fc2ブログ


シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

ピアノ・ソナタ 第6番 ホ短調 D566 概説

ピアノ・ソナタ 第6番 ホ短調 D566
作曲:1817年6月 出版:1888年(モデラート)・1907年(アレグレット)・1928年(スケルツォ)
楽譜・・・IMSLP(第1楽章のみ)

極めて特異な来歴を持つソナタである。
まず1888年の旧全集に、ホ短調のモデラートのみが掲載された。この時点では1楽章のソナタ断章であった。旧全集の出典資料となったのは、1844年にシューベルトの次兄フェルディナントが学者で自筆譜収集家のルートヴィヒ・ランツベルク Ludwig Landsberg に売却し、ランツベルクの死後ベルリンの国立図書館に収蔵された自筆譜である。当然ながらこの自筆譜はモデラートのみの単独の譜面である。
1905年に、学者のルートヴィヒ・シャイプラー Ludwig Scheibler (1848-1921) が、作曲年代不明の、D506のホ長調のロンドが、このソナタのフィナーレなのではないかという説を唱え始めた。D506のロンドの自筆譜はフェルディナントからディアベリに渡り、D505のアダージョとともに1848年に「アダージョとロンド 作品145」として出版されていた。前の記事で述べたとおり、D505のアダージョは本来D625のソナタに属する楽章で、D506と組み合わせたのはディアベリの仕業である。D506の自筆譜は一部しか残っていないが、筆写譜の冒頭に「フランツ・シューベルトのソナタ」と書き込まれていることから、このロンドもD505同様、いずれかのソナタの一部なのだとみなされた。そしてシャイプラーが、そのペアリングの有力な候補として選んだのがD566のモデラートだったのである。
ところが、1907年になってD566に後続楽章の「アレグレット」が発見される。発表したのは、ライプツィヒの出版商カール・フリートリヒ・ヴィストリング Karl Friedrich Whistling の遺産の中からこの自筆譜を買い取った学者エーリヒ・プリーガー Erich Prieger (1849-1913)で、旧全集の出版元であるブライトコプフ社から刊行され、その年のうちに名ピアニスト、エルンスト・フォン・ドホナーニによって初演された。しかしその自筆譜を実際に目にしたのはプリーガー本人以外にいなかったので、信憑性を疑問視する声もあった。
この時点で、ホ短調の「モデラート」との組み合わせ対象としてD506の「ロンド」と、新発見の「アレグレット」、2つの候補があったわけである。いずれにしてもD566は2楽章ソナタだと考えられていた。

プリーガーが世を去った12年後の1925年4月、研究者アドルフ・バウアー Adolf Bauer がプリーガー未亡人ヘラを訪ね、自筆譜の閲覧を求めたところ、驚くべき事実が判明する。
変イ長調の「スケルツォ」の発見である。バウアーはこの際に「モデラート」と「スケルツォ」の筆写譜を作成し、更にスケルツォの最終ページの写真複製の許可も取りつけた。「スケルツォ」の存在は1928年の論文誌で発表され、その中で初めて印刷されて世に出ることとなった。一方で、「アレグレット」を確認したのかどうかはわかっていない。
プリーガーが所有していた自筆譜は、1842年にフェルディナントがヴィストリングに売却したもので、フェルディナントが売却時にヴィストリングに宛てた手紙には「このホ短調ソナタは、終楽章が欠けていなければとても重要な作品と見なされたことでしょう。断片は4つの楽章からなります:1. モデラート ホ短調、2. アレグレット ホ長調、3. スケルツォ 変イ長調とトリオ」と記されている。どう考えても4つの楽章からは成っていないし、フェルディナント自身、終楽章が欠落していることを既に承知していたらしい。また、上記の通りこの2年後、フェルディナントはモデラートの自筆譜をランツベルクに売却するのだが、アンドレア・リントマイアの研究によれば、1842年にヴィストリングに渡ったモデラートの自筆譜は「下書き」であり、1844年にランツベルクに渡ったもの(=旧全集の出典)が清書譜であったらしい。モデラート・アレグレット・スケルツォの揃った自筆譜は1945年までヘラ・プリーガー未亡人の所有だったが、その後行方不明になってしまった。バウアーが作成したモデラートとスケルツォの筆写譜はベルリン国立図書館に収蔵されている。

