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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

ハンガリーのメロディー D817 概説

ハンガリーのメロディー ロ短調 Ungarische Melodie h-moll D817
作曲:1824年9月2日 出版:1928年
楽譜・・・IMSLP

「ツェリスにて、1824年9月2日」と書き込まれた自筆譜が、1925年に作家シュテファン・ツヴァイクのコレクションに加わるまで、この作品の存在は知られていなかった。一聴するに、1826年出版の「ハンガリー風ディヴェルティメント」D818の第3楽章ロンド(こちらはト短調)と同一のテーマを扱っていることは明らかで、その初稿的存在と見做される。
1824年、シューベルトとともにツェリスのエステルハーツィ邸に滞在したシェーンシュタイン男爵の証言によれば

『ハンガリー風ディヴェルティメント』のテーマになったのは、エステルハーツィ家の厨房でハンガリー人のメイドが歌っていたハンガリーの歌で、シューベルトは私と出かけた散歩の帰りに、通りがかりに耳にしたのだ。私たちはしばらく耳を傾けていたのだが、シューベルトはどうやらこれが気に入ったようで、歩きながら続きをハミングしていた。

タイトルの通り、その「ハンガリーのメロディー」を書きつけておいたスケッチとも捉えられる。
曲はコーダを伴う三部形式(A-B-A'-コーダ)で、A部とコーダがディヴェルティメントに転用されている。ただ、ロ短調から嬰ヘ短調へ向かうAは、A'ではホ短調から始まってロ短調で終わるように設定されており(いわゆる下属調再現)、民謡そのものというよりもかなり作曲家の手が加わった作品と思われる。そもそもこのメロディーじたい器楽的で、歌うのに適した旋律線とはいえない。オリジナルのメロディーにもある程度改変が加えられているのかもしれない。

細かい装飾音やシンコペーションの多用は確かにエキゾティックであり、後の「楽興の時」第3曲や「即興曲」D935-4などにも通じる、ハンガリー風味の源流にある作品といえるだろう。
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  1. 2020/11/29(日) 23:29:21|
  2. 楽曲について
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小倉貴久子インタビュー (4)たくさんお菓子もらった、みたいな

[インタビュー(3)はこちら]
佐藤 この間、コロナで演奏会なくなったりみんないろいろあったと思うんですが、先生はどうでしたか?
小倉 実は楽譜を作ったりしてて。これなんだけどね…「ソナチネ音楽帳」



佐藤 へえー。
小倉 前に「ソナチネ・アルバム」っていうCDを出して、それはいわゆる「ソナチネアルバム」に載っている曲から、あんまり知られていない曲もあって、それを弾きたいっていう声があってね。
佐藤 (楽譜を見ながら)なるほど。
小倉 これね、コロナの産物なの。ずっと前から楽譜の話はあったんだけど、忙しくて全然できなくて。そしたら、3月の頭に担当の方から「小倉さんもしかして時間できました?」って。で、ものすごい徹夜しながら校訂したんだけど。
佐藤 2分冊。結構な分量ですね。
小倉 CDでは私はチェンバロとフォルテピアノを弾いてるんだけど、みんなはもちろんピアノで弾くでしょ。現代のピアノで弾くときにも、当時の様式感を学ぶことが必要じゃない?
佐藤 はい。
小倉 そのときに、感覚として作るっていうのがすごく大切で。たとえばイネガル[楽譜上では等価の、連続する音の長さに長短(優劣)をつけて演奏する方法。主にバロック期のフランスで盛んになり習慣化された]なんかも、指の都合でよたってるっていうのと違うじゃない? そういうのが、現代のピアノだけ弾いてるとわかりづらいところがあるっていうのかな。
佐藤 うんうん。
小倉 チェンバロの通奏低音的なバスの使い方とか、そういうのも、18世紀の音楽ではすごく重要なのね。ただ左手は大切だから出しましょうっていうんじゃ、うるさくなっちゃう。そんなことも当時の楽器で弾いてみると感覚的にわかるんだけど、じゃあ現代のピアノではどういうふうにすればいいか。そういうことを、年明け以降に雑誌と講座をオンラインで連動させて、やろうっていう企画があって。
佐藤 おお、面白そうですね。まさに僕も、フォルテピアノを通して得た古典派の語法みたいなものを、どうやって現代のピアノで翻訳するか、ということに興味があって。
小倉 そうなんだね。
佐藤 藝大のときに先生のクラスに入って、初めてフォルテピアノに触ってみたら、モダンピアノとの違いが大きすぎて、僕はしばらく慣れなかったですね。
小倉 うーん。
佐藤 タッチもそうだし、楽器の鳴るタイミングだとかいろんなことに。でも例えば同級生の羽賀美歩さん(@mifohaga)は同じタイミングで始めたはずで、2人とも中級まで2年間履修したんですけど、彼女は割とストレートにフィットして、そのまま大学院の古楽科に進まれて。
小倉 そうだよね。
佐藤 人によって器用とか不器用とかもあるとは思うんですけど。
小倉 でもね、佐藤君は指先のタッチがちゃんとできてるから、フォルテピアノもどんどんやるといいよ。
佐藤 うーん、ステージではもう長らく弾いていないですけど、2014年にトッパンホールでヴィオラ奏者のヴォルフラム・クリストと共演したときに、フォルテピアノとモダンピアノと両方並べてやりました。彼もヴィオラダモーレに持ち替えてダウランドやったりして。
小倉 素晴らしい。最近ヨーロッパの大学ではさ、副科っていうんじゃなくて、モダンとピリオドと2つ専攻を持つっていうようなのが多いみたいね。どっちもメインにするっていうか。
佐藤 まあそれも自然といえば自然なことですね。
2014.1.25.トッパンホールにて
2014年1月25日、トッパンホール「ヴォルフラム・クリスト×佐藤卓史」公演リハーサル 使用楽器はデュルケン(1790)のコピー

