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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

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[告知] シューベルトツィクルス第7回「人生の嵐 ―4手のためのピアノ曲―」

シューベルトツィクルス第7回チラシ
2017年6月22日(木)19時開演 東京文化会館小ホール * ゲスト:川島基(ピアノ)
♪序曲 ト短調 D668 * ♪12のドイツ舞曲 D420 ♪8つのエコセーズ D529 ♪12のレントラー D681より 現存する8曲
♪序奏、創作主題に基づく4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 D968A * ♪アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 D968 *
♪アレグロ イ短調 D947(「人生の嵐」) * ♪ロンド イ長調 D951(「大ロンド」) *
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2017/06/22(木) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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ロンド イ長調 D951 概説

ロンド イ長調 (「大ロンド」) Rondo A-dur ("Grand Rondeau") D951
作曲:1828年6月 出版:1828年12月(作品107)
楽譜・・・IMSLP

クライスレの証言によれば、この作品はウィーンの大出版社、アルタリア社のドメニコ・アルタリアからの委嘱によって1828年6月に作曲された。同年12月に同社から出版されたが、その3週間前に作曲者は既にこの世を去っていた。
製版に用いられた自筆譜が珍しく現存しているが、そこにはかなりの訂正や挿入の痕跡がある。どうやら試奏もせずに大急ぎで仕上げたらしく、たとえば[244]-[253]のプリモ、両手が同じ和音を奏するところに「col dextr 8」(オクターヴ下で)という略号のみが書かれているのだが、その通り演奏するとセコンドの右手と完全にぶつかってしまう。

「人生の嵐」と同様、「大ロンド」(Grand Rondeau)のタイトルは出版社が付けたものだが、それにふさわしい大規模で充実した内容のロンド=ソナタ形式の作品である。

(提示部)
a [1]-[8] イ長調(第1主題)
b [9]-[24] イ長調
a [25]-[32] イ長調
c [33]-[53] 嬰ヘ短調→ホ長調
d [54]-[68] ホ長調(経過句)
e [69]-[91] ホ長調(第2主題)
経過部 [92]-[102] イ長調
a [103]-[110] イ長調
b [111]-[126] イ長調
a [127]-[137] イ長調→ハ長調
(展開部)
f [138]-[151] ハ長調
e [152]-[175] 変ロ長調→ロ長調→・・・→イ長調
(再現部)
a [176]-[183] イ長調(第1主題)
c [184]-[204] 嬰ヘ短調→イ長調
d [205]-[219] イ長調(経過句)
e [220]-[240] イ長調(第2主題)
e [241]-[257] ヘ長調→変ロ長調→イ短調
経過部 [258]-[268] イ長調
a [269]-[276] イ長調
b [277]-[292] イ長調
e [293]-[304] イ長調(コーダ)
a [305]-[310] イ長調

少し細かく分析してみた。上記のabcdをすべてまとめてA群とすれば、ABACABAの大ロンド形式ということになるが、よく観察すると再現時にbを省略して、その代わりにコーダの前に登場させるなど、きめ細かい構成上の工夫がされていることがわかる。
aのロンド主題は、同じくイ長調のピアノ・ソナタ第13番D664の第1楽章や第20番D959の第4楽章にも似た、春の暖かい雰囲気を漂わせる美しい旋律である。経過的に登場するcの短調の開始はややメランコリックな表情を帯びる。副主題にあたるeは5小節という変則的なフレーズだが、やはり穏やかな性格で、ロンド主題aとの対照性には乏しい。
一方で、中間部に一度だけ登場するハ長調のfは極めて強烈で、神の啓示のごとき閃光を放っている。その後はeが次々と転調してロンド主題を導いてくる。このeは、再現部でも重要な働きをし、[241]からの一連のセクションで美しくも不気味な変容を遂げる。コーダもeから始まり、最後の1フレーズでaが回想され、飛び立った鳥が空高く消えていくかのように静かな余韻を残して終わる。
シューベルトらしい溢れる情感と、練り上げられた独創的な構築性が共存する稀有な作品である。

D947の解説でも述べたように、この2曲は同一のソナタの中に含まれるべき楽章群であるという意見は根強い。確かにD951はソナタの終楽章とするにふさわしい内容と曲想を持っている。ただしクライスレの証言を信じるなら、出版社からの委嘱に基づいて書かれたのであって、この2曲を結びつける資料上の根拠は何もない。
2曲が別々に出版されたことで「ソナタ」の計画が頓挫してしまったのか、逆にソナタの完成を諦めた結果別々に出版することにしたのか、単に2曲の単独作品が偶然イ調だったというだけなのか。いずれにしても、最晩年のシューベルトの瞠目すべき創作力を物語る2曲だというアンドレアス・クラウゼの指摘は的を射ている。

