(ホ長調/嬰ハ短調)書いてから消してある。ホ長調はD459A-3の調性であり、また音符を書き始めたあとに調号を消したとすれば、嬰ハ短調で数音を書き始めてから思い直してハ長調に変えたということになり、これもまた興味深い。
ソナタ楽章であるとすれば、曲調からみて緩徐楽章であることは疑いないだろう。

【セクションA】
[1]-[12] ハ長調
[13]-[22] ト長調
[23]-[35] ハ長調→変ホ長調
【セクションB】
[36]-[51] ハ短調
[52]-[59] 変イ長調
[60]-[66] ハ短調→ハ長調(推移部)
【セクションA'?】
[67]-[71] ハ長調、中断

セクションAはシューベルトの偏愛したダクティルスのリズムが支配する穏やかな音楽で、セクションそのものが小さな三部形式になっている。
セクションBは同主調のハ短調で険しげに始まり、変イ長調の美しいアルペジオと主調のドミナントを経過してセクションAが戻ってくる。しかしその5小節目までで用紙が尽き、続きは書かれたが散逸したとも考えられる。ただしこのあとしばらくセクションAの再現が続くことはほぼ間違いない。
セクションBの左手は[2]のメロディーの、装飾音のついた16分音符の音型を敷衍したものであり、調性からいってもソナタ形式の第2主題とは見做しがたい。そこでABAの三部形式と見立て、セクションAの復元ののちハ長調の小さなコーダを補った。
D347に比べるとだいぶ簡潔な補筆作業となった。
  1. 2022/10/05(水) 19:58:10|
  2. 楽曲について
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斎藤和志インタビュー(4) オーケストラの秘密・アンサンブルの秘訣

第3回はこちら

斎藤 指揮者も完全に分かれていて、Aタイプはこう「ふわん」と音が上向きになるんですけど、持続はしないんです。Bタイプの指揮者は基本的にフレーズが長持ちする。カラヤンが典型的なB1の指揮者です。そのあとのクラウディオ・アバドA1タイプ。だからベルリン・フィルの音があのとき劇的に変わった、軽くなったっていうのはそのせいが大きいとにらんでます。
佐藤 ははあ。
斎藤 面白いですよね。明らかに「らん」っていう鳴り方のオケになった。それまでは「だーーーー!」っていうオケだった。
佐藤 その印象ありますねカラヤン。
斎藤 だからスメタナとかチャイコフスキーとかブルックナーとか、そういう曲は分厚くて格好よかったけど、でもあれでプッチーニとかやると、ちょっと日本人からみてもちょっとどうかなーとか。
佐藤 (笑)
斎藤 ドイツってこういうもんなのかなあと思ったら、アバド時代になって、ドビュッシーとかすごく素敵な演奏になって、あ、インターナショナル化してみんな器用になって上手になったのかなって思ったらそういうことじゃなかったのかもしれない。ラトル先生になったらもうちょっと肉々しくなって、あれはもうB2でしょうねえ。
佐藤 あそうですか。
斎藤 もちろん、それだけじゃなく、それぞれの個性もあるんですけど。ただ、いろんなタイプがあって、人にとっての自然ってのが何通りもあるんだってわかっていれば、自分と違うタイプの人とアンサンブルやるときに、マウント合戦みたいにならなくて済むっていう。
佐藤 そうか。
斎藤 偉い先生には言わないけど、自分より年下とかには「シューベルトっていうのはそんなリズムじゃないんだ。俺に合わせろ」ってけっこう言っちゃう。アンサンブルってのは合わせるものだ!と思ってるからなんですけど、これ、行き過ぎると言われた人はつまんない演奏になっちゃうんですよね、死んじゃう。東京のオーケストラの長年の弱点っていうのはそこだったと思ってるんです。
佐藤 ほうほう。
斎藤 要するにコンマスとか首席奏者とかが、「俺のリズムに合わせろ」ってやってたわけじゃない? まあでも、それも必要だったんだと思う。昭和のオケとか単純に技術的にかなり怪しかったから、黙ってると下手すりゃ3小節ぐらいずれたりする。

斎藤和志インタビュー05

佐藤 (笑)
斎藤 懐かしい話で、『ハルサイ』(春の祭典)やってて、ヤマカズ(山田一雄)先生が一生懸命振りながら、「今どこやってるんだい!」コンマスが「先生、わかりません!」みたいな。だったら、俺に合わせろってやった方が結果的にはね。
佐藤 いやあまあ、レヴェルの問題ですね(笑)


ストラヴィンスキー:春の祭典~「生贄の讃美」周辺(「B2」ラトル指揮ベルリンフィル) この演奏は当然ながらズレもなく完璧ですが、音と映像はところどころ大幅にずれています(ベルリンフィル公式チャンネルより)

斎藤 けっこう最近までそんな感じだった。でも今はみんなすごい上手になって、そんなことしなくてもおおむね合う。でもよく見ると「たんたかたんたか」って弾いてる隣で、「だんんだかだんんだか」って弾いてるおばちゃんがいたりする。「え、これ合ってないけどいいの?」って思うけど、面白いもので、客席で聴くと、ちゃんとひとつのうねりになってる。
佐藤 それは面白いですね。
斎藤 ちゃんと作曲家のタイプの音に聞こえるようになってる。だから意外と、「俺がたんたかたんたかって弾いてるんだからお前もそういう風に弾け」って言うと、ぴったり合ってるようで、そいつの音は死んじゃってて、客席には届いてない。だから厚みに欠ける。でも、音程でも何でもそうですけど、ちょっと差があったり、タイミングも全員でぴたっと揃うよりも、バランと出た方が厚みが出る。
佐藤 まあオーケストラっていうのはそういうものですよね。
斎藤 それぞれに違ったリズム感と違った音色感がある人たちが、一緒に全力で走っててなんとなく揃ってるから格好いい。それが今までの東京のオーケストラは、ピッタリ合ってるけどなんかつまんないし音が薄いよね、やっぱりベルリンやウィーンは違うよねって言ってたのの、理由の半分ぐらいはそれだったんですね。
佐藤 ほう。
斎藤 たとえばメンデルスゾーンのイタリアの3楽章、付点を「たん、たたん、たたん」って人と、「らんっ、たらんっ、たらんっ」ってなりがちな人がいると、指揮者が「合わせましょう」って。で、ぴったり合う。指揮者は満足そうに、ちゃんと自分の仕事したぞって。でも、意外なことに客席では合ってなかった時のほうが音自体は良かったりすることもあって、昔から不思議だなと思ってたんですよ。
佐藤 ふふふ。


メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」(「A1」アバド指揮ベルリンフィル) 第3楽章の該当箇所から再生されます

斎藤 『フィガロ』序曲【YouTube】とかも「んらららりん」って、なんとなくなってる人もいる。でも客席で聴くとそういうやつがいた方が良い音がして、しかもちゃんと「たかたかたん」と聞こえる。そういう点で、モーツァルトもつまりたぶんA2ってことなんですけど。
佐藤 なるほどね。
斎藤 ただ、そうじゃなく演奏しても素敵だっていうのがモーツァルトのすごいところですけどね。
佐藤 それはまあ、本当にあらゆる音楽についてそれはありますよね。どのように演奏してもある程度の魅力が。
斎藤 プレイヤーが、演奏していて生理的に気持ちいいっていうのもすごく大事なところですね。自分を殺してやっても模型のような作り物にしかならないわけで。そこは尊重と、自分を殺さないっていうののバランス。つまり会話と同じですね、相手をどこまで尊重したり譲ったりするのかっていう。すいませんべらべらと。こういうのが良くないですね、今日こそこの話はしないって決めてたのに。
佐藤 え、そうなんですか。そんなにあちこちで伝えてるお話?
斎藤 まあちょっとずつ広めてるんですけどね。でもソロでピアノ弾いてる人で、ああなるほどって思って下さる人は少ない。
佐藤 ああそうですか。
斎藤 オケマンには結構通じる。やっぱり、「なんでこいつこんなにリズム感俺と違うの?」っていう経験を毎日してるから。
佐藤 なるほど。
斎藤 よくよく話してみると、人によって「あの指揮者見づらいよね」「えそう?俺見やすい」って逆になることがよくあるんです。それも、自分と同じタイプの指揮者は見やすい。
佐藤 そうでしょうね。
斎藤 どこで力入るかっていうのがわかるから。見づらいのは、指揮法を大学とかで習って、それに縛られちゃって力みまくって下半身ガッチリ固めちゃって「よろしく・お願い・します」みたいな人はキビシイ。