佐藤 今日最後にお伺いしたいんですけど、今はその古楽というかピリオドというか、なんというのかわからないですけど、作曲家の当時の楽器や演奏習慣を再現するということがかなり普及したと思うんですよね。
小倉 うん。
佐藤 プロのピアニストなら、フォルテピアノに触ったことがないっていう人の方が今は少数派かもしれないですし、聴衆にもフォルテピアノという楽器の存在や、どんな音がするのかというところまでかなり周知されている状態です。今後の古楽界の展望というか、このあとどういう方向に行くかっていうお考えはありますか?
小倉 "I hope"っていうことだったら(笑)。ヤマハとかがね、モダンピアノだけじゃなくて、そういう時代の楽器を作り出すといいなと思ってる。ほら、スタインウェイの「バレンボイムモデル」ってあったでしょ。
佐藤 はい。
小倉 あれなんかまさに、バレンボイムがシューベルトのシリーズを始めるときに、やっぱり現代のピアノではちょっとっていうので、スタインウェイ社に発注して。
佐藤 平行弦のですよね。
小倉 そう。確かに平行弦って全然違うのよね。まあ私はそのモデル実際弾いたことないし、金属製の鋳型鉄骨フレームの中でどう鳴るのかはちょっとわからないけれども、やっぱり低音・中音・高音と音域ごとの響きが分離するし、もともと曲のテクスチュアがそういうふうに書かれてるわけじゃない?
佐藤 はい。
小倉 だからそれを追求していくと、結局昔の楽器に戻っていくんだよね。それに、ピアノ最近あんまり売れないっていうけど、フォルテピアノ作れば、今楽器欲しい人すごくたくさんいるから。
佐藤 いや、僕も欲しいですよ。
小倉 そう、供給が追いついていないんだよね。もちろん個人のフォルテピアノ製作家はいるんだけど、少なすぎて。
佐藤 なるほど。
小倉 弾きたいって思ってる人はたくさん出てきてるのに、そっちがまだついていってない感じがするのね。大きな会社は制約があるから、本質的なことがやりにくかったり、やっぱり収益上げないといけないってなると難しいかもしれないけど、でもヤマハぐらい大きければさ、他で収益上がってるところのお金を使って! そういうことをやってくれると、もっとみんなが弾けるようになってくるし、そうなるんじゃないかと思っている。
佐藤 なるほどなるほど。
小倉貴久子&佐藤卓史対談中
小倉 カワイはね、やってたんだよ最初。
佐藤 そうみたいですね。
小倉 だけど早すぎたんだよね。素晴らしい挑戦だったんだけどね、その頃は需要もそんなに無かったし、何よりも当時の楽器についてわかっていなかったことが多くて。たとえばこのシュトライヒャーぐらいの時代の弦もね、10年前ぐらいまではどういうものかわかんなかったのね。チェンバロやヴァルターの弦は、マルコム・ローズっていうところが作ってるのがあったんだけど、その弦をシュトライヒャーに張ってピッチ上げると切れちゃうのね。
佐藤 はあ。
小倉 弱い。だけどモダン弦を張るとまた全然ダメで。そういうこともフランスで研究が進んで、今この時代の弦も作り出していて、このシュトライヒャーもそれ張ってるんだけど。ハンマーの表面に張る皮もね、皮のなめし方が今と違うから。当時のなめし方っていうのは、今では禁止されてるのね。
佐藤 え、そうなんですか。
小倉 内臓を使ってなめすから、ものすごい悪臭らしいんだけども、ザルツブルク近郊にそういう専門の研究をしてるところがあったり。
佐藤 へえ。
小倉 そういうことがヨーロッパでは進んでいて、日本も少しずつ変わってくるといいなあと思って。チェンバロは製作者もたくさんいて、楽器もたくさんあるけど、フォルテピアノはまだ少ないから、そこが充実してくれば、みんながどんどん興味持っていくんじゃないかな。やっぱり実際に触れることによって知ることもたくさんあるし。私のフォルテピアノアカデミーにもピアノの先生が受けに来たりするんだけど、生徒を教えてるときに「当時の楽器はね」とか言っても、やっぱり弾いたことがないとイメージがわかないよね。
佐藤 そうですよね。
小倉 前にピティナのステップ(→ピティナ・ピアノステップ)で、音楽の友ホールで、ベーゼンドルファーインペリアルと、クラヴィコードを並べて、どっちを弾いてもいいっていうときがあって。
佐藤 楽器のサイズが違いすぎますね。
小倉 私そのときトークコンサートで両方弾いて欲しいって言われて結構困ったんだけど。
佐藤 (笑)
小倉 こんなの意味があるのかなって思ってたんだけど、だけどね、そのステップで両方弾く人がいたのね。ベーゼンドルファー弾いて、ちょっとクラヴィコード弾いて、戻ってくるとね、ベーゼンドルファー弾くときのタッチが変わるんだよ。
佐藤 ははあ。
小倉 本当にほんのちょっとの体験でもすごく変わるんだよね。何の意味があるんだろうって思ったけど、いやすごい意味があるんだわって思って。だからいろいろなことをやっていくのは大切だし、そういう時代のことを知るにもいろんな切り口があるとは思うんだよね。奏法ひとつとっても、実際その時代の通りに弾いたらいいかっていうと、ただその通り真似しただけじゃ全然話にならない。イネガルしてフレーズが無くなったら何にもならないよね。
佐藤 もちろんそうですね。
小倉 机上の空論っていうかさ、そうではなくて、やっぱり当時のポピュラー音楽だったっていうことは、もう絶対言えて。生きてる音楽だから、そこに喜びっていうか、生命力っていうか、そういうものがなかったらダメなんだよね。当時の奏法や楽器を知ることによって、より一層楽しい感じになるっていうか、カラフルになる。たくさんお菓子もらったみたいな!
佐藤 なるほど(笑)
小倉 そういうことをもっと知ってもらえるといいなぁと思ってます。

