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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第18回「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」

シューベルトツィクルス第18回
2023年5月17日(水) 19時開演 東京文化会館小ホール  ゲスト:林悠介(ヴァイオリン)
♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(ソナチネ) ニ長調 D384 作品137-1
♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(ソナチネ) イ短調 D385 作品137-2
♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(ソナチネ) ト短調 D408 作品137-3
♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(デュオ) イ長調 D574 作品162
一般4,500円/学生2,500円 →チケット購入
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  1. 2023/05/17(水) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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ヴァイオリン・ソナタ(ソナチネ 第1番) D384 概説

ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ニ長調 Sonate D-dur für Violine und Klavier D384
作曲:1816年3月 出版:1836年(「3つのソナチネ」作品137 第1曲として)
楽譜・・・IMSLP


1816年の3曲のソナタの中で最もウィーン古典派の様式に近く、シンプルで明朗な響きと規則的な楽節構造、冒頭の両楽器のユニゾンなど、モーツァルトの作品と言われれば納得する人も多いだろう。
一方で各楽章の調性や拍子など、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第1番(ニ長調Op.12-1)をモデルにしたと思われる点も多い。

第1楽章の冒頭を印象づける上行する分散和音音型は第1主題にも第2主題にも共通して現れ、結果的に両主題の卓立性は不明瞭となる。展開部ではこのモティーフを両楽器が交互に執拗に繰り返しながら、半音階的に転調を重ねていく。この反復による転調のシークエンスはシューベルトの展開部を特徴づける要素といえる。
イ長調の第2楽章の主部は5小節単位という不規則な楽節ながら、やはりモーツァルトのオペラの一場面を思わせるような清楚な主題が歌い交わされる。対照的に、イ短調の中間部での纏綿たる歌謡性と半音階的進行には濃厚なロマンが漂う。
第3楽章はロンド=ソナタ形式のフィナーレで、舞曲のリズムに乗って一点の曇りもない溌剌とした音楽が続いていく。
  1. 2023/05/14(日) 23:18:46|
  2. 楽曲について
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シューベルトとヴァイオリン ―消えたヴァイオリニストの影

ヴァイオリンは少年時代のフランツ・シューベルトが初めて手にした楽器だったという。
多少なりとも音楽の心得のあった父親フランツ・テオドールが最初の手ほどきをし、その後の教育を担った教会音楽家のホルツァーもヴァイオリンのレッスンを欠かさなかった。家庭内での弦楽四重奏の機会には、フランツはヴィオラを担当することが多かったと伝えられるが、いずれにしてもヴァイオリン属の奏法には少年期から慣れ親しんでいたと考えて間違いないだろう。
そのわりにはシューベルトの書くヴァイオリンパートは妙に弾きにくい、というのは多くのヴァイオリニストが口を揃えるところだ。

ひとつ興味深い事実がある。
シューベルトは生涯にわたって「協奏曲」というものを作曲しなかった。独奏楽器が華やかな技巧を誇示してオーケストラと渡り合う、その協奏原理がシューベルトの音楽性と合致しなかったのだ、と人は言う。しかし少し視野を広げて、独奏楽器と管弦楽のための「協奏的作品」を作品表から探すと、3曲がヒットする。それらはすべて、ヴァイオリンと管弦楽のための作品なのだ。

・コンツェルトシュテュック(小協奏曲) ニ長調 D345(1816年)
・ロンド イ長調 D438(1816年6月)
・ポロネーズ 変ロ長調 D580(1817年9月)


いずれも単一楽章であるため「協奏曲」とは呼ばれないが、内容的には明らかに協奏原理に則っており、とりわけD345はヴァイオリン協奏曲の第1楽章として構想されたものであろう。若き日のシューベルトにとって、ヴァイオリンは考え得る限り最も「ソリスティックな」楽器だったのである。

