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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第14回「ピアノ・ソナタⅤ ―幻想―」

第14回チラシ
2021年6月3日(木) 19時開演 東京文化会館小ホール
♪メヌエット 嬰ハ短調 D600
♪ピアノ・ソナタ 断章 嬰ハ短調 D655(佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 D571+604+570(佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D894「幻想」
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2021/06/03(木) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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未完楽章D571・D570-1とその補完について

ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 (断章・未完) Sonate (Fragment) fis-moll D571
作曲:1817年7月 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

アレグロ 嬰ヘ短調(未完) Allegro (Fragment) fis-moll D570-1
作曲:1817年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

前述した嬰ヘ短調ソナタの、未完の両端楽章とその補完について解説したい。

まずはD571のオリジナルの内容を改めて確認しておこう。

【提示部】
[1]-[4] 前奏 嬰ヘ短調
[5]-[19] 第1主題 嬰ヘ短調
[20]-[27] 第1主題の確保 嬰ヘ短調
[28]-[43] 推移部1 嬰ヘ短調→イ長調
[44]-[53] 推移部2 イ長調が確定→ニ長調へ
[54]-[69] 第2主題 ニ長調(途中ニ短調・変ロ長調を経過)
[70]-[91] 第2主題の確保 ニ長調(途中ニ短調・ヘ長調を経過)
[92]-[99] 小結尾 ニ長調→
1番括弧[100]-[101] →嬰ヘ短調 :||
2番括弧[100]-[105] →ヘ長調→ホ短調→変ホ短調→
【展開部】
[106]-[113] 新主題登場 変ホ長調 調号変更(♭3)
[114]-[120] 変ホ短調→変ト長調→変ハ長調
[121]-[128] 新主題の確保 変ハ長調
[129]-[130] 変ハ長調→変イ短調→
[131]-[135] 調号変更(♯3) 嬰ト短調(異名同音)→ホ長調→嬰ハ短調→
[136]-[141] ロ短調のドミナントが定着 [141]で中断

さまざまな調性に転調していくのはソナタの常であるが、この中では展開部に入る直前、2番括弧の半音階的な転調が最もラディカルで、それ以外は近親調間のオーガニックな転調である。
さて、シューベルトは展開部の末尾まで書いたところで中断したというのが通説だが、問題はここが嬰ヘ短調(主調)のドミナントではなく、ロ短調(下属調)のドミナントだということだ。このまま再現部に入るとなると、この楽章は「下属調再現」をとることになる。
下属調再現とは文字通り、第1主題の再現を本来の主調ではなく下属調から始める方法のことで、有名な例はモーツァルトのソナタK.545の第1楽章である。ここではハ長調で始まった第1主題が、再現部ではヘ長調になっている。
モーツァルトK.545提示部第1主題
モーツァルトK.545再現部第1主題
モーツァルト:ソナタK.545 第1楽章 提示部(上)と再現部(下)

すると、提示部「主調→属調」(I→V)と再現部「下属調→主調」(IV→I)が相似形となり、そのままそっくり提示部を5度下(4度上)に移調すれば再現部の出来上がりになる。推移部での転調の取り消しを考えなくて良いので簡単、とよく説明されるが、実際のK.545はそんなに単純なつくりにはなっておらず、ちゃんと作曲者が介入して第1主題の間で主調に戻り、そこから転調せずに第2主題をハ長調で再現する。
シューベルト作品ではヴァイオリンとピアノのためのイ短調の「ソナチネ」D385の第1楽章が下属調再現をとるほか、D575のロ長調ソナタ第1楽章の初稿で下属調再現を試みたことが知られている(直後に中断)。しかし決定稿ではこのアイディアを捨てて普通に主調で再現部を開始している。
D571の場合は短調であり、提示部では嬰ヘ短調の第1主題に対して第2主題はニ長調(平行下属調、長3度下の長調)で提示されるので、下属調再現をするにしてもそのまま移調してOKというわけにはいかない(ロ短調の平行下属調はト長調)。