(インタビュー完 ・ 2020年10月15日、さいたま市にて)
  1. 2020/11/12(木) 15:30:01|
  2. シューベルトツィクルス
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小倉貴久子インタビュー (3)若さゆえの情けなさ

小倉貴久子&佐藤卓史連弾

[インタビュー(2)はこちら]
佐藤 今回シューベルトのシリーズということなのでシューベルトのお話をしたいんですが、実は僕がシューベルトを勉強していく上で最初にすごく大事なことを教えていただいたな、と思っているのが小倉先生なんです。
小倉 そうなの!
佐藤 D935の即興曲集のレッスンをしていただいて、そのときに先生がおっしゃったのは、「卓史君はすごく若いしわかんないかもしれないけど、シューベルトの音楽っていうのはね、人が弱ったりしたときに、その弱い心に寄り添ってくれるような、そういう音楽なんだよ」って。そのときはまあそうかなって思ってたんですけど、だんだん本当にそうだなって思うことが増えてきて、それが僕の中ではシューベルトの音楽の中心として残っているんです。先生は学生の頃からシューベルトよく弾かれてたんですか?
小倉 いや、どっちかというと私、シューマンにはまってて。何かっていうとシューマン弾いて、初めてオーケストラと弾いたのもシューマンのコンチェルトだったぐらいで。
佐藤 ああそうなんですか。
小倉 ヴィレム・ブロンズ先生はシューベルトがお得意だったから、レッスン受けたりとかいうことはあったけど、やっぱり私もね、学生時代は本質的なところはわかんなかったと思う。人によって若いときからわかる人もいると思うけど、私の場合は、ショパンもそうなんだけど、フォルテピアノと出会ってわかるようになったところはあるかな。
佐藤 ああ。
小倉 なんか「たた、たた、」とか、連打で言い直すような感じがすごく多いじゃない、シューベルトって。連打って、ウィーン式アクションだとすごく苦手なパターンなのね。
佐藤 はい。
小倉 今回の曲もあるよね、「たた、」「たたた、」って。あれ、シューベルト特有のね。
ハンガリー風ディヴェルティメントD818より2
ハンガリー風ディヴェルティメントD818 第3楽章より。セコンド右手の連打型に注目。

佐藤 ははあ。
小倉 なんかこう、言いたいこと、メッセージは強いんだけど、ダイレクトに伝えるんじゃなくて、寄り添うように来るっていうのかな。ズバッと来るんじゃなくて、「たたた、」ってね。それがシューベルトの面白いところだよね。
佐藤 なるほど。
小倉 私のフォルテピアノアカデミーにね、かげはら史帆さん(@kage_mushi)が聴講にいらしてたのね。
佐藤 ああ、ライターの。
小倉 そうそう。それでね、感想をTwitterにあげていらしたんだけど、スクエアピアノでシューベルトのレッスンをしていて、「とっても良い演奏だったけれども、ちょっと立派すぎるかなあ。もう少し情けない感じが良いんだよね」って言って、私が弾いたんだって。その、なんともいえない情けなさが良かったって(笑)
佐藤 あっはっはっは。いやぁでも、それ大事なところなんですよね。
小倉 そう、シューベルトってそういう意味で特別だよね。でもね、川口成彦君が何年か前に北とぴあでシューベルトのリサイタルやったことがあってね、川口君もすごいシューベルトが好きで。そのときに自分で解説文書いてたんだけど、シューベルトは若い奏者には難しいとか言われるけど、むしろシューベルトの音楽というのは若さゆえの感じがするって。
佐藤 うーん。なるほどね。
小倉 なんかこう、青い感じ。その若さゆえの情けなさっていうのかな。歳を取ったからわかる音楽っていうんでもないんだよね。なるほどなと思って。
佐藤 確かに。
小倉 あとはね、浜松市楽器博物館のコレクションシリーズでシューベルトの即興曲(D899-4)を録ったときに、1回弾くとね、調律師やディレクターとか男性陣が、みんな寄って来ちゃうの。いてもたってもいられなくなって。
佐藤 (笑)
小倉 どうも、男性の心に訴えるものがあるみたいなのよね。あの、「糸を紡ぐグレートヒェン」とかも、男性じゃないとああいうふうには書けない。女性はやっぱり、もっと強いんだよね。
佐藤 はああ、なるほど。
小倉 やっぱり男性の、理想とする女性像っていうか。独特のものがあると思う。だから、健康な女性があれを歌ってもうまくいかないじゃない(笑)
佐藤 あっはっはっはっは。不健康な方がいいんでしょうかね。
小倉 難しいよね。つやつやと綺麗な声で歌われると、良いんだけど、ちょっと違うかなって。あの脆い感じがみんなの心に訴えかけるんだろうね。こどもの頃とか、中学生ぐらいで、人に言えない恥ずかしかったときのこととか、みんなあるじゃない?
佐藤 はい。
小倉 そういう思いも、「いいんだよ」って共有できるみたいなさ。
佐藤 秘密を共有する感じですよね。たぶん、彼自身の創作活動が、シューベルティアーデの仲間たちにまずは聴かせてっていうところから始まったのが、表現のスタイルとしてあるのかなと思って。それこそ、ベートーヴェンみたいに出版して「世に問う!」みたいにはならなかったし、なれなかったのかもしれないですけど、それもひとつあるのかなって思うんですよね。
小倉 そうね。
佐藤 だから本当に、隣にいる人に聴いてもらって、その人だけに言いたいことがわかるみたいなところはあるかなと。
小倉 あるね。だけどたまにさ、妙に難しいじゃない?
佐藤 (笑)
小倉 ヴィルトゥオーゾ的なものが、あのヴァイオリンのファンタジー(D934)なんか。
佐藤 あれ無茶苦茶難しいですよね。
小倉 ほら、パガニーニのこと好きだったでしょ?
佐藤 ああそうですね。
小倉 お金ないのに、友だちの分までチケット買っちゃって、2回も行ったりね。まあパガニーニの演奏も、私たちがイメージしているのとは全然違ったんだろうなって私は思ってるんだけど。リストもそうだと思うんだけどね。
佐藤 うんうん。
小倉 シューベルトの心を打つって、どういう演奏だったんだろうって思うよね。
佐藤 そうですよね。でもヴィルトゥオジティに対する憧れもあったと思うんですよね。
小倉 あるね、きっと。
佐藤 だから弾けないようなことを書いてみて、まあそこまで考えないで書いてた可能性もありますけど。「さすらい人幻想曲」なんかも結構難しいし。自分が弾かないからこその難しさもピアノ曲に関してはあるのかなって思うんですけど。
小倉 確かに。だけどシューベルト本人は声もすごく良くって、弾き語りとかすると、誰もとてもああいう風な良い感じにはならなかった、って言われてるじゃない? リートなんか、詩の世界とぴたっと合っている世界で。シューベルトの音楽は、全部あのリートの世界から繋がってるよね。ああいうムードの中にピアノ曲があるっていう感じだね。
佐藤 そうですね。リートに関してはシューベルトは早熟っていうかね、それこそ「グレートヒェン」なんか17歳だし。
小倉 そうだよね。
佐藤 でもピアノ曲はもっと後にならないと、傑作って言われているような曲はなかなかなくって、前回のツィクルスのときはソナタの1番とか3番とかやったんですけど。
小倉 そうだよね、全曲やってるんだもんね。すごいよね。
佐藤 もちろんシューベルトらしい良いところはあるんですけど、あれだけの長さのものを書くにはやっぱり作曲の技術とかが必要で、それを身につけるというか、自分のものにするのに結構時間かかったのかなっていう気はして。20代の後半になってくるとソナタも充実してくるんですけど、それまでは結構あっちいったりこっちいったり。
小倉 そうだね。だけどさ、楽想という点では駄作がないよね。
佐藤 ああ、そうですね。
小倉 まあ誰と比べるかにもよるけど、普通もうちょっと駄作系があるのに。
佐藤 駄作系(笑)わかります。
小倉 未完であっても、なんか良い感じで。構成とか、全体の作り方が未熟なところはもちろんあるけど。
佐藤 そう、未完の曲にもすごく素敵なところがあるから、完成していないせいで弾かれないというのはもったいないと思って。
小倉 そう、もったいないよ。
佐藤 一応弾けるような形にしてやると、みんな「ああこんな曲があるのか」って。それで自分なりに書いたりしてるんですけど。
小倉 補筆してるんだよね。素晴らしい。

