シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第6回「ピアノ・ソナタII ―20歳のシューベルト―」

第6回チラシ
2016年10月15日(土)14時開演 東京文化会館小ホール
♪ピアノ・ソナタ 第5番 変イ長調 D557 ♪ピアノ・ソナタ 第7番 変ニ長調 D568(第1稿、旧D567/補筆完成版)
♪2つのスケルツォ D593 ♪ピアノ・ソナタ 第8番 変ホ長調 D568(第2稿)
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2016/10/15(土) 14:00:00|
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D567/D568 演奏上の諸問題

ピアノ・ソナタ 第7番 変ニ長調 Sonate Des-Dur D567
作曲:1817年6月 出版:1897年
楽譜・・・IMSLP

ピアノ・ソナタ 第8番 変ホ長調 Sonate Es-dur D568
作曲:不明 出版:1829年5月(作品122)
楽譜・・・IMSLP

今回は、D567/D568を実際に演奏する際に問題になってくる事柄について述べる。
今後この曲を演奏しようという人の参考になればと思い記すので、ピアニスト以外の方々には興味のない話かもしれないが、少々お付き合いいただければ幸いである。

●D568第1楽章の提示部末尾について
D568の初版譜では、第1楽章の提示部の繰り返し記号直前の小節に問題がある。
繰り返しで冒頭に戻るためにアウフタクトが付いているのだが、繰り返しの2回目、展開部へ進むときにはこのアウフタクトがあるとおかしい
現行のヘンレ版や新全集では、このアウフタクトを消去した「2括弧」(セコンダ・ヴォルタ)を挿入してから展開部へ入るという方法を提案している。これが現在のところ標準的な解決方法であろう。
D568-I-endofexpo
D568 第1楽章 提示部末尾([109]-[112])、ベーレンライター版新シューベルト全集による。編集者により挿入された「2括弧」は小音符で記されている。

しかし、D567の平行箇所を参照すると、ちゃんと1括弧・2括弧が設定されていて、[109][110]で左手が下降していった先で短調のドミナントが鳴る、という構成になっている。
D567-I-endofexpo
D567 第1楽章 提示部末尾([109]-[111])

そもそもD568で新たに挿入された[111][112]の変ホ長調の属七は、提示部冒頭に戻るために必要なのであって、展開部に入るためには不要の措置なのだ。
D567の進行を参考にして、D568の[111][112]を1括弧に入れてしまえば、2回目は[110]から[113]に飛ぶことになる。初版譜はこの1括弧・2括弧の表記を忘れたのではないだろうか。
そう思ってウィーン原典版(ティリモ校訂)を見てみたら、全く同じ解決策が書かれてあったので、いささか意を強くした次第である。今回の公演ではこの案に基づいて演奏する。
D567-I-endofexpo_wue
D568 第1楽章 提示部末尾([109]-[116])、ウィーン原典版。[111]からが1括弧になっている。


●第2楽章の「3分割+2分割(または付点)」リズム問題
「3連符と付点」を同期させるかどうかは、シューベルトに限らず、古典~初期ロマン派の作品でしばしば問題になる。
有名な例は「冬の旅」の第6曲「溢れる涙」の冒頭のピアノパート。
wasserflut
歌曲集「冬の旅」D911 第6曲「溢れる涙」冒頭

考証的には、付点を3連符に合わせて「2:1」の緩いリズムで弾くのが正しい、とされているが、名伴奏者のジェラルド・ムーアはそれを知った上であえて3連符と付点を同期させずに演奏し、「旅人の重く疲れた足取り」を表現した。

同じ問題が第2楽章の[43]以降に現れているが、ここでは上例よりもテンポが速いこともあって、左手の付点は右手の3連符と揃えるということで問題ないだろう。この時代には「2:1」の3連符の書法はまだ一般的ではなかったし、D567の自筆譜を見ても一目瞭然である。
D567-II-manuscript
D567 第2楽章自筆譜([39]-[52])。付点リズムは3連符に揃えて記譜されている。