では現在最も普及している、ヘンレ版ソナタ集第3巻でパウル・バドゥラ=スコダが披露した補筆はどうなっているのだろうか。

【再現部】 ※バドゥラ=スコダ補筆
[142]-[145] 調号変更(♯2) 前奏 ロ短調
[146]-[160] 第1主題 ロ短調(下属調再現)
[161]-[168] 第1主題の確保 ロ短調 右手をオクターヴ上で弾くヴァリアント(アドリブ)
[169]-[184] 推移部1 ロ短調→ニ長調(提示部と相似)
[185]-[194] 推移部2 ニ長調→嬰ヘ短調(★[193]で提示部から逸脱)
[195]-[210] 第2主題 嬰ヘ長調(途中嬰ヘ短調・ニ長調を経過) 調号変更(♯6)
[211]-[232] 第2主題の確保 嬰ヘ長調(途中嬰ヘ短調・イ長調を経過)
[233]-[242] 小結尾 嬰ヘ長調→嬰ヘ短調
[243]-[252] 第1主題によるコーダ 嬰ヘ短調 調号変更(♯3)

[193]で転調に少し手を加えることで流れを変え、第2主題を嬰ヘ長調(主調嬰ヘ短調の同主調)で再現することに成功している。第2主題から小結尾までは提示部をそっくり移調しただけだが、この部分については全く異論はなく、誰が補作したとしても基本的にはこうなるはずだ。第2主題の中での調の揺れ動きも、嬰ヘ短調・ニ長調・イ長調と既に提示部に登場した調性をたどり、有機的な構造になる。
ウィーン原典版のマルティーノ・ティリモの補筆は、間違いなくこのバドゥラ=スコダ版を下敷きにしている。第1主題前の4小節の前奏を割愛していること、第1主題の音域が違うこと(この思いつき的な改変はいただけない)、また推移部2の転調時のアルペジオの音が若干違うこと(これはティリモ版の方が優れていると私は思う)が挙げられる程度で、あとは「ほとんど同じ」である。コーダで第1主題を回想するという発想も同じだ。



私はこの曲をこれまでに3度取り上げており、そのつど異なるヴァージョンの補筆を披露してきた。

2013年2月15日ひまわりの郷
【2013年 横浜市港南区・ひまわりの郷ホール】
ほぼバドゥラ=スコダ版に基づいて演奏したが、最後のコーダだけ書き換えた。バドゥラ=スコダのコーダは第1主題の確保部分([20]-[26])を回想し、短い終止句で終結するというものだが、私は直感的に「シューベルトだったらこうは書かない」と思ったのだ。
その違和感を説明するのは難しいが、あえて言うならば[233]のコデッタ以降、ずっとバスで主音を保続してきた(トニックペダル)のに、コーダに入ってから和音が次々と変わるので、終結感が弱まり、「新しく何かが始まる」感じがしてしまう、ということが最大の理由だろう。最後の3小節だけに現れる6度の重音も、ここで突然登場する音型で、それまでの音楽と関係のない恣意的な終止句である。
ティリモのコーダはずっと短いが、あまりにも陳腐で思わず失笑を禁じ得ない。一刻も早く終わらせたかったのかもしれない。
私がこのとき書いたコーダは展開部の新主題を用いたもので、一度ドミナントペダルを経過してトニックペダルに至る。主題は途中で2倍に拡大され、同音連打のモティーフが残り、最後はアルペジオだけになって風のように消えていく。

2015年 大阪大学会館
このときは大きく構成を変えて、展開部を拡張した上で、通常通り主調で再現部を開始させた。
中断箇所が本当に展開部の末尾で、次の小節から再現部が始まるのかどうか、実は確証はない。調号は♯3の嬰ヘ短調である。もしロ短調で再現を始めるつもりであれば、調号は♯2でよいはずだ。しかしシューベルトは♯3のまま筆を置いており、♯2に変更しようとした形跡はない。

D571自筆譜・中断箇所
D571の自筆譜の最終ページ。2段目の4小節目で明確に♯3を指定しているが、中断箇所の周辺で♯2にしようとした形跡はない。

そこで中断箇所は「展開部の途中」であると仮定し、そのまま転調を続けて嬰ヘ短調のドミナントを導く。その上で再現部を嬰ヘ短調で開始する、というのがこのときのアイディアであった。

