極めて特異な来歴を持つソナタである。 まず1888年の旧全集に、ホ短調のモデラートのみが掲載された。この時点では1楽章のソナタ断章であった。旧全集の出典資料となったのは、1844年にシューベルトの次兄フェルディナントが学者で自筆譜収集家のルートヴィヒ・ランツベルク Ludwig Landsberg に売却し、ランツベルクの死後ベルリンの国立図書館に収蔵された自筆譜である。当然ながらこの自筆譜はモデラートのみの単独の譜面である。 1905年に、学者のルートヴィヒ・シャイプラー Ludwig Scheibler (1848-1921) が、作曲年代不明の、D506のホ長調のロンドが、このソナタのフィナーレなのではないかという説を唱え始めた。D506のロンドの自筆譜はフェルディナントからディアベリに渡り、D505のアダージョとともに1848年に「アダージョとロンド 作品145」として出版されていた。前の記事で述べたとおり、D505のアダージョは本来D625のソナタに属する楽章で、D506と組み合わせたのはディアベリの仕業である。D506の自筆譜は一部しか残っていないが、筆写譜の冒頭に「フランツ・シューベルトのソナタ」と書き込まれていることから、このロンドもD505同様、いずれかのソナタの一部なのだとみなされた。そしてシャイプラーが、そのペアリングの有力な候補として選んだのがD566のモデラートだったのである。 ところが、1907年になってD566に後続楽章の「アレグレット」が発見される。発表したのは、ライプツィヒの出版商カール・フリートリヒ・ヴィストリング Karl Friedrich Whistling の遺産の中からこの自筆譜を買い取った学者エーリヒ・プリーガー Erich Prieger (1849-1913)で、旧全集の出版元であるブライトコプフ社から刊行され、その年のうちに名ピアニスト、エルンスト・フォン・ドホナーニによって初演された。しかしその自筆譜を実際に目にしたのはプリーガー本人以外にいなかったので、信憑性を疑問視する声もあった。 この時点で、ホ短調の「モデラート」との組み合わせ対象としてD506の「ロンド」と、新発見の「アレグレット」、2つの候補があったわけである。いずれにしてもD566は2楽章ソナタだと考えられていた。
以上のすべての経緯を総合して、1948年に音楽学者・翻訳家・作曲家のキャスリーン・デイル Kathleen Dale (1895-1984)が唱えたのが以下の「4楽章説」である。 I. Moderato ホ短調 II. Allegretto ホ長調 (1907年プリーガーが発表) III. Scherzo 変イ長調 (1928年バウアーが発表) IV. Rondo ホ長調 (1905年シャイプラーの説) この仮説はなかなか受け入れられず、多くのピアニストはモデラートとアレグレットの2楽章ソナタとして演奏し続け、学界からもさまざまな意見が出来した。シューベルト研究の大家モーリス・ブラウンは、1966年の楽譜解説で「D506のロンドはD566のソナタの一部とは考えられない」と明言、1976年にイタリアのファビオ・ビゾーニ Fabio Bisogni は「ホ短調のソナタの終楽章はホ短調であるべきで、ホ長調のロンドはこのソナタの終楽章たり得ない。D506のロンドは、様式的に近しいD459A-5のアレグロ・パテティコと組み合わせることによって、次のような新しいソナタを構成することができるだろう:I. Allegro patetico (D459A-5), II. Adagio (D349), III. Rondo (D506)」という珍説を発表している。1988年新全集のピアノ小品集の解説を担当したダーヴィト・ゴルトベルガー David Goldbergerは「シューベルトが、D566-2のアレグレットと、D506のロンドという、似通った2つの楽章を同じ1つのソナタの中に入れ込もうとしたとは考えにくい。もしD506がこのソナタのために書かれたのであれば、アレグレットの代わりに置き換えるため、と考えるのが妥当だろう」と述べている。 にも関わらず、1976年にバドゥラ=スコダ校訂のヘンレ版で採用されたのはデイルの4楽章説であった。バドゥラ=スコダ本人をはじめ、ブレンデルやリヒテルなど、当代随一のピアニストたちがこのフォーマットで実演を行い、「D566+506」の組み合わせは広く受け入れられることになった。 本公演の告知資料に「D566+506」とあるのも、私自身この組み合わせに慣れ親しんでいたからである。
さてここからは私の個人的な見解である。 デイル説は、そもそも別々に発表された説を結合しただけであって、信憑性は低い。おそらくシューベルトの意図とは異なっている。 上に紹介したゴルトベルガーをはじめとして、「D566-2のアレグレットとD506のロンドは類似している」という見解は多いが、私自身はそうは思わない。D506は主部のバスの伴奏型がいささか剽軽な雰囲気を醸し出しており、他のシューベルト作品でたとえるならば「ます」五重奏(D667)のフィナーレに近い印象があるが、D566-2はより穏やかで、旋律もリート的であり、たとえばD959の大イ長調ソナタのフィナーレを連想させる。 しかしデイルがD566-2を緩徐楽章として扱ったことは、明らかに間違っていると確信する。なぜならば、第1楽章のテンポ(Moderato)よりも緩徐楽章(Allegretto)の方が速いということはあり得ないからだ。