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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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「しぼめる花」の主題による変奏曲 D802 概説

「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 ホ短調 Introduktion und Variationen über "Trockne Blumen" für Flöte und Klavier e-moll D802
作曲:1824年1月 出版:1850年(作品160)
楽譜・・・IMSLP


シューベルト作品中唯一の、フルートとピアノの二重奏という編成である。クライスレによれば、フレーリヒ家を通じて親交のあったフルートの名手、フェルディナント・ボークナー Ferdinand Bogner (1786-1846)のために作曲されたという。その超絶技巧をフィーチャーするためにシューベルトが採用したのは変奏曲の形式であり、主題として選ばれたのは自作歌曲『しぼめる花』だった。
『しぼめる花』は連作歌曲『美しき水車屋の娘』D795の第18曲で、恋に破れた若者が死を決意して力なく歌う、実にわびしい曲である。おそらくボークナー自身か、仲間たちの誰かがこの曲を気に入っていて、変奏曲の主題にとリクエストしたのだろう。

冒頭の序奏はホ短調の陰鬱な音楽だ。ピアノの提示するダクティルスのリズムに乗って、フルートが緩やかな長音のモティーフ(バッハが多用した「十字架音型」の一種)と、呼びかけるような複付点のモティーフが提示される。長音のモティーフはやがて対位法的に展開されてゆき、複付点のモティーフは反行形になると原曲歌曲の第3連の末尾、"Wovon so naß?"(なぜそんなに濡れているの?)と問いかけるフレーズが元であったことが判明する。極めて緊密に構成された序奏は、フルートのカデンツァ風のソロで半終止し、主題を迎え入れる。
主題は3つの部分に分かれており、A部16小節、B部8小節、C部8小節(反復あり)である。A部とB部は音楽的には反復を含んでいて、それぞれ前半でピアノがメロディーを提示し、後半はフルートがそれを繰り返す形になっているので、実質的にはA部は8小節、B部は4小節のメロディーということになる。C部はホ長調に転調し、セクション全体が反復される。つまりAABBCCとメロディーが2回ずつ提示される形になっており、原曲のABABCCコーダという構成がより単純に編集されている。前奏・間奏・後奏はカットされているが、それにしても反復を含めて延べ40小節というのは変奏曲の主題としては異例なほど長い。ホ短調からホ長調(同主長調)へというシューベルトが多用した調性配置が、このあとの変奏にも受け継がれていくことになる。
第1変奏はフルートの技巧の見せ場である。32分音符のうねるようなパッセージは、C部に至るとさらに細かい32分3連符に置き換えられていき、息継ぎやタンギングの至難なパッセージが続く。
第2変奏はピアノのターン。左手の32分音符のオクターヴ連打の上で、右手もまたオクターヴで主題のメロディーを提示するという豪壮な奏法だ。ピアノが音楽を主導しフルートは合いの手に回る。ちなみにC部分の7小節目にあたる1小節が欠落しているのだが、これは自筆譜に起因するもので、意図的なものかミスなのかは不明である。ただ楽節構造が不自然になるため、6小節目([114])をもう一度繰り返して補うことが多い。
第3変奏はホ長調。ピアノの緩やかな6連符の分散和音の上でフルートが慈愛に満ちた旋律を奏でる。時折現れる陰りのある和声が魅力的だ。
第4変奏はホ短調に戻り、再びピアノが技巧を見せる。右手には6連符の嵐のようなパッセージが駆け巡り、左手がオクターヴで力強く主題を奏する。和声的にも変奏が施され、微妙に表情が変化していく。
第5変奏は再びフルートが主役となる。超絶技巧の急速なパッセージで圧倒的な息づかいと指さばきを披露する、本作随一の聴きどころといっていい変奏だ。
第6変奏は嬰ハ短調・3/8拍子に転じ、ピアノの右手とフルートが対位法的に絡み合っていくという、バロックのトリオソナタ風の変奏。嬰ハ短調とホ短調を行き来する不穏さから、C部分でホ長調を確定した後、コデッタが挿入される。ピアノの左手にオクターヴ跳躍という無茶振りを課しながら転調を重ね、華やかなドミナントのアルペジオへ。
最終第7変奏はホ長調のフィナーレ。4/4の行進曲風の足取りとなり、付点と3分割(3連符)のリズムで楽しげに進んでいく。長大なコーダでは再び転調の応酬となり、リズムも途中から4分割に切り替わる。最後はフルートとピアノが交互に音階を駆け上がりながら勝ち誇ったように終止へ向かう。
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  1. 2022/10/02(日) 18:20:08|
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