2021年 レア・ピアノミュージック(配信)
それから時を経て今年、またD571に取り組むにあたって、もう一度考え直してみた。
やはり[136]-[141]、6小節にわたってドミナントが続いているということは、ロ短調の定着を企てているのであり、ここからさらに展開部を続けるというのは自然ではない。
となるとやはり下属調再現だ。しかし、その後30小節もの長きにわたってロ短調に居座るつもりなら、やはり♯2で記譜したのではないだろうか。♯3を指定したということは、どこかで嬰ヘ短調に戻るつもりだったのではないか?
もうひとつ気になるのは、音域の問題である。ロ短調で再現すると、第1主題の右手のメロディーの音域がいまひとつしっくりこない。バドゥラ=スコダはそれを解消するために第1主題の確保でオッターヴァ・アルタ(1オクターヴ上で)のヴァリアントを提案したが、これはさすがに高すぎて違和感が残る(だから「アドリブ」=お好みで、と但し書きをつけたのだろう)。嬰ヘ短調で演奏してこそ美しさが光る主題なのだ。
ということで、再現部はロ短調で始まるもののそこに留まらず、第1主題の確保の前に嬰ヘ短調に転調する、というのが、私が2021年現在ベストと考えている補筆案である。モーツァルトがK.545でしたように、下属調再現とはいえ手を拱かず、作者がきちんと介入した方が良い結果がもたらされるはずだ。
今回のシューベルトツィクルスでもこの2021年版で演奏する。

ちなみにコーダは、2013年の初演時からほとんど変更していない。
このコーダについては、ある専門家から「バドゥラ=スコダの素晴らしいコーダをわざわざ書き直した意味がわからない」という意見も寄せられた。それで何度も考えてみたが、やはり私はバドゥラ=スコダ版を弾きたいとは思えないし、かといって現状よりも良いコーダを自分では思いつかないので、自らの芸術的良心に従ってこれを採用し続けている。



続いて終楽章たるD570-1についても触れておこう。

【提示部】
[1]-[8] 第1主題 嬰ヘ短調
[9]-[23] →ニ長調→イ長調→
[24]-[31] 第1主題の確保 嬰ヘ短調→ホ長調→
[31]-[39] イ長調
[40]-[55] 推移部1 イ長調
[56]-[72] 推移部2 ヘ長調→嬰ハ短調
[73]-[84] 第2主題 嬰ハ短調
[85]-[96] 第2主題の確保 嬰ハ短調
[97]-[120] 小結尾 嬰ハ短調 :||
[121]-[124] 経過句
【展開部】
[125]-[140] 新主題登場 ニ長調→ト短調→
[141]-[158] ニ短調→
[159]-[164] ヘ短調のドミナント→
[165]-[174] 嬰ヘ短調のドミナント [174]で中断

こちらは[174]が展開部の終わりであるということは明白で、[175]から通常通り主調で再現部を始めればよい。第2主題の再現までのどこかのポイントで転調の方向をいじって、嬰ハ短調(属調)だった第2主題を嬰ヘ短調に持って行けばよいのだ。
バドゥラ=スコダはそのポイントを、なぜかものすごく早い位置、第1主題の確保の直前(提示部の[23]にあたる)に設定して、ロ短調(下属調)で確保を行うことにした。第1楽章の下属調再現の記憶が残っていたのか、それ以外に良い転調のポイントを思いつかなかったのか。この転調はタイミング的にも、和声的にも不自然だと私は思う。
少しの差だが、私は確保のあと、提示部ではホ長調へ進んだ転調([29])をイ長調に入るように変えて、その後をすべて提示部の4度上に移調することで解決した。

もうひとつの問題はコーダである。バドゥラ=スコダ版は提示部にはない4小節の繰り返しが蛇足であるが(音域を下げるために必要だったのか…ちなみにティリモの補筆にも全く同じ4小節がある)、最終的には第1主題のアルペジオを回想してふわりと終わる(巨匠はコーダで第1主題を回想するのがお好きのようだ)。これはこれで美しく、D571のような違和感を覚えるほどではないが、やはり私は私でオリジナルのコーダを書いてみた。展開部に入る前の経過句を生かして、3連符のリズムを続けながら終わっていく(私はどうやら展開部のモティーフを参照するのが好きらしい)。このコーダは2021年に新しく書き下ろしたものである。
  1. 2021/05/25(火) 19:18:46|
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ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 D571+D604+D570 概説

ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 (断章・未完) Sonate (Fragment) fis-moll D571
作曲:1817年7月 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

アレグロ 嬰ヘ短調(未完) と スケルツォ ニ長調 Allegro (Fragment) fis-moll und Scherzo D-dur D570
作曲:1817年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ小品 イ長調 Klavierstück A-dur D604
作曲:1816~17年? 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