問題は[43]1拍目などに現れる、休符を伴う2分割の処理である。これは、左手のオクターヴ音型に付点が付けられていなかったニ短調初稿から引き継がれたものなのだが、D567自筆譜を見ると、こちらも右手の3連符と揃えて音符が書かれている。つまり、ここも3連符に合わせて「2:1」のリズムで弾く、ということになる。
この奏法についてはD568でも同様に敷衍して問題ないだろう。


●D567第3楽章のコーダ(欠落部分)について
D567の最終ページ消失に伴う欠落については、ヘンレ版、ウィーン原典版ともに、D568のコーダ部分をそのまま移調して完成させている。
だが、これがD567の欠落部分を忠実に再現しているという確証はなく、むしろたぶん違うだろうと私はみている。

[167]の中断以降、少なくとも5小節間は提示部のコデッタを参照して再現可能であるが、問題はその後である。
D568-III-coda
D568 第3楽章 コーダ([213]以降)

とりわけ注目すべきはD568の[219]の右手の16分音符の上行形。これは第1主題のヴァリアントであり、D568の再現部([133])で初めて登場した音型である。D567の再現部にはこのヴァリアントは登場しておらず、そのためコーダにも使われなかった可能性が高い。
さらに、[218]と[220]の倚和音、とくに複雑な表情を持つ[220]の和音を、20歳のシューベルトが果たして思いついただろうか? この1点だけ取っても、私は改訂作業が晩年に近い時期に行われたという説に1票を投じたいと思っている。
もっと想像をたくましくすれば、終結部[217]からの第1主題の回想自体、D568で新たに書き足されたのであって、D567はこんな洒落たコーダではなく、もっとあっさり終わっていた可能性すらあると思う。

とはいえども、上記の推測に基づく第三者の補筆と、晩年に近いとはいえシューベルト自身が残したD568のコーダ、どちらがよりオーセンティック(正統的)かと考えると、やはり後者だろうということで、今回はオリジナルの補筆は行わず、D568のコーダを移調したヴァージョンでお届けする。
  1. 2016/10/06(木) 22:17:26|
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改訂は「いつ」「なぜ」行われたのか?(D567→D568)

D568はもちろんのこと、D567についても、成立状況を教えてくれる文献は残っていないのだが、ひとつ面白い証言がある。
ニ短調の緩徐楽章初稿の記事で登場した、シューベルトの友人アンゼルム・ヒュッテンブレンナーは、1854年にフランツ・リストの求めに応じて「歌曲作曲家フランツ・シューベルトの生涯の断片 Bruchstücke aus dem Leben des Liederkomponisten Franz Schubert」という回顧録を残していて、その中で「嬰ハ長調のピアノ・ソナタ」について言及している箇所があるのだ。

非常に難しくて、シューベルト本人も間違えずに弾くことができなかった。私は3週間、熱心に練習して、彼と友人たちの前で演奏したところ、彼はこの曲を私に献呈してくれた。その後ある外国の出版社に送付したのだが、「こんなひどく難しい作品は、売れ行きが期待できないので、あえて出版しようとは思わない」という内容のメッセージとともに返送されてきた。

嬰ハ長調(!)のソナタというのは知られていないので、きっと変ニ長調のソナタ(D567)を指しているのだろう、ということで、この証言は新全集のD568の解説にも引用されている。
この時期にシューベルトがピアノ・ソナタをヒュッテンブレンナーに献呈したという事実も、外国の出版社に送ったという事実も、この証言以外には知られていない。ヒュッテンブレンナーという人は以前「グラーツ幻想曲」D605Aの記事でも述べた通り、ちょっと怪しげなところがある人物で、とりわけシューベルトの死後26年も経った1854年の証言を信用できるかどうかは微妙なところなのだが、もし本当だとすると、いろいろ符号が合うことがある。

まず第一に、D567がヒュッテンブレンナーに献呈されていたとしたら、例のニ短調の草稿の紙片を、ヒュッテンブレンナーが持っていたことも説明がつく。「これは君にあげたソナタのスケッチだから、あげるよ。ベートーヴェンの自筆譜の裏に書いちゃったんだけども」なんて言って渡したのかもしれない。その紙片をヒュッテンブレンナーは生徒の記譜練習に使わせてしまうわけなのだが・・・。