佐藤 先生の「モーツァルトのクラヴィーアのある部屋」シリーズでは、モーツァルトの鍵盤曲は全部やったんですか?
小倉 完全ではないかもしれないけど、ほぼ全部かな。だけど、クラヴィーア・ソナタは少ないじゃない? だからね、小出しにしてたんだけど(笑)。あと変奏曲と。
佐藤 案外クラヴィーアのソロの曲ってそんなにたくさんはないですよね、モーツァルト。
小倉 ないね。ヴァイオリン・ソナタはたくさんあるけどね。トリオも全部やったかな。
佐藤 回数は、全部で40回でしたっけ?
小倉 40回。それで10回・20回・30回・40回の区切りはコンチェルトで。一番最初は、K.1から始めたんだよね。K.15っていうのがロンドンのスケッチブックなのね。その中から1曲、ご挨拶の音楽みたいな感じでさ、1分とか2分とかなんだけど、途中から15a,15b,15cってなっていって、K.15ffとかね。
佐藤 どんどん枝番号が細かく。
小倉 ちっちゃな曲がたくさんあるんだけど、そういう普通のコンサートとかでは取り上げにくいけど、聴いてみると良い感じの曲をね、1曲ずつ弾いて。繰り返し時にはちょっとヴァリアンテしたりとか。
佐藤 そうしてシリーズを完結するまでにいろいろご苦労があったと思うんですけど、一番大変だったのはどんなところでしたか?
小倉 毎回ゲスト作曲家を決めていて、なるべく1人1回ずつ。例外としてヨハン・セバスチャン・バッハ、クリスチャン・バッハ、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、ハイドン、ベートーヴェンだけは、2回出てくれたゲストなんだけど(笑)、あとはみんな違う作曲家で。中には「誰それ?」みたいな人もいて、やりたい曲の楽譜を手に入れるのが結構大変だったかな。10回目のサリエリのときは、コンチェルトの譜面が出版されてなかったから、佐藤君にウィーンの図書館で自筆譜をコピーして持ってきてもらって、お世話になったよね。
佐藤 そうでしたね。モーツァルトの作品は研究が進んでいるから大部分が明らかになっていると思うんですが、それでもやっぱり判明していない曲っていうのもあるんですか? たとえば存在は記録には残ってるけど楽譜がないとか。
小倉 あるよ。これはブライトコプフ・ウント・ヘルテル[ドイツの楽譜出版社。1719年創業、現存する最古の楽譜出版社]の歴史的犯罪なんだけど。K.33d、K.33e、K.33f、K.33gという番号がついている、4曲のクラヴィーア・ソナタがあったらしいのね。
佐藤 へえ。
小倉 目録だけね、最初の数小節だけ残っているの。見ると、良さそうな曲なんだよね。いま、ピアノ・ソナタっていうとK.279のハ長調、あれが第1番みたいになってるじゃない?
佐藤 はい。
小倉 でも、初期のヴァイオリン・ソナタ、つまりK.6~9と、26~31の「ハーグ・ソナタ」あたりって、モーツァルトとしては、たぶんクラヴィーア・ソナタを書いているつもりなんだよね。ヴァイオリン伴奏付きのクラヴィーア・ソナタって、当時は重要なジャンルだったし。その初期のソナタと、K.279の間を埋める存在だったわけ。
佐藤 ははあ。
小倉 だから割としっかりした作品だったと思うのね。ナンネル[マリア・アンナ・モーツァルト(1751-1829)、愛称ナンネル:モーツァルトの実姉]と、デュルニッツ[タデウス・フォン・デュルニッツ男爵(1756-1807):音楽愛好家。ミュンヘンで若き日のモーツァルトと出会い親しくなる]も持ってたんだけど、その自筆譜を。
佐藤 へえ。
小倉 それでね、ナンネルが、「これは弟の大切な作品ですからなくさないように」って言って、ブライトコプフに送ってるのね。だけどなくしちゃったみたいなの。
佐藤 あらー。
小倉 前にNHKの講座をやったときにもその最初の部分だけ弾いて、どれも良い曲なんだよね。でももうそれはないの。わかんないけどね、見つかるかもしれないけど。この間、無くなったと思われていたトルコ行進曲付きのソナタ(K.331)の自筆譜が出てきたし。
佐藤 あ、そうですよね。
小倉 だからブライトコプフの古い倉庫の奥の方にあった!とかいうことも。
佐藤 可能性はありますね。
小倉 あとね、エーベルル[アントン・エーベルル(1765-1807):ウィーンの作曲家。モーツァルトに弟子入りし、後に友人となった]の回でやったんだけど、エーベルルのソナタ第1番はね、当時モーツァルトのソナタ第20番、最後のニ長調(K.576)の次のソナタとして出版されてたの。
佐藤 ははあ、なるほど。
小倉 ハ短調の曲なんだけど、19世紀、いや20世紀になってもかな、ペータース版なんかで、ずっとモーツァルトだっていって。
佐藤 ええっ。それはまた。
小倉 絶対違うって感じなんだけどね(笑)。でも当時の人は、疑わなかったみたい。
佐藤 そういうのありますよね、ヴァイオリンコンチェルトも、6番とか7番とか。
小倉 ああそうか。モーツァルトはやっぱり有名だから、そういうのあるよね。レオポルトの、「ナンネルの音楽帳」っていうのは確実にあったわけだけど、「ヴォルフガングの音楽帳」って言われているのがあって、でもそれもどう見ても違う感じなんだよね…
佐藤 怪しいのがいろいろ…(笑)
小倉 連弾もさ、K.19dだっけ? あれは違うかもしれないって言われてるよね。だから、わかんないことはまだたくさんある。
佐藤 それも面白いですよね。
小倉 面白い。あのシリーズでも、「これは違うかもしれない、わかんないですけど」って言って弾いて。そしたら聴いた人がみんなそれぞれ「私はモーツァルトだと思う」「いや私は違うと思う」みたいなことを言って。
佐藤 あっはっはっは。でも考えたらブラームスとかだってよくわかんないのありますもんね。ちょっと時が経つと、いろんなことがわかんなくなっちゃうのかもしれないですね。
小倉 そうだよね。

