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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲 D576 概説

アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲 イ短調 13 Variationen über ein Thema von Anselm Hüttenbrenner a-moll D576
作曲:1817年8月 出版:1867年
楽譜・・・IMSLP

独立した変奏曲以外にも、多楽章器楽曲の中間楽章にしばしば変奏曲形式を用いるシューベルトだが、その主題の多くは自作の歌曲である。他人の主題を借用することは非常に珍しく、連弾のための
フランスの歌による8つの変奏曲 D624(オルタンス妃の主題)
・エロルドのオペラ『マリー』の主題による8つの変奏曲 D908
と、独奏のための
ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲 D576
(・ディアベリのワルツによる変奏 D718(オムニバスに寄稿した単独変奏))
を数えるのみである。友人の主題を用いた変奏曲はD576が唯一ということになる。

イェンガー、ヒュッテンブレンナー、シューベルト
ヨーゼフ・エドゥアルト・テルチャーが描いた「3人の友人たち」。画面右からイェンガー、ヒュッテンブレンナー、シューベルトが並ぶ。イェンガーもヒュッテンブレンナーと同じシュタイアーマルク出身の作曲家だった。

アンゼルム・ヒュッテンブレンナー(1794-1868)はグラーツの裕福な地主の息子として生まれた。グラーツ大学で法律を学ぶが、その楽才に感心したモーリツ・フォン・フリース伯爵の援助を受けて1815年4月にウィーンに進出しサリエリの門を叩く。ベートーヴェンからも認められた若き作曲家は早々に頭角を現し、シュタイナー社から次々に作品が発表されていった。まさに注目の新進作曲家であり、この時点でシューベルトとは段違いのキャリアを築いていたといえる。
1817年に作曲されたこの「13の変奏曲」の主題は、前年に作曲されたヒュッテンブレンナーの最初の弦楽四重奏曲から採られている。第3楽章「アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ」は、原曲そのものが変奏曲形式(主題と4つの変奏)になっている。シューベルトは同じ主題に新たに13もの変奏を書いて本人に見せたのだ。それは友情の証か、遥か先を行く朋友への憧れだったのか、それとも自負心の表れだったのだろうか。弦楽四重奏曲は翌1818年にOp.3として出版され、ヒュッテンブレンナーの出世作となった。
2年前に作曲されたピアノ独奏のためのもうひとつの変奏曲、創作主題による「10の変奏曲」D156に比べると、変奏の自由度は減り、厳格変奏の趣が強い。中には高度な演奏技術を要する場面もあり、技巧派ピアニストだったヒュッテンブレンナーの前作「6つの変奏曲」Op.2の影響も見てとれるが、同時にこの年にシューベルト自身がピアノ・ソナタの制作に打ち込んだ、その書法研究の成果が反映されているともいえるだろう。