斎藤和志インタビュー07

佐藤 (笑)誰から見ても見づらい。
斎藤 指揮法で「手首は動かすな、わかんなくなっちまう。肘で振るんだ」って教わっても、全身との自然な連動が取れてないで、全部固めて「お願いします、お願いします」ってやっても、プレイヤーとしては「無理です、無理です」ってなるじゃないですか。
佐藤 そうですね。
斎藤 それで才能あるのに窮屈そうな思いをしてる若い指揮者もいるなあと思うんですけど、ただ自分あたりが「そういうふうに振らない方がいいよ」なんて言いに行くのも全く僭越すぎて。
佐藤 それは確かに言いにくいですね(笑)
斎藤 そうそう、だからこういう話もあるよって浸透してくれればいいなって思ってるとこです。

斎藤 面白いのは、スポーツ選手っていうのは、我々よりもその辺について敏感ですね。
佐藤 いやまあ、そうでしょうね。
斎藤 一度、あるイヴェントで、プロ野球選手とかオリンピック代表とか、すごいレヴェルのプレイヤーを40人ぐらい集めて、いろんなドラムの音とか、打楽器のリズムを聴いてもらったの。で、自分がバッターボックスに立ったり、ダーツを投げたり、準備体操したり、ゴルフでアドレスに入るときに、どのリズムが自分の身体が動きやすいですかって聞いたら、40人いたのに、自分と違うリズムを選んだ人は1人もいなかったんです。
佐藤 ほう。
斎藤 音楽家よりもこれは遥かに敏感だなと。トッププレーヤーがですよ、俺はこれじゃ絶対バット振れないっていうんですよ。
佐藤 へえ。
斎藤 「自分のリズム」とか、「自分の相撲」っていうじゃないですか。卓球なんかもはっきりしてて、かこんかこんってリズム、あれを自分のリズムにした方が勝つんですって。
佐藤 ははあ、なるほど。
斎藤 でも今までスポーツの人は、自分のリズムって何なのか、書いてみてよって言ってもできなかったんですけど、でも我々はそれを楽譜に書けるから。それを話したらむちゃくちゃ喜ばれましたよ。
佐藤 へえー。
斎藤 「だからかー、俺ダーツのときにこいつの曲流れてるとやたら調子いいんだ」とか、あるんですよね。
佐藤 大事なんですね。
斎藤 だからスポーツの人たちは、聴いてる曲の好みがそういう風になってくるんですよね。Bタイプの人だと、忌野清志郎とか何が良いんだか全然わかんない、曲に聞こえないと。だからヴァン・ヘイレンとかが好きとかよく聞きます。
佐藤 ふうん。
斎藤 チック・コリアはよくデュオでアルバム出してるんですけど、共演する人で、自分と違うリズム感の、つまりクロスの人とはぜんぜんやってないと思うんですよ。
佐藤 それはわかりますね。
斎藤 ハービー・ハンコック、上原ひろみさん、小曽根さん、みんなリズムスクエアな人。キース・ジャレットとはやらないじゃないですか。仲悪いのかもしれないけど(笑)、たぶんなんか合わないって思ってるんじゃないですかねえ。
佐藤 まあそれはあるでしょうね。
斎藤 共演のドラマーとかにしても、自分とウマの合うやつとやってるなっていう感じがしますね。違う人とやるのもそれはそれで面白いんだけど。ええと、何を言ってるかわからなくなってきたんですけど、今回のシューベルトは自分にとってはそのようなチャレンジだという。
佐藤 なるほど。
斎藤 自分の中では、そういう作曲家と、佐藤君をリスペクトして、協調しつつ、自分を殺さず、かつ技巧的なんだけどこれ見よがしじゃない、直球、質実剛健っていう感じの音楽をがっつりやれるっていうのは非常に楽しみなところなんです。
佐藤 ありがとうございます。
斎藤 でも今ちょっと話してると、なんか同じタイプの気がしてます。
佐藤 そうですか、そうなのかな。
斎藤 なんかさっきリハーサルしてても、流れがあるじゃないですか。機会があったらいずれチェックさせてもらえればね。
佐藤 それは何かテストみたいなのがあるんですか?
斎藤 骨格の話なんで、横になってもらって、身体いろいろ押して、どういうふうに動くかっていうのをチェックすると、5分ぐらいでわかるはずなんですけど。ただ身体が本当に歪んじゃってる人は変な反応出たりするから、5分で専門家みたいにやるとたまに間違えちゃうことあるので、間違えるとえらい目に遭うから。
佐藤 ああそうなんですね。
斎藤 でも、特にプロの音楽家の人は、こうやって一緒に演奏した方がわかりやすい。つまりA1の人っていうのは、必ずアッチェレランド、リタルダンドのリズム感がある。A1の人にとってはそれが自然に聞こえるんですが、ただそう聞こえない人もいる。A2の某指揮者さんなんかは、カルメン【YouTube/アラゴネーズ(第4幕間奏曲)】やると「スペイン風に、短い音符を詰めて演奏して下さい」って言うんです。ああ、そういうふうに聞こえてるんだな、これがA2の人が聴き取ったA1のリズムなんだなと。A1の人にとっては意識しなくても勝手に詰まり気味になっちゃうような音型なんで、そういうとこにすごく特徴出るんです。だから音楽家はそういうのも含めて総合的に判定した方が間違いが少ない。
佐藤 なるほどね。
斎藤 A1の人のリズムって、メトロノームよりも、前に出ちゃうことが結構あるんですよ。だからスタジオとか行くと、「急いでます」って言われて録り直し、という。少し音を前に出して、時間稼いで、そのぶんてっぺんの音を自由に伸ばすみたいなアゴーギク。これはパラレルの人にはない。パラレルの人はジャストから後ろにレイドバックで、後ろにルバートする。これがショパンとかドビュッシーとかのルバートの違いかなって思ってるんですけど。
佐藤 なるほどなるほど。
斎藤 オケなんかはそれが全体で出る。たとえばワーグナーのニュルンベルク【YouTube】とかで、すごい自由にやってくれってB1指揮者が言うんですけど、A1風にやると、前にいっちゃう。これだと明らかにワーグナーって感じには聞こえない。でもパラレルの人は後ろに自由になるから、確かにこれだ、と。特にラヴェルがはっきりしてますよね、ピアノコンチェルトの2楽章【YouTube】とか。ジャストより後ろに自由に。
佐藤 わかりますね。
斎藤 でもたまにコンクールなんかで、A1全開で、前に来ちゃう人いるんですけど、素敵なんだけどラヴェルには聞こえないけど、どうなのかな・・・お、1位!みたいな。
佐藤 ほう。
斎藤 そういう時みると審査員の先生もA1の人が多かった、みたいなこともありますね。だからコンクールの審査する人もある程度こういう話わかってた方が本当は良いんでしょうけどね。
佐藤 もちろんそうでしょうね。
斎藤 日本音コンなんて、本選の点数公表されるじゃないですか。あれ面白いよね、やっぱり自分に近い人に良い点入れてるんですよね。
佐藤 ああ、まあわかりますけど。
斎藤 みんな「俺は全員をフラットに見てる」って思ってるんですけど、明らかにどこかで、自分の自然に近いのを、「これが自然でいいや」って思ってる。でも結構例外もあって、おかしいなって思ってると、まあこれは弟子だったりする。
佐藤 (笑)

斎藤和志インタビュー06

斎藤 だいたいこの、点数の2大バイアス。人間っていうのはそんなもんですね。
佐藤 だからある程度公平性を期するんだったら、すべてのタイプの審査員を同じぐらいの数入れておくというのが。
斎藤 すごい、そこまで話ぱっとわかってくれる人はいないですよ。まあでも実際そういうふうに審査員選ぶわけにはいかないじゃないですか、「あ、もうB2足りてるんで」って(笑)。そこらへんはだから、まあなんというか半分遊びだと思って。分断のために使っちゃうと良くない。それに、本当にスゴイ人はそんなつまらないこと突き抜けて圧倒的にスターになりますからまあ関係ないって言えば関係ないともいえる。
佐藤 確かにそうですね。
斎藤 理解して、仲良くなるために。ああなるほど、これはこの人の正義なんだっていって、お互いの良さをどう引き出すかっていうところまで行ければ面白いかなって思いますね。インタビューっていうかただの雑談ですねこれ。
佐藤 いやあ、面白いお話でした。ありがとうございました。

(インタビュー完・2022年8月31日、さいたま市にて)
  1. 2022/10/05(水) 13:15:24|
  2. シューベルトツィクルス
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斎藤和志インタビュー(3) 4スタンス理論で炙り出されたゴーストライター

第2回はこちら

斎藤 ちょっと話は脇道にそれますけど、ショパンって、言われるじゃないですか。
佐藤 はい、オーケストレーションが下手だって。コンチェルトの。
斎藤 あれ、本人が書いていないと思うんですよ。
佐藤 え?
斎藤 そんな説ってないんですかね? あれは、僕からすると、絶対にショパンのオーケストラではないです。それはさっきの4スタンス理論にも関係してるんです。
佐藤 ええ、そうなんですか?
斎藤 つまりショパン自身はA2っていう、シューベルトと同じリズム感の人なんですけど、オーケストラを書いてる人はあれはたぶんB1タイプの人です。
佐藤 ええええ。
斎藤 チャイコフスキーとかワーグナーとかと同じオケの厚みで書いてる。だから本人はあれ書いてないと思いますよ。証拠も何もない、演奏してのただの直観ですけど。