D951出版直後の1829年、19歳のロベルト・シューマンが、ピアノの師フリードリヒ・ヴィークに宛てて書いた手紙が残っている。

シューベルトは、ジャン・パウルの小説と同じく、私にとって唯一無二の存在です。最近4手のロンドOp.107を演奏しましたが、これは最高傑作であると確信しました。雷雨の前の蒸し暑さや、恐ろしく静かで重苦しく叙情的な狂気、完全で深く、かすかで美的なメランコリーが、全き真実そのものの上に漂っている、このようなものを、他の何かと比べることができるでしょうか。
私はこのロンドがプロープストの演奏会で初めて演奏されたときのことを覚えています。演奏が終わると、奏者と聴衆たちはお互いを長いこと見つめ合いました。自分たちが今何を感じたのか、シューベルトが何を意図したのかわからず、声を出すこともできなかったのです。


相変わらずの文学的な言い回しが炸裂しているが、このロンドの中に他の音楽にはない何かを感じ取った、若きシューマンのシューベルト熱が伝わる一文である。
  1. 2017/06/17(土) 03:35:17|
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アレグロ イ短調 D947(「人生の嵐」) 概説

アレグロ イ短調 (「人生の嵐」) Allegro a-moll ("Lebensstürme") D947
作曲:1828年5月 出版:1840年(作品144)
楽譜・・・IMSLP

シューベルトの連弾作品の多くは、シューベルティアーデなどのプライベートな場で作曲者自身によって披露された。そのデュオ・パートナーを務めた人物として、ヨーゼフ・フォン・ガーヒーJosef von Gahy (1793-1864)の名前はよく挙げられる。彼は役人だったがピアノの演奏に優れ、シュパウンの紹介でシューベルティアーデのメンバーになった。シューベルトのお気に入りの連弾相手で、シューベルトの死後はその多くの室内楽曲を4手用に編曲した。彼や、劇作家のエドゥアルト・フォン・バウエルンフェルトEduard von Bauernfeld (1802-1890)、シューベルティアーデにこそ参加しなかったが密かに想いを寄せる相手でもあったカロリーネ・エステルハージ孃Caroline Esterházy (1811-1851)らとの連弾の経験が、あれほど大量の4手作品を生み出す原動力になったのだろう。
ただ、彼らはいずれもプロの音楽家ではなくアマチュアのディレッタント(愛好家)であった。シューベルト自身、ピアノの演奏技巧は一流とはいえず、そうした層との演奏を楽しんでいたふしがある。
しかし最晩年1828年の5月9日、完成したばかりのヘ短調の幻想曲D940を友人たちの集まりで初演したパートナーは、フランツ・ラハナーFranz Lachner (1803-1890)であった。彼はコンサートピアニストではないものの、長じてケルントナー劇場(現在のウィーン国立歌劇場)の指揮者やマンハイム、ミュンヘンのカペルマイスターを歴任、今でこそ有名ではないが、生前は多くの作品を発表し作曲家として尊敬を集めた人物であった。時にシューベルト31歳、ラハナーは25歳。才能溢れる若者との共演からシューベルトがインスピレーションを得たことは想像に難くない。最晩年の4手作品の充実は、ラハナーとの出会いがきっかけになったのかもしれない。

幻想曲D940の完成直後の5月に早くも書き上げられたのが、このD947のアレグロである。自筆譜は現存しないものの、ヴィッテチェク=シュパウン・コレクションに筆写譜が残っており、そこには「デュオ」というタイトルがついている。出版は1840年、ディアベリ社からで、このときに「人生の嵐(性格的アレグロ)」というキャッチーな表題がつけられた。

ヴィッテチェク=シュパウン・コレクションは、前述の通りウィーン楽友協会資料室に所蔵されている。「アルペジオーネ・ソナタ」D821と、本作D947の2曲がまとめられた第55巻を閲覧してきた。
1828年5月という日付があり、見開きの左ページがセコンド、右ページがプリモというパート譜形式で記譜されている。ぱっと見ただけで、書き間違いや書き落としが相当多いことに気づく。とりわけオクターヴ違いや小節をまたいだときの臨時記号はほとんど記されていない。これは当時の記譜習慣なのかもしれないし、原本が清書譜ではなく、正確に書かれていなかったということも考えられる。
一方で同じ自筆譜を底本にしたと思われる初版はというと、こちらは題名だけではなく楽譜そのものにもかなり出版社の手が入っていると思われ、オーセンティシティ(正統性)の観点からはかなり問題のある内容になっている。たとえば第2主題の再現時[458]、プリモに記された「con delicatezza」(繊細に)の発想標語は、どう考えてもシューベルトの指示ではない。
結果的に筆写譜・初版譜のいずれも信用に足らない部分があり、細かいデュナーミクやアーティキュレーションの違いについては、どちらを参考にすべきなのか迷うところも多い。

ディアベリによる「人生の嵐」という命名が知名度アップにつながったことは確かだが、そのせいで気まぐれで幻想的な作品という先入観を持たれやすい。ところが、実際には非常に堅固なソナタ形式で書かれている。