そして第二に、なぜシューベルトがD567を改訂しようと思い立ったのか、その理由の一端がこのエピソードには示されている。自分では弾けないような難曲だったが、ヒュッテンブレンナーが弾いてくれたら良い曲で、友人たちにも好評だった。それで自信がついて、外国の出版社に送ってみたが、「難しすぎてダメ」と言われた。
ならば、♭5つの変ニ長調から、♭3つで読譜しやすい変ホ長調に直せば、受け入れられるのではなかろうか。つまり、作曲家自身の内的欲求というより、受容を優先し、出版を視野に入れた上での改訂作業、という可能性があるのだ。緩徐楽章を同主短調の変ホ短調にしなかったのも、♭が多すぎる(6個)から避けた、という理由もあるだろう。
実際にD568が現在も演奏会の主要レパートリーに君臨しているところを見ても、シューベルトの目算は当たったということになる。


さて、肝心の改訂の時期については特定されておらず、1817年(D567の作曲年)から1828年(シューベルトの最期の年)までさまざまな説がある。

1817年説を唱えたのは著名なシューベルト学者のモーリス・ブラウンである。
ブラウンはD593の2つのスケルツォを、D567の挿入楽章の習作と捉えている。D567が1817年6月に完成したあと、すぐにシューベルトはD568への改訂作業に着手し、11月までに完成させて、そのとき捨てられた2つのスケルツォを譜面にまとめて、11月の日付を書き込んだ。つまりD593の作曲日付の「1817年11月」は、D568の完成時期を示している、という見立てである。
なぜそのようなロジックが成り立つのか、原文を何度読んでもさっぱりわからないのだが、おそらくは「D568は1817年作曲」という希望的観測が最初にあって、論を進めているだろう。「1817年の6曲のソナタ」の、失われた第3番・第4番のいずれかにD568を当て込みたかったものと思われる。

現在ではこの説の信憑性は低い。まず、D567の清書稿では、第2楽章の最終ページの裏面に第3楽章(フィナーレ)が書かれていて、その間にスケルツォ(あるいはメヌエット)が入り込む余地はない。D567は3楽章構成のソナタとして完成したのであり、D593のスケルツォがD567のために書かれたのだとしたら、1817年6月以前の時点で捨てられていたはずである。D567からD568への改訂作業の途中でスケルツォが書かれたとすると、変ロ長調の第1番はともかく、第2番の変ニ長調という調性はD568には合致しない。
D593が、何らかのソナタの中間楽章として書かれた可能性は否定できないものの、それがD567/D568であるという明確な証拠もなく、その作曲の日付がD568の完成を示すというのはあまりにも飛躍が多い。
さらに言えば、単なる移調だけならともかく、これほどの内容のブラッシュアップを伴う改訂を、D567完成直後のシューベルトが成し遂げたとはちょっと思えない。D567の完成からしばらく時間が経って、過去作を客観的に見ることができるようになった作曲者が校訂したもの、と捉えるのが自然だろう。少なくともこの時期のシューベルトが、いったん完成した作品にさらに手を加えるような習慣を持たなかったことは確かである。

一方で、改訂時期をシューベルトの晩年と見なしている学者もいる。
マーティン・チューシッドMartin Chusidは展開部の書法について、「1824年以前のシューベルトは、これほど広範囲における、複雑な転調のシークエンスを書いたことはない」という。さらに、展開部の内容を検討するとピアノ三重奏曲第2番D929や弦楽五重奏曲D956に似ているとして、改訂作業はシューベルト最晩年の1828年、もしかしたらその最期の数ヶ月か、数週間で行われたのかもしれない、と論じている。
論文そのものを参照できなかったので、どの部分を比較しているのかは詳しくわからないのだが、以前に分析した通り、D568で新たに書き足された部分は、終楽章の展開部の前半40小節のみであり、あののどかな舞曲風の部分の転調が、最晩年のシューベルトにしか書き得なかったものとはちょっと思われない。

マルティーノ・ティリモが編纂したウィーン原典版の解説には、「改訂作業が1826年に行われたことを示唆するいくつかの証拠がある」として、複数の論文が紹介されているが、その内容については詳述されておらず、そこに挙げられた論文のオリジナルを参照することもできなかったので、この説の信憑性については詳しい検討はできなかった。