以上のすべての経緯を総合して、1948年に音楽学者・翻訳家・作曲家のキャスリーン・デイル Kathleen Dale (1895-1984)が唱えたのが以下の「4楽章説」である。
I. Moderato ホ短調
II. Allegretto ホ長調
 (1907年プリーガーが発表)
III. Scherzo 変イ長調 (1928年バウアーが発表)
IV. Rondo ホ長調 (1905年シャイプラーの説)
この仮説はなかなか受け入れられず、多くのピアニストはモデラートとアレグレットの2楽章ソナタとして演奏し続け、学界からもさまざまな意見が出来した。シューベルト研究の大家モーリス・ブラウンは、1966年の楽譜解説で「D506のロンドはD566のソナタの一部とは考えられない」と明言、1976年にイタリアのファビオ・ビゾーニ Fabio Bisogni は「ホ短調のソナタの終楽章はホ短調であるべきで、ホ長調のロンドはこのソナタの終楽章たり得ない。D506のロンドは、様式的に近しいD459A-5のアレグロ・パテティコと組み合わせることによって、次のような新しいソナタを構成することができるだろう:I. Allegro patetico (D459A-5), II. Adagio (D349), III. Rondo (D506)」という珍説を発表している。1988年新全集のピアノ小品集の解説を担当したダーヴィト・ゴルトベルガー David Goldbergerは「シューベルトが、D566-2のアレグレットと、D506のロンドという、似通った2つの楽章を同じ1つのソナタの中に入れ込もうとしたとは考えにくい。もしD506がこのソナタのために書かれたのであれば、アレグレットの代わりに置き換えるため、と考えるのが妥当だろう」と述べている。
にも関わらず、1976年にバドゥラ=スコダ校訂のヘンレ版で採用されたのはデイルの4楽章説であった。バドゥラ=スコダ本人をはじめ、ブレンデルやリヒテルなど、当代随一のピアニストたちがこのフォーマットで実演を行い、「D566+506」の組み合わせは広く受け入れられることになった。
本公演の告知資料に「D566+506」とあるのも、私自身この組み合わせに慣れ親しんでいたからである。

さてここからは私の個人的な見解である。
デイル説は、そもそも別々に発表された説を結合しただけであって、信憑性は低い。おそらくシューベルトの意図とは異なっている。
上に紹介したゴルトベルガーをはじめとして、「D566-2のアレグレットとD506のロンドは類似している」という見解は多いが、私自身はそうは思わない。D506は主部のバスの伴奏型がいささか剽軽な雰囲気を醸し出しており、他のシューベルト作品でたとえるならば「ます」五重奏(D667)のフィナーレに近い印象があるが、D566-2はより穏やかで、旋律もリート的であり、たとえばD959の大イ長調ソナタのフィナーレを連想させる。
しかしデイルがD566-2を緩徐楽章として扱ったことは、明らかに間違っていると確信する。なぜならば、第1楽章のテンポ(Moderato)よりも緩徐楽章(Allegretto)の方が速いということはあり得ないからだ。シューベルトは中期以降、Moderatoの第1楽章を持つソナタを4曲(D840, D845, D894, D960)残しているが、いずれも第2楽章はAndanteと指示されている。一方でAllegrettoの緩徐楽章を持つソナタはD537の1曲のみで、その第1楽章はAllegro ma non troppoである。第1楽章よりも速いのであれば緩徐楽章とは言えない。テンポだけでなく、構成面でも非常にしっかりしたソナタ形式で書かれていて、簡素な第1楽章に対してアンバランスである。これはどう見てもフィナーレとして構想されたものだと私は思う。
D506がD566-2の第2稿(書き直し)として書かれたということは、あり得るかもしれない。特に、1925年にバウアーが写譜したプリーガー所蔵の第1楽章は、完結してはいるものの、旧全集に掲載されたランツベルク経由のそれとは大きく異なっており、新全集において初めてその差異が明らかになった。それを考えると、第1楽章に下書きと清書があるように、フィナーレにも2稿あって、それがD566-2とD506であるということも否定はできない。
しかしD506がD566に関連しているという説が唱えられた1905年には、スケルツォはおろかD566-2のアレグレットさえ存在が知られていなかったわけで、D506と組み合わせるのに適したホ調の単一楽章ということでD566が選ばれたに過ぎない。
そもそも、1842年時点でフェルディナントの手元には、D566の自筆譜が3楽章ぶんしか残されていなかったのだ。D506をディアベリに渡したのは1848年であるから、もしD506がD566と一緒に保管されていたなら、4楽章一緒にヴィストリングに売却しようとしただろう。
1ページだけ現存しているD506の自筆譜の裏面には歌曲「人生の歌」D508が記されていて、そこには1816年の日付がある。D566は1817年6月の作品であり、1枚の五線紙の両面を必ずしも同じ時期に使用したわけではないとはいえ、結局D566とD506の資料上の関連性は全くないといってよい。
以上のことから、D506はD566と別作品と私は判断し、D566のフィナーレはD566-2のアレグレットであると考える。
D566-2の自筆譜は、バウアーも確認しないまま消失してしまったが、モデラートに続けて書かれていたならば閲覧時に目に入っただろうから、おそらく別の用紙に書かれていたのだろう。つまりモデラートとアレグレットには連続性は確認されていないということである。