提示部 [1]-[259]
第1主題(1) [1]-[11]
第1主題(2) [12]-[36]
第1主題(1)の確保と展開 [37]-[58]
第1主題(2)の確保と展開 [59]-[72]
経過句 [73]-[88]
第2主題 [89]-[137] 変イ長調
第2主題の確保 [138]-[182] ハ長調
第2主題による展開 [183]-[198]
第1主題(2)による小結尾 [199]-[259]
展開部 [317]-[347]
ヘ短調~ [260]-[284]
ロ長調(主音保続) [285]-[316]
ホ長調(主音保続)~イ短調(属音保続) [317]-[347]
再現部 [348]-[622]
第1主題(1) [348]-[358]
第1主題(2) [359]-[389]
第1主題(1)の確保と展開 [390]-[407]
第1主題(2)の確保と展開 [408]-[421]
経過句 [422]-[437]
第2主題 [438]-[457] ヘ長調
第2主題の確保 [458]-[502] イ長調
第2主題による展開 [503]-[518]
第1主題(2)による小結尾 [519]-[577]
第1主題によるコーダ [578]-[622] イ短調

提示部・再現部の長大さに比して展開部が短いことや、提示の中で既に主題の展開が行われることはシューベルト後期のソナタでは通例のパターンだが、特筆すべきは第2主題がまず変イ長調で提示され、確保でようやく通常のハ長調に移行するという独創的な調性配置である。遠くから響いてくるコラールは、遠隔調を用いることであたかも異世界からのメッセージのように聞こえる。そしてその後の鮮やかな転調によって定石通り平行調のハ長調へ到達するため、ソナタ形式の論理性も失われない。
一方で第1主題の何かを拒絶するような強奏と、焦燥感のある旋律は実に印象的で、両主題間の対比も著しい。展開部だけでなく提示部の各主題確保後でも行われる、半音階を駆使した目まぐるしい転調は、まさに「人生の嵐」のニックネームにふさわしい。

モーリス・ブラウンをはじめ、この作品が多楽章ソナタの第1楽章として書かれたとみる研究者は多い。続くイ長調のロンドD951はその終楽章で、D617、D812に続く生涯で3番目の連弾大ソナタになるはずだったが、中間楽章を作曲できぬままこの世を去ってしまった、という推測である。
一方で、このソナタはD947とD951で完結していると説く者も多い。そのひとりがピアニストのアルフレート・ブレンデルだ。ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第27番」(作品90)をモデルにした、「急(短調)・緩(長調)」の2楽章形式のソナタという見立てである。
このことについてはD951の解説で再度検討することにしたい。
  1. 2017/06/16(金) 15:40:53|
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アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 D968 概説

アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 Allegro moderato C-dur und Andante a-moll D968
作曲:1815~19年? 出版:1888年
楽譜・・・IMSLP

自筆譜はいわゆる「清書譜」ではなく、タイトルも日付も記されていない。筆跡から、1815年から19年頃の初期の作品と推定されている。特徴的なのは、インクと鉛筆で指使いが念入りに書き込まれていることで、そこから、この作品がピアノレッスンの教材として使用されたこと、もっと言えば教材目的で作曲されたことが推測できる。だとすると、やはりエステルハージ家の姉妹に関連する作品とも考えられる。ドイチュは、シューベルトが1818年夏のツェリス滞在以前から、ウィーンのエステルハージ邸を訪れて姉妹のレッスンをしていたという可能性を示唆していて、曲の習作的な簡潔さを考え合わせても、1818年以前に成立していた可能性は高いかもしれない。「ソナチネ」の愛称で呼ばれることもある。

ハ長調のアレグロ・モデラートは教科書的とすらいえるソナタ形式で書かれている。バスの4分音符の刻みの上で3度の重音で提示される第1主題、8分音符の伴奏型に乗ってダクティルスのリズムで始まる第2主題は、いずれも極めて古典的で、明瞭かつ純粋な性格を持つ。展開部は意表を突いた変ロ長調で始まるが、その後の転調はいささか図式的。再現は型どおりである。

イ短調のアンダンテは緩徐楽章で、プリモが旋律、セコンドが伴奏という役割から離れない。ややセレナーデ的な性格はあるものの、感情の深みや劇的な展開には遠い。ピカルディ終止でイ長調の和音で終わるが、普通に考えればこの後にハ長調のフィナーレが続いてしかるべきだろう。この作品を「ソナチネ」と捉えるならば、フィナーレを欠いた「未完」作品という解釈が妥当かもしれない。

ちなみに兄フェルディナントは、1833年に自身の作品「パストラール・ミサ」のクレドに、この曲を引用というか、そっくりそのまま編曲して用いている。フェルディナントはフランツの生前から、弟の作品を勝手に自作として発表することがあったが、フランツもそれをあまり問題にはしていなかったようだ。D968の自筆譜のプリモパートには、鉛筆の筆跡で「クレド」の歌詞が書き込まれているが、これはおそらくフェルディナントによるメモと考えられる。
「パストラール・ミサ」は1846年のクリスマスにウィーンの聖アンナ教会で初演され、「紛う方無きシューベルトの精神の遺産」と新聞で絶賛されたが、実際にはその大部分がフランツの作品の盗用だったことが判明している。
  1. 2017/06/15(木) 21:37:14|
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序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 D968A 概説