主題 イ短調 8+8の16小節からなるシンメトリカルな主題は、シューベルトが偏愛した長短短のダクティルスのリズムに支配されている。ベートーヴェンの交響曲第7番(1812)の第2楽章からの影響や、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」D810 (1824)の第2楽章との類似が指摘されている。第8小節の空虚5度の響きは意表を突くが、ヒュッテンブレンナーの原曲を踏襲したもので、これも前出ベートーヴェン(第2楽章の第5小節、第3音を欠くドミナント和音)のオマージュという説もある。
第1変奏 イ短調 バスがスタッカートで細かく動き始める。そのモティーフも縮小されたダクティルスである。
第2変奏 イ短調 3度で重ねられた左手の主題の上で、右手が16分音符のオブリガートをなめらかに奏でる。減七の和音の多用がより濃厚な表情を生む。
第3変奏 イ短調 ダクティルスの逆行、すなわち短短長(アナペスト)のリズムによる和音連打が強調され、後半では音域を変えて毎小節登場する。
第4変奏 イ短調 左手に16分音符のパッセージが現れる。中央のラ(A4)から始まり、第6小節で3オクターヴ下のラ(A1)にまで降りていくという音域の広さは圧倒的だ。
第5変奏 イ長調 早くも長調の変奏が登場。右手は16分音符の3連符に装飾音がついた細やかなパッセージを優雅に奏でる。移旋による和音の表情の変化は驚くべきもので、楽園のような安らぎに包まれている。
第6変奏 嬰ヘ短調→イ長調 前変奏の平行調から始まる変則的な調性配置はシューベルトの真骨頂。コラール風の厳かさと温かさを湛えている。
第7変奏 イ短調 主調に戻り、右手は冒頭主題をそのまま再現するが、左手の3連符のパッセージは非常に技巧的で、もはやエチュードの域である。
第8変奏 イ短調 3声の対位法的なテクスチュア。両外声は主題と同型だが、中声部が16分音符で細かく動く。右手の伸張を要求するため、地味な曲調のわりに演奏は難しい。
第9変奏 イ長調 2度目の同主調へ。前変奏と同じく3声の書法で始まるが、動的な中声部(16分3連符)は分散和音音型で、「無言歌」に似たロマン派的な書法を見せる。左手は次第に和音に膨らんでいき、さらに甘い響きに満たされていく。
第10変奏 イ短調 一転して激しくデモーニッシュな変奏。オクターヴでダクティルスの主題を強奏する左手の上で、右手が32分音符のアルペジオの嵐を繰り広げる。
第11変奏 イ短調 左手の3度重音の主題を2小節遅れで右手が模倣し、しかしその後は和声的に展開される。後半に登場する付点リズムがだんだん全体を支配していくなど自由な発想に満ちている。
第12変奏 イ短調 第8変奏に似た3声の書法だが、左手がリズミカルな動きを見せる。弾むような短長リズムは即興曲D935-3(いわゆる「ロザムンデ変奏曲」)の第4変奏を想起させる。
第13変奏 イ長調 フィナーレで3度目の同主調へ。はじめて拍子が3/8に変わり、繰り返し時にオクターヴ高くなるため延べで書かれている、という特徴は前作D156のフィナーレと一致する。型どおりの変奏に続き、第241小節でイ短調に戻って付点リズムのモティーフに基づく自由なコーダが展開される。嬰ハ短調から突如ハ長調に転じ、しばらくハ長調のドミナントペダルが続いた後、再びイ長調(4度目)へ。高音域で変奏冒頭の8小節を反復し、突如怒り狂ったようにイ短調の和音を叩きつけて驚愕の幕切れとなる。

シューベルトが贈った清書譜をアンゼルム・ヒュッテンブレンナーは大事に保管していた。シューベルトの死から25年後の1853年、そこに「フランツ・シューベルトが作曲し、友人であり共に学んだアンゼルム・ヒュッテンブレンナー氏に献呈された」との注記を加筆した。しかしウィーン市立図書館に残るオリジナルの自筆譜にはそのような献辞はない。
ヒュッテンブレンナーが秘蔵していた「未完成交響曲」のスコアが発見されたのはそれからさらに12年後の1865年のことだった。
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  1. 2022/09/30(金) 10:55:11|
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ピアノ・ソナタ ホ長調 D154 ・ 同 第1番 ホ長調 D157 概説

ピアノ・ソナタ ホ長調(第1楽章の断片) Sonate E-dur D154
作曲:1815年2月11日 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 Sonate Nr.1 E-dur D157
作曲:1815年2月18日~ 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

1815年2月11日の日付を持つソナタ断片D154は、1週間後に作曲開始したD157の第1楽章の第1稿とする見方が強い。ヘンレ版ソナタ集第3巻(バドゥラ=スコダ校訂)でも「D157の初期稿」と断定している。
しかし、別々のドイチュ番号を与えられているのにはそれなりの理由がある。ひとつは作曲日が明示されていて、この1週間の間に少なくとも1曲の作品を仕上げているということだ。歌曲「絵姿」Das Bild D155の日付はD154と同じ2月11日なので、この2作の前後関係は不明だが、ピアノのための10の変奏曲D156は2月15日に完成しており、その3日後の18日からD157に取りかかった、ということになる。
そして「D154=第1稿」・「D157-I=第2稿」と断定するには、両者には差異が大きすぎるという問題がある。ソナタ形式の第2主題と展開部はほぼ同じだが、第1主題や推移部は全く異なる音楽である。そのためD154はD157-Iと共通する素材を用いた、別個のソナタ楽章とする見解もある。
D154の自筆譜は展開部の終わり近く(D157の並行箇所と比較すると残り1小節の時点)、第118小節で途切れており未完となっているが、中段箇所は五線紙の末尾に当たるため、続きのページは書かれたものの散逸したとも考え得る。