次の問題はD566-3のスケルツォである。これは本当にこのソナタに属する楽章なのだろうか。変イ長調はホ短調とかなり隔たっている。第1楽章は第2主題の再現以降ホ長調に転調し、ホ長調で終止するから、その第3音(gis)を異名同音で読み替えたasを主音とする調、という関連性はある。シューベルトの好きな長3度関係の調である。しかし長3度下ならともかく、長3度上の、それも長調を中間楽章に採用した例はない(ベートーヴェンはピアノ協奏曲第3番(ハ短調)で長3度上の長調(ホ長調)を緩徐楽章に採用している)。調性だけを考えると、スケルツォを欠き、終楽章がなぜか属調で書かれているD557の変イ長調ソナタに属すると考えた方が自然かもしれない。想像力を逞しくするならば、プリーガーがホ長調のアレグレットだけを公開し、変イ長調のスケルツォを発表しようとしなかったのは、このスケルツォが、一緒に保管されていたD566に属するものかどうか確信が持てなかったからなのかもしれない。
しかし、既に1842年の時点でD566のスケルツォと捉えられていたことを重視して、D566に属すると仮定すると、モデラート - スケルツォ - アレグレットの3楽章ソナタというフォーマットが浮かび上がる。
しかし、前に述べたとおり、シューベルトの3楽章ソナタの中間楽章は例外なく緩徐楽章なのである。スケルツォを持つ3楽章ソナタというものは、未完のD571にD604の緩徐楽章を置かなかった場合(D571+570)以外には存在しない。個人的には、モデラートもアレグレットも比較的緩やかなテンポなので、真ん中にスケルツォのある緩急緩の3楽章というのもアリなのでは、と思うが、あまり説得力のある仮説とはいえない。
スケルツォがあるということは、おそらくこのソナタは4楽章構成で構想されたのである。
I. Moderato ホ短調
II. (緩徐楽章、未着手あるいは消失)
III. Scherzo 変イ長調
IV. Allegretto ホ長調

そして、この失われた(あるいは書かれなかった)緩徐楽章は、存在したならハ長調だっただろうというのがここで初めて発表するサトウ説である。ホ短調→ハ長調→変イ長調→ホ長調で、長3度ずつ主音が下がっていくことになる。これなら、ホ短調(ホ長調)から変イ長調へという調性関係の違和感はほとんどなくなる。
この空席にフィットするハ長調の緩やかな小品は、現在知られている単独作品や未確定のソナタ楽章の中からあてがうことも可能だろう。しかしそれはあまりにも恣意的であると思われるので、今回は消えた緩徐楽章に想像を膨らませつつ、
I. Moderato ホ短調
II. Scherzo 変イ長調
III. Allegretto ホ長調
の3楽章で演奏し、そのあとに、長らくこの作品と関連づけられてきたD506のロンドを演奏したいと考えている。
スポンサーサイト



  1. 2014/09/20(土) 18:27:11|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

シューベルトのピアノ・ソナタ 概説

前回の一覧を眺めつつ、気づくことを述べてみたい。

◆シューベルトのピアノ・ソナタは「4楽章構成」が基本型である
完成作11曲のうち、8曲が4楽章構成である。モーツァルトのソナタはほぼすべて3楽章構成だし、ベートーヴェンは初期に4楽章ソナタを多数書いたが、中期~後期には3楽章あるいは2楽章に軸を移した(中期以降の4楽章ソナタはOp.26(「葬送」)、Op.28(「田園」)、Op.31-3、Op.106(「ハンマークラヴィーア)」の4曲のみ)ことと比べると、シューベルトのスタンスは特徴的である。3楽章のD567が、改訂時にメヌエットが追加されて4楽章となっている(D568)ことをみても、シューベルトがピアノ・ソナタの理想型を4楽章と考えていたことが窺える。
中間楽章の並びは必ず「緩徐楽章→舞曲楽章(メヌエットまたはスケルツォ)」という古典的な順序を踏襲しており、ベートーヴェンが試みたこの2つの楽章の倒置は行われていない。
一方で3楽章構成の完成作は3曲ある(D537, D664, D784)。3楽章ソナタの第2楽章は例外なく緩徐楽章である。
3楽章構成にしても4楽章構成にしても、第2楽章は第1楽章と異なる調性をとる。D459のホ長調のスケルツォは、現在第2楽章に置かれているが、上に述べた理由により、本来は第3楽章として構想されたものと考えることができる。