これら3曲の間隙を縫って、ヴァイオリンとピアノのための4曲の「ソナタ」が続々と書かれた。後に「ソナチネ」として世に出る最初の3曲(D384・D385・D408)を書いた時点では、シューベルトはまだピアノ・ソナタを1曲も完成させていない(最初の完成作は1817年3月のイ短調D537)。
2段譜のピアノ独奏よりも、ヴァイオリンを加えた3段譜の方が先に書法が熟したというのは意外な気もするが、よく考えれば「独奏楽器+ピアノ伴奏」という組み合わせは歌曲(独唱+ピアノ伴奏)と同じことだから、若いシューベルトにとってはなじみ深かったのかもしれない。
その仮説を裏付けるように、ヴァイオリンが声楽的に扱われ、歌曲をそのまま器楽に置き換えたようなシーンも随所に見受けられる。2つの楽器は、対話することはあっても対決するようなことはなく、かといって無遠慮にもたれかかるのでもなく、礼儀正しく寄り添いながら音楽を進めていく。初期の(未完成の)ピアノ・ソナタに聴かれるようなオーケストラ的な広がりや、無鉄砲なほどの大胆さや野心、その裏返しでもある冗長さとは無縁の、箱庭のようにコンパクトで洗練された中庸の世界。ビーダーマイヤーの典型といってもいいだろう。
同じように初期の交響曲や弦楽四重奏曲も、新しい時代の感覚を盛り込みつつも、古典的・保守的な枠組みからはみ出す気配はない。それは、作曲の時点で実際に演奏の機会が想定されていたからだろうと思われる。
とすると、これらのヴァイオリンとピアノのためのソナタも、実演の機会があったのだろうか。


若い頃のシューベルトの周囲にヴァイオリンの名手がいたという確かな記録は残っていない。ただそれを匂わせるような資料はある。
たとえばピアノのための「8つのレントラー」D378(1816年2月13日)と1段譜の「11のレントラー」D374には共通した(同一の)舞曲がいくつかあり、同時期の作品と見做されている。1段譜の方は、楽器名は指定されていないものの、断片的に書かれたアーティキュレーションからヴァイオリン独奏譜(=パート譜)という見方が強い。普段はシューベルトがピアノソロで伴奏していた仲間内の舞踏会に、ヴァイオリン奏者が加わることになったのだろうか。
その直後から、前述の3つの協奏的作品と、ピアノとの二重奏ソナタ4曲が立て続けに書かれる。弦楽四重奏のヴァイオリンパートとは明らかに異なるソリスティックな書法から察するに、相当に腕のあるヴァイオリニストだったのだろう。

しかしヴァイオリンの時代は1817年9月の「ポロネーズ」D580を最後に唐突に終わる。
1年後の1818年9月29日にウィーンの孤児院でこのポロネーズが初演されたとき、ヴァイオリン独奏を務めたのは兄フェルディナントだった。コンツェルトシュテュックD345の筆写譜にも「兄フェルディナント・シューベルトのために」との注記がある(ただしその筆跡はフェルディナント本人のものとされているが)。そんなわけで、これらの一連のヴァイオリン曲はフェルディナントのために書かれたものと考えられてきた。
しかし、兄弟の中で最も仲の良かったフェルディナントのためであれば、シューベルトはこのあとも続々とヴァイオリン曲を書いたに違いない。突然の終焉から読み取れるのは、想定されていたヴァイオリニストが急にシューベルトの前から姿を消した、ということではないだろうか。


