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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ短調 D625+D505 概説

ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ短調 Klaviersonate Nr.12 f-moll D625+D505
作曲:1818年 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


1818年のツェリス滞在中に作曲されたこのソナタの唯一の原資料は、ウィーン楽友協会所蔵の筆写譜集「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」に収録されており、そこにはヘ短調の未完の両端楽章と、ホ長調のスケルツォが記されている。同コレクションの他の筆写譜と同様に多くの誤記を含んでいるが、この曲の場合は次兄フェルディナントの手による赤インクの訂正が目を引く。しかしその訂正は一見して誤りとはいえない箇所にまで及んでおり、今は失われた自筆譜と照らし合わせて朱を入れたのか、フェルディナント自身の解釈や趣味を反映したものなのかは判然としない。
このコレクションにおいては3楽章構成の、緩徐楽章を持たないソナタとして存在しているが、フェルディナントがディアベリ社のために作成した作品目録が後に発見され、このソナタに変ニ長調のアダージョD505が含まれていることが判明した。
このアダージョは1848年にディアベリ社から、ホ長調のロンドD506と組み合わせて「アダージョとロンド」作品145として出版されたが、その際には本来の変ニ長調からロンドと同じホ長調に移調させられた上、半分以下に短縮され、ロンドの序奏として半終止している。この無残な手術を行ったのはおそらく出版社であろうと考えられている。
アダージョの全体像はやはり「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」の別の巻で知ることができるのだが、ここでは本来あるべき第6小節が欠落しており、ディアベリ版の当該箇所を移調して補うことでようやく完成をみた。
ヘンレ版の未完ソナタ集を校訂したパウル・バドゥラ=スコダは、ヴァイオリン・ソナタD574と同様に中間楽章を転倒させ、スケルツォを第2楽章として、アダージョを第3楽章として演奏することを主張しているが、今回はシューベルトのピアノ・ソナタの通例に倣って第2楽章アダージョ、第3楽章スケルツォという順序で演奏する。

このヘ短調ソナタは、同じ調性で書かれたベートーヴェンの『熱情』ソナタとの類似点が多い。第1楽章の第1主題のオクターヴユニゾンとトリルのモティーフは言うまでもなく、同じテーマが変イ長調で変奏され副次主題を形作る様子、また次第に3連符の刻みが主体になっていくところは、12/8拍子の『熱情』第1楽章を明らかに想起させる。緩徐楽章の変ニ長調という調性や、フィナーレの16分音符のパッセージも含めて、『熱情』がモデルになっていることはほとんど間違いないだろう。

第1楽章では、第3主題にあたる部分が『熱情』の変イ短調ではなく、平行調の変ハ長調をとっている。展開部でもシューベルトらしい独創的な和音連結によりややとりとめのない転調が繰り返された後、第1主題の再現を予告して筆写譜は中断している。以降型どおりに再現部を再建し、最後に短いコーダを加筆した。
変ニ長調のアダージョは平易な三部形式だが、中間部ではイ長調やハ長調といった遠隔調へ自由に飛翔していく。細かい書き落としが多く、臨時記号などは適宜補っている。
ホ長調のスケルツォは極めてエネルギッシュかつ強引な音楽で、半音階的な進行や技巧的なパッセージがインパクトを与える。イ長調のトリオでは転調のたびに和音が長く延ばされ、時間が停止したような不思議な印象を与える。
第4楽章は蠢くような両手ユニゾンで始まるが、すぐに嵐はおさまり、ヘ長調、変イ長調といった長調の世界に遊ぶ。ソナタ形式の再現部では左手のパートに数十小節の欠落を含むが、提示部からの移植で容易に補完できる。最後はヘ長調の和音が遠くから静かに鳴り響く。
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  1. 2023/10/24(火) 11:03:39|
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シューベルトのピアノ・ソナタ 概説