1829年6月にフェルディナントが作成した、弟フランツの遺産台帳によると、1829年1月5日に、ペンナウアー社からの58グルデン36クロイツァーの支払いが記録されている。ドイチュは、これをD568の作曲料とみている。
時期的に考えて、D568の出版契約は、シューベルトの生前に締結されたのだろう。しかし1828年11月19日に急死したシューベルトは、その対価を受け取ることさえできなかったのだった。
  1. 2016/10/05(水) 22:44:28|
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D567→D568のリニューアルポイント(中間楽章)

前回に引き続き、D567からD568への改訂について解説する。
今回は、中間楽章を詳しく取り上げたい。

●第2楽章

第2楽章の構成は、D567もD568も全く変わらず、展開部を欠くソナタ形式で書かれている。調性だけが異なっていて、D567は同主短調(異名同音)の嬰ハ短調、D568では長3度上のト短調が選択されている。
下の表では、D567とD568、それぞれの調性の経過をドイツ音名で示した。

 D567D568
提示部
第1主題 [1]-[19] cis:→E:→cis:g:→B:→g:
経過句 [20]-[26] cis:g:
第2主題 [27]-[42] A:Es:
小結尾 [43]-[63] A:→・・・→h:→・・・→e:→h:→cis:Es:→・・・→f:→・・・→b:→f:→g:
 
再現部
第1主題 [64]-[75] cis→E:g:→B:
第2主題 [76]-[91]E:B:
小結尾 [92]-[109]E:→・・・→fis:→・・・→h:→fis:→E:→cis: B:→・・・→c:→f:→c:→B:→g:
コーダ [110]-[122]cis:(経過句の再現)g:(経過句の再現)

前に紹介した通り、この楽章にはニ短調の初稿があり、その稿は提示部の終わり、[63]で中断している。細部においては違いがあるものの(やはり初稿はやや荒削りであり、稿を重ねるごとに洗練されていく)、調性の配置も含めて音楽の流れは全く変わらない。
D567とD568については、さらに細部の差異が少なく、装飾音の追加や些細なリズムの変更程度なので、ここでは詳述しない。

問題は、なぜシューベルトはD568において「ト短調」という調性を選んだのか、ということである。
単純にソナタ全体を長2度上に移調するのであれば、第2楽章も変ホ長調の同主調である「変ホ短調」を採用すればよい。あるいは、変ホ長調の平行調である「ハ短調」を採っても、初稿の「ニ短調」やD567の「嬰ハ短調」に音域的にも近く、違和感は少ない。
しかしシューベルトは、わざわざイレギュラーな「長3度上の短調」を選んだ。

アンドレアス・クラウゼ Andreas Krauseの著書「Die Klaviersonaten Franz Schuberts. Form, Gattung, Ästhetik」(Bärenreiter, 1996)での分析は興味深い。
ト短調で始めると、提示部の第2主題が変ホ長調、すなわちソナタ全体の調性と一致する。再現部の第2主題は変ロ長調となり、これは第1楽章の属調、つまり提示部の終結部分の調性となる。第2主題部の調性で、第1楽章と関連を持たせ、ソナタ全体の統一感を図ろうとした、という見立てである。
嬰ハ短調のD567では、該当箇所はイ長調とホ長調。変ニ長調の第1楽章には登場しないシャープ系の調性になってしまい、全楽章を見渡したときに、異質なものが挟まっている感じが拭えない。
もちろん「ト短調」の選択理由はこれだけではないと思うが、非常に有力な根拠のひとつといえるだろう。
ただ、初稿より完全4度、D567よりも減5度高い「ト短調」は、やや使用音域が高く、前2稿に比べるといくぶん軽々しく、据わりの悪い聴感は否めない。D567の嬰ハ短調の、人生の苦悩を背負うような重みや深みは、D568からは聴き取れないだろう。D568のト短調の緩徐楽章を聴き慣れている皆さんは、晩年の境地を垣間見せるD567の深淵に驚かれるかもしれない。

●D568第3楽章

D568で新しく追加された第3楽章は、古典的な複合三部形式(ABA-aba-ABA)の「メヌエットとトリオ」である。
この楽章の存在によって、改訂時点でのシューベルトは、舞曲楽章を含む「4楽章構成」をピアノ・ソナタの完成型と捉えていたことが窺える。