[インタビュー(4)へ]
  1. 2020/11/11(水) 15:43:27|
  2. シューベルトツィクルス
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小倉貴久子インタビュー (2)「これしかない」ということはない

浜松市楽器博物館2010
2010年2月、浜松市楽器博物館にて レコーディング後のミュージアムコンサート 使用楽器は1925年製プレイエル デュオ・ピアノ

[インタビュー(1)はこちら]
佐藤 僕が藝大の学生のときに、小倉先生がフォルテピアノの先生として着任されて、副科で2年間、それから卒業後も個人的に教えていただいたんですが。
小倉 そうだったね。
佐藤 レコーディングに誘っていただいたのが2010年なので、もう10年前ですね。
小倉 え、もうそんなになるっけ。浜松市楽器博物館のね、コレクションシリーズの録音を一緒にやってもらったのよね。

LMCD1926
浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ31
ラ・ヴァルス ~華麗なるデュオ・ピアノの芸術~
小倉貴久子&佐藤卓史
(ピアノ;プレイエル社デュオ・ピアノ1925)
ドビュッシー:リンダラハ、ラヴェル:ラ・ヴァルス、ミヨー:スカラムーシュ、フランセ:8つの異国風の舞曲他
浜松市楽器博物館/コジマ録音 LMCD-1926 ¥2,900+税

佐藤 はい。あのシリーズではもう本当にいろんな楽器を弾かれていますよね。
小倉 そう、あそこには5オクターヴの時代の楽器はあまりないけれども、そのあとのオリジナル楽器はすごくいっぱいあるのね。1台1台全然タイプが違うから、そういう楽器で録音したり、レクチャーコンサートをしたり、たくさん経験をさせてもらって。その中で、いろんな作曲家からいろんな曲が生まれた背景には、そういういろんな楽器があったっていうことがわかってくるんだよね。
佐藤 はい。
小倉 1台1台タッチも違うし、お手本があるわけじゃないから。19世紀の後ろの方だと、あのブラームスの音の悪い録音が残っているとはいえ。
佐藤 (笑)