ともあれ、筆者としてはD154はD157の初期稿であり、一度は(おそらく)完成させたものの更なる改良を意図して1週間後に書き直したのだろう、と考えている。
その理由のひとつは、ほとんど同内容の展開部が、D157において10小節分拡大されていることである。展開部の貧弱さを補強しようという意識が既にこの時点で働いているのは興味深い(D567→D568の改訂時にも同様の展開部の拡大が行われている)。
さらに注目すべきなのは主要主題の扱いである。展開部の唯一の動機となる前打音を伴う重要な主題は、D157では属調のロ長調で提示されるため、それが第2主題であることは明確なのだが、D154においては主調のホ長調で始まり、途中でロ長調に転調するため、楽式的には主要主題といえるかどうか疑わしい。
D154 主要主題
ソナタD154 [28]-[43]
D157 第1楽章第2主題
ソナタD157 第1楽章 [42]-[58]


むしろ[46]からの3連符のパッセージのセクションを第2主題と考える方が自然かもしれない。最初の29小節間を第1主題とすると、この重要な主題は推移部ということになってしまうし、あるいは、冒頭29小節を「序奏」的なセクションと考えるならば第1主題ともいえる。いずれにせよ、D154は楽式が曖昧になってしまっていて、D157ではその欠点を克服していることからも、D157がD154よりも決定稿に近づいた段階の稿であると考えてよいのではないだろうか。

とはいえ、D154には初期着想ならではの新鮮な魅力があることも確かである。冒頭の16分音符で駆け上がる音階のパッセージとそれに続くトリルは、華麗で即興的なヴィルトゥオーゾスタイルを示しており、まるでベートーヴェンのようですらある。前述した[46]以降の3連符のパッセージも技巧的な見せ場となっており、またリズム分割のさまざまな方法が提示されていることもダイナミックな効果を生んでいる。この点においてD157は冒頭に3連符のアルペジオのパッセージがある他は8分音符(2分割)のリズムに画一化されていて、比較すると躍動感に欠ける印象はあるかもしれない。一方でD157は強弱の対比や音響像の変化に意識がおかれており、ピアニスティックなD154に比べるとオーケストラ的といえる。
D154で聴く人を驚かせるのは第2主題部、3連符のパッセージが駆け上がった先で2度にわたって待ち受けているコラール風の和音で、その半音階を駆使した奇妙な響きと、妙に間延びした拍節、そしてそれを受ける付点の下降音型が一種の破調として機能している。
D154 推移部
ソナタD154 [48]-[75] 言及されている和音は[54]-[56]、[69]-[70]にある

D157ではナポリの六の和音をフィーチャーした2番目のコラールだけが生き残っているが、リズムは1/2に縮節されており、フレーズ的にはやはり奇妙ではあるものの推進力を止めるには至っていない。
展開部の冒頭ではドミナントモーションの連続により、ロ長調からヘ長調という遠隔調へ強引に転調し、その属七の和音を異名同音でドイツ六の和音に読み替えることでホ長調へ戻るという手法が取られている。その後のドミナントペダルの部分を9小節伸ばし、第1主題が回帰する期待感を高めたのはD157の最大の改良ポイントと言って良いだろう。

D154の補筆に当たっては、D157のディテールを参考にしつつ、再現部は一時的に下属調(イ長調)へ転調することで主調を保つ方法を採った。
補筆にあたって注意したのは音域の問題である。展開部が最高音Fを頻繁に使用しつつそれを越えないのは、おそらく当時普及していたFからFまでの5オクターヴの楽器を念頭に作曲されたからではないかと考えたのだが、D157の再現部ではその半音上のFisが登場し、さらにコーダではAまで出てくるので、実際のところどんな楽器を想定して書かれたのかは不明である。