◆創作時期が明確に二分される
ピアノ・ソナタの創作は1815年(18歳)に始まり、ピークとなった1817年には1年間で6曲も手がけている。しかし1819年を最後に、いったんこのジャンルから手を引いてしまう。着手した13曲のうち、完成時期がはっきりしないD568・D664を入れても完成作は4曲という当たりの悪さであった。
このあとの3年間、シューベルトはオペラなどの舞台作品の創作に没頭し、他のジャンルの作品は極端に少なくなっている。しかし結局オペラ作曲家として成功する夢は叶わず、やがて健康を害する。ソナタ復帰の前年1822年に書かれたのが「さすらい人幻想曲」D760である。ここで追求した新たな書法と構造への試みが、それ以降のソナタ制作に反映されていることは疑い得ない。
1823年のD784以降のソナタは規模・内容ともに格段に充実している。D840を除けば、すべて完結しており、初期とは異なる創作姿勢が垣間見える。D845, D850, D894の大ソナタが次々と出版され、器楽作曲家としても認められるようになった。1824年と1827年にはソナタ作品はないが、このうち1827年には重要な2集の「即興曲集」(D899, D935)が書かれている。最晩年1828年のあまりにも有名な3つの最後のソナタは、より超越的な次元に到達しているとして、これを別の時期(後期)とみなし、全体を3つの時期に区分する説もある。

◆未完作が多いのはなぜか?
楽章の途中で断絶している「未完楽章」については、2つの断片を別にすれば、シューベルトの脳内では完成していたものと思われる。かなり書き進められており、再現部以降の繰り返しを端折った程度なので、後世の補筆も比較的容易に行える。初期ソナタに関しては、作曲者自身が友人たちに弾いて聴かせるぐらいしか演奏の機会もなかっただろうから、自分がわかる程度のメモ書きで差し支えなかったのかもしれない。
楽章が揃っていない作品については、シューベルトがはじめから書かなかったか、書いたものの散逸したか、あるいはバラバラの形で伝えられているか、のいずれかと考えられる。「楽章連結」論者は最後の説を有力視して、別々に伝えられている単独作品を合体させてソナタを再構成したのである。
この説に一定の妥当性があるのは、シューベルトのピアノ・ソナタの一部の楽章が、独立したピアノ小品として扱われていたことがわかっているからである。例えばD894のト長調ソナタは、1827年のハスリンガー社の初出版時には「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット」という4つの小品として出版されているし(「幻想ソナタ」の愛称はこのときのタイトルから来ている)、D625のヘ短調ソナタの第2楽章にあたるアダージョは、短縮・移調された上でD506のロンドと組み合わせられ、「アダージョとロンド」という形で出版されている(そのためアダージョには「D505」という別のドイチュ番号が付与された)。これらを敷衍すると、本来いずれかのソナタに属する後続楽章が、単独作品の束の中にまだ紛れ込んでいるという可能性も否定できない(この考えを推し進めて、D935の「4つの即興曲」が本来はヘ短調のソナタとして構想された可能性を、早くもロベルト・シューマンが指摘している)。ただしこれはあくまで推測の域を出ず、欠落している楽章がはじめから書かれなかったという可能性も残されている。
シューベルト本人が初期ソナタを整理して、せめて楽章のインデックスだけでも作っておいてくれれば良かったのだが、彼にはそんな時間は残されていなかったし、そもそもそのような作業に興味を示す性格でもなかった。逆に長生きして、初期作品を「習作」として破棄してしまう(ブルックナーやシベリウスのように)ことがなかったのは、私たちにとっては幸いだったかもしれない。
カオティックな状態で残されたシューベルトの自筆譜を整理し、保管してくれたのは次兄フェルディナントだった。未完作の多くが散逸せず、こうして今に残っているのはフェルディナントの功績によるところが大きいといっていいだろう。
  1. 2014/09/18(木) 11:10:45|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