序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 Introduktion, vier Variationen über ein Originalthema und Finale B-dur D968A(旧603)
作曲:不明 出版:1860年(作品82-2)
楽譜・・・IMSLP

1860年、ハンブルクのユリウス・シューベルト社(フランツ・シューベルトとは違う綴りで無関係)から出版されたが、来歴は全くわかっていない。このとき同じ「作品82」にまとめられたのは「エロルドの歌劇『マリー』の主題に基づく8つの変奏曲」D908で、D908が作品82-1、D968Aが作品82-2とされている。
そもそもD908は、作曲者生前の1827年にトビアス・ハスリンガー社から作品82として既に出版されていて、シューベルト社はハスリンガーからその権利を買い取ったようだ。クライスレは、D968Aの自筆譜も元々ハスリンガーが所有していて、シューベルト社にD908と抱き合わせで売りつけたのではと推測している。その原資料も出版後に散逸してしまったので、この作品に関する一次資料は何も残っていない。
モーリス・ブラウンは本作について、エステルハージ家のマリーとカロリーネの姉妹にピアノを教え、数多くの連弾曲が生み出された1818年のツェリス滞在時、あるいはそれに続く冬にウィーンで作曲された可能性を示唆しているが、推測の域を出ず、ノッテボームの目録では「偽作または疑わしい作品」にリストアップされてしまっている。

とはいえ、華麗な演奏技巧を駆使した才気走る作品であり、シューベルトの真作というにふさわしい名作といえる。
タイトルの通り、「序奏」、「主題」と4つの「変奏」、「フィナーレ」から構成されている。

序奏 モデラート([1]-[34])
フォルティシモの強奏で和音が打ち鳴らされ、華やかに幕を開ける。序奏では付点のリズムが支配的で、そのぶん[26]-[29]で付点のないメロディーが歌われる部分が新鮮に聞こえる。ドミナントの和音上でプリモが短いカデンツァを披露し主題へ移る。
創作主題 モデラート([35]-[50])
それぞれに繰り返し記号のついたA+Bの二部形式。半小節のアウフタクトを持つ、モーツァルト風のチャーミングな主題である。
第1変奏 ([51]-[66])
3連の16分音符を用いて旋律を装飾する。
第2変奏 ([67]-[82])
32分音符による装飾。B部分での分散和音のやりとりがダイナミックである。
第3変奏 ブリランテ([83]-[98])
更に細かい6連の32分音符のパッセージで半音階的に装飾していく。プリモ・セコンドとも高度な技巧を要する、本作で一番の見せ場。
第4変奏 ピウ・レント([99]-[134])
テンポがぐっと落ち、シューベルトらしい自由なハーモニーの飛翔がみられる。[124]からは主音の保続を伴うコーダとなり、突然の強奏でフィナーレを導く。
フィナーレ ヴィヴァーチェ([135]-[334])
小節数的には全曲の半分以上を占めるフィナーレ。急速なワルツのリズムに乗って、主題の自由な変奏が繰り広げられる。最後はだんだん遠ざかっていき、テンポも落ちたところで突如プレストに。7小節で華麗に曲を閉じる。
  1. 2017/06/14(水) 14:16:26|
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12のレントラー D681 概説

12のレントラー Zwölf Ländler D681 (第5~12曲のみ現存)
作曲:1815年頃 出版:1930年

(舞曲の種類)
(舞曲の分類)

D681の舞曲集の自筆譜はパリ国立高等音楽院の図書館に収められているが、最初の1枚は散逸したとみられ、第5曲から第12曲までの番号が振られた8曲だけが残されている。そのため端的に「8つのレントラー」と表記されることも多いが、今回はあくまで曲集の途中から演奏するという意味で「12のレントラーより」の表記を採った。
自筆譜の書法から1815年頃の作品と考えられている。各曲は変ロ長調・変ホ長調・変イ長調といったフラット系の調性をとり、初期の舞曲の常として構造はすべてB(二部形式)である。