D157自筆譜の第1楽章の末尾には「1818年2月21日」とあり、4日間でこの楽章を完成させたことを示している。このあとにさらに2つの楽章が後続する。
第2楽章は同主調のホ短調、ABACAのロンド形式による緩徐楽章である。主題はシチリアーノのスタイルで、簡素ながら独特の寂寥感がある。第1エピソードはト長調、平易なメロディーがフレーズの枠を越えて連綿と続いていく。次の主題再現ではシチリアーノのリズムが消え、和声の骨組みとバスのスタッカートだけが残されて、孤独感が際立つ。第2エピソードはハ長調、低音部での分厚い和音連打が聴き手を驚かせる。3度の重音音型などの技巧的なパッセージを経て、16分音符による同音連打のモティーフが繰り返されながら推移していき、主題の最後の再現時にも遠雷のように続いている。
第3楽章は属調ロ長調のメヌエットで、ト長調のトリオを持つ複合三部形式。メヌエットとは題されているがかなり急速な印象で、実質的にはスケルツォといって差し支えないだろう。オーケストラ的な華やかな響きを持ち、時に急激な転調でドラマティックな表現を見せている。長3度下のト長調のトリオはsempre staccatoと指示された和音が連続し、剛健な主部とは対照的に高音部に偏った軽い響きと、頻繁な半音階進行も相まって浮遊感漂う不思議な音楽になっている。

本来であれば主調ホ長調のフィナーレが続くはずなのだが、作品はここで終わり未完結となっている。10の変奏曲D156と同様に、サリエリのもとでの卒業制作という意図があったのではともいわれている。
  1. 2020/02/25(火) 15:03:34|
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[告知] シューベルトツィクルス第1回「幻想曲-Fantasien-」

2014-04-02_flier
2014年4月2日(水)19時開演 東京文化会館小ホール
♪幻想曲 ハ短調 D2e ♪アンダンテ ハ長調 D29 ♪10の変奏曲 ヘ長調 D156  ♪幻想曲 ハ長調 D605a「グラーツ幻想曲」
♪12のウィーン風ドイツ舞曲 D128 ♪アダージョ ト長調 D178 ♪幻想曲 ハ長調 D760「さすらい人幻想曲」
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
  1. 2014/04/02(水) 19:00:00|
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10の変奏曲 ヘ長調 D156 概説

10の変奏曲 ヘ長調 Zehn Variationen F-dur D156
作曲:1815年2月15日 出版:1887年

楽譜・・・IMSLP PTNA(譜例のみ)
完成された初めての大規模ピアノ曲である。清書譜には立派な表紙がついていて、そこにはフランス語でタイトルが綴られ、作曲者「フランソワ・シューベルト」がウィーン帝室音楽院主任教師サリエリの生徒であることが記されている。モーツァルト関連の伝承で名高い(悪名高い?)宮廷楽長アントニオ・サリエリ(1750-1825)は、シューベルトのほとんど唯一の作曲の師であり、1808年から1817年という長期にわたって師弟関係にあった。
自筆譜の末尾に作曲年月日が記入されている。当時シューベルトは交響曲 第2番 変ロ長調 D125の作曲の最中で、新全集の解説では本作の主題が「交響曲の第2楽章(こちらも変奏曲、変ホ長調)の主題と似ている」と指摘しているが、確かにその通りである。
この作品には断片的な第2稿が存在する。これは歌曲「ランベルティーネ」D301の自筆譜の続きにスケッチされていることから、1815年10月頃に書かれたものと考えられ、つまり「2月15日」と明記された清書譜よりもあとに成立したものとみられる。主題と、第2変奏の途中まででこの第2稿は終わっており、第1稿と比べると細部に違いがあるものの、根本的にはほとんど同じといってよい。詳しくは後述するが、むしろ第1稿の方が出来が良く、わざわざ部分的に書き直した理由はわからない。

シューベルトはピアノのための変奏曲はほとんど残しておらず、独奏用の単独作品は本作と「ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲」D576の2作にとどまる。他の形式の作品の一部(即興曲D935-3、「さすらい人幻想曲」D780の第2楽章)や、室内楽曲(ピアノ五重奏曲「ます」D667の第4楽章、フルートとピアノのための「しぼめる花」変奏曲D802、弦楽四重奏曲「死と乙女」D810の第2楽章)などでは変奏の技法を駆使して素晴らしい世界を築いているが、それらのほとんどは既存の主題、それも自作の歌曲を主題に用いている。変奏曲のために書き下ろされた、いわゆる「創作主題」はシューベルト作品としては比較的珍しい。