シューベルトのピアノ独奏ソナタ 楽章付き一覧

「シューベルトツィクルス」でピアノ・ソナタを取り上げ始めるにあたって、独奏ソナタについて大まかなところを述べておきたい。

シューベルトが着手し、現存しているピアノ独奏ソナタ作品は23曲ある。1815年から最晩年の1828年までに書かれたもので、出版年は生前の1826年(D845)から1958年(D769A)までの長期にわたっている。
このうち2曲は第1楽章のはじめの部分だけで止まっている「断片」であり、これらを除く21曲にいわゆる「通し番号」が振られている。以前は通し番号に混乱がみられたが、現在は最後のD960を「第21番」とすることでほぼ決着している(ただし途中の番号に統一されていない部分がある。変ニ長調D567と、その改訂稿である変ホ長調D568を同一のソナタとして「第7番」を当て、第8番から第11番までが1つずつ繰り下がる。第12番に断章のD655を入れて、有名なイ長調のD664は「第13番」ということで統一される)。
確実に楽章が揃っており、完成した形で伝わっているソナタは11曲あり、それ以外は作曲中断(未完)や楽章不備などの明らかな欠落があったり、完成作と捉えるには疑問が残る作品となる。

断片を含む全23曲のうち22曲までは、1888年ならびに1897年に出版された、ブライトコプフ版のシューベルト全集(いわゆる「旧全集」)に収められており、これをシューベルトのピアノ・ソナタ出版の第1段階と考えることができる。
旧全集刊行後、単独小品として出版されていたいくつかのピアノ曲について、楽章の揃っていない未完ソナタに付随する後続(中間)楽章と見なしうるのではないかという説が、さまざまな学者によって唱えられ始めた。なるべくたくさんの楽章をくっつけて、ソナタとしての体裁を整えようという方針である。その最終的な到達点といえるのが1976年に刊行されたヘンレ原典版(第3巻)だろう。校訂を担当したパウル・バドゥラ=スコダは、すべての未完ソナタに補筆を施して「演奏できる」仕様に仕立て上げ、更に自らピアニストとして録音を行い、このフォーマットによるソナタ像を世界に広めた。現在、演奏の現場で最もよく使用され、信頼されている楽譜であり、後続の多くの出版譜が、多少の解釈の差はあるにせよ、このフォーマットを採用している。これをシューベルトソナタ出版の第2段階とする。
ところが、1996年から出版が始まったベーレンライター版の新シューベルト全集(いわゆる「新全集」)では、この「楽章連結」の試みに批判的であり、明らかな関連性が認められる場合を除いて「別作品」として扱うという厳格な方針が採られている。ソナタ出版の第3段階である。
これらの3つの段階を踏まえて、以下にシューベルトの全ピアノ独奏ソナタについて、楽章標記と調性も含めて一覧にしてみた。基本的にはヘンレ版(第2段階)のフォーマットを用いており、このうち太字は旧全集(第1段階)から変わっていないもの、グレーの文字は新全集(第3段階)で別作品(そのソナタに属するのか疑わしい作品)として扱われているものである。★のついた作品が、いわゆる「完成作」11曲である。

第1番 ホ長調 D157 (作曲:1815年2月 出版:1888年)
 I. Allegro ma non troppo ホ長調
 II. Andante ホ短調
 III. Menuetto. Allegro vivace ホ長調


第2番 ハ長調 D279 (作曲:1815年9月 出版:1888年)
 I. Allegro moderato ハ長調
 II. Andante ヘ長調
 III. Menuetto. Allegro vivace イ短調

 IV. Allegretto ハ長調 D346

第3番 ホ長調 D459 (作曲:1816年8月 出版:1843年(「5つのピアノ曲」として))
 I. Allegro moderato ホ長調
 II. Allegro ホ長調 [自筆譜未完]

 III. Adagio ハ長調 D459A-1
 IV. Scherzo. Allegro イ長調 D459A-2
 V. Allegro patetico ホ長調 D459A-3


★ 第4番 イ短調 D537 (作曲:1817年3月 出版:1852年(作品164))
 I. Allegro ma non troppo イ短調
 II. Allegretto quasi Andantino ホ長調
 III. Allegro vivace イ短調


第5番 変イ長調 D557 (作曲:1817年5月 出版:1888年)
 I. Allegro moderato 変イ長調
 II. Andante 変ホ長調
 III. Allegro 変ホ長調