小倉 それ以前は録音もないし、実際にどうやって演奏してたのかっていうのはわからないじゃない? だけど、その楽器から出る音とか、音のツボとかを試したりしながら、それと楽譜と、文献や証言、当時のエピソードとか、そういうものがパーッと結びついていく瞬間があるのね。
佐藤 ううむ。
小倉 ちょっと謎解きみたいで。私推理小説好きなんだけど、いろんなヒントが組み合わさってパズルのように作り上がっていくのが見えてくる、それがもうたまらないっていう感じで。でも、もちろんこれが答えっていうんじゃないんだけど。かえって、いろんな可能性があったんだなっていうこともわかるの。
佐藤 ほう。
小倉 「これしかない」っていうことはないというか。たとえばベートーヴェンでも、私が学生の頃ならヘンレ版でピアノ・ソナタの楽譜が全部出てて、もうこれでいいでしょう、決定版っていう感じだったのが、最近ベーレンライターが出版されたら、もう全然違う。ベートーヴェンもまだこんなに知られていなかったことがあったのかっていう面もあるじゃない? 今まで「こうだ」って言われてたことが、覆される瞬間が山のようにある。でもそれもまた絶対っていうわけじゃなくて、ベートーヴェン自身も「僕はこういうふうには弾かないけど、こうやって弾いてくれるとすごく面白い」って言ってたり。
佐藤 ああ。
小倉 そういう可能性の面白さを、作曲家自身も知ってたのかもしれないよね。そういういろんな楽しみが、フォルテピアノを知ることによって生まれてきたっていうのかな。だから、現代のピアノでどんな作品でも全部弾かなきゃいけないっていうのと、全く別の世界があるんだよね。

佐藤 単純な疑問なんですけど、フォルテピアノ奏者って、先生もそうですけど、ご自身の楽器を演奏会場に運んでいって演奏するスタイルが一般的かと思うんですけど。
小倉 うん。
佐藤 コンクールはどうなってるんですか?
小倉 ブルージュのコンクールは、舞台に楽器がいくつか並んでて、その中から選ぶ。予選だと、前の日にちょっと試し弾きできる時間があって、これでやりますって。
佐藤 で、そのあと練習はできるんですか?
小倉 その楽器ではできないね。
佐藤 へえ!
小倉 でも本選になると、使える楽器ももっと増えるし、その楽器で練習する時間もあるの。
佐藤 モダンピアノでももちろん1台1台癖があるし、コンクールのときは同じように楽器選びの時間があったりしますけど、フォルテピアノだともっと違いが大きいじゃないですか。
小倉 そうだね。
佐藤 それはステージの上で瞬間的に判断していくという?
小倉 そうだね。だから経験値は必要かもね。
佐藤 そうですよねぇ。
小倉 ある程度、いろんな楽器を知ってるっていうことは、必要かも。この間のピリオド楽器のショパンコンクールのときも、5台から選べたんだけど、練習時間はそんなに与えられているわけじゃないのね。ショパンがポーランド時代に使っていたウィーン式アクションのブフホルツという楽器のレプリカとグラーフ、イギリス式アクションのプレイエル、エラール、ブロードウッド。その5台の中でも、無難な楽器もあれば弾くことが難しい危ないのもあって。
佐藤 はいはい。
小倉 でも、危ないんだけど、それでしか表現できないものもある。だから選ぶ楽器によって、コンテスタントが演奏に何を求めてるかがわかったりもするんだよね。
佐藤 なるほどねえ。
小倉 安定を求めている人は安定した楽器を選ぶけど、もっとこう表現したいから、すごく不安定で危ないけど、あえてこっちを選ぶとか。エラールが一番無難だったのね。
佐藤 まあそうでしょうね。ショパンが言っている通り。
小倉 そう。怖いっていう人は結構エラール選んでたんだけど、でももちろんエラール選んで本選行った人もいるし、いろんなパターンがあった。5台中3台まで使えるんだけど、1次予選の20分の中で3台を使い分ける人と、1台だけの人もいるし。曲と曲の間をアドリブでつないでいく人もいた。
佐藤 ほう!
小倉 1位になったトマシュ・リッテルもそうだったんだけど。なんていうか、いろんなことができる。ある意味でクリエイティブだよね。
佐藤 そうですね。
小倉 もちろん良い音でとか、ミスなくとか、そういうことも重要なことではあるし、あまりにも音が悪かったり、あまりにもミスが多かったりするとやっぱりダメなんだけどね、だけどいくら音が綺麗でミスがなくても、やっぱりそれ以外に何にもないと1次予選も通らない。審査も難しいとは思うんだけどね。
佐藤 そうでしょうね。
小倉 でもやっぱり、才能があるなっていう人は、通るんだけどね。結局はね(笑)
佐藤 ですよね(笑)
小倉 青柳いずみこさんが、モダンのショパンコンクールもいつも取材していて、今回も聴きにいらしていて。
佐藤 はい。
小倉 ピリオドはもちろん初めてだったけど、聴いててずっと面白いって言ってた。1人1人があまりにも違うでしょ。だからフォルテピアノのコンクールっていうのは、かなり面白いかな。

佐藤 たとえば、全然これまで弾いたことがない楽器が来て、これでコンサートや録音をするとなると、どのくらいの期間で「自分の楽器になった」という感覚になるものですか?
小倉 たとえば音楽祭とかで、やりたくてもそんなに練習できない場合もあるじゃない? そうすると、それにぱっと馴染んで合わせなくてはいけないっていうのはあるかな。楽器のタイプにもよるけれども。だけど、最低1日は欲しいね(笑)
佐藤 そうなんですね。
小倉 1日もないのはちょっと困る。1日だって本当は少ないけどね。でも、どんな楽器で弾くのかがあらかじめわかっていれば、事前にそういうイメージを作り上げておくっていうのもあるのね。
佐藤 なるほど。
小倉 でもね、なんか人とおんなじで、すぐ打ち解けて仲良くなる場合もあれば、いくら一緒にいたってわかんない人もいるじゃない? そういう相性もある程度あるよね。
佐藤 それはなんとなくわかりますね。

[インタビュー(3)へ]
  1. 2020/11/10(火) 18:03:28|
  2. シューベルトツィクルス
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小倉貴久子インタビュー (1)やっぱり面白いことが好き