シューベルトは中期以降、Moderatoの第1楽章を持つソナタを4曲(D840, D845, D894, D960)残しているが、いずれも第2楽章はAndanteと指示されている。一方でAllegrettoの緩徐楽章を持つソナタはD537の1曲のみで、その第1楽章はAllegro ma non troppoである。第1楽章よりも速いのであれば緩徐楽章とは言えない。テンポだけでなく、構成面でも非常にしっかりしたソナタ形式で書かれていて、簡素な第1楽章に対してアンバランスである。これはどう見てもフィナーレとして構想されたものだと私は思う。 D506がD566-2の第2稿(書き直し)として書かれたということは、あり得るかもしれない。特に、1925年にバウアーが写譜したプリーガー所蔵の第1楽章は、完結してはいるものの、旧全集に掲載されたランツベルク経由のそれとは大きく異なっており、新全集において初めてその差異が明らかになった。それを考えると、第1楽章に下書きと清書があるように、フィナーレにも2稿あって、それがD566-2とD506であるということも否定はできない。 しかしD506がD566に関連しているという説が唱えられた1905年には、スケルツォはおろかD566-2のアレグレットさえ存在が知られていなかったわけで、D506と組み合わせるのに適したホ調の単一楽章ということでD566が選ばれたに過ぎない。 そもそも、1842年時点でフェルディナントの手元には、D566の自筆譜が3楽章ぶんしか残されていなかったのだ。D506をディアベリに渡したのは1848年であるから、もしD506がD566と一緒に保管されていたなら、4楽章一緒にヴィストリングに売却しようとしただろう。 1ページだけ現存しているD506の自筆譜の裏面には歌曲「人生の歌」D508が記されていて、そこには1816年の日付がある。D566は1817年6月の作品であり、1枚の五線紙の両面を必ずしも同じ時期に使用したわけではないとはいえ、結局D566とD506の資料上の関連性は全くないといってよい。 以上のことから、D506はD566と別作品と私は判断し、D566のフィナーレはD566-2のアレグレットであると考える。 D566-2の自筆譜は、バウアーも確認しないまま消失してしまったが、モデラートに続けて書かれていたならば閲覧時に目に入っただろうから、おそらく別の用紙に書かれていたのだろう。つまりモデラートとアレグレットには連続性は確認されていないということである。
次の問題はD566-3のスケルツォである。これは本当にこのソナタに属する楽章なのだろうか。変イ長調はホ短調とかなり隔たっている。第1楽章は第2主題の再現以降ホ長調に転調し、ホ長調で終止するから、その第3音(gis)を異名同音で読み替えたasを主音とする調、という関連性はある。シューベルトの好きな長3度関係の調である。しかし長3度下ならともかく、長3度上の、それも長調を中間楽章に採用した例はない(ベートーヴェンはピアノ協奏曲第3番(ハ短調)で長3度上の長調(ホ長調)を緩徐楽章に採用している)。調性だけを考えると、スケルツォを欠き、終楽章がなぜか属調で書かれているD557の変イ長調ソナタに属すると考えた方が自然かもしれない。想像力を逞しくするならば、プリーガーがホ長調のアレグレットだけを公開し、変イ長調のスケルツォを発表しようとしなかったのは、このスケルツォが、一緒に保管されていたD566に属するものかどうか確信が持てなかったからなのかもしれない。 しかし、既に1842年の時点でD566のスケルツォと捉えられていたことを重視して、D566に属すると仮定すると、モデラート - スケルツォ - アレグレットの3楽章ソナタというフォーマットが浮かび上がる。 しかし、前に述べたとおり、シューベルトの3楽章ソナタの中間楽章は例外なく緩徐楽章なのである。スケルツォを持つ3楽章ソナタというものは、未完のD571にD604の緩徐楽章を置かなかった場合(D571+570)以外には存在しない。個人的には、モデラートもアレグレットも比較的緩やかなテンポなので、真ん中にスケルツォのある緩急緩の3楽章というのもアリなのでは、と思うが、あまり説得力のある仮説とはいえない。 スケルツォがあるということは、おそらくこのソナタは4楽章構成で構想されたのである。 I. Moderato ホ短調 II. (緩徐楽章、未着手あるいは消失) III. Scherzo 変イ長調 IV. Allegretto ホ長調 そして、この失われた(あるいは書かれなかった)緩徐楽章は、存在したならハ長調だっただろうというのがここで初めて発表するサトウ説である。ホ短調→ハ長調→変イ長調→ホ長調で、長3度ずつ主音が下がっていくことになる。これなら、ホ短調(ホ長調)から変イ長調へという調性関係の違和感はほとんどなくなる。 この空席にフィットするハ長調の緩やかな小品は、現在知られている単独作品や未確定のソナタ楽章の中からあてがうことも可能だろう。しかしそれはあまりにも恣意的であると思われるので、今回は消えた緩徐楽章に想像を膨らませつつ、 I. Moderato ホ短調 II. Scherzo 変イ長調 III. Allegretto ホ長調 の3楽章で演奏し、そのあとに、長らくこの作品と関連づけられてきたD506のロンドを演奏したいと考えている。