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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第3回「即興曲 -Impromptus-」

2015-04-16_flyer
2015年4月16日(木)19時開演 東京文化会館小ホール
♪4つの即興曲 D899 作品90 ♪4つの即興曲 D935 作品142
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2015/04/16(木) 19:00:00|
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即興曲集 D899・D935 概説、タイトルをめぐって

4つの即興曲 D899 (作品90)
作曲:1827年夏? 出版:1827年12月(第1曲・第2曲)、1857年12月(第3曲・第4曲)
4つの即興曲 D935 (作品142)
作曲:1827年12月 出版:1839年4月
楽譜・・・IMSLP(D899/D935


シューベルトによる「即興曲」命名に最初に疑義を呈したのは、前の記事でも少し触れたようにロベルト・シューマンであった。D935がディアベリ社から出版される前年の1838年12月、おそらく試し刷りか何かを入手したのだろう、次のように評している。

シューベルトが本当にこれらの楽章に「即興曲」という名をつけたとは信じがたい。第1曲は、明らかに疑いなくソナタの第1楽章で、完璧に展開され終止している。2曲目の即興曲は同じソナタの第2楽章だと思われる。調性と性格の点で、第1曲とぴったり合っている。終楽章がどこへ行ったのか、シューベルトがソナタを完成させたのかどうかについては、彼の友人たちが知っているに違いない。第4曲を終楽章と見なすことができるかもしれないが、調性は合っているものの、構成全体の儚さという点では疑わしい。これらはつまり推測に過ぎないが、自筆譜を閲覧すればすぐに解明できることであろう。(中略)第3曲に関して言えば、これがシューベルトの作曲であるとは考えられない。おそらくは少年時代の作品なのだろう。似たような主題による、あまりすぐれていない、もしくは全くすぐれていない変奏曲である。シューベルトが他の作品で独創的に示してくれる、情感とファンタジーが完全に欠けている。
(ロベルト・シューマン、1838年「新音楽時報」第9号)

前にも述べた通り、D899についてシューベルト自身が「即興曲」のタイトルを冠したという証拠はない。D935についてはD899の続編として作曲したらしいが、自筆譜の表題"Impromptu's"が彼自身の筆跡であるのかどうかについて、私は判断を留保した。シューベルトがD935の4曲を明確に「即興曲」と呼んだのは、1828年2月のショット社への手紙が初めてである(シューマン説は本人の言う通り「推測」というか、思いこみの域を出なかったわけだが、それはそれとしてシューマンらしい音楽作品の捉え方は興味深い)。

「即興曲」の命名問題については、資料を元にこれ以上判断することはできない。そこで私もシューマンに倣って、大胆に私見を述べてみたい。
シューベルトの「即興曲」には、ヴォジーシェクマルシュナーの即興曲の影響が明らかに認められる。例を挙げれば、大まかにはABAの三部形式の構造、またヴォジーシェクの「紡ぎ出し」をはじめとする、時には技巧的ともいえる(後の時代であれば「練習曲(エチュード)」と題されたかもしれない)ピアニスティックな書法、それにマルシュナーの変奏曲形式を、同時代のウィーンにいたシューベルトが知らなかったはずはないだろう。
しかし、彼はそれらをあくまで新しい「ピアノ小品」の1ジャンルとして捉えていたのであって、「即興曲」だろうが何だろうが、小品のタイトルにシューベルトはこだわらなかったように思われるのだ。
シューベルトの性格小品集として知られているものは、「即興曲」2集の他に「楽興の時」D780と「3つのピアノ曲」D946があるが、「楽興の時」も出版社のアイディアであるらしく、「3つのピアノ曲」に至ってはタイトルが無く、出版時にブラームスがつけたものである。
この時期にピアノのための性格小品が人気を得始めたことは、前にも述べた。いわば、「売れ線」の作品だったのである。シューベルトは、ピアノの分野で重要なジャンルと見なしていた「ソナタ」については、いちいち「ソナタ」と自筆でタイトルを付けているが、それ以外の小品、「売れ線」曲のタイトルは、どうでもよかったのであろう。作曲にあたっては、ヴォジーシェクやマルシュナーの即興曲を含む、当時の他の「売れ線」を研究したり、参考にしたりすることもあったと思う。そうして書き上げた譜面は、タイトルも付けないまま出版社に渡して、「あとは適当によろしく」という感じだったのではないだろうか。
だから、やはりD899に「即興曲」と命名したのはハスリンガーで、シューベルトもそれを追認し、続編であるD935も自動的に「即興曲」になった、という流れなのではないかと、私は勝手に想像している次第である。


D899とD935の8曲の内容は次の通りである。

D899-1 ハ短調→ハ長調 変則的なソナタ形式もしくはABABAの五部形式
D899-2 変ホ長調→変ホ短調 ABA+コーダ(B)の三部形式
D899-3 変ト長調 変則的な三部形式
D899-4 変イ短調→変イ長調 複合三部形式
D935-1 ヘ短調 展開部を欠くソナタ形式
D935-2 変イ長調 複合三部形式(ダ・カーポ形式)
D935-3 変ロ長調 変奏曲形式
D935-4 ヘ短調 三部形式+コーダ

上述の通り、ヴォジーシェクやマルシュナーの先行作品を踏襲して、全体的に三部形式が基調となっている。ただ、曲集として捉えると、D899とD935は、対照的とまでは言えないもののそれぞれに異なるキャラクターを持つ小品集である。

D899は、曲頭と曲尾の調性が異なる(同主調へ転調)曲が3曲もあるのが特徴的で、とりわけ長調で始まって同主短調で終止するD899-2は極めて異色である。こうした調的な不安定さに、「即興」の気まぐれな気分と相通じるものを感じることもできるが、4曲ともフラット系の調性でまとめられており、ハ短調(第1曲)から平行調の変ホ長調(第2曲)へ、第2曲曲尾の変ホ短調から平行調の変ト長調(第3曲)へ、さらにフラットを1つ増やして変イ短調(第4曲)へ、というふうに、曲集全体の調性配置にも熟慮のあとが窺える(この1点だけをとっても、ハスリンガーが第3曲をト長調に移調してしまったことがいかに蛮行であったかがわかるといえよう)。
一方で前述のシューマンが指摘したように、D935は非常に強い秩序に貫かれている。確かに第1楽章は展開部を欠くもののしっかりしたソナタ形式が取られており、変イ長調の第2曲、そしてまたヘ短調に戻る(第4曲)という調性配置もソナタという見立てにぴったり符合する。第3曲についてのシューマンの論評はずいぶん辛辣だが(何が気に入らなかったのだろうか?)、これ自体も非常に端正にまとめられた変奏曲であり、全体的に静的な落ち着きさえ感じさせる曲集となっている。これほど堅固な内容の作品を、シューベルトが「即興曲」として提示したのは確かに不思議であり、シューマンもそれが引っかかって「ソナタ」説をひねり出したのだろう。実際にはその堅固さが仇となって出版機会を逃したわけで、作曲者にとっては痛恨事であったに違いない。

シューベルトは「売れ線」を見誤ったのである。
  1. 2015/04/03(金) 00:35:06|
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