ショパン:ピアノ協奏曲第1番+第2番(アルトゥール・ルービンシュタインpf)

佐藤 ほんとですか? それすごい話だな。
斎藤 僕は個人的には間違いないと思ってる。アシスタントか誰か。
佐藤 でもショパンがあの曲を書いたときはすごく若くて、19歳とかですから、誰かが手伝ったという可能性はありますよね、先生とか。
斎藤 僕はそうだと思っている。
※掲載にあたってリサーチしたところ、ショパンのピアノ協奏曲の出版譜のオーケストラパートは「ショパン以外の人物がオーケストレーションした可能性が高い」というのが公式見解のようです。詳しくはWikipediaの記事へ。

斎藤 ちなみにシューマンの曲もいくつかは、クララか誰かが
佐藤 あ、それはわりと確実な話ですよね。
斎藤 それも感じますね。
佐藤 やっぱり違うんですか。
斎藤 シューマンは我々と同じA1という人たち。ピアノコンチェルトの冒頭とか。


シューマン:ピアノ協奏曲(クリスティアン・ツィメルマンpf)

佐藤 跳ねがありますよね、あの人は。
斎藤 でもトロイメライ【YouTube】とかちょっと違う。
佐藤 トロイメライ、うーん、そうかな(笑)
斎藤 だから何曲か、シンフォニーとかのオーケストラちょっと手伝ってるところあるんじゃないかなと。
佐藤 オーケストレーション手伝ったぐらいは全然あるでしょうね、たぶん。
斎藤 明らかにブラームスと同じB2っぽいところがあるんですよ。
佐藤 ほう。
斎藤 それはシューマンが個人で書いてるところには出てこないから、あ、これ本人かな?と思うところは結構ある。そういう点でこの理屈は結構面白いですよ。
佐藤 すごく面白いです。
斎藤 まあ大概の人は、そんなくだらねえ、占いみたいな話信用できないよって思うでしょうけど(笑)まあでも、たとえ違ったとしてもどうせみんな死んでるからいいやっていうのもある。違ってても直接誰かがひどい目にあっちゃうような話じゃないから。で、はっきりしてることはひとつだけある。まあプロとしては内緒にしておいたほうがいいんでしょうけど、オケマンで、ショパンのピアノコンチェルトやるのに、オケの伴奏に無上の喜びを感じながらやってる人はまず滅多にいないですよ。
佐藤 (爆笑)
斎藤 だから、内緒なんですけど正直、ショパンコンクール、なるべく日本人の人に合格しないでほしいと思ってる。みんなもう何十回も弾きに来てくれるんですよ。ここぞとばかりに。
佐藤 (笑)
斎藤 まあ冗談ですが。もちろん、それを客席で聴いてたらすっごく幸せなんですよ。
佐藤 はい。
斎藤 格好いいなと思うんですけど、伴奏弾いてる方は正直あんまり・・・オーケストラ自体の音は。基本ピアノの和音をなぞって、白玉書いてるみたいな。
佐藤 でもどうだろうな、なんかそういうスタイルってあの頃あったのかなってちょっと思うんですけどね。ただショパン以外のそういう曲を、あんまりやらない、というかもう全くやらないから知らないだけで。カルクブレンナーとか、フンメルのコンチェルトとかいうのはたぶんああいうスタイルで、それを真似たんじゃないのかなあ。
斎藤 おそらくスタイルというよりは、あの音を置かないはずなんですよ。美意識的に。
佐藤 そうなのかな。
斎藤 だって隙間が空いてないとイヤなはずなんですよ、基本的にAタイプは。たとえばシチリアーノのリズムが特徴的で。
佐藤 はい。
斎藤 A1の人がシチリアーノ書くと、伴奏はぼーん、ぼーんとしか書かない。そうすると「ら~~んららん、ら~~んららん」って自由に演奏できる。


レスピーギ:シチリアーノ(古風なアリアと舞曲より)(コンスタンティン・シチェルバコフpf)

斎藤 でもB1のフォーレは。
佐藤 「たかたかたん、たかたかたん


フォーレ:シシリエンヌ(エマニュエル・パユfl エリック・ル・サージュpf)

斎藤 そう! そうすると、その刻みに合わせて比較的カッチリスクエアになる。で、それはオーケストラで大人数でやると非常にはっきりしてくる。チャイコフスキーの伴奏とかは、「ぱぱぱぱぱ」ってずーっと詰まってる。あれと完全に同じ匂いなんです。
佐藤 ほう。
斎藤 一切抜けない。Aタイプならところどころ隙間というか余白が空くはずなんですね。
佐藤 ショパンに関しては、コンチェルトのオーケストラ部分は、たぶん初めはピアノで書いたんですよね。本人による2台ピアノ版っていうのが残ってるので、まずそれを書いて、その伴奏部分を、あとからオーケストレーションしたんだと思うんですよ。
斎藤 だから、誰かが。
佐藤 なるほど、まあその可能性はあるのかな。
斎藤 たとえばピアノ協奏曲に出てくるフルートのメロディーをフワッと抜いて演奏するのは基本的に無理なんです。なんでかっていうと、本来あのメロディー自体は抜いて演奏できるし、むしろ場合によってはするべきなのに、オーケストレーションが下で弦がばーっと持続的に鳴ってるから。
佐藤 ああそこが問題なんだ。
斎藤 抜くとメロディーがへこんで客席に聴こえなくなっちゃう。キープしてなきゃいけないんです。これ面白いことに、プレイヤーにも言えることなんですけど、メロディーの語尾のなんてことない全音符。ピアノはみんな同じように減衰するけど、管楽器だと、「らーん」って減衰する人と、「らああああ」ってキープする人と、はっきり分かれる。この人たちは、「ディミヌエンドだよ」って言わないと、らーんって演奏してくれない。で逆に、減衰していく人には、「キープだよ」って言わないと、らあああって演奏してくれない。こういう無意識のとこにけっこうタイプ差による好みが出たりします。
佐藤 はあ。
斎藤 B1の人って、譜面書いてても、比較的全部音符を埋めていく感じで書くんです。隙間をあまり作らない。クラシックに限らずチック・コリアとかもそうですね。だからあのメロディーって、抜いて演奏すると曲にならない。ディズニーのアラン・メンケン先生とかも。キープしてないと、成立しない音型してるでしょ。チャイコフスキーもそうです。途中で抜くと、オーケストレーションがずっと中詰まってるから、メロディー聞こえなくなっちゃう。
佐藤 なるほどね。
斎藤 だから我々はかなり意識して、抜かないようにキープだキープだって演奏しないと、難しい作曲家。でもシューベルトにはその必要は全然ない
佐藤 なるほど。
斎藤 シューベルトはおそらくA2で、持続するリズムっていうのはさほど出てこないんですよ。
佐藤 はあはあ、確かに。
斎藤 「しぼめる花」の序奏の刻みも(ダクティルス)、「たん、たんたん」であって「たあああたあたあ」ではない。
D802冒頭譜例
シューベルト:「しぼめる花」変奏曲~序奏冒頭部

斎藤 途中で抜いて成立する。フルートのメロディーも白玉だけど、微妙ではありますが、やっぱりそうなんです。あんまりコンサート前に種明かししちゃうとあれですけどね。
佐藤 いや、これは初めて聞く話ですね。
斎藤 まあこの話自体は、ほとんどスポーツの人たちの間で流行ってた理論だったんですけど、それを音楽にも、むしろ音楽にこそ大いに有効な話だってなったのは最近で。まあいきなりだとかなり怪しく聴こえるんですけど。
佐藤 うーん、まあ確かに筋は通ってますね。
斎藤 だから今はいろんな人に聞いてもらって、「あ意外にそうだよな」「これは違うかも」ってなって鍛えていってもらいたいとこですね。


リストは肘を使う

佐藤 ショパンに関して言うと、ショパンって指を伸ばして使う人なんですが、でも肘が動かなかったらしいんですよ。で、リストはその対極で、指は丸めて使うんだけども、腕全体が自由に動くようなピアニストだったと言われていて。それ以前の奏法って、チェンバロもそうですけど丸めてかつ肘は使わないっていうのだったので、ショパンとリストそれぞれに別々の革新を奏法に持ち込んだ、みたいなことを言われてるんですけど。
斎藤 それは非常に面白い。実際は丸いか平たいかというのは見た目であって、どちらの関節が主導かという問題なんですが、リストは明らかにB2、つまりリヒャルト・シュトラウスとかブラームスとかと同じで、だから確かに肘を自由に使っていたんでしょう。アルゲリッチとかもそうですよね。まあとはいえアルゲリッチって器用にプロコとかカクカクも弾きますよね。


プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(マルタ・アルゲリッチpf シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団) ピアノソロ開始から再生されます

斎藤 ピアニストの恐ろしさっていうのはそこです。ピアニストだけですよ、ああやって、他のタイプの動きを本番でも完全に近いぐらいコピーしちゃうっていう。よく身体壊さないなと思いますけどね。
佐藤 まあ器用な人は多いでしょうね、やっぱり教育の過程で矯正される部分も大きいとは思うんですけど。
斎藤 おそらくピアノの人はちっちゃい頃からやってて、合わない感じの人は途中で脱落して、向いてなかったって思ってる人もいるんじゃないですかね。
佐藤 あると思いますね。
斎藤 まあ本当に向いていない人もいるとは思うんですけど(笑)。そこへいくと、チェンバロがなんでAタイプが多くて、オルガンがBタイプが多いのかっていうのは関係しているかもですね。Bタイプは今言ったように、音が持続するのが自然なので、こういう人は、趣味としてたぶん、オルガンの音が好きというか自然なんですよ。
佐藤 あ、そうか、持続音だから。
斎藤 チェンバロは減衰する音しか出さない。
佐藤 ものすごい減衰早いですからね。
斎藤 だからチェンバロが好きな人って、「らん」と、こう音が抜けるAタイプ。古楽器科とか見ててもわりとそんなイメージありますね。だからめちゃくちゃアゴーギクがあって。でたまに、Bタイプでチェンバロ弾く人もいるんですけどね、そういう人たちは装飾音をやたら隙間なくジャラジャラ入れてるなっていうふうに。そういうふうに、身体の本能的なところに近い人の方が、面白い演奏してるってのはあるかなと。

佐藤 でもそれって、これまた追究していくとだいぶ危なくなりますけど、遺伝的なものとかってあったりするんですか?
斎藤 何万人も統計取ってますけど、あんまり遺伝は関係ないっぽいですよ。
佐藤 えー、不思議だな。
斎藤 例えば、藝大でこういう理屈も踏まえて教えてるんですけど、いま面白いことに一卵性双生児の、双子の女の子教えてるんです。ところがひとりがA1、ひとりはB2
佐藤 ・・・ええええ。そんなことあるんですか。
斎藤 だから出してる音も、リズム感も全く違うんです。不思議にも。ふたりとも優秀で、コンクールでよくふたり同時に本選に残って、でも「双子なのに全然違う音と違う演奏だね」って。デュオなんてやると合図を出すときに、いつも喧嘩になっちゃうみたいですよ。A1の子は、さんはい、1って上に行く。B2の子は「なんで、それわかんない」と。
佐藤 ははあ。それはすごく面白いですね。
斎藤 フルートの奏法にしても、下唇に押しつけるなっていう先生と、しっかり押しつけろ、プレスしろっていう先生にはっきり分かれる。これは全く逆なんですが、上顎を動かさないで、下唇をコントロールして吹いてる人と、下唇を固定して、上を動かしてフルート吹いてる人がいるんです。
佐藤 どっちかなんだ。どっちも動かすというわけじゃない。
斎藤 どっちもだとフガフガになっちゃう。どっちを支点にするかという感じですね。
佐藤 なるほど、どちらかを動かすと。全然思ったことなかったですね。
斎藤 指揮者も完全に分かれていて・・・

第4回につづく
  1. 2022/10/05(水) 00:15:48|
  2. シューベルトツィクルス
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アレグロ・モデラート D347 概説

アレグロ・モデラート ハ長調 Allegro moderato C-dur D347
作曲:1813年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


D347自筆譜1ページ目
アレグロ・モデラート D347 自筆譜 1ページ目

表題もなく、発想標語(Allegro moderato)と楽器名(Clav.)だけが記されて始まった自筆譜は、3ページ目の半ば、[73]で中断されている。最後の3小節は最上声しか記されていない。
その裏面からは変ロ長調のフーガのスケッチ(D37A・未完)が始まっている。ということは、ここで作曲者は作曲をやめたということだ。キリの良い箇所でもなく、作品の全体像はわからない。途中まで書いて放棄したパターンであろう。
弦楽四重奏風の書法は、シューベルト初期の多くのピアノ曲と共通している。フーガは学習用とみられることから、サリエリのもとで実習をしていた1813年頃の作品と推定される。
何のつもりで書かれたのかもわからないが、途中で経過的に出てくる装飾的な音型や64分音符の上行音階、「運命」動機などがその後の展開のメインモティーフになっているのは興味深く、脈絡のない幻想曲風の構成とは異なる、有機的な展開を試みようとしていることが窺える。

D347自筆譜3ページ目
アレグロ・モデラート D347 自筆譜3ページ目。大譜表の4段目から下声が欠落し、3小節で中断される。

中断箇所の手前、[58]あたりから属調ト長調へ向かう傾向がみられることから、ここまでを第1主題と捉え、「展開部を欠くソナタ形式」の楽曲として補完することにした。
第2主題は、さすがに完全創作は諦め[3][4]の動機を利用してみた。主題提示の直後から小さな展開が始まる構造や、「運命」動機を低声部で保続する『未完成』第1楽章の模倣など、後期シューベルトの語法を半分遊びでオマージュしている。再現部はかなり切り詰めたが、それでもシューベルトの自筆の2倍を超える大規模な(骨の折れる)補筆となった。
10代のシューベルトが完成させていたらこんな曲にはなっていないだろうが、そもそも完成させる気はなかったのだろうから、あとは自由な創作として楽しんでいただければ幸いである。
  1. 2022/10/04(火) 21:10:27|
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斎藤和志インタビュー(2) 4スタンス作曲家分類論 ―ヒンデミットが「頽廃芸術」と糾弾された理由

第1回はこちら

斎藤 ここからはだいぶ先走った話になって、怪しい占いとか、そのテのイっちゃった話に聞こえるので、話半分で聞いて欲しいぐらいの話ではあるんですが。
佐藤 はい。
斎藤 面白いのは、作曲家も演奏家と同じように、生まれつきのリズム感があって、それが音楽の違いに表れているんですよね。それを文化の違い、言葉の違いだって一般的になんとなくフワッて言うんですけど、じゃあドビュッシーとラヴェル、なんであんなにリズム感違うのかと。たとえば、チャイコフスキーとラフマニノフ。あるいは、バッハとテレマンでもいいんですけど。
佐藤 なるほど。
斎藤 たとえば一柳先生と武満先生。ポピュラーだと忌野清志郎さんと玉置浩二さんとか、フレディ・マーキュリーとマイケル・ジャクソンとか。たとえ同じ時代の同じ国の人の場合でも全然違う、これが説明できなくてなかなか不思議だったんですけど、この理論でたぶん一発で。むしろ、ジャンルや時代、言葉なんかあんまり関係ないかもってなるぐらいです。
佐藤 へえ。
斎藤 もともとの音楽がどこから来たのか、リズム感っていうのはどこから来たのかっていったら、きっと原始的、本能的なノリ、つまり身体の動きから来たんだろうと。この国だからこう、この時代だからこうっていうのが、実はあまり関係なくて、その人の骨の動きがどうだったのかっていう。
佐藤 身体性ということですか。
斎藤 それが音楽の根源にも通じているんです。面白いのは、演奏家は無意識に、この曲にはこっちの方がふさわしいリズム感っていうのをちゃんと分かってる。同じ「タンタカ」って譜面であっても、ベートーヴェンの7番4楽章は「たんたかたん、たんたかたん」ってイーブンにかっちりやるけど、「こうもり」序曲なら「タンータカタンータカ、タンータカタンータカ」っていうのが普通だってみんな割と普通に思っている。


ベートーヴェン:交響曲第7番第4楽章(イヴァン・フィッシャー指揮コンセルトヘボウ)とJ.シュトラウス:「こうもり」序曲(カルロス・クライバー指揮ウィーンフィル) いずれも該当箇所から再生されます

佐藤 なるほどね、スタイルとして。
斎藤 あの、ふわふわ、くにゃくにゃ動くのはA1のリズム感なんですけど、たとえばドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」【YouTube】みたいな、常にアッチェレランドとリタルダンドがかかっているような。
佐藤 はい、はい。
斎藤 あるいはプッチーニの「ムゼッタのワルツ」(『ラ・ボエーム』)【YouTube】とか。ドビュッシープッチーニ、あとドヴォルザークとかビゼーとかA1ですね。僕もA1なんですけど、僕らからするとあのリズム、実にしっくりくるというか普通なんですよね。あれがインテンポ。メトロノームに合わせたインテンポではなく、身体の動きに合わせたインテンポ。
佐藤 わかりますね。
斎藤 こういうのはラヴェルには絶対出てこないリズムですね。ラヴェルには揺らぎっぽいアゴーギクは無くて常にスクエアです。それは、ラヴェルはパラレルA2なんだって考えるとスッと納得できるんです。シューベルトもそう。あとプロコフィエフ、ストラヴィンスキーベートーヴェンマーラーも。
佐藤 ほう。
斎藤 でこのAタイプの人たちは、喜ぶときに「やったー」と上に身体が開く。だから1拍目が、せーの、「ふわん」とこう上に抜けるわけです。