(シューベルトのピアノ・ソナタの一覧はこちら

D571の嬰ヘ短調ソナタもまた問題児である。
第1楽章が完結しておらず、さらには後続楽章も揃っていないという「二重苦」にもかかわらず、バドゥラ=スコダが先鞭をつけた復元の試みが功を奏し、現在では時折演奏会やレコーディングのレパートリーに上るようになった。それに値するだけの唯一無二の音楽であることは疑いない。

冒頭楽章の断片(D571)は1817年7月に作曲された。タイトルには「Sonate V」とあり、1817年に計画された6曲の連作ソナタの第5番として書かれたことがはっきりしている。



左手のアルペジオの伴奏型が初めに現れ(このような「前奏」から始まるソナタは当時としては非常に珍しい。同じ調性のシューマンのピアノ・ソナタ第1番を連想させるが、1897年の旧全集で初めて出版された本作をシューマンが知っていた可能性はない)、[5]から右手がオクターヴで第1主題を奏でる。属音の3連打で始まる旋律の、滴り落ちるような瑞々しさと儚い悲しみは、まさに稀代のメロディーメーカー、シューベルトならではのものだ。メロディーが終わったあと、伴奏の音型だけが残って展開の素材となり、転調を繰り返して[54]でニ長調の第2主題へ至る。前から引き継いだアルペジオの中からメロディーの断片が聞こえてきて、それが次第に繋がっていく。しかし第1主題のような歌謡的な旋律はもう現れず、全体としてはアルペジオが支配する器楽的なテクスチュアの提示部である。
ニ長調の主和音に終着したあと、[100]の1番括弧では主調嬰ヘ短調の四六の和音に進んで、冒頭に戻る。ところが2番括弧ではなんとヘ長調の四六の和音へスライドし、半音階的なゼクエンツを経て[106]で変ホ長調というとんでもない遠隔調へたどり着く。調号もこれに合わせてフラット3つに変更となる。アルペジオの伴奏型はずっと続いたままだが、最上声には第1主題の同音連打をモティーフにした新しい主題が登場する。曲は変ホ短調を経て変ハ長調、そして変イ短調の和音が現れたところで調号がシャープ3つに戻り、3度ずつ下降するゼクエンツがロ短調のドミナントの和音に到達し、メロディーは薄れて同音連打のモティーフだけが残る。そして[141]で自筆譜は中断する。

以上が残されたD571(第1楽章)の姿である。この断章をいかにして完成させるかという話題については次の記事に譲ることにして、後続楽章について触れることにしよう。

D570の「アレグロとスケルツォ」がD571の関連楽章であろうということは、比較的早い段階から推測されてきた。嬰ヘ短調という珍しい調性(シューベルトの器楽曲で嬰ヘ短調を基調とする作品は他に見当たらない)、アルペジオを多用したテクスチャー、またフィナーレにふさわしい軽快な曲調は、「アレグロ」がこの嬰ヘ短調ソナタの終楽章として計画されたことを窺わせる。同じ自筆譜に書きつけられていたニ長調の「スケルツォ」はその中間楽章と考えるのが自然だ。シューベルトらしい舞曲風の「スケルツォ」は時に突飛な展開で人を驚かす。変ロ長調の中間部を持ち、セクション間のしりとりのようなモティーフのやりとりが楽しい。
例によってブラームスがこの作品に興味を示し、シュナイダー博士という人から借りてきた自筆譜をもとに作成したという筆者譜が、ウィーン楽友協会に保存されている。
ひとつ引っかかるのは、自筆譜ではアレグロの方が先になっていて、アレグロの最終ページの裏にスケルツォが記されているということだ。D571の後続楽章とするには、この曲順をひっくり返さなくてはならない。
もうひとつの大きな問題は、この嬰ヘ短調の「アレグロ」がまたしても未完成で、ソナタ形式の展開部までで筆が止まっているということだ。それこそ「一丁上がり」とばかりに、続きを端折って「スケルツォ」に取りかかったわけだ。この楽章の補作についても次の記事で触れよう。
D571にD570の2つの楽章を接続させることについては、研究者の間では概ねコンセンサスが取れていて、新全集でも同じ巻の中に収録されている。

ところが、このソナタは緩徐楽章を欠いている
シューベルトの完成した3楽章構成のソナタでは、例外なく第2楽章は緩徐楽章であり、スケルツォを持つものはない。スケルツォやメヌエットがある場合は必ず緩徐楽章のあとに置かれ、全体は4楽章構成となる。
その緩徐楽章の有力候補として、パウル・バドゥラ=スコダが見繕ってきたのがD604のイ長調の小品であった。