5. 変ホ長調 ワルツ型メヌエット型
 1小節目のジグザグ音型と、2小節目以降の2拍目の2分音符に付けられたアクセントが楽しい。B部分では伴奏型がメヌエット型に変化し、アクセントは3拍目に移動する。
6. 変ロ長調 ワルツ型
 跳躍の多いメロディーラインはレントラー風。
7. 変ホ長調 ワルツ型
 伴奏型は1拍目を欠くワルツ型。アウフタクトを伴う2小節のフレーズが繰り返され、どこか古典的な趣。
8. 変イ長調 ドイツ舞曲型ワルツ型
 目を引くのはA部分の「mit dem Pedal」(ペダルを使って)、B部分の「ohne Pedal」(ペダルなしで)という指示である。ペダルの有無でAとBの響きの対比を意図した、非常に珍しい意欲的な書き込みである。A部分は荒々しい和音連打のドイツ舞曲型だが、B部分は軽やかなワルツ型に。共通するのは2拍のモティーフが連続するヘミオラ風のリズムの面白さである。
9. 変イ長調 その他
 第8曲~第10曲の変イ長調の3曲は通奏可能なように工夫されている。逆付点のリズムと、左手上声のメロディーのハモりが印象的。
10. 変イ長調 その他+ワルツ型
 属九の和音から始まるやや扇情的な表情。そして16分休符を伴う分散和音音型がチャーミングである。
11. 変ホ長調 その他+ワルツ型
 滑らかに下降する半音階のモティーフは、第9曲同様左手の3度で重ねられる。B部分は感傷的なII度調の借用ドミナントで始まる。
12. 変ロ長調 ドイツ舞曲型(変形)
 一転して威勢の良い舞曲。右手の無窮動の8分音符は4個(2拍)ずつの音型を繰り返し、ショパンの「小犬のワルツ」のような遊戯的な躍動感をもたらす。
  1. 2017/06/13(火) 23:58:53|
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8つのエコセーズ D529 概説

8つのエコセーズ Acht Ecossaisen D529
作曲:1817年2月 出版:1871年(第1~3,6,8曲)/1897年(第4,5,7曲)
楽譜・・・IMSLP

(曲種「エコセーズ」の解説はこちら)

シュパウン家に伝わる自筆譜には1817年2月の日付がある。8曲のうち、第1~3曲、第6曲、第8曲のみが抜粋され、D420と組み合わせて1871年に出版されたことは前述した通りである。この5曲が抜粋された経緯は定かではないが、おそらくシューベルト自身が5曲を抜き出して別の自筆譜を作成し、これがシュタットラーを経てゴットハルトに渡り、D420同様製版後に散逸したとみられる。
このとき出版されなかった3曲は1897年に新全集の補遺として初めて公開されたが、他の5曲はやはりD420と組み合わせた形で1888年の本巻に既に収められていたので、収録巻が2つに分かれてしまった(IMSLP参照)。そういう経緯もあり、D529については今も「5つのエコセーズ」の表記が根強い。今回の公演の告知資料にも「5つのエコセーズ」と表記してしまったが、自筆譜に基づき「8つのエコセーズ」として、自筆譜通りのオーダーで演奏する。
第3曲を除いてすべてニ長調で書かれており、全曲エコセーズの定型通り8小節+8小節の二部形式をとっている。

1. ニ長調
 シューベルトの好みのダクティルスによる開始。左手にホルン風の音型が現れる。
2. ニ長調
 ファンファーレ風の和音に続き、ギャロップのようなスケルツァンドな音型が奏される。
3. ト長調
 装飾音を伴うモティーフは前曲のB部分から採られている。
4. ニ長調
 意表を突いたドミナントからの開始。右手は無窮動の8分音符が続き、左手には再びホルン音型が登場する。
5. ニ長調
 前曲に続いて右手は無窮動。B部分はソロとトゥッティの対比になっている。
6. ニ長調
 ダクティルスとは逆の、短短長のリズムで重音や和音が刻まれていく。
7. ニ長調
 前曲と同じく短短長リズムだが、こちらは単音の連打でより軽やかな曲想。連打には432という指使いまで指定されている。
8. ニ長調
 冒頭に「Nach einem Volkslied」(民謡に基づく)との注記がある。ドイチュの研究によると、ニーダーエスターライヒの民謡「's Bedlwaibl wollt Kiarifiartn gehn(貧しい女は市に行きたかった)」、別名「Der geschlagene Mann」(殴られる男)が原曲だという。
この民謡は古くから存在したようで、既に1578年の文献に載っているというが、その後アルプス地方で長く歌い継がれ、1818年にフランツ・ツィスカとユリウス・マックス・ショットキーが編集した「オーストリア民謡集」に収録されている。モーツァルトのディヴェルティメント第15番K.287の終楽章をはじめ、数多くの音楽作品に引用されている有名なメロディーだったようだ。シューベルトの舞曲でこのような注記がある作品は珍しいが、きっと仲間内でも評判になったことだろう。
  1. 2017/06/13(火) 08:51:39|
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12のドイツ舞曲 D420 概説

12のドイツ舞曲 Zwölf Deutsche D420
作曲:1816年 出版:1871年
楽譜・・・IMSLP

(シューベルトの舞曲について 概略)
(舞曲の種類)

1871年、ウィーンのJ.P.ゴットハルト社から「12のドイツ舞曲と5つのエコセーズ(1817年)」として出版された(「5つのエコセーズ」は8つのエコセーズD529からの抜粋で、これについては別記事で詳述する)。底本となった自筆譜はシューベルトの友人、アルベルト・シュタットラーAlbert Stadlerが所有していたもので、前年の暮れに他の自筆譜とともにゴットハルトに売却された。自筆譜はこの出版の後に処分されてしまったものと思われる。別にシュパウンが作成した筆写譜があり、そこには「1816年」という作曲年が記録されていたが、この資料も現在は行方不明になってしまった。現在のところ唯一の原資料はゴットハルト社の初版譜ということになる。ただし初版では一部の繰り返し記号が省略されていて、現行のヘンレ版や新全集ではシューベルトの他の舞曲に倣って繰り返し記号を補った形で出版されている。