第6番 ホ短調 D566 (作曲:1817年6月)
 I. Moderato ホ短調 (出版:1888年)
 II. Allegretto ホ長調 (出版:1907年)
 III. Scherzo. Allegro vivace 変イ長調 (出版:1928年)
 IV. Rondo. Allegretto ホ長調 D506 (出版:1848年(「アダージョとロンド 作品145」として))

第7番 変ニ長調 D567 (作曲:1817年6月 出版:1897年) ※第8番 D568の第1稿
 I. Allegro moderato 変ニ長調
 II. Andante molto 嬰ハ短調
 III. Allegretto 変ニ長調 [未完]


★ 第8番 変ホ長調 D568 (作曲:不明 出版:1829年(「作品122」))
 I. Allegro moderato 変ホ長調
 II. Andante molto ト短調
 III. Menuetto. Allegretto 変ホ長調
 IV. Allegro moderato 変ホ長調


第9番 嬰ヘ短調 D571 (作曲:1817年7月 出版:1897年)
 I. Allegro moderato 嬰ヘ短調 [未完]
 II. (Andantino) イ長調 D604
 III. Scherzo. Allegro vivace ニ長調 D570-2
 IV. Allegro D570-1 嬰ヘ短調 [未完]

★ 第10番 ロ長調 D575 (作曲:1817年8月 出版:1846年(「作品147」))
 I. Allegro ma non troppo ロ長調
 II. Andante ホ長調
 III. Scherzo. Allegretto ト長調
 IV. Allegro giusto ロ長調


第11番 ハ長調 D613 (作曲:1818年4月 出版:1897年)
 I. Moderato ハ長調 [未完]
 II. Adagio ホ長調 D612 (出版:1869年)
 III. - ハ長調 [未完]

第12番 ヘ短調 D625 (作曲:1818年9月 出版:1897年)
 I. Allegro ヘ短調 [未完]
 II. Adagio 変ニ長調 D505 (出版:1848年(ホ長調に移調し「アダージョとロンド 作品145」として))
 III. Scherzo. Allegretto ホ長調
 IV. Allegro ヘ短調 [未完]


断章 嬰ハ短調 D655 (作曲:1819年4月 出版:1897年)
 I. - 嬰ハ短調 [未完]

★ 第13番 イ長調 D664 (作曲:1819年? 出版:1829年(「作品120」))
 I. Allegro moderato イ長調
 II. Andante ニ長調
 III. Allegro イ長調


断章 ホ短調 D769A (作曲:1823年春 出版:1958年)
 I. Allegro ホ短調 [未完]

★ 第14番 イ短調 D784 (作曲:1823年2月 出版:1839年(「作品143」))
 I. Allegro giusto イ短調
 II. Andante ヘ長調
 III. Allegro vivace イ短調


第15番 ハ長調 D840(「レリーク」) (作曲:1825年4月 出版:1861年)
 I. Moderato ハ長調
 II. Andante ハ短調
 III. Menuetto. Allegro 変イ長調 [未完]
 IV. Rondo. Allegro ハ長調 [未完]


★ 第16番 イ短調 D845 (作曲:1825年5月 出版:1826年(「作品42」))
 I. Moderato イ短調
 II. Andante, poco mosso ハ長調
 III. Scherzo. Allegro vivace イ短調
 IV. Rondo. Allegro vivace イ短調


★ 第17番 ニ長調 D850 (作曲:1825年8月 出版:1826年(「作品53」))
 I. Allegro vivace ニ長調
 II. Con moto イ長調
 III. Scherzo. Allegro vivace ニ長調
 IV. Rondo. Allegro moderato ニ長調


★ 第18番 ト長調 D894(「幻想」) (作曲:1826年10月 出版:1827年(「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット 作品78」として))
 I. Molto moderato e cantabile ト長調
 II. Andante ニ長調
 III. Menuetto. Allegro moderato ロ短調
 IV. Allegretto ト長調


★ 第19番 ハ短調 D958 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Allegro ハ短調
 II. Adagio 変イ長調
 III. Menuetto. Allegro ハ短調
 IV. Allegro ハ短調


★ 第20番 イ短調 D959 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Allegro イ長調
 II. Andantino 嬰ヘ短調
 III. Scherzo. Allegro vivace イ長調
 IV. Allegretto イ長調


★ 第21番 変ロ長調 D960 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Molto moderato 変ロ長調
 II. Andante sostenuto 嬰ハ短調
 III. Scherzo. Allegro vivace 変ロ長調
 IV. Allegro ma non troppo 変ロ長調


このリストから読み取れる事柄については、次回以降改めて述べてみたい。
  1. 2014/09/16(火) 21:13:30|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0