この小品は音楽としては完結しているが、タイトルも速度表記もなく、何のために書かれたのかは判然としない。1816年9月に完成した序曲D470の四重奏形式のスコアの続きに記されているが、バドゥラ=スコダやデイヴィッド・ゴールドベルガーによれば、D604とD570はいずれも1815-16年の自筆譜の余白に書き込まれているという共通点があるという。いずれも日付や署名、楽器指定を欠いているが、シューベルトがピアノ・ソナタの中間楽章を書くときはいつもそうだったとゴールドベルガーはいう。しかしながらそれ以上の積極的な関連性については確証がないとして、新全集ではD604はソナタから切り離して「小品」の巻に収録された。
構成としては典型的な「展開部を欠くソナタ形式」だが、第1主題のイ長調に対して第2主題は下属調のニ長調をとるのがいっぷう変わっている。再現部では第1主題の確保の際に属調ホ長調に転調し、そこから形通りにイ長調に戻る。曲は弦楽四重奏を思わせるテクスチャーで、微妙な和音の移り変わりが表情に繊細な陰影をもたらしている。確かに、開始早々に嬰ヘ短調のドミナント和音が登場したり、第2主題ではD570のスケルツォの冒頭と同じfis-eis-fisという音型を使用するなど、D571/D570との関連をほのめかす証拠は多々ある。第2主題の後半では右手に装飾的なパッセージが登場して、キラキラと忙しく動き回る。

D604第2主題  D570-2
はピアノ小品D604の[19]、第2主題冒頭部。赤くマークしたfis-eis-fisの音型のスケルツォD570-2の冒頭と一致する。
ちなみに青くマークした同音連打がD571の第1主題から来ているという説もあるが、クラウゼによれば「考えすぎ」。


D570-1のアレグロと、(またしてもベートーヴェンの「月光」ソナタ終楽章との調性配置の類似を指摘しているアンドレアス・クラウゼは、D604の追加には否定的で、このソナタは「月光」と同様、中間楽章にスケルツォを置く3楽章ソナタであるべきだと主張している。しかし「月光」ソナタの場合は冒頭楽章が既に緩徐楽章であったわけで、D571も緩やかな曲想とはいえ同列には論じられないと私は思う。
今回はバドゥラ=スコダの提案の通り、D604を含む4楽章ソナタ(D571+D604+D570-2+D570-1)の形で演奏することにしたが、未完の両端楽章にはオリジナルの補筆を行った。これについては次の記事で触れよう。
  1. 2021/05/22(土) 21:56:35|
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1817年のピアノ・ソナタと2つの謎

(シューベルトのピアノ・ソナタの一覧はこちら。)

シューベルト20歳1817年は、「ピアノ・ソナタの年」と言ってもよいだろう。生涯で最も多い、6曲のピアノ・ソナタ(D537、D557、D566、D567、D571、D575)に着手している。しかもこの6曲は3月から8月までの半年間に集中して書かれているのだ。
このピアノ・ソナタへの集中は、ひとつには彼の創作環境が変化したことと関係しているようだ。前年1816年の秋、シューベルトは実家を出て、親友フランツ・フォン・ショーバーの邸宅に身を寄せることになった。教職を捨てて専業の音楽家になろうとしたシューベルトは父親の逆鱗に触れて家に居づらくなり、そこへショーバーが住まいを提供した、という事情らしい。友人の家を転々と渡り歩く、ボヘミアン暮らしの始まりであった。ショーバー邸には6オクターヴのピアノがあって、それを自由に使えたことが、ピアノ曲の創作意欲を高めたと考えられている。
もうひとつ、シューベルトはプロの作曲家として認められるための第一歩として、ピアノ・ソナタを発表したいと考えていたふしがある。当時ウィーンでフリーランスの作曲家として成功していたロールモデルは、何と言ってもベートーヴェンだった。若きベートーヴェンがウィーン進出後に最初に出版したのは、室内楽曲やピアノ・ソナタであり、それらの成功は彼に新進作曲家としての名声と、潤沢な収益をもたらした。シューベルトはもちろんそのことを知っていたのだろう。それまでにシューベルトが作曲していた歌曲や自由な形式の器楽曲では、プロを名乗るには不十分だった。より大規模な古典様式の書法をマスターしなければ、という思いも強かったに違いない。
シューベルトが作曲した「6曲」という数は、ハイドンやモーツァルトがピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲を出版する際の基本セット数であり、既に失われつつあったウィーンの伝統に倣おうとしたとも考えられる。