この舞曲集の最大の特徴は、最終曲のあとに大規模な「コーダ」が置かれていることである。またニ長調の舞曲とイ長調の舞曲が交互に現れ、中央にあたる第7曲のみがホ長調というシンメトリカルな調性配置もあまり類を見ない。これらのことは、この作品が単なる実用のスケッチ集ではなく、通奏を前提として作曲された連作であることを示している。

以下、舞曲の分類方法については以前に書いたこちらの記事を参照されたい。
コーダを別として、全12曲はいずれもB(二部形式)をとっているため、構造の分類は割愛する。

1. ニ長調 ワルツ型
 平行6度で重ねられたメロディーは管楽器の音色を思わせる。B部分のファンファーレのような力強いオクターヴユニゾンが印象的。
2. イ長調 ワルツ型
 ドミナントの和音から始まり、ややコケティッシュな表情。
3. ニ長調 ワルツ型
 オクターヴで重ねられた高音域のメロディーが繊細な印象を与える。バスラインの進行も美しい。
4. イ長調 ワルツ型
 2小節ごとのフレーズの開始音にターン型の前打音が付いていて、どことなくレントラー的な鄙びた雰囲気を醸し出す。
5. ニ長調 ワルツ型
 跳躍の多い旋律線はヨーデルを思わせ、こちらもやはり田舎舞曲の趣。
6. イ長調 その他+ワルツ型
 3度の平行で滑らかに始まるが、B部分ではバスが勢いよく跳躍する。
7. ホ長調 ワルツ型ドイツ舞曲型
 唯一のホ長調の舞曲。3連符のアウフタクトがスケルツァンドな性格を表す。B部分の前半は伴奏型がドイツ舞曲型の和音連打に。
8. イ長調 メヌエット型ワルツ型
 各部の前半はオクターヴのバスが連続する豪快なメヌエット型、後半は柔らかなワルツ型に変化する。1拍半分のアウフタクトが精力的なリズムを導く。
9. ニ長調 メヌエット型
 付点を伴うアウフタクトで始まるスタティックなリズムはいかにもメヌエット風。
10. イ長調 ドイツ舞曲型(変形)
 A部分の左手は厳密には同音連打ではないが、ドイツ舞曲型に分類してよいだろう。そのいくぶん原始的なリズムに乗って、右手は3度の重音を奏でる。
11. ニ長調 ワルツ型+その他
 一転してII度の和音から始まるメランコリックな舞曲。B部分では前曲に引き続き3度の平行がモティーフとなる。
12. イ長調 ワルツ型
 ひらひらと舞い降りる分散和音型のメロディーに、借用和音を多用した複雑な和声がつく。B部分の3度重音の下降音階は、シューベルト舞曲としては珍しい高度な演奏技術を要する。
コーダ ニ長調
 64小節に及ぶ長大なコーダは、3つの部分に分かれている。A(16小節)はニ長調からイ長調を経て嬰ヘ短調で終止。B(24小節)は嬰ヘ短調からイ長調、そしてニ長調に戻る。これら2つのセクションはそれぞれリピートを伴う。ファンファーレ風の和音連打と、その主題の叙情的な変奏が交互に奏され、最後のC部分ではファンファーレが連続、そして分厚い和音の強奏で力強く曲集を閉じる。舞踏会の締めくくりを演出するかのようなコーダは、シューマンの「謝肉祭」にも通じる華やかさがあり、曲集全体が一晩の舞踏会を描写しているようでもある。
  1. 2017/06/12(月) 22:04:32|
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序曲 ト短調 D668 概説

序曲 ト短調 Ouvertüre g-moll D668
作曲:1819年10月 出版:1897年
楽譜・・・IMSLP

シューベルトのピアノ4手の作品のうち、「序曲」と名付けられたものは以下の6曲である。

・イタリア風序曲 ニ長調 D592
・イタリア風序曲 ハ長調 D597
・序曲 ト短調 D668
・序曲 ヘ長調 D675(作品34)
・歌劇「アルフォンソとエストレッラ」序曲 D773(作品69)
・歌劇「フィエラブラス」序曲 D798