変イ長調のトリオ(中間部)は、前述のように「2つのスケルツォ」D593の第2曲のトリオ(中間部)とほとんど同じものである。
D593-2_trio
スケルツォ D593-2 中間部
D568-III_trio
D568 第3楽章 中間部

「2つのスケルツォ」についてはいずれ改めて取り上げるが、この2つのトリオを比較すると、最も大きな違いはトリオの前半、abaの最初のaの後半部分にある。
D593-2では変イ長調のまま終止し、最後のaと全く同型であるのに対し、D568の第3楽章では7小節目から属調の変ホ長調に転調しており、後半とは違う展開を見せている。それに伴い、bのアウフタクトの音も変えられている。
この改変から、「先にD593-2が書かれ、そのトリオを改訂してD568の第3楽章に転用した」と推測するのは妥当だろう。

その上でメヌエットの主部を見てみると、付点のリズムが多用されているのが目に付く。これは言うまでもなくトリオの主要モティーフである。すなわち、シューベルトはまずこのトリオをD593-2から持ってきて(もしかしたら既にこの時点でトリオを改訂し)、それに合うような主部を書き下ろす、という順番で作業したことが推測できる。
A部分の最後の数小節の巧みな転調で、AとA'に変化をつける手法は主部とトリオに共通していて、これは改訂時のシューベルトの趣味というか、手癖といっても良いものかもしれない。


前回と今回の分析を踏まえて、「いつ」「なぜ」シューベルトが改訂を行ったのか、次の記事で考えてみたい。
  1. 2016/10/04(火) 23:17:54|
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D567→D568のリニューアルポイント(両端楽章)

ピアノ・ソナタ 第7番 変ニ長調 Sonate Des-Dur D567
作曲:1817年6月 出版:1897年
楽譜・・・IMSLP

ピアノ・ソナタ 第8番 変ホ長調 Sonate Es-dur D568
作曲:不明 出版:1829年5月(作品122)
楽譜・・・IMSLP

前回の記事からだいぶ間が空いてしまったが、引き続きD567からD568への改訂作業について論じたい。

今回は、とりわけ新旧の違いが大きい両端楽章において、具体的にどのような改変が行われたのかを見ていく。

●第1楽章
まず構成面について、ざっと表にしてみた。

D567D568
提示部 [1]-[110](110小節)提示部 [1]-[112](112小節)
第1主題 [1]-[27] Des:(主調)第1主題 [1]-[27] Es:(主調)
経過句 [28]-[40] des:(同主調)→As:(属調) 経過句 [28]-[40] es:(同主調)→B:(属調)
第2主題 [41]-[58] As:(属調)第2主題 [41]-[58] B:(属調)
経過句 [59]-[62] as:→Ces:経過句 [59]-[62] b:→Des:
第3主題 [63]-[87] Ces:→b:→As:第3主題 [63]-[87] Des:→c:→B:
小結尾 [88]-[110] As:(属調)小結尾 [88]-[112] B:(属調)
  
展開部 [111]-[139](29小節)展開部 [113]-[158](46小節)
(1) [111]-[117] b:→As:
(2) [118]-[122] as:→Ces:
(3) [123]-[129] Ges:
(4) [130]-[139] es:→Des:
(1) [113]-[120] c:→B:
(2) [121]-[125] b:→Des:
(3) [126]-[134] As:
(4) [135]-[139] as:→Ces: ((2)の繰り返し、D567の[118]-[122]と同型)
(5) [140]-[146] Ges: ((3)の繰り返し、D567の[123]-[129]と同型)

(6) [147]-[156] es:→Es:
  
再現部 [140]-[238](99小節)再現部 [159]-[258](100小節)
第1主題 [140]-[166] Des:(主調)第1主題 [159]-[185] Es:(主調)
第2主題 [167]-[184] Des:(主調)第2主題 [186]-[203] Es:(主調)
経過句 [185]-[188] des:→Fes:経過句 [204]-[207] es:→Ges:
第3主題 [189]-[213] E:→es:→Des:第3主題 [208]-[232] Ges:→f:→Es:
コーダ [214]-[238] Des:(主調)コーダ [233]-[258] Es:(主調)