Aタイプ

佐藤 うん。
斎藤 音があんまり「んーー」ってならない。ベートーヴェンもならない、メンデルスゾーンもならない、マーラーなんてあんなに分厚いけど、「らん」って。これが「らーー」ってなる人たちは、逆にBタイプ。肘と膝を使う人たちは、「ヨーシ」とガッツポーズをするんですね、無意識に。そうすると下方向に力が入るから、1拍目もせーの、「ぅううん」と下に。

Bタイプ

佐藤 なるほど。
斎藤 でそのBタイプの中にも2つあって、チャイコフスキーみたいなのがB1ってタイプだと理解してます。「くるみ割り」【YouTube】なんか華やかですけど、決してユラユラしたり先走ったり抜けたりはしない。伴奏の刻みもずっと均等で持続的に、いわゆるスコアが埋まってる状態。ワーグナーブルックナー、この人たちはB1です。それからバッハも、「だーだーだー」ってなる。それに対して「ぐわわーーん」といつもうねって動いてる人、ラフマニノフの「んららりらりー」(パガニーニ・ラプソディー~第18変奏)【YouTube】とか、あるじゃないですか。
佐藤 はい。
斎藤 あれがB2だと考えているんです。ラフマニノフ、リヒャルト・シュトラウス、あとブラームスも。
佐藤 なるほど。
斎藤 だからこれがチャイコフスキーとラフマニノフの違いですね。ブラームスとワーグナーの違いも同様で。同じ時代の同じ国の人でも違う。ただ、傾向として多い少ないというのはあって、フランス人はAタイプが多いのかもしれませんね。ドイツ風に対してフランス風っていわれてるのはおそらくそれなんですが、逆にドイツ人でA1だとヒンデミットとか。
佐藤 ヒンデミット、あそうなんですか。
斎藤 ドイツでは非常に珍しい。だから頽廃芸術家として演奏禁止になった。あれはフランス風と思われたんでしょう。
佐藤 (笑)そういうことなのかな。
斎藤 まあ本人たち死んじゃってるしいろいろ事情はあったんでしょうけど。フランス風序曲【YouTube/ヘンデル:「メサイア」序曲】のリズムってあるじゃないですか。
佐藤 はい。
斎藤 あれはまさにA1のリズムなんです。「たーーんたかたーーん」(複付点風)っていうやつ。実はヒンデミットもまったくあれです。だからそういう部分けっこう隠して書いてますよね。
佐藤 へえ。
斎藤 フランスでは逆にB2っていう、豪華絢爛だけどある意味クドいラフマニノフっぽい人がほとんどいない。あれがくどくてダサいと思われてる文化なのか人種的に少ないのか。
佐藤 ふむ。
斎藤 サン=サーンスは例外的にそうですよね。B2の人だと思います。特に協奏曲なんてブラームスみたいな音しますし、持続音が好きだからか「オルガン付き」【YouTube/第4楽章】なんて書いてる。まあ偶然だったらすみませんですが。
佐藤 ははあ。
斎藤 フランスでもフォーレとかブーレーズとか、あの人たちはB1、チャイコフスキーやバッハと同じリズム感。だから基本プラプラ跳ねない。でもフランスはたぶん基本的にAタイプの人が多い。「ふあん」っていう音楽が多いのはそれのせいだと思いますよ。基本的には上に行って引力によって落ちるってフレーズ感。それを「言語から来てる、ドイツ語はこうだから、フランス語はこうだから」って言う人もいますが、僕はそこからさらに一歩すすんで、「なんでフランス語があんな言語になったのか」っていうところから考えた方が面白いと思ってる。つまり、くにゃくにゃしてフワフワ動いて「むにゅむにゅ」とか言う人間が多かったんじゃないかなと。
佐藤 (笑)そうなのかな。
斎藤 まあこのへんは想像ですし、違ってたらスイマセンってことではあるんですが。


斎藤 それで、今回ご一緒させていただくシューベルトっていうのはA2で、自分とは違うリズム感の人なので、気をつけないと「りーらりらりらりら」とやり過ぎちゃって、なんかシューベルトじゃないなっていうふうになる。
佐藤 はあはあ。
斎藤 でも、フルートにはクラシックの偉大な作曲家のレパートリーってあんまりないので、このシューベルトの「しぼめる花」の序奏とヴァリエーション、ヴァイオリンとかチェロの人からしたら、「ああ、よくある小品ね!」みたいなノリなのかもしれないんですけど(笑)、フルートにとっては、これは一大作品なんですよ。だからお声をかけていただいて、よしやってやると。一大チャレンジで、良い機会だからここでガチッと自分を鍛え直して、気合いの入った演奏をしようと思っているところなんですけどね。
佐藤 ちなみに、この「しぼめる花」はこれまで何回ぐらい演奏されたことがあるんですか?
斎藤 いやあ・・・
佐藤 学生時代にはもちろん勉強されて?
斎藤 もちろん、これ勉強しないやつはいないので。
佐藤 ああそういう曲なんですね。
斎藤 ただ僕の先生、パウル・マイゼン先生は、まさにシューベルトと同じリズム感のA2先生で、レッスン受けると「うわー、これはこの人にはかなわんな」と。自分のリサイタルってたまにしかやらないですからね、やっぱり一番得意な、自分が全開でできる曲からいこうかっていうふうにやってると、回数としてはそんなにやってないかなという感じです。それでももちろんシューベルトをって言われる機会もあって、何回かは演奏しているはずですけど、100回、200回はやってないですね。・・・いや嘘です。10回も吹いてません。
佐藤 そうですか。
斎藤 久しぶりです。何年も吹いてない。いざ久々にやってみるとすごくやっぱ難しいですね。これは単にリズム感の違いっていう以外に、シューベルトの曲はピアノもシンフォニーもそうだと思いますけど、演奏しやすくてヴィルトゥオーゾで、意外と簡単なんだけど格好よく聞こえるみたいなのとはまさに対極の。
佐藤 うん、確かにそうです。
斎藤 内容はすごくあるんだけど、弾きやすくはない。
佐藤 そうなんですよね(笑)。難しいわりには演奏効果が上がらないという曲は多い。
斎藤 ほんとそう。かといって無理に演奏効果を狙ってこれ見よがしにやるとものすごく安っぽーくなるじゃないですか(笑)。だから技術的にも音楽的にも直球でどーんと、小細工無しでやれる実力がある人が演奏すべき曲なんだなあというのは感じますね。
佐藤 はあ、なるほど。
斎藤 それこそオーケストラの世界でも、シューベルトのシンフォニーを定期演奏会で取り上げるなんていうことは今は滅多にないんじゃないですかね。
佐藤 ああほんとですか。
斎藤 やはりかなりの指揮者が、かなりがっちりリハーサルやって、オーケストラもかなり地力がないと、まあ、退屈に
佐藤 (笑)確かに。
斎藤 言い方は難しいんですけど、たとえば『ローマの祭り』なんかをやると、盛り上がるのはまあ間違いない。
佐藤 それはそうですね。
斎藤 チャイコフスキーの5番であったり、ベートーヴェンの7番やったりすれば、盛り上がる。曲自体がものすごく映えるというか。シューベルトも曲は素晴らしく良いんですけど(笑)、演奏がそれほどでもないと、なんかお客さんも「うーん、あ、終わったか?」みたいな演奏に。
佐藤 (笑)
斎藤 ですから、本当に感動的なシューベルトのシンフォニーの演奏会っていうのはそんなに機会がないんですよね。よく覚えてるのはチョン・ミョンフンとやった「グレート」。ああ、こんなにシューベルトっていうのは輝く音楽なんだ、なるほど、グレートっていうのはまさにそうだなって。あれは忘れられないです。でも、それも十何年前で。
佐藤 ああそうですか。
斎藤 それ以来、それほどの感銘を受ける演奏会は・・・いやわかんない、やってるかもしれないし、誰かやってる指揮者に、あの野郎って思われるかもしれないけど(笑)本当に力を持ったすごい作品だけど、それがちゃんと届くほどの演奏をするにはものすごい地力と頭、譜面をきっちり読み上げてて、それをこれ見よがしじゃなくて直球で演奏しないと、安っぽくなっちゃうっていう。そういう点で、今回は本当にビッグチャレンジなんです。
佐藤 ちなみにオケのメンバーの方々は、たとえば今度の定期のプログラムはシューベルトのシンフォニーだっていうと、どんな反応なんですか?
斎藤 それこそ、オーボエの連中なんかはものすごく張り詰めますよね。
佐藤 ああ、そうなんだ。
斎藤 簡単そうに美しく聞こえるじゃないですか。ものすごくシビアなんですよ。特に「未完成」とか。
佐藤 「未完成」のソロね。
斎藤 有名な曲ではあるんですけど、まずオーボエ奏者は普段よりさらに目を三角にしてリード調整してますね。
佐藤 (笑)
斎藤 そのくらい集中して、はじめて普通に聞こえるレヴェルになる、っていう感じなんじゃないですかね。ものすごい気を遣って、でも作り物みたいに作り上げるんじゃなくて、自然を壊さないように、だけど粗が見えないように。それでいて吹きやすいわけじゃないですからね。なんか不思議ですね、どの楽器に対してもそうなんです。
佐藤 そうなんですね(笑)それは何か楽器法が良くないということなのでは。
斎藤 いやそれとは違うんですよ。良い音はするんです。
佐藤 ああ、だけどやりやすくはないと。
斎藤 オーケストラやってると、それはすごく感じます。楽器法が下手で、変な音するアレンジャーの人と、すごく吹きづらいけど、すごく良い音する人っていうのは、厳然と差があります。
佐藤 そうなんだ。不思議ですね。
斎藤 だから一般にオーケストレーションが上手くないって言われている作曲家で、何言ってるんだ、そんなことないぞっていう人はいますね。
佐藤 へえ。
斎藤 オーケストレーションに問題あるって言われてて、その通りだ!っていう人ももちろんいます。
佐藤 あはははは。
斎藤 ちょっと話は脇道にそれますけど・・・