最初の2曲の「イタリア風序曲」はシューベルトの出世作で、1818年にシューベルトの作品として初めて有料の演奏会で演奏され、新聞に批評が載り、シューベルトの名を一躍世に知らしめたオーケストラのための演奏会用序曲である。
最後の2曲は言うまでもなく、歌劇の序曲を4手用に編曲したもの。
すなわち、6曲中4曲はまず初めに管弦楽曲として成立した序曲を、作曲者自身が後からピアノ4手用に編曲したものということになる。現在のように放送やレコードで音楽を聴くことができなかった当時、オーケストラの生演奏に触れるチャンスは稀少であり、ピアノ連弾は気軽に家庭で音楽を楽しむ重要な手段だった。原曲の評判が上がる中、友人たちがシューベルトに連弾用編曲を勧めたのではとも考えられている。ピアノ4手版が後れて成立したことを物語るのは、一部の作品で編曲に際して内容の改訂が行われているという事実で、たとえばD592やD798では管弦楽版にはなかった新たな小節が付け加えられている。少なくともこれら「序曲」の場合、ピアノ4手版は、決して管弦楽版のためのスケッチではないということになる。
一方で、残る2曲、D668とD675は管弦楽版が見つかっておらず、あるいはオーケストラ編曲を手がけた形跡もない。ドイチュは他4曲の成立過程を鑑みて、「連弾版に先だって管弦楽版が存在したが、消失した」(D668の注記)と考えているが、新全集の解説を執筆したリッチャウアーは、これら2曲は初めからピアノ4手用に書かれたオリジナル作品と捉えている。

D668のト短調の序曲は1819年10月に作曲されたものの、その存在は長らく知られておらず、1896年にオイゼビウス・マンディチェフスキによって発見され、翌年の旧全集でようやく日の目を見た。曲に関する同時代の記録も残っておらず、成立の経緯は不明である。
曲は大きく3部分に分かれる。導入部(アダージョ)、主部(アレグレット)、コーダ(アレグロ・ヴィヴァーチェ)であり、主部は展開部のないソナタ形式をとる。

導入部([1]-[44])では主題が静かに両パートのユニゾンで示され、やがて旋律的に、また対位法的に展開されていく。ドミナントで半終止し次のセクションへ移る。
長大な主部([45]-[375])の第1主題は、導入部の主題旋律の後半に基づき、軽快なスタッカートの伴奏に乗って提示される。ほとんどの楽節が2回以上繰り返して奏されるのが特徴で、古典的な趣を与えている。[95]からの経過句では導入部の冒頭のモティーフが用いられ、激しく劇的な場面となる。[131]からの変ロ長調の第2主題はいかにもシューベルトらしい音楽で、ここでは導入部のモティーフと第1主題の付点のリズムが組み合わされている。やがてドラマティックに盛り上がり、[199]からのコデッタで3音の順次進行のモティーフを用いながらト短調へ戻り、これが第1主題に変容していく。
再現部の構造は型どおりだが、面白いのは第1主題の確保([236])の時点で早くもホ短調に転調することで、そのままの調性関係を維持して第2主題はト長調に([296]-)。そのままト長調のコーダに繋がっていく。
コーダ([376]-[465])は急速なテンポで、[95]からの経過句の音型がモティーフとなっている。ティンパニのロールを思わせる低音部でのトレモロも頻出し、ハイテンションで盛り上がるが、主部同様に同要素の繰り返しが多く、やや単調な印象も否めない。

一見すると全く性格の違う3つのパートは、1つの主題から派生しており、巧みなモティーフ操作が展開されている。他の連弾曲と比べて、明らかにオーケストラの音響を想起させる部分が多く、ドイチュの推測も頷けるといえるだろう。
  1. 2017/06/11(日) 23:08:24|
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川島基さんインタビュー(3) 心が折れる瞬間

インタビュー第1回はこちら
インタビュー第2回はこちら

インタビューに同行した佐藤の妻が川島さんに質問。

いつき 川島さんは、シューベルトってどういう人だったと思いますか?
川島 とてもナイーブで、繊細な人だったと思います。強さ、人間としての強さはありましたけど、男らしい強さっていうと、ベートーヴェンほどではなかったかなと思いますね。
いつき シューベルトで一番好きな曲はなんですか?
川島 難しい・・・!
佐藤 これね、難しい質問ですよね(笑)
川島 うーん・・・いや、交響曲「グレート」も好きですし、だけどやっぱりピアノ曲ですかねえ。でも何って言われると、その時々によって違いますね。
佐藤 今ヒットしてる曲っていうと。
川島 今・・・やっぱり1曲に決められないですね。でも常に上位なのは、やはり最晩年の3曲のソナタ、D958・D959・D960ですかね。他の曲が嫌いというわけではないんですが。佐藤君は?
佐藤 僕は、難しいところですけど、1曲っていったらベタだけど「菩提樹」かなあ。
川島 はあー。
佐藤 あのメロディーをよく見つけたなというか、単純なメロディーですけど、シューベルトが書かなかったらもう誰も発見できなかっただろうっていう。あれはやっぱり特別ですね。
川島 シューベルトってね、ある人に言わせればものすごく暗い、陰鬱でじめじめした曲をたくさん書いてるっていうイメージがあるようですけど、最も暗い曲って何だと思う?
佐藤 最も暗い曲ねえ。なんだろうな。
川島 僕はやっぱり「冬の旅」の最後の「ライアー回し」。
佐藤 ああ、ライアー回し。
川島 あれはもう一番心にくるっていうかなんていうか、寂しくなる曲ナンバーワンですね。
佐藤 あれなんかも暗いですね、「ドッペルゲンガー」(「白鳥の歌」より)。
川島 ああ「ドッペルゲンガー」ね。あれも暗いですよね。