一見してわかるとおり、構成においては、提示部と再現部はほとんど同一とみなしてよい。大きく変化しているのは展開部である。
D567の展開部の(2)(3)にあたる部分が、調性を変えて繰り返されており、結果的に、D567では29小節に満たなかった展開部が、D568では46小節にまで拡大されている。110小節の提示部に対して29小節という、明らかにアンバランスな長さの展開部を、少しでも長くしようとしたのだろう。規模は拡大しているものの、同じ内容を平行的に並べただけであり、展開部の主な役割である主題間の葛藤や緊張が形作られているわけではない。
この「展開部の弱さ」はシューベルトのソナタ形式の特徴であり、これを弱点と見るか、個性と見るかによってシューベルトの器楽曲への評価は変わってくる。ただ、少なくともシューベルト自身が、D567の展開部の内容に満足していなかったらしいことがこの改訂から垣間見える。

細部については、無数の改訂の跡がある。提示部から、主な部分をいくつか示してみよう。
D567-I-1tema
D567 第1楽章 第1主題

D568-I-1tema
D568 第1楽章 第1主題

まず[3]の1拍目のリズム。8分音符が、付点のリズムに置き換えられている。音楽が俄然生き生きしてくる。
そして[6]の2拍目の跳躍に追加された装飾音。歌謡的な身ぶりが加わり、全体的に雄弁な語り口になっていることがわかるだろう。

D567-I-2tema
D567 第1楽章 第2主題
 D568-I-2tema
D568 第1楽章 第2主題

第2主題においては、[41][43]などの弾んだアーティキュレーションを、平坦なスラーにしてしまっている。これは再現部に揃えたというべきかもしれない。もっと明らかな違いは、[46][54]の8分音符のリズムが付点となり、[55]の3拍目の音型も滑らかに変えられていることだ。これらは一般的に言って、D568の方が自然に聞こえるだろう。

D567-I-diver
D567 第1楽章 第2主題から第3主題への経過句

D568-I-diver
D568 第1楽章 第2主題から第3主題への経過句

経過句の4小節目、[62]にpと書き加えられているのは、表現上大きな違いである。D567では[61]のクレシェンドがそのまま[63]のmfに続いていくことになるが、[62]に書き込まれたpはsubito pを意味し、転調によって別世界へ入る印象を強めている。

D567-I-3tema
D567 第1楽章 第3主題の一部

D568-I-3tema
D568 第1楽章 第3主題の一部

第3主題の[64]左手は、第2主題の[41]同様、スタッカートが消されてレガートが指示されている。個人的には、ここはD567の方がチャーミングに思える。

D567-I-codetta
D567 第1楽章 提示部の小結尾(コデッタ)の後半
 D568-I-codetta2
D568 第1楽章 提示部の小結尾(コデッタ)の後半

コデッタは繰り返しが多いのだが、D568ではたびたび音域をオクターヴ上下させることで変化を作ろうとしている(そのぶん演奏には少し苦労を要する)。そして提示部の繰り返しの直前に、D568では属七の和音を2小節挿入しており、冒頭の変ホ長調へ戻る流れをより自然に作っている。ちなみにD568の提示部の繰り返しの記譜については疑問点が残るのだが、これについては後日改めて論じたい。

D568-I-recap
D568 第1楽章 再現部冒頭

展開部を飛ばして再現部に目を移すと、D568では第1主題にかなり多くのヴァリアント(変奏)が施されているのがわかる。これはD567には全く見られなかったものだ。古典派の時代には即興で行われたであろう、こうしたヴァリアントに対するシューベルトの趣味が現れていて興味深い。演奏者の立場からいうと、提示部と全く同じ再現部の場合、第2主題に至る分岐点で暗譜を間違えやすく、変奏によってそうしたリスクが軽減されているといえる。