第3回につづく
  1. 2022/10/04(火) 14:39:52|
  2. シューベルトツィクルス
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斎藤和志インタビュー(1) 指導者こそ知っておきたい4スタンス理論の話

佐藤卓史シューベルトツィクルス第17回ゲストの斎藤和志さんにお話を伺いました。
斎藤和志さんは東京藝大の大先輩であり、2001年の第70回日本音楽コンクールの「同期」優勝者として全国ツアーをともにした仲間でもあります。それもふた昔も前の話…
80分にわたるロングインタビューを4回にわけてお届けします!

佐藤 いや、大変お久しぶりです。
斎藤 ほんとですね。いつ以来ですか。まさかコンクール以来?
佐藤 いやそれはさすがにないと思いますけどね。コンクールがもう21年前で、翌年に受賞者コンサートであちこちご一緒して。
斎藤 確かコンチェルトで、東フィルに来てくれたのが・・・
佐藤 それにしてもたぶん2004年とかそのぐらいですね。
斎藤 そうですか。昨日の晩ご飯が何かも思い出せないぐらいだからあれなんですけど、もう本当にご無沙汰してます。
佐藤 前にリサイタルを聴きに伺ったんですけど、それももう十何年前に。
斎藤 ああ、僕の?
佐藤 はい。どこでしたっけあれ?
斎藤 それは津田ホールでやった。
佐藤 そうそう、津田ホールでなさったとき。
斎藤 それも20年前とかじゃないですかね。
佐藤 あ、そうですか。そのときのことはすごくよく覚えてますけど。
斎藤 それはそれは。リサイタルとか面倒くさくなってあまりやらないでいたのでね。
佐藤 その間はどんな感じの人生を送ってらっしゃいました?
斎藤 あくせくやってたっていうか。でも実はジストニアみたいな、指が動かなくなったり、口が動かなくなったり、頭が回らない、まあそれはいつも通りですけど(笑)それでもうちょっと調子良くなったら派手にリサイタルでもやろうかなと思って、しばらくオーケストラでだましだまし適当に吹いたりして。

斎藤和志インタビュー01

佐藤 (笑)いやいや。
斎藤 そしたらまあ、治ったんですよ。完全に治って。
佐藤 はい。
斎藤 それじゃリサイタルやろうかなと思ったらコロナ騒ぎで、延び延びになって。それでも去年オペラシティで、リサイタルを久々に。あとはもうちょっと小さいところ、ライヴハウスとかですね。
佐藤 ああそうなんですね。
斎藤 いろんなジャンルの音楽が好きで、ジャズとかの人とも会える、みたいなのをやったり。だいたい勤めてる東京フィルっていう会社じたい、いろんなジャンルを何でもやる会社なものでして。
佐藤 そうなんですか。
斎藤 ええ、すごいビッグなロックの人が来てくれたり、ジャズの人が来てくれたり。
佐藤 結構実験的な感じなんですね。
斎藤 あとはもちろん、映画音楽とか、アニソンとかゲーム音楽とか。
佐藤 そういうのはお客さん入りますからね。
斎藤 お金もあるし、アニソンとか馬鹿にしてる人もいますけど、中で曲書いたりアレンジしたりしてる人はプロ中のプロだから、すごい曲ができあがってくるので、そういうのは、演奏も各ジャンルのやっぱりプロ中のプロな人と一緒にやるので、楽しいですよね。
佐藤 ほうー、なるほど。
斎藤 面白い展開を見せてると思いますね、あっちの業界はアツいですね。昔のクラシックの人がやっつけで安い仕事としてやってるのとはちょっと違う。つい先日も挾間美帆さん、もうホント世界的なスターになりましたねえ!ジャズとクラシックの融合みたいな、毎年やってる演奏会があって、すごい盛り上がって。
佐藤 はー、素晴らしいですね。
斎藤 時代はまたどんどん先に動いてるなっていう感じはしますね。

佐藤 リハーサルの間も4スタンス理論のお話をされていましたけど、それはやはり身体の不調と関係して始められたんですか?
斎藤 そうですね、身体のことを勉強していって、そういうところに行き着いた。
佐藤 何年ぐらい前から?
斎藤 6~7年前ぐらいからかな、自分は。理論じたいは20年ぐらい前からあって、他のスポーツの世界ではもうわりかし普通になりつつあるみたい。
佐藤 ああそうなんですね。
斎藤 ゴルフとかダーツが流行りとしては一番最初だったみたいですね。
佐藤 ダーツ。
斎藤 ダーツやります?
佐藤 いや、ちゃんとやったことはないですけど。
斎藤 なんか、フォーム論争ってあるじゃないですか。ゴルフもそうですけど、動いてる中で即興的に何かやるんじゃなくて、ピタッとした静止した型があるやつは特に。
佐藤 なるほど。
斎藤 そのときに理想のフォームっていうのは何なのか、必ず論争になる。例えばダーツだと、手首で投げるのについていった方がいいという派と、手首は使わないで、肘を使って投げた方がいいという派の人がいると。
佐藤 うん。
斎藤 楽器もそうですよね、ピアノでも指の付け根を使うんだとか、手首を使うんだとか、フルートでも吹く姿勢とか指の形とか持ち方とか。
佐藤 ふふふ。
斎藤 なんでそんな論争になるのかというと、ああなるほどこういうことだったんだと。生まれつきの骨格が人によって違うから。
佐藤 え、それは骨格に関係していることなんですか?
斎藤 骨格と脳と両方でしょうね。なんでしょう、左利き、右利きみたいな話で。実は、これ分かれる理由ってまだはっきりはしてないんですよね。でも、それがあるのは経験で知ってる。
佐藤 ああ、脳ねえ。
斎藤 ただ基本的にはやっぱり骨格ですね、まっすぐ立ったときの姿勢も全然違うんですよね、人によって。
佐藤 そうですね。
斎藤 人によって違うっていうのはもちろんみんなわかってることなんですけど、それは骨がどういうふうに連動して動いているかっていうことなんですよね。階段を上り下りしたり、吊革につかまったり、携帯持ったり、コップで酒飲んだり、そういうひとつひとつの動きが人によって違うんですけど、みんなバラバラに違うのかと思ったら実は法則性があって、どちらかというと手首は固定して肘を動かして酒飲む人は、これはBタイプというんですけど、ピアノは指の付け根から弾くし、吊革もそうやってつかまるし、階段はかかとから割とドシドシと踏んで上り下りするイメージ。

Bタイプの酒の飲み方
こうやって肘を曲げて酒を飲む人はBタイプ

佐藤 はあはあ。
斎藤 逆につま先だけで階段をタタタッて駆け下りる人もいる。Aタイプ。なんか見た感じ佐藤君はそういうふうに見えるんですけれど。
佐藤 うん、僕はつま先派ですね。
斎藤 だからピアノも指をこうやって弾くし。
佐藤 そうですね。
斎藤 それが音色にも関係しているんですね。みんな繋がってて。

