fc2ブログ


シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

ロンド ニ長調 D608 概説

ロンド ニ長調 Rondo D-dur D608
作曲:1818年1月 出版:1834年(作品138)
楽譜・・・IMSLP

 1813年にハ短調の「幻想曲」D48を書き上げたあと、シューベルトの連弾曲の創作には4年あまりの空白期間がある。1817年の末に手がけた、2曲の「イタリア風序曲」の4手用編曲(D592/D597)を経て、久々に取り組んだオリジナルの4手作品が本作である。
 作曲家死後の1834年に、ディアベリ社から「作品138」として出版されたが、1818年1月の日付を持つ自筆譜とはかなり多くの相違があり、自筆譜を「第1稿」、初版譜を「第2稿」と呼んでいる。第1稿は未完成であり、第2稿にはない3番目のエピソード(副主題部)が登場する(そしてこのエピソードが完成されておらず、続きをスキップしてコーダが書かれている)。一見して下書き然とした第1稿に比べると、第2稿はABACAのすっきりした構造に整理され、細部の書法もブラッシュアップされている。しかし第2稿の自筆譜はなく、D567/D568のソナタと同様、この改訂作業がいつどのようにして行われたのかはわからない。
 初版譜の表紙には『我々の友情は不変』(Notre amitié est invariable)というフランス語のタイトルが記されているが、当然ながらシューベルトがこのような標題を付けるはずはなく、出版社による命名と考えられる。ひょっとすると第3エピソードの削除をはじめとして、楽曲そのものにもディアベリの手が入っているのではないかという見方もある。

 付点リズムが支配的なニ長調のロンド主題(A)は、いくぶんポロネーズ風のリズムを持ち、軽いサロンの雰囲気を醸し出すが、いささか常套的で単調であることは否めない。第1エピソード(B)は荒々しいニ短調の強奏で始まり、装飾音を伴う逆ターンの音型モティーフが展開されていく。途中のヘ長調のセクションではウラ拍に付されたアクセントがリズミカルで楽しい。ロンド主題の回帰の後に始まるト長調の第2エピソード(C)では、長い保続低音が牧歌風の鄙びた印象を与える。コーダではダイナミックレンジが拡大、終盤ではプリモの左手とセコンドの右手が交差し、両者の右手がロンド主題のカノンを奏する(この交差が「我らの友情」云々の所以になったという説もあるが、連弾曲の書法としてはさして珍しいわけではない)。
 気楽で親しげな小品ではあるが、構成の求心力が弱く、霊感の閃きにも欠け、冗長の謗りは免れない。誰が実行したにせよ、第3エピソードの削除は正しい判断だったといえよう。前年の夏にショーバー邸を出てからツェリスに赴任するまで、シューベルトが感じていた不調の一端を垣間見ることができるかもしれない。
スポンサーサイト



  1. 2018/09/28(金) 22:34:12|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

序曲 ト短調 D668 概説

序曲 ト短調 Ouvertüre g-moll D668
作曲:1819年10月 出版:1897年
楽譜・・・IMSLP

シューベルトのピアノ4手の作品のうち、「序曲」と名付けられたものは以下の6曲である。

・イタリア風序曲 ニ長調 D592
・イタリア風序曲 ハ長調 D597
・序曲 ト短調 D668
・序曲 ヘ長調 D675(作品34)
・歌劇「アルフォンソとエストレッラ」序曲 D773(作品69)
・歌劇「フィエラブラス」序曲 D798


最初の2曲の「イタリア風序曲」はシューベルトの出世作で、1818年にシューベルトの作品として初めて有料の演奏会で演奏され、新聞に批評が載り、シューベルトの名を一躍世に知らしめたオーケストラのための演奏会用序曲である。
最後の2曲は言うまでもなく、歌劇の序曲を4手用に編曲したもの。
すなわち、6曲中4曲はまず初めに管弦楽曲として成立した序曲を、作曲者自身が後からピアノ4手用に編曲したものということになる。現在のように放送やレコードで音楽を聴くことができなかった当時、オーケストラの生演奏に触れるチャンスは稀少であり、ピアノ連弾は気軽に家庭で音楽を楽しむ重要な手段だった。原曲の評判が上がる中、友人たちがシューベルトに連弾用編曲を勧めたのではとも考えられている。ピアノ4手版が後れて成立したことを物語るのは、一部の作品で編曲に際して内容の改訂が行われているという事実で、たとえばD592やD798では管弦楽版にはなかった新たな小節が付け加えられている。少なくともこれら「序曲」の場合、ピアノ4手版は、決して管弦楽版のためのスケッチではないということになる。
一方で、残る2曲、D668とD675は管弦楽版が見つかっておらず、あるいはオーケストラ編曲を手がけた形跡もない。ドイチュは他4曲の成立過程を鑑みて、「連弾版に先だって管弦楽版が存在したが、消失した」(D668の注記)と考えているが、新全集の解説を執筆したリッチャウアーは、これら2曲は初めからピアノ4手用に書かれたオリジナル作品と捉えている。

D668のト短調の序曲は1819年10月に作曲されたものの、その存在は長らく知られておらず、1896年にオイゼビウス・マンディチェフスキによって発見され、翌年の旧全集でようやく日の目を見た。曲に関する同時代の記録も残っておらず、成立の経緯は不明である。
曲は大きく3部分に分かれる。導入部(アダージョ)、主部(アレグレット)、コーダ(アレグロ・ヴィヴァーチェ)であり、主部は展開部のないソナタ形式をとる。

導入部([1]-[44])では主題が静かに両パートのユニゾンで示され、やがて旋律的に、また対位法的に展開されていく。ドミナントで半終止し次のセクションへ移る。
長大な主部([45]-[375])の第1主題は、導入部の主題旋律の後半に基づき、軽快なスタッカートの伴奏に乗って提示される。ほとんどの楽節が2回以上繰り返して奏されるのが特徴で、古典的な趣を与えている。[95]からの経過句では導入部の冒頭のモティーフが用いられ、激しく劇的な場面となる。[131]からの変ロ長調の第2主題はいかにもシューベルトらしい音楽で、ここでは導入部のモティーフと第1主題の付点のリズムが組み合わされている。やがてドラマティックに盛り上がり、[199]からのコデッタで3音の順次進行のモティーフを用いながらト短調へ戻り、これが第1主題に変容していく。
再現部の構造は型どおりだが、面白いのは第1主題の確保([236])の時点で早くもホ短調に転調することで、そのままの調性関係を維持して第2主題はト長調に([296]-)。そのままト長調のコーダに繋がっていく。
コーダ([376]-[465])は急速なテンポで、[95]からの経過句の音型がモティーフとなっている。ティンパニのロールを思わせる低音部でのトレモロも頻出し、ハイテンションで盛り上がるが、主部同様に同要素の繰り返しが多く、やや単調な印象も否めない。

一見すると全く性格の違う3つのパートは、1つの主題から派生しており、巧みなモティーフ操作が展開されている。他の連弾曲と比べて、明らかにオーケストラの音響を想起させる部分が多く、ドイチュの推測も頷けるといえるだろう。
  1. 2017/06/11(日) 23:08:24|
  2. 楽曲について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0