しかし、1817年の作品として知られる6曲のソナタを、シューベルトがそのままセットとして出版しようとしていた、とは考えにくい。その理由は、シューベルト本人が書き記した通し番号にある。

<謎・1>
1817年の最初のソナタは、3月に完成したD537(イ短調)である。この楽譜の冒頭に、シューベルトは自ら「5te Sonate」(第5ソナタ)と記している。
しかし、シューベルトのピアノ・ソナタとして知られているものは、これ以前には3曲しかない。よってD537は現在「第4番」とされている。
もっと遡ると、ソナタの第2作として知られるD279(ハ長調)の自筆譜には「Sonate I」(第1ソナタ)との標題もある。
まとめると、
(第1番)ホ長調 D157
(第2番)ハ長調 D279 → Sonate I
(第3番)ホ長調 D459
(第4番)イ短調 D537 → 5te Sonate
ということになる。
シューベルト自身の通し番号を信じるなら、D279とD537の間に、知られていないソナタが少なくともあと2曲存在していたことになる。

<謎・2>
1817年の2作目は5月の日付を持つD557(変イ長調)である。このソナタの自筆譜には通し番号はない。
6月に作曲した第3作D566(ホ短調)には「Sonate I」、第4作のD567(変ニ長調)には「Sonate II」とある。D567の草稿には、「Sonata X」と書いて上から「II」に訂正したような跡もある(清書稿には明瞭に「II」と記されている)。
D566を起点として、シューベルトは新たにソナタの通し番号を付け始めた。ここから新たなソナタセットを書き始める予定だったのかもしれない。
ところがここからが問題である。第5作、7月の日付を持つD571(嬰ヘ短調)の自筆譜に記されているのは「Sonate V」。更に第6作(この年の最後のソナタ)、8月完成のD575(ロ長調)の草稿には通し番号はないものの、筆写譜の方に「Sonate VI」と記されているのだ。
つまり、
Sonate I → D566
Sonate II → D567
Sonate III → 
Sonate IV → 
Sonate V → D571
Sonate VI → D575
となって、IIIとIVに比定しうるソナタがない、ということになる。D567とD571の間に、もう2作ソナタを書いたのだろうか? いくら速筆のシューベルトとはいえ、6月にD566とD567を仕上げ、7月にはD571に取り組んでおり、その間にあと2作というのはちょっと無理ではないだろうか。

この2つの謎を解くために、多くの研究者がさまざまな説を唱えている。後々ご紹介する機会もあるかもしれない。
<謎・2>に関して言えば、私はこれらの番号は必ずしも作曲した順に付けられたのではないと思う。シューベルトは初めから6曲のソナタセットを構想していて、D571とD575をその「第5曲」と「第6曲」に据えるつもりで書いたのだろう。IIIとIVは結局計画倒れで書かれなかったか、または、シューベルトの脳内ではなんとなく新ソナタの構想ぐらいはあったのかもしれず、その構想が翌年以降のソナタに結実した可能性もある。以前に書いたD537やD557を充てるつもりだったという可能性もなくはない(個人的には、D557を手直しして入れた可能性は十分にあると思う)。

いずれにしても、この「ソナタセット」は完結せず、1曲たりとも生前に日の目を見ることはなかった。
着手した6曲のうち、完結した形で残されたのは2曲のみ(D537とD575)で、これらはそれぞれ作品164と作品147として、シューベルトの死後にようやく出版された。
さらに、「Sonate II」と題された変ニ長調のD567は、後に手直しされて変ホ長調のD568として完成し、シューベルトの死の翌年、1829年に作品122として出版されている。次回以降は、このソナタの話題から始めていきたい。
  1. 2016/07/02(土) 00:07:12|
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シューベルトのピアノ独奏ソナタ 楽章付き一覧