●終楽章(D567第3楽章、D568第4楽章)
こちらもまずは構成を表にまとめてみた。ソナタ形式で書かれている。

D567D568
提示部 [1]-[68]([72]) 68(72)小節提示部 [1]-[73]([77]) 73(77)小節
第1主題 [1]-[18] Des:(主調)第1主題 [1]-[18] Es:(主調)
経過句 [19]-[24] Des:→As:(属調)経過句 [19]-[24] Es:→B:(属調)
第2主題 [25]-[41] as:→Ces:第2主題 [25]-[41] b:→Des:
第3主題 [42]-[54] Ces:→As:(属調)第3主題 [42]-[54] Des:→B:(属調)
小結尾 [55]-[68] As:(属調)小結尾 [55]-[73] B:(属調)
(経過部) [69]-[72] As:→des:→A:(経過部) [74]-[77] B:→es:→Ces:
  
展開部 [73]-[96](24小節)展開部 [78]-[130](53小節)
(1) [73]-[76] A:
(2) [77]-[83] a:→C:→a:
(3) [84]-[89] a:→g:→f:→es:
(4) [90]-[96] Es:→As:→Des:
(A1) [78]-[86] Ces:
(A2) [87]-[94] Ces:→h:→g:→Es:
(A3) [95]-[103] Es: (A1の繰り返し)
(A4) [104]-[111] Es:→es:→h:→G: (A2の繰り返し)
(B1) [112]-[117] G:→a:→h:

(B2) [118]-[123] h:→a:→g:→f: (D567の(3)に対応)
(B3) [124]-[130] f:→B:→Es: (D567の(4)に対応)
  
再現部 [97]-[167](71小節)再現部 [131]-[223](93小節)
第1主題 [97]-[114] Des:(主調)第1主題 [131]-[148] Es:
経過句 [115]-[128] Des:→Ges:→・・・→es:→des: 経過句 [149]-[162] Es:→As:→・・・→f:→es::
第2主題 [129]-[145] cis:→E:第2主題 [163]-[179] es:→Ges:
第3主題 [146]-[158] E:→gis:→Fis:→Des:第3主題 [180]-[192] Ges:→b:→As:→Es:
コーダ [159]-[167] Des:(途中中断)コーダ [193]-[223]([207]以降はD567の欠落部分。
  [211]までは提示部コデッタと同型、[217]より第1主題を回想して終止)


こちらは、まず提示部・再現部のコーダ部分に、D568では5小節の挿入がある([63]-[67]、[201]-[205])。
D567-III-codetta
D567 第3楽章 コデッタの一部
 D568-III-挿入
D568 第3楽章 コデッタの一部。赤枠で囲ったのが挿入された5小節。

これは第3主題の[42]-[46]に基づくもので、コーダ部分全体に統一感を与えている。
そして展開部だが、D568では特異な構成をとる。すなわち前半(A)と後半(B)に二分されているのだ。前半[78]-[111]はD568で新たに書き下ろされた部分である。ここでは提示部のどの部分にもなかった、新しい楽想が展開されている。どことなく舞曲的で、ウィーン風の情緒を含んだ旋律が、右手と左手で交互に演奏される。[112]からが後半で、怒濤の展開となるが、[118]からはD567と同型、いわば「リサイクル」した部分である。ここでも第1楽章のコデッタ同様、音域を頻繁に上下させている。
確かに展開部の規模は拡大されているが、提示部の終わり(コデッタ部分)のモティーフを徹底的に使用したD567の展開部と比べると、前半の印象もあってずいぶんのどかなもので、展開部としては緊張感に欠ける感も否めない。

細部に目を向けると・・・
D567-III-1tema
D567 第3楽章 第1主題

D568-III-1tema
D568 第3楽章 第1主題

まず[1]のメロディーのアーティキュレーションが変化している他、細かいことだが[5]からの左手の上声部の連打がD568では途中で止まっているのがわかる。D567のこの部分は弾くのが難しく、演奏技術上の理由で改変されたものと思われる。

D567-III-codettabegin
D567 第3楽章 提示部コデッタ冒頭

D568-III-codettabegin
D568 第3楽章 提示部コデッタ冒頭

またコデッタ開始部のデュナーミク、D567ではmfだったのが、D568ではpp ma ben marcatoという珍しい指示に変わっているのも目を引く。これも、実際の演奏(聴取)経験に基づいて改訂が行われたことを示唆している。


緩徐楽章と、D568で新たに加えられたメヌエットについては次の記事で詳述したい。
  1. 2016/10/03(月) 20:24:12|
  2. 楽曲について
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