佐藤 4スタンスっていうのは4つあるっていうことなんですか?
斎藤 そうなんです。
佐藤 それが、AとBと?
斎藤 実は分け方は3つあるんですけど、全部重なってるので。1つは関節の使い方の順番ですね。関節というのはひとつ飛ばしで動かしてるという理論で。
佐藤 はあ。
斎藤 手首がぷらぷらしてて、肩が自由で、股関節で主に歩く人っていうのは、ヴァイオリンのヴィブラートも手首でかけるし、ボウイングも手首で。ダーツも、ピアノも手首を使ってこういう風に弾くっていう人たちはAタイプBタイプっていうのはその逆の関節を主に使ってる。手首は動かさないで、肘は自由に動いてて、肩は動かないで、みぞおちが自由に動く。股関節は動かないで、膝が自由に動く。これがA・B
佐藤 はい。
斎藤 もうひとつの、1・2っていうのは、人差し指中心に動かしてるか、薬指中心に動かしてるかっていう。
佐藤 ほう。
斎藤 椅子から立ち上がるときも、少し内側に立ち上がる人と、外側に身体を開いて立ちあがる人がいる。っていうのは前腕にもすねにも骨が2本ずつあるんです。橈骨と尺骨、脛骨と腓骨。人差し指側の骨中心の人が、1タイプ。それとは逆にグラスとかも親指と薬指で持つ人いますね、マイクとかも。
佐藤 ああわかりますね。
斎藤 そういう人は2タイプです。これが1・2の分け方なんですけど、これは実は音楽面から言えばさほどの大問題ではなくて、もうひとつクロス・パラレルっていうのが、これが音楽家にとって一番大事件なんです。体幹を斜めに連結して、「ひねって」動かしてる人と、まっすぐ連結して「平行に」動かしている人がいる。まっすぐなのがパラレルで、ひねってる人をクロスという。これがなんと、リズム感の違いになるんです。
佐藤 へえ!
斎藤 つまり、クロスの人って、細かい刻みがどんどん均等じゃなくなって、ドゥークドゥークドゥークドゥーク・・・と、3連符っぽくなっていく。これがイネガルとか、スイングっていわれてるもの、ああいう不均等なリズムっていうのは世界中にあるんですけど、それの起こりですね。なぜかというと、ひねりの動きってそれ自体そういうリズムを伴ってるんです。それに合わせて音を出せば、当然そういうリズムになる。
佐藤 なるほど。
斎藤 ところがパラレルの人は、どこまでいってもタカタカタカタカ・・・と均等なんです。だから日本でも、野球の応援で「かっとばせー」とか、童歌で「あんたがたどこさ」とかあるけど、パラレルの人はあれ付点の「カッ、トーォバ/セー」だと思ってる。クロスの人は3連符、「カッットーバ/セー」だと記憶してるんです。
かっとばせ
野球の応援、あなたはどちらに聞こえますか?

4スタンス表

佐藤 ははあ。
斎藤 もともとのリズム感が違う。それで、A1とB2がクロスA2とB1がパラレルなので、4つのスタンスに収まるんです。いつもくにゃくにゃしてるA1の人とかは、「たん~たかたかたかたーかたかたかたか、んりらりらりん」(モーツァルト:フルート四重奏曲 K285【YouTube】~第1楽章 第3・4小節)っていう、こういう音楽になる。こういう人いるじゃない。
佐藤 はい。
斎藤 こうじゃなくて、最初からパキパキ動く人は、「たんたかたかたかたかたかたかたかたか、たかたかてぃん」、ってこういう音楽になる。それぞれ自分にとってはどちらかが自然で、そこから他の人のリズム感を「特徴あるリズムだなあ」って聴いている、眺めてるみたいな感じになるわけですね。
佐藤 なるほど。
斎藤 これは生まれつき決まっていて、左利きとか右利きみたいな話なんです。左利きと右利きがあるっていうのはみんな知ってるじゃないですか。
佐藤 はい。
斎藤 左利きの人に無理に右ピッチャーやれとは言わない、左ピッチャーやりますよね。でも成功したプレイヤーって、自分のやり方が一番弾きやすいし、音楽とはこういうものなんだって思ってるから、弟子に自分が良いと思ってる奏法を同じように教えちゃう人っているじゃないですか。
佐藤 ああ、いますねえ。
斎藤 「なんでそんな弾き方なんだ。もっと、舐めるように弾くんだ」とか。
佐藤 あっはっは。
斎藤 と思えば「もっとがっちり弾け」という人がいたり。で、最終的には好きにしていいけどその門下だからまず先生の言うことを聞いて基礎の型を学んで、卒業したら自分の自由なやり方で、という考え方の人が多かったんですけど、要するにそれは場合によっては左利きの人に、俺に習ってる間は右ピッチャーやれって言ってるようなことで。
佐藤 はい。
斎藤 そうしたら左で投げるより、もちろんやりにくいじゃないですか。だからコンクールや試験、オ-ディションなんかで成績出なくて、ああ私才能ないのかって思っちゃう。
佐藤 うーん。
斎藤 しかもそのまま無理にやると、身体壊しちゃうんですよ。自分の本能的な動きと合ってないことを、この楽器の奏法はこういうものなんだと思って無理にやると、ジストニアや腱鞘炎なんかになる。
佐藤 なるほど。
斎藤 もちろんジストニアにもいろんな複合的な原因があって、僕は医者じゃないし無責任なことは言えないですけど、僕は何百人か見て、ほとんどの人がそうなってる原因は、本来持ってる身体の自然な連動、毎日運動しているときや吊革につかまったり、コップ酒飲んで騒いでるとき、つまり無意識にリラックスして自然にやってるその人本来の動きと逆の動き、違う動きをこの楽器はこうやって弾くんだって、それにとらわれて、無理な練習を頑張ってやっちゃった人がなってますね。99%。
佐藤 それはわかりますね。
斎藤 だからならない人は、結構わがままな人なのかなって。
佐藤 (笑)
斎藤 自分の気持ちを譲らないというか。
佐藤 曲げない。
斎藤 逆に言うとそこに敏感なんだな。もちろんプロの人は、ちゃんと他人と合わせて、タイミングもリズムも人に合わせることができる。でもスーパースターのソリストや指揮者ほど、本来持ってるリズムのその特徴がはっきり出てますよね。
佐藤 ほう。
斎藤 それはつまり自分の自然に近い演奏。それを徹底してる指揮者とかソリストの方が、心を打つ。形だけ整えたモノマネみたいな音楽とは対極にある音楽です。
佐藤 ああ、わかりますね。
斎藤 そうすると、ジストニアにも当然ならない。不自然な身体の使い方をしてないから。だからこの話は、生徒側よりも、先生側に知っていて欲しいんです。ちょっとでも知っていれば、頭ごなしに「そんな弾き方、姿勢だからダメなんだ。俺の真似をしろ」っていうふうにならないで済む話かなって。それでちょっとずついま宣伝してるんですけど。でも世界的な先生だと、なんかこんな理屈を知らなくてもそれを見抜く力のある先生っていますね。
佐藤 はあ。
斎藤 「ここは直した方がいい」「ここはこいつの好きにやらせた方がいい」っていうのがわかってる先生っているじゃないですか。やっぱり世界レベルの人を何人も育てたことがある先生だと、「あれ? なんかああやると弾きにくいはずなのに、あいつあれでショパンコンクールで1位になりやがった」みたいな。
佐藤 そりゃすごい(笑)
斎藤 そういうことを経験していると、そこはいじらないでおこうってわかるんでしょうけど、普通はやっぱり親切で、「そんな猫背だから良い音出ないんだよ」「指の形はこう!」とか言っちゃうんですよね。
佐藤 はいはい。
斎藤 実は一見ちょっと猫背に見える姿勢の方が弾きやすい人がいるんだっていうことを、経験則じゃなくて、骨の連動性と動きから理論的に解き明かした、かなりわかりやすく説明できるようになったという、そんなお話で。
佐藤 興味深いですね。
斎藤 これはすごくいまアツい話です。

第2回につづく
  1. 2022/10/04(火) 01:26:40|
  2. シューベルトツィクルス
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第17回ゲスト:斎藤和志さんプロフィール

2022年10月6日の佐藤卓史シューベルトツィクルス第17回「変奏曲 ―シューベルティアーデの仲間たち―」のゲストは、フルーティストの斎藤和志さんです。

斎藤和志
斎藤和志(さいとう・かずし)●フルーティスト

東京藝術大学卒。第5回神戸国際フルートコンクール第4位、第70回日本音楽コンクール第1位及び加藤賞、E・ナカミチ賞受賞。第4回びわ湖国際フルートコンクール第1位。これまでに、パウル・マイゼン、金昌国、佐久間由美子、中川昌巳、中野富雄、三上明子、山崎成美の各氏に、またジャズ音楽を菊地康正、太田朱美、土井徳浩、池田篤の各氏に師事。現在、東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者。現代音楽の演奏にも力を注いでおり、現代音楽演奏グループ「東京シンフォニエッタ」では副代表を務め、国際的に高い評価を得ている。クラシック音楽のみならず、ジャズやその他さまざまなジャンルの音楽、映像、舞踊、美術などとのコラボレーション、また自身作曲・編曲も行い、即興演奏も含め、幅広いレパートリーを持つ。2006年度アリオン音楽財団奨励賞受賞。東京藝術大学、国立音楽大学、洗足音楽大学非常勤講師。レッシュ4スタンス理論マスター級トレーナー。
  1. 2022/10/03(月) 08:22:05|
  2. シューベルトツィクルス
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「しぼめる花」の主題による変奏曲 D802 概説