テレーゼ・グロープ Therese Grob (1798-1875)はシューベルトの「初恋の人」として知られる。
シューベルトの作品が初めて公の場で演奏されたのは1814年7月、リヒテンタール地区教会での「ミサ曲」ヘ長調D105の初演だった。そのときソプラノ独唱を務めたのがテレーゼである。テレーゼは決して美人ではなかったが、美しい声と瞳を持った16歳の少女だった。
シューベルトは彼女のためにたくさんの歌曲を書き、アルバムに綴って弟のハインリヒ Heinrich Grob (1800-1855)に託した。テレーゼの2歳年下のハインリヒも音楽の才能に恵まれ、ヴァイオリンとピアノを弾きこなした。
グロープ家はシューベルト家のすぐ近くで、頻繁に行き来があったという。確証はないものの、シューベルトはハインリヒのために一連のヴァイオリン曲を書いたのではないか、という説もある。
メッテルニヒ体制下、家族を扶養する能力のない一般市民男子の結婚は認められていなかった。シューベルトは彼女との結婚のために職を得ようと奮起し、1816年4月にはライバッハ(リュブリャナ)の教員採用試験に応募するも不合格に終わる。

むかし僕はある人を愛していて、彼女も僕を愛してくれていた。3年間、彼女は僕との結婚を待ち続けた。でも、結局僕は自分たちを養えるだけの職を得ることができなかったんだ。
(1854年、アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの回想)

3年間。仮に1814年7月のミサ曲初演を機にふたりが交際し始めたとすれば、1817年の半ばまでということになる。
彼女との結婚が現実的ではなくなったシューベルトは、グロープ家を訪れることがなくなった。ハインリヒとも会わなくなった。
そしてヴァイオリンの時代が終わる。

そのままでは曲がもったいないというのでフェルディナントが「ポロネーズ」を初演することになったのだろうが、この独奏パートを十分に弾きこなせるだけの技量が彼にあったのだろうか。
テレーゼ・グロープは1820年11月21日、シューベルトと同い年のパン職人に嫁いでいった。


それから10年近く経って「(華麗なる)ロンド」D895(1826年10月)、「幻想曲」D934(1827年12月)という超弩級の大作が生まれるまで、独奏楽器としてのヴァイオリンは封印されることになる。ヴァイオリニストにとってもピアニストにとってもハードなこの後期の2作は、ヨーゼフ・スラヴィクとカール・マリア・フォン・ボクレットという2人の名手によって初演され、そのプライベートな空間に居合わせた人々を驚かせた。
一方で若い頃に書かれた4つのソナタは、弾き手を見失ったまま長い眠りにつき、再び世に出たときには作曲者はとうに没していた。
D384・D385・D408は「3つのソナチネ」Op.137として1836年に、D574は「デュオ」Op.162として1851年に、いずれもディアベリ社から出版された。
  1. 2023/05/13(土) 23:33:08|
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林悠介インタビュー (4)きっとチャンスだと思って

(第3回はこちら)