第13回公演ゲスト、小倉貴久子先生のご自宅でお話を伺いました。背後には1845年製作のシュトライヒャー。4回シリーズです。

小倉貴久子・佐藤卓史1

佐藤 小倉先生といえば、皆さんはもちろんフォルテピアノ奏者としてお名前をご存じだと思うんですが、でも聞くところによると、留学中にストラヴィンスキーのピアノコンチェルトを弾かれたとか。
小倉 そうそうそう!(笑)
佐藤 すごく幅広い音楽に対して取り組みをなさっていると思うんですけど、それは特に意識されてるんですか?
小倉 ストラヴィンスキーはね、あれって管楽器とピアノのコンチェルトなのよね。
佐藤 そうですね。
小倉 最初は藝大の学部生のときにね、その頃は別に古楽とか知っていたわけじゃなくて、モダンの曲も普通に弾いてたのね。管楽器の伴奏をよくやってたということもあって、管楽器の定期演奏会でストラヴィンスキーをやるっていうときに、ソリストに選んで下さって。
佐藤 なるほど。
小倉 そのあとオランダに留学して、9月から学校が始まるんだけど、一足先に8月に行ったら、ちょうど私の師事したヴィレム・ブロンズ先生が他の方と話していたのね。学校のプロジェクトでストラヴィンスキーのピアノコンチェルトをやるんだけど、ソリストのオーディションを受ける人があんまりいないって。
佐藤 難しいですもんね。
小倉 横から「え、私それ弾いたことある」って言ったら、「えっ!貴久子、受けるんだ!」みたいな感じで(笑)。ほんの1年前に藝大定期で弾いた曲だったしね。それで急いで日本から楽譜を送ってもらって、3週間後ぐらいにオーディションを受けて見事選んでいただいて、学校が始まるやいなや、アムステルダムスウェーリンク音楽院の定期演奏会でソリストを務めるという。
佐藤 そういうことだったんですね。
小倉 そう。ブロンズ先生は現代音楽の専門家じゃないから、現代曲のスペシャリストの先生のレッスンも受けるといいって言われて。オランダって古楽も盛んだけど、現代音楽も盛んで、現代曲で留学する人もいるのね。
佐藤 そうなんですか。
小倉 で、レッスン受けたらね、もう全然違うんだよね。
佐藤 へぇ。
小倉 現代曲の弾き方って全然違うの。やっぱりそういう道の人っていうのは違うんだなと思って。だからストラヴィンスキーもすごく好きだし、あとこの間はヒンデミットを。
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佐藤 はい。
小倉 20世紀頭のベヒシュタインで弾いたんだけど。最初は、私ヒンデミットって全然イメージがなかったんだけど、やってみたら本当に良い音楽なんだよね。演奏する楽しみっていうことを追求した人で、独特の世界のロマンティックさがあって、ヒンデミットも本当面白いなって。だから、世の中にあるいろんな音楽の中で、共感する、自分の琴線に触れる部分があると、どんどんのめりこんでやりたくなるっていう、そういう感じだね。周りから「これやってみない?」って言われたら、「え、やってみようかな」みたいなノリで、やってみるっていう、そういう感じでいろんなことにチャレンジしていってるのかもしれない。古楽も、古楽器が好きだからとかいう理由では全然なくて、やっぱり音楽が一番生きるっていう、そういうところが楽しくてやってるんだよね。