「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 ホ短調 Introduktion und Variationen über "Trockne Blumen" für Flöte und Klavier e-moll D802
作曲:1824年1月 出版:1850年(作品160)
楽譜・・・IMSLP


シューベルト作品中唯一の、フルートとピアノの二重奏という編成である。クライスレによれば、フレーリヒ家を通じて親交のあったフルートの名手、フェルディナント・ボークナー Ferdinand Bogner (1786-1846)のために作曲されたという。その超絶技巧をフィーチャーするためにシューベルトが採用したのは変奏曲の形式であり、主題として選ばれたのは自作歌曲『しぼめる花』だった。
『しぼめる花』は連作歌曲『美しき水車屋の娘』D795の第18曲で、恋に破れた若者が死を決意して力なく歌う、実にわびしい曲である。おそらくボークナー自身か、仲間たちの誰かがこの曲を気に入っていて、変奏曲の主題にとリクエストしたのだろう。

冒頭の序奏はホ短調の陰鬱な音楽だ。ピアノの提示するダクティルスのリズムに乗って、フルートが緩やかな長音のモティーフ(バッハが多用した「十字架音型」の一種)と、呼びかけるような複付点のモティーフが提示される。長音のモティーフはやがて対位法的に展開されてゆき、複付点のモティーフは反行形になると原曲歌曲の第3連の末尾、"Wovon so naß?"(なぜそんなに濡れているの?)と問いかけるフレーズが元であったことが判明する。極めて緊密に構成された序奏は、フルートのカデンツァ風のソロで半終止し、主題を迎え入れる。
主題は3つの部分に分かれており、A部16小節、B部8小節、C部8小節(反復あり)である。A部とB部は音楽的には反復を含んでいて、それぞれ前半でピアノがメロディーを提示し、後半はフルートがそれを繰り返す形になっているので、実質的にはA部は8小節、B部は4小節のメロディーということになる。C部はホ長調に転調し、セクション全体が反復される。つまりAABBCCとメロディーが2回ずつ提示される形になっており、原曲のABABCCコーダという構成がより単純に編集されている。前奏・間奏・後奏はカットされているが、それにしても反復を含めて延べ40小節というのは変奏曲の主題としては異例なほど長い。ホ短調からホ長調(同主長調)へというシューベルトが多用した調性配置が、このあとの変奏にも受け継がれていくことになる。
第1変奏はフルートの技巧の見せ場である。32分音符のうねるようなパッセージは、C部に至るとさらに細かい32分3連符に置き換えられていき、息継ぎやタンギングの至難なパッセージが続く。
第2変奏はピアノのターン。左手の32分音符のオクターヴ連打の上で、右手もまたオクターヴで主題のメロディーを提示するという豪壮な奏法だ。ピアノが音楽を主導しフルートは合いの手に回る。ちなみにC部分の7小節目にあたる1小節が欠落しているのだが、これは自筆譜に起因するもので、意図的なものかミスなのかは不明である。ただ楽節構造が不自然になるため、6小節目([114])をもう一度繰り返して補うことが多い。
第3変奏はホ長調。ピアノの緩やかな6連符の分散和音の上でフルートが慈愛に満ちた旋律を奏でる。時折現れる陰りのある和声が魅力的だ。
第4変奏はホ短調に戻り、再びピアノが技巧を見せる。右手には6連符の嵐のようなパッセージが駆け巡り、左手がオクターヴで力強く主題を奏する。和声的にも変奏が施され、微妙に表情が変化していく。
第5変奏は再びフルートが主役となる。超絶技巧の急速なパッセージで圧倒的な息づかいと指さばきを披露する、本作随一の聴きどころといっていい変奏だ。
第6変奏は嬰ハ短調・3/8拍子に転じ、ピアノの右手とフルートが対位法的に絡み合っていくという、バロックのトリオソナタ風の変奏。嬰ハ短調とホ短調を行き来する不穏さから、C部分でホ長調を確定した後、コデッタが挿入される。ピアノの左手にオクターヴ跳躍という無茶振りを課しながら転調を重ね、華やかなドミナントのアルペジオへ。
最終第7変奏はホ長調のフィナーレ。4/4の行進曲風の足取りとなり、付点と3分割(3連符)のリズムで楽しげに進んでいく。長大なコーダでは再び転調の応酬となり、リズムも途中から4分割に切り替わる。最後はフルートとピアノが交互に音階を駆け上がりながら勝ち誇ったように終止へ向かう。
  1. 2022/10/02(日) 18:20:08|
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ディアベリのワルツによる変奏 D718 概説

アントン・ディアベリのワルツによる変奏 ハ短調(『祖国芸術家協会』第2巻 第38変奏) Variation über einen Walzer von Anton Diabelli c-moll D718 (Var.38 aus "Vaterländischer Künstlerverein")
作曲:1821年3月 出版:1824年
楽譜・・・IMSLP

ディアベリ
ザルツブルク近郊の小村マットゼーで生まれたアントン・ディアベリ(1781-1858)はハイドン兄弟に作曲を学び、1817年にウィーンで楽譜出版社を興して成功を収めた。起業の翌々年、一大プロジェクトとして立ち上げたのが、自らの主題による変奏を複数の作曲家に委嘱してオムニバス変奏曲集を作るという構想だった。当時オーストリアで活躍していた有名無名の作曲家たちに声をかけ、結果的に51人がその依頼に応じた。初めは1人1曲のはずだったが、唯一ベートーヴェンだけがその趣旨を理解したのかしていなかったのか、ひとりで33もの変奏を書き上げて、他とは別に出版するよう要求してきた。ディアベリは巨匠の無茶を受け入れ、普及の名作「ディアベリ変奏曲」作品120『祖国芸術家協会』の第1巻として1823年に出版された。
他の50人の作曲家による50の変奏とコーダは第2巻としてまとめられ、翌1824年に刊行された。50曲は作曲者名のアルファベット順に並べられている。
祖国芸術家協会表紙
カール・チェルニー(第4変奏・コーダ)
ヨハン・ネポムク・フンメル(第16変奏)
フリードリヒ・カルクブレンナー(第18変奏)
イグナーツ・モシェレス(第26変奏)
といったビッグネームから、変わったところでは
フランツ・リスト(第24変奏)※出版時12歳
・フランツ・クサーヴァー・モーツァルト(第28変奏)※W.A.モーツァルトの末子
ルドルフ大公(第40変奏)
シューベルトの周囲の作曲家では
イグナーツ・アスマイヤー(第1変奏)
・カール・マリア・フォン・ボクレット(第2変奏)※ピアニスト。「さすらい人幻想曲」の初演も務めた
アンゼルム・ヒュッテンブレンナー(第17変奏)
・ジモン・ゼヒター(第39変奏)※対位法の大家。シューベルトは晩年に指導を仰ぐ
ヴァーツラフ・ヤン・トマーシェク(第43変奏)
ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク(第50変奏)
といった面々が並んでいるが、今では忘れ去られた作曲家も少なくない。
第38変奏として収められたのが、我らがフランツ・シューベルトの作品である。

シューベルトの変奏には1821年3月の日付があり、チェルニーやベートーヴェンが作曲に着手した1819年より2年ほどあとのことになる。
シューベルトとディアベリが本格的に接触したのはおそらく1821年に入ってからで、この年の4月に『魔王』が記念すべき「Op.1」としてディアベリから出版されている。それに先立って、ディアベリがこの企画にシューベルトを巻き込んだということなのだろう。さらに年少のリストに関しては、1822年のウィーン進出以前に委嘱が行われたとは考えにくく、そうなるとこのプロジェクトは数年をかけて依頼が繰り返され、次第に拡大していったものと考えられる。

ディアベリによるハ長調の主題は、ワルツというにはいささか風変わりではあるが、快活で新奇なアイディアに満ちた主題であり、ベートーヴェンが「靴の継ぎ革Schusterfleck」などと酷評したほどひどいものではないと筆者は思う。
シューベルトの変奏はハ短調で、主題よりもワルツらしい仕上がりなのはさすが舞曲王である。しっとりした情感の中に和声進行の粋が尽くされており、前半の終わり、主題では属調のト長調へ向かうところを、VI度調の変イ長調に終止させるあたりは実に見事だ。一方で後半は技巧に走りすぎているきらいがあり、頻繁な転調に耳が追いつかない感じもする。
  1. 2022/10/01(土) 00:06:32|
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