佐藤 あるとき、雑誌の「音楽の友」でピアニスト何十人にアンケートっていう企画があって、そこで生涯の最後に弾きたい曲は何ですかっていう質問があったんです。
川島 ふうん。
佐藤 面白いことに、お年を召したピアニストほど、それに対して無回答なんですけど(笑)、答えた人の中で圧倒的に多かったのが、ベートーヴェンの作品111(ピアノ・ソナタ第32番)なんですよ。
川島 ・・・はぁ、そうですか。
佐藤 で、僕はD960って書いたんですけど、そう答えた人は割と少なかったですね。
川島 ああ、やっぱりでも最後の作品。Hob.XVI:52(ハイドンの最後のソナタ)じゃダメなんですね。
佐藤 そんな人いたかな(笑)
川島 K.576(モーツァルトの最後のソナタ)は?
佐藤 K.576はちょっと良いような気もしますけど(笑)でも人によってはね、ラフマニノフの(ピアノ協奏曲)3番なんていう回答もあって。
川島 それはもう、弾きながら死んでしまう。
佐藤 まだ相当元気な感じですよね(笑)
川島 死ぬときに聴きたい曲っていうのはなんとなくありますけど、弾きたい曲っていうのは難しい。
佐藤 「最後のコンサートで弾きたい曲」っていう。
川島 ああ、最後のコンサートでね。そうなると僕はD958かなあ。
佐藤 ああ、そうですか。
川島 やっぱり一番弾きたいのは、一番思い入れのある曲ですよね。作品111もそうですけど、moll(短調)が弾きたい感じはしますね。

川島基さんと

佐藤 今回、4手連弾の曲をやるにあたって、まずはシューベルトのことを本当によく知っているピアニストで、かつ結構難しい曲なので、テクニックも強靱な方ということで、是非川島さんにと思ってお願いしたんですけど、普段は連弾はあんまりなさらないんですか?
川島 連弾はもう、フォーレのドリーだとか、そういう超メジャーな曲しかやったことがなかったんです。2台ピアノは割とあるんですけど、連弾っていうのは本当に弾く機会がないですよね。
佐藤 まあそうですよね。
川島 なので、今回本当に絶好の機会だと思って。せっかく佐藤君とやらせていただけるので、しっかり勉強させてもらって、今後に生かしていこうかと思ってます。
佐藤 いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。僕もこのシリーズをやっているおかげで、シューベルトの連弾曲がこんなにたくさんあるんだって初めてちゃんと認識して、これはちょっと大変だなって思ってるんですけど。よく取材とかで「シューベルトのどこが好きなんですか?」とか聞かれていつも答えに苦慮するんですけど、何かシューベルトについて「こういうところが」みたいな。
川島 いやぁなかなか・・・。口に出してっていうのは難しい。
佐藤 ええ、ですからもう、シューベルトについて思うところをフリーに話していただければと思って。
川島 僕は先日ちょうどベートーヴェンのソナタを弾いてきたばっかりで、最近はベートーヴェンにどっぷり浸かってたんですけど、なんていうんですかね・・・。もちろんシューベルトはベートーヴェンを尊敬していて、その影響を受けながらも、彼は彼の新境地を見つけ出していったわけで・・・。でも、ベートーヴェンみたいに「何が何でも時代を変えてやるんだ」とか、そういう強い気持ちっていうよりかは、そう思ってても何か心が折れてしまう瞬間っていうのがね。
佐藤 ああ、はい。
川島 シューベルトってあると思うんですよ。ソナタ形式の展開部とか見てても、「熱情」の展開部みたいな「絶対やり抜いてやる」っていうんじゃなくて、何かポキッと折れる瞬間がね。あそこがもう本当に僕は好きなんです。そういうところの色とか表情を、いかにピアノの音色に変えて出していくかっていうのが、非常に難しいと思うんですよね。あとは、31歳で亡くなったわけですから、彼が60歳まで生きてたら、どんな作品を書いてたんだろうってね、そういうところにも非常に興味がわきますし。
佐藤 そうですよね。
川島 ピアノコンチェルトをね、1曲でも書いて欲しかった。
佐藤 うーん、まあね、でもどの楽器のコンチェルトも書いてないですから。ヴァイオリンのそれらしいのが1曲ぐらいありますけど、だからコンチェルトってものに全然興味がなかったのかなっていう感じはしますよね。
川島 そうですかね。後にとっておいたのかもしれない。
佐藤 うーん、そうかもしれないですね。・・・ではインタビューはこの辺で。
川島 なんだかとりとめもない話で。
佐藤 いやもう、いかにもシューベルトっぽくて良いですよ。どうもありがとうございました。

(2016年11月17日、東京音楽大学にて)
  1. 2017/06/04(日) 22:43:03|
  2. シューベルトツィクルス
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