「シューベルトツィクルス」でピアノ・ソナタを取り上げ始めるにあたって、独奏ソナタについて大まかなところを述べておきたい。

シューベルトが着手し、現存しているピアノ独奏ソナタ作品は23曲ある。1815年から最晩年の1828年までに書かれたもので、出版年は生前の1826年(D845)から1958年(D769A)までの長期にわたっている。
このうち2曲は第1楽章のはじめの部分だけで止まっている「断片」であり、これらを除く21曲にいわゆる「通し番号」が振られている。以前は通し番号に混乱がみられたが、現在は最後のD960を「第21番」とすることでほぼ決着している(ただし途中の番号に統一されていない部分がある。変ニ長調D567と、その改訂稿である変ホ長調D568を同一のソナタとして「第7番」を当て、第8番から第11番までが1つずつ繰り下がる。第12番に断章のD655を入れて、有名なイ長調のD664は「第13番」ということで統一される)。
確実に楽章が揃っており、完成した形で伝わっているソナタは11曲あり、それ以外は作曲中断(未完)や楽章不備などの明らかな欠落があったり、完成作と捉えるには疑問が残る作品となる。

断片を含む全23曲のうち22曲までは、1888年ならびに1897年に出版された、ブライトコプフ版のシューベルト全集(いわゆる「旧全集」)に収められており、これをシューベルトのピアノ・ソナタ出版の第1段階と考えることができる。
旧全集刊行後、単独小品として出版されていたいくつかのピアノ曲について、楽章の揃っていない未完ソナタに付随する後続(中間)楽章と見なしうるのではないかという説が、さまざまな学者によって唱えられ始めた。なるべくたくさんの楽章をくっつけて、ソナタとしての体裁を整えようという方針である。その最終的な到達点といえるのが1976年に刊行されたヘンレ原典版(第3巻)だろう。校訂を担当したパウル・バドゥラ=スコダは、すべての未完ソナタに補筆を施して「演奏できる」仕様に仕立て上げ、更に自らピアニストとして録音を行い、このフォーマットによるソナタ像を世界に広めた。現在、演奏の現場で最もよく使用され、信頼されている楽譜であり、後続の多くの出版譜が、多少の解釈の差はあるにせよ、このフォーマットを採用している。これをシューベルトソナタ出版の第2段階とする。
ところが、1996年から出版が始まったベーレンライター版の新シューベルト全集(いわゆる「新全集」)では、この「楽章連結」の試みに批判的であり、明らかな関連性が認められる場合を除いて「別作品」として扱うという厳格な方針が採られている。ソナタ出版の第3段階である。
これらの3つの段階を踏まえて、以下にシューベルトの全ピアノ独奏ソナタについて、楽章標記と調性も含めて一覧にしてみた。基本的にはヘンレ版(第2段階)のフォーマットを用いており、このうち太字は旧全集(第1段階)から変わっていないもの、グレーの文字は新全集(第3段階)で別作品(そのソナタに属するのか疑わしい作品)として扱われているものである。★のついた作品が、いわゆる「完成作」11曲である。

第1番 ホ長調 D157 (作曲:1815年2月 出版:1888年)
 I. Allegro ma non troppo ホ長調
 II. Andante ホ短調
 III. Menuetto. Allegro vivace ホ長調


第2番 ハ長調 D279 (作曲:1815年9月 出版:1888年)
 I. Allegro moderato ハ長調
 II. Andante ヘ長調
 III. Menuetto. Allegro vivace イ短調

 IV. Allegretto ハ長調 D346

第3番 ホ長調 D459 (作曲:1816年8月 出版:1843年(「5つのピアノ曲」として))
 I. Allegro moderato ホ長調
 II. Allegro ホ長調 [自筆譜未完]

 III. Adagio ハ長調 D459A-1
 IV. Scherzo. Allegro イ長調 D459A-2
 V. Allegro patetico ホ長調 D459A-3


★ 第4番 イ短調 D537 (作曲:1817年3月 出版:1852年(作品164))
 I. Allegro ma non troppo イ短調
 II. Allegretto quasi Andantino ホ長調
 III. Allegro vivace イ短調


第5番 変イ長調 D557 (作曲:1817年5月 出版:1888年)
 I. Allegro moderato 変イ長調
 II. Andante 変ホ長調
 III. Allegro 変ホ長調


第6番 ホ短調 D566 (作曲:1817年6月)
 I. Moderato ホ短調 (出版:1888年)
 II. Allegretto ホ長調 (出版:1907年)
 III. Scherzo. Allegro vivace 変イ長調 (出版:1928年)
 IV. Rondo. Allegretto ホ長調 D506 (出版:1848年(「アダージョとロンド 作品145」として))