佐藤 それで聞こうと思ったんだけど、オケの人たちにとってシューベルトの曲をやるっていうのはどんな感じなのかなと。どういう反応っていうか。
林  反応。
佐藤 まず、結構やるものなの? ドイツだとたまにやるとか。
林  シューベルトはやっぱりそれなりに、といってもよく弾くのはなんといっても「未完成」。日本ほどは弾かないけど。日本は結構弾くよね、未完成。
佐藤 日本はまあそうだね。
林  読響はよく弾くんだけど。あと「グレート」とかね。
佐藤 うん。「グレート」になるとちょっとやっぱり回数としては少ないかなと。
林  そんなにしょっちゅう弾くものではないね。長い曲だし。僕はシューベルトが好きだから楽しいんだけど、ただ例えば「グレート」にしても、繰り返しっていうかひたすらぐるぐるぐるぐる…
佐藤 反復が非常に多い(笑)
林  お経を唱えてるようなところ(笑)。まあそれが心地いいんだけど、ちょっとしんどいところもないわけじゃないけど。コンサートで弾けば良さって、伝わってくると思うんだけど。
佐藤 逆にそれより前のシンフォニーとかってやることある?
林  時々。5番は美しくて特に印象に残っているな。だけどどうだろう、僕にとってはオーケストラの作曲家っていうよりも、どっちかというとピアノ曲とか歌曲とか、室内楽とか、そういうところでより良さが伝わってくるような。シューベルトらしさというかね。
佐藤 確かにね。歌曲はやっぱり独特で、彼が始めた、創始したジャンルみたいなところがあるから、もちろんメロディーも素晴らしいんだけど。でも本人的にはやっぱりシンフォニーと書きたかったらしいんだよね。
林  らしいよね、でもなんせまあ、ベートーヴェン様っていうのがいたし。
佐藤 まあ書いたところでなかなか演奏もされないし。でもどうやらその初期のシンフォニーは、当時ハトヴィヒっていうパトロンみたいな人がいて、その人がオーケストラ持ってて、その邸宅で初演したっていう話で。だからシューベルトが自分で指揮するなり、少なくともたぶん聴いたはずだと。ところが今演奏されてるその「未完成」とか「グレート」とかいうのは、生前には少なくとも演奏されてないんだよね。
林  うーん。
佐藤 だから楽譜は書いたけれども、実際に耳にすることはなかったんだろうといわれている。最後の「グレート」に関しては、楽友協会から、何か弾いてあげるから楽譜を出しなさいって言われて、書いて出したんだけれども、結局却下されて。で、その演奏会の前に本人は死んじゃうんだけれども、実際に演奏されたのは6番だったかな、C-durの違うシンフォニーで。だから結局「グレート」もその後ずっとお蔵入りになって、シューマンが発見するまで10年間ぐらいそのままだったというから、不運というかね。まあそういう曲はたくさんシューベルトの場合あるんだけど。
林  もうちょっと長生きっていうか、長生きとまでいかなくてももう少し生きていれば、大きな曲ももっと作れたかもしれないよね。
佐藤 そうだね、やっぱりキャリアを積むには、あまりにも人生が短かったとは思う。
林  もう少し生きていたらどういうふうになってたんだろうなって考えると、面白いけど。



佐藤 今回は、ヴァイオリンとピアノのソナタっていうか、多楽章構成のものをお願いするということで、全部で4曲あるわけだけど、何か印象とか。
林  シューベルト好きな割にはそこまでたくさん弾いてきたわけじゃないから、オールシューベルトで、さらにソナチネとソナタで固めるプログラムで、もう本当に大好きな、美しい曲なんだけど、果たしてこのプログラムで曲の魅力をうまくお客さんに伝えられるだろうかという不安はあった。でも実際に練習してみたり、合わせてみたりすると…このソナチネ3曲は同じ年に書いてる。
佐藤 そうだね。
林  だけど、1番・2番・3番で全然違うしね。後半のグランデュオは、翌年かな?
佐藤 そう。
林  同じ時期に書いた曲をいろいろ聴き比べられるのも面白いかもしれない。19歳・20歳で書いたとは思えない、深い部分もあるし。すごく楽しみになってきた。なかなかの挑戦ではあるんだけど。
佐藤 なんか本当に、こんなプログラムにお付き合いいただいてありがとうございます。なかなかやってくれる人いないと思うんだよね(笑)。毎回そうなんだけどこのシリーズにお呼びする人は結構いろいろ考えてお声がけしていて。今のところまだ断られたことはないんだけど、最初に話すと「えっ?」みたいな感じで。
林  自分ではなかなか言い出せないプログラムだよね、よほど自信があるとかじゃないと。
佐藤 ヴァイオリンのソリストでも、シューベルト4曲でって言われたら「へぁ?」みたいな感じじゃないかと。
林  「ちょっとそれは…」って人がおそらく多いんじゃないかな。でもやっぱりお互いウィーンつながりっていうこともあるし、やっぱり長年ウィーンに住んだ身としてはすごく価値ある挑戦かな。これは逃げてはいけないな。これはきっとチャンスだ、と思って取り組むことにしました。お声がけありがとうございます。
佐藤 じゃあ良い演奏会になるように。よろしくお願いします。

(インタビュー完・2022年10月25日、さいたま市にて)
  1. 2023/05/12(金) 23:45:04|
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