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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第10回「舞曲Ⅱ ―最初のワルツ―」

第10回チラシ
2019年4月5日(金)19時開演 東京文化会館小ホール
♪3つのドイツ舞曲 D972 ♪36のオリジナル舞曲(ワルツ) D365(「最初のワルツ」) ♪2つの舞曲 D980A(断片・佐藤卓史による補筆完成版)
♪エコセーズ 変ホ長調 D511 ♪ドイツ舞曲 変ト長調 D722 ♪12のワルツ、17のレントラーと9つのエコセーズ D145 ♪6つのレントラー D970
♪2つのレントラー D980C(断片・佐藤卓史による補筆完成版) ♪8つのエコセーズ D977 ♪6つのエコセーズ D421
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2019/04/05(金) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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Brown, Ms. 24 2つの舞曲

Brown, Ms. 24  2つの舞曲  Zwei Tänze
タイトル:Ecossaise / Deutsch
日付:なし
所蔵:ウィーン市立図書館(資料番号 MH 16840) →デジタルデータ

1枚の紙片の表と裏に、それぞれエコセーズ(D511)ドイツ舞曲(D365-3)が書かれている。
興味深いのは、それぞれの楽譜の下にシューベルトによるユーモラスな献辞が添えられていることである。
エコセーズの下には「このエコセーズで跳ぶのだ、嬉しいときも悲しいときも。あなたの最良の友人、フランツ・シューベルト」、ドイツ舞曲の下には「いつもこのワルツで踊るのだ、そうしたらあなたはロシア人にも、あるいはプファルツ人にさえなれる。あなたの最高の友人」とある。プファルツというのは南ドイツのプファルツ地方のことだが、特段の意味はなく、Walzer(ワルツ)とPfalzerの押韻(語呂合わせ)に用いられたに過ぎない。
実はこれが、シューベルトが自作について「ワルツWalzer」という呼称を用いた唯一の資料なのである。しかし曲題には「ドイツ舞曲 Deutsch」とあるし、同じD365-3の他の自筆譜の中には「レントラー Ländler」と題されているものすらある。
シューベルトが、自作の舞曲について「ドイツ舞曲」「レントラー」「ワルツ」を区別していなかったと考える重要な証拠である。

自筆譜には献呈先についての情報はないが、J.P.ゴットハルト J. P. Gotthard (1839-1919)による筆写譜が残っており(オーストリア国立図書館所蔵 Mus. Hs. 34814)、そこには「エティエンヌ(父)氏のために作曲された」とある。
この人物は、クロード・エティエンヌ Claude Etienneと同定されている。エティエンヌはショーバーの兄アクセルの使用人で、1821年のアッツェンブルックのパーティーにも参加したという。この譜面はそれよりも以前、1817年頃に成立したと推定されており、同年の8月に赴任先で病気になったアクセルをエティエンヌが迎えに行く際に、ショーバー経由で渡されたものと考えられている(アクセルは実家に戻ることになって、シューベルトは居候していたショーバー邸から出払わなければならなかった)。

1. エコセーズ 変ホ長調 D511
どの曲集にも収録されず、単独のドイチュ番号が与えられた。詳しくは別記事で解説する。

2. ドイツ舞曲 変イ長調 →D365-3 変イ長調
Op.9-3とは細部に多くの相違がある。冒頭のアウフタクトが8分音符のEs-Desではなく、4分音符のEsのみになっている。[6][14]のバス音がEsではなくAsになっており、主和音の基本形となる(Op.9-3では第2転回形)。またこの自筆譜にある多くのデュナーミク、アクセントはいずれも出版譜には反映されず、逆に出版譜には自筆譜にはない多くのスラーが追加されているが、逆に[10][12]の右手の1拍目から2拍目へのスラーはOp.9-3には存在しない。

友人へのプレゼントとして書かれた舞曲の紙片の中で、最も初期のものといえる。
  1. 2019/03/23(土) 11:44:17|
  2. 舞曲自筆譜
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