佐藤 こどもの頃からそういう好奇心旺盛なお子さんだったんですか?
小倉 そうだね。ピアノはね、私の母がピアノの先生だったから、私がやりたいって言って始めたわけじゃなくて、物心つく前に、もう弾いてたっていう。
佐藤 へえ!
小倉 お友達の好きなテレビ番組の主題曲とか、適当に耳コピして弾くとみんな喜ぶじゃない? そんな感じで、何でも弾いちゃって。専門的じゃないけど、自分でも曲作ったりとかして、割と自由にやってたかな。
佐藤 そこから音楽の道を目指して、藝大に進むっていうのは割とスムースだったんですか?
小倉 そうね、最初は漠然とピアニストになりたいって思ってね。飛行機に乗って、あちこち飛び回って演奏活動するようなピアニストになりたいって。ピアニストに対する憧れみたいな。
佐藤 ああ、僕もそうでした(笑)
小倉 だけどね、小3ぐらいだったかな。ホロヴィッツのカーネギーホールのコンサートの映像をテレビで観て、「うわ、なんだこれ!」と思って。どういうふうに演奏するか、演奏ということに対してすごく興味が出てきたのは、それからかなぁ。それからはピアノの練習が好きになって、こうやってみよう、ああやってみよう、って自分で試して。
佐藤 はい。
小倉 ただ父の仕事の関係で転勤が多くて、小学3年から5年まで大阪にいて、6年で帰ってきて、みたいな、移動が多かったのね。母は音大出たとかじゃなくて、私に手ほどきができるぐらい、ちょっとピアノが好きで教えてるみたいな感じだったから、音楽家の家庭じゃないし、先生探しは結構大変だったんだけど。
佐藤 ああそうなんですね。
小倉 だからそれがスムースっていうかはよくわからない。
佐藤 でも、何かきっかけがあって音楽家になろうって決意したというよりは、自然な流れで。
小倉 そうだね。それで結果的にたくさんの先生につくことになったので…藝大時代もね、一番最初は中山靖子先生(1921-2015)だったんだけど、大学3年のときに中山靖子先生が定年退官されて、そのあとは田村宏先生(1923-2011)で、田村先生は私が大学院1年のときに定年退官されて、それで平井丈二郎先生(1939-)と。藝大時代でさえも3人の先生につくことになって。いろんな先生からいろんな素晴らしいことを教えていただけたっていうのは、ある意味で良かったのかなって思う。
佐藤 そのあとオランダに留学されて、古楽に出会うことに。
小倉 そう、もともとはヴィレム・ブロンズ先生につきたくて行ったんだけど、オランダは古楽が盛んだったから、素晴らしい演奏会がたくさんあって、それを聴いてもう目から鱗でね、「これはどうなってるんだろう?」って。別に最初から古楽の世界に入ろうと思ったわけじゃなくて、どういうことが行われているのか知りたくて、それで遊びでいろいろ楽器を弾いてみて、やっぱり面白いことが好きで。
佐藤 なるほど。
小倉 大学院を休学して留学したから、2年間しか休学できないでしょ。それで帰る直前に、友達がブルージュの古楽コンクールのアンサンブル部門に出るはずだったんだけど、フォルテピアノの子が急に受けないって言うので、貴久子代わりに出ない?って誘われて。「え、私でいいの?」って。
佐藤 あはははは。
小倉 そんなノリだったのね。でもそれがなかったら、どうだったかなって。確かにフォルテピアノすごく好きで、いろいろ遊びで弾いてたけれども、そのまま日本に帰って、藝大の大学院のピアノ科に戻ったら、フォルテピアノを専門的にやるっていうところまではいかなかったかもしれない。そこで1位をいただいて、「これすごいコンクールなんだからしっかりね」ってみんなに言われて、あ、そうだったのかという感じで。
佐藤 ははあ。
小倉 ちょうどアンサンブル部門の2年後にフォルテピアノ部門があったのね。周りにも受けた方がいいって言われて、私も受けようかなって。受けるんだったらやっぱり楽器を手に入れないと、結局はよくわからないので。それから注文して、1年後ぐらいにフォルテピアノが出来て、日本に持ってきて、ようやく専門的に始めた、という感じかな。
佐藤 フォルテピアノを専門にするということについて、周りからの抵抗とかありましたか?
小倉 あったよ。帰国して大学院に戻ったら、平井丈二郎先生に、「フォルテピアノ? いや、現代のピアノは弾き続けた方がいいですよ」とか言われて、「いや、私はそういうつもりじゃ」みたいな。
佐藤 (笑)
小倉 コンクールの直後だし、もう本当にフォルテピアノにのめりこんでたから、修士論文もシューマンがテーマっていうのは決めてたんだけど、やっぱり楽器のことを絡めたくて、「シューマンのピアノ」っていう論文を書いたりとかして。でも日本ではその頃古楽とモダンって全然違う分野と思われていて、私なんか「モダンの人が始めた」って言われたし。
佐藤 今でもその傾向はあるかもしれませんね。
小倉 そういうつもりじゃなくてさ、本来は同じ音楽じゃない? オランダでは、古楽とモダンの敷居がなかったのね。私モダンの学生だったけど、「どうぞ」っていう感じで受け入れてくれた。だから今主宰しているフォルテピアノアカデミーでも、専門に学んでいない人も受けられるようにしていて、興味がある人には、ぜひぜひウェルカムでいたいのね。
佐藤 なるほど。
小倉 そういう部分がどんどん開かれていって、楽しい世界だっていうことをみんなが知ることが、すごく重要だよね。現代のピアノが嫌いだからとかいうわけじゃ全然ないし、でもすごい面白い世界だから。

[インタビュー(2)へ]
  1. 2020/11/09(月) 16:22:30|
  2. シューベルトツィクルス
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第13回公演ゲスト:小倉貴久子さんプロフィール

2020年12月9日の佐藤卓史シューベルトツィクルス第13回「4手のためのディヴェルティメント」の連弾ゲストは、鍵盤楽器奏者の小倉貴久子さんです。

小倉貴久子
小倉貴久子(おぐら・きくこ)●フォルテピアノ/ピアノ奏者
東京藝術大学を経て同大学大学院ピアノ科修了。アムステルダム音楽院を特別栄誉賞を得て首席卒業。第3回日本モーツァルト音楽コンクールピアノ部門第1位。1993年ブルージュ国際古楽コンクールアンサンブル部門第1位。95年同コンクールフォルテピアノ部門で第1位と聴衆賞受賞。『クラシック倶楽部』『ららら♪クラシック』『カルチャーラジオ 芸術の魅力』などTV、ラジオへの出演も多い。浜松市楽器博物館コレクションシリーズの録音やコンサートでの演奏も高い評価を得ている。これまでにCD を50点以上リリース。それらの多くが朝日新聞、読売新聞、毎日新聞や「レコード芸術」誌等で推薦盤や特選盤に選ばれている。著書に『ピアノの歴史』(河出書房新社)。校訂楽譜『ジュスティーニ:12のソナタ集 第1、2巻』(カワイ出版)、『ソナチネ音楽帳 前期・後期』(音楽之友社出版)。共著や監修に『よくわかるピアニスト呼吸法』『すぐわかる!4コマピアノ音楽史』(ヤマハミュージックメディア)。シリーズコンサート「小倉貴久子の《モーツァルトのクラヴィーアのある部屋》」全40回完結。平成24年度文化庁芸術祭レコード部門〈大賞〉、第30回ミュージック・ペンクラブ音楽賞 クラシック部門【独奏・独唱部門賞】、第48回JXTG音楽賞 洋楽部門奨励賞受賞。第86〜88回日本音楽コンクールピアノ部門の審査員を務める。北とぴあではシリーズ【小倉貴久子と巡るクラシックの旅】を開催中。新シリーズ「小倉貴久子《フォルテピアノの世界》」は本年スタート。フォルテピアノ・アカデミーSACLA主宰。東京藝術大学古楽科非常勤講師。

小倉貴久子公式ウェブサイト「メヌエット・デア・フリューゲル」 www.mdf-ks.com
  1. 2020/11/06(金) 15:14:51|
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