前回の一覧を眺めつつ、気づくことを述べてみたい。

◆シューベルトのピアノ・ソナタは「4楽章構成」が基本型である
完成作11曲のうち、8曲が4楽章構成である。モーツァルトのソナタはほぼすべて3楽章構成だし、ベートーヴェンは初期に4楽章ソナタを多数書いたが、中期~後期には3楽章あるいは2楽章に軸を移した(中期以降の4楽章ソナタはOp.26(「葬送」)、Op.28(「田園」)、Op.31-3、Op.106(「ハンマークラヴィーア)」の4曲のみ)ことと比べると、シューベルトのスタンスは特徴的である。3楽章のD567が、改訂時にメヌエットが追加されて4楽章となっている(D568)ことをみても、シューベルトがピアノ・ソナタの理想型を4楽章と考えていたことが窺える。
中間楽章の並びは必ず「緩徐楽章→舞曲楽章(メヌエットまたはスケルツォ)」という古典的な順序を踏襲しており、ベートーヴェンが試みたこの2つの楽章の倒置は行われていない。
一方で3楽章構成の完成作は3曲ある(D537, D664, D784)。3楽章ソナタの第2楽章は例外なく緩徐楽章である。
3楽章構成にしても4楽章構成にしても、第2楽章は第1楽章と異なる調性をとる。D459のホ長調のスケルツォは、現在第2楽章に置かれているが、上に述べた理由により、本来は第3楽章として構想されたものと考えることができる。

◆創作時期が明確に二分される
ピアノ・ソナタの創作は1815年(18歳)に始まり、ピークとなった1817年には1年間で6曲も手がけている。しかし1819年を最後に、いったんこのジャンルから手を引いてしまう。着手した13曲のうち、完成時期がはっきりしないD568・D664を入れても完成作は4曲という当たりの悪さであった。
このあとの3年間、シューベルトはオペラなどの舞台作品の創作に没頭し、他のジャンルの作品は極端に少なくなっている。しかし結局オペラ作曲家として成功する夢は叶わず、やがて健康を害する。ソナタ復帰の前年1822年に書かれたのが「さすらい人幻想曲」D760である。ここで追求した新たな書法と構造への試みが、それ以降のソナタ制作に反映されていることは疑い得ない。
1823年のD784以降のソナタは規模・内容ともに格段に充実している。D840を除けば、すべて完結しており、初期とは異なる創作姿勢が垣間見える。D845, D850, D894の大ソナタが次々と出版され、器楽作曲家としても認められるようになった。1824年と1827年にはソナタ作品はないが、このうち1827年には重要な2集の「即興曲集」(D899, D935)が書かれている。最晩年1828年のあまりにも有名な3つの最後のソナタは、より超越的な次元に到達しているとして、これを別の時期(後期)とみなし、全体を3つの時期に区分する説もある。

◆未完作が多いのはなぜか?
楽章の途中で断絶している「未完楽章」については、2つの断片を別にすれば、シューベルトの脳内では完成していたものと思われる。かなり書き進められており、再現部以降の繰り返しを端折った程度なので、後世の補筆も比較的容易に行える。初期ソナタに関しては、作曲者自身が友人たちに弾いて聴かせるぐらいしか演奏の機会もなかっただろうから、自分がわかる程度のメモ書きで差し支えなかったのかもしれない。
楽章が揃っていない作品については、シューベルトがはじめから書かなかったか、書いたものの散逸したか、あるいはバラバラの形で伝えられているか、のいずれかと考えられる。「楽章連結」論者は最後の説を有力視して、別々に伝えられている単独作品を合体させてソナタを再構成したのである。
この説に一定の妥当性があるのは、シューベルトのピアノ・ソナタの一部の楽章が、独立したピアノ小品として扱われていたことがわかっているからである。例えばD894のト長調ソナタは、1827年のハスリンガー社の初出版時には「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット」という4つの小品として出版されているし(「幻想ソナタ」の愛称はこのときのタイトルから来ている)、D625のヘ短調ソナタの第2楽章にあたるアダージョは、短縮・移調された上でD506のロンドと組み合わせられ、「アダージョとロンド」という形で出版されている(そのためアダージョには「D505」という別のドイチュ番号が付与された)。これらを敷衍すると、本来いずれかのソナタに属する後続楽章が、単独作品の束の中にまだ紛れ込んでいるという可能性も否定できない(この考えを推し進めて、D935の「4つの即興曲」が本来はヘ短調のソナタとして構想された可能性を、早くもロベルト・シューマンが指摘している)。ただしこれはあくまで推測の域を出ず、欠落している楽章がはじめから書かれなかったという可能性も残されている。
シューベルト本人が初期ソナタを整理して、せめて楽章のインデックスだけでも作っておいてくれれば良かったのだが、彼にはそんな時間は残されていなかったし、そもそもそのような作業に興味を示す性格でもなかった。逆に長生きして、初期作品を「習作」として破棄してしまう(ブルックナーやシベリウスのように)ことがなかったのは、私たちにとっては幸いだったかもしれない。
カオティックな状態で残されたシューベルトの自筆譜を整理し、保管してくれたのは次兄フェルディナントだった。未完作の多くが散逸せず、こうして今に残っているのはフェルディナントの功績によるところが大きいといっていいだろう。
  1. 2014/09/18(木) 11:10:45|
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