第7番 変ニ長調 D567 (作曲:1817年6月 出版:1897年) ※第8番 D568の第1稿
 I. Allegro moderato 変ニ長調
 II. Andante molto 嬰ハ短調
 III. Allegretto 変ニ長調 [未完]


★ 第8番 変ホ長調 D568 (作曲:不明 出版:1829年(「作品122」))
 I. Allegro moderato 変ホ長調
 II. Andante molto ト短調
 III. Menuetto. Allegretto 変ホ長調
 IV. Allegro moderato 変ホ長調


第9番 嬰ヘ短調 D571 (作曲:1817年7月 出版:1897年)
 I. Allegro moderato 嬰ヘ短調 [未完]
 II. (Andantino) イ長調 D604
 III. Scherzo. Allegro vivace ニ長調 D570-2
 IV. Allegro D570-1 嬰ヘ短調 [未完]

★ 第10番 ロ長調 D575 (作曲:1817年8月 出版:1846年(「作品147」))
 I. Allegro ma non troppo ロ長調
 II. Andante ホ長調
 III. Scherzo. Allegretto ト長調
 IV. Allegro giusto ロ長調


第11番 ハ長調 D613 (作曲:1818年4月 出版:1897年)
 I. Moderato ハ長調 [未完]
 II. Adagio ホ長調 D612 (出版:1869年)
 III. - ハ長調 [未完]

第12番 ヘ短調 D625 (作曲:1818年9月 出版:1897年)
 I. Allegro ヘ短調 [未完]
 II. Adagio 変ニ長調 D505 (出版:1848年(ホ長調に移調し「アダージョとロンド 作品145」として))
 III. Scherzo. Allegretto ホ長調
 IV. Allegro ヘ短調 [未完]


断章 嬰ハ短調 D655 (作曲:1819年4月 出版:1897年)
 I. - 嬰ハ短調 [未完]

★ 第13番 イ長調 D664 (作曲:1819年? 出版:1829年(「作品120」))
 I. Allegro moderato イ長調
 II. Andante ニ長調
 III. Allegro イ長調


断章 ホ短調 D769A (作曲:1823年春 出版:1958年)
 I. Allegro ホ短調 [未完]

★ 第14番 イ短調 D784 (作曲:1823年2月 出版:1839年(「作品143」))
 I. Allegro giusto イ短調
 II. Andante ヘ長調
 III. Allegro vivace イ短調


第15番 ハ長調 D840(「レリーク」) (作曲:1825年4月 出版:1861年)
 I. Moderato ハ長調
 II. Andante ハ短調
 III. Menuetto. Allegro 変イ長調 [未完]
 IV. Rondo. Allegro ハ長調 [未完]


★ 第16番 イ短調 D845 (作曲:1825年5月 出版:1826年(「作品42」))
 I. Moderato イ短調
 II. Andante, poco mosso ハ長調
 III. Scherzo. Allegro vivace イ短調
 IV. Rondo. Allegro vivace イ短調


★ 第17番 ニ長調 D850 (作曲:1825年8月 出版:1826年(「作品53」))
 I. Allegro vivace ニ長調
 II. Con moto イ長調
 III. Scherzo. Allegro vivace ニ長調
 IV. Rondo. Allegro moderato ニ長調


★ 第18番 ト長調 D894(「幻想」) (作曲:1826年10月 出版:1827年(「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット 作品78」として))
 I. Molto moderato e cantabile ト長調
 II. Andante ニ長調
 III. Menuetto. Allegro moderato ロ短調
 IV. Allegretto ト長調


★ 第19番 ハ短調 D958 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Allegro ハ短調
 II. Adagio 変イ長調
 III. Menuetto. Allegro ハ短調
 IV. Allegro ハ短調


★ 第20番 イ短調 D959 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Allegro イ長調
 II. Andantino 嬰ヘ短調
 III. Scherzo. Allegro vivace イ長調
 IV. Allegretto イ長調


★ 第21番 変ロ長調 D960 (作曲:1828年9月 出版:1838年)
 I. Molto moderato 変ロ長調
 II. Andante sostenuto 嬰ハ短調
 III. Scherzo. Allegro vivace 変ロ長調
 IV. Allegro ma non troppo 変ロ長調


このリストから読み取れる事柄については、次回以降改めて述べてみたい。
  1. 2014/09/16(火) 21:13:30|
  2. 楽曲について
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