変奏曲の分類としては古典的な「装飾変奏」に近いのだが、変則的な楽節構成と、変奏を続けていく中での構成の揺らぎがこの作品の特色である。

主題はAndante、ヘ長調、2/4拍子。弦楽四重奏のようなシンプルなテクスチュアである。冒頭からシューベルトの好んだ「ダクティルス」(長短短)のリズムが登場しているのも見逃せない。
主題の前半をA、後半をBとすると、Aは(4+5)の9小節、Bは(7+5)の12小節。こんな自由な楽節構造の主題は古典派には例がない。
A前半は普通の4小節で、ドミナントで半終止する。A後半はその繰り返しのように始まるが、属調のハ長調への転調があり、1小節伸びて5小節となる。
Bの前半はゼクエンツで始まるが、結果的に平行調ニ短調に向かい、4-5小節目でドミナントが確定する。そこから突然ヘ長調のドミナントに進み、2小節でヘ長調へ戻るというちょっとした荒技が繰り広げられる。B後半はA前半とほぼ同じだが、全終止のために1小節伸びて5小節となる。
というわけで、「a-a-b-a」の唱歌形式(というのだろうか?)の変形なのだが、その引き延ばし方がシューベルトらしく歌謡的で、同時にやや無秩序で「とりとめのない」印象を与えているのも否めない。
今後の各変奏との比較のために一覧にすると、
主題 Andante 4+5 | 7+5
ということになる。
ちなみに第2稿では、A部分の終わりにダブルバー(二重小節線)が引かれ、B部分にはリピートの指定がある。また冒頭のアウフタクトのC音が削除されて強起で始まっており、その代わりにB部分にH音のアウフタクトが加えられている(個人的にはこの「H-C」という開始は少々趣味が悪いように感じられる)。第2稿はあくまでスケッチなのだろうが、デュナーミクの指定もほとんどない。

第1変奏 4+5 | 6+5
左手のテノール声部に3連符の伴奏形が現れ、ぐっとピアノっぽい書法になる。右手には古典派風の装飾(ターン)が加わり、優雅な雰囲気が漂う。
意表を突くのは、B前半の小節数が1小節減っていること。主題のB前半の4小節目、ニ短調のドミナントを念押しするような進行が抜け落ちている。主題ではここはとりわけ印象的な部分だったのだが、変奏が難しくて割愛したのかもしれない。

第2変奏 4+5 | 6+5
右手の和音連打と左手の音域の広いアルペジオがスタッカートを伴う16分音符の3連符で登場し、デュナーミクの幅も広く、活気溢れるヴァリエーションである。Bの前半は打って変わって動きが静かになり、コントラストをつけている。前の変奏と同じく、Bの前半を1小節カットしている。
第2稿はこの変奏のBの2小節目で中断されている(第2稿には第1変奏は書かれていない)。目を引くのは活気の源ともいえるアウフタクトのトリルがなくなっていることで、主題のアウフタクトが削除されているから仕方ないのかもしれないが、魅力を減じているように思える。またB部分のはじめにはリピート記号がある。

第3変奏 Più moto |: 4+5 :|: 7+5 :|
テンポが速まり、左手は32分音符の伴奏形、右手は「タタッタ」のリズムで和音を連打する。連打の3音目が休符になるこのリズムパターンはモーツァルトが好んだもので、いきおい古典派風味が濃くなる。A後半ではこのリズムパターンが左手に移り、右手は音階やアルペジオのパッセージを披露する。
前の2つの変奏で省略されたB前半の4小節目は復活するが、この第3変奏ではA・Bがそれぞれリピートされるように指示されている。

第4変奏(ヘ短調) |: 4+5 :|: 7+5 :|
同主短調に転調する、いわゆる「ミノーレ」の変奏である。特に指示はないが、静かな曲調から言って主題と同じAndanteのテンポであり、前の変奏の速度指示は引き継がれないと考えた方がよいだろう。
半音を伴いながらウネウネと蛇行する内声の順次進行が、陰鬱な雰囲気を与えている。主題よりもダクティルスが多く登場すること、Bの前半で変イ短調(平行調の同主短調)が使用されることも興味深い。前の変奏と同様にA・B両部分が繰り返される。

第5変奏 Andante con moto 4+5 |: 7+5 :|
右手の和音連打は伴奏で、主題旋律は左手に現れる。Aの終わりから右手の構成音が徐々に揺らぎ、メロディーを形成していく。きわめてデリケートな天上の音楽である。Bのみリピートがある。

第6変奏 |: 4+5 :|: 7+5 :|
両手のオクターヴ連打であるが、最初はそれぞれ1声であり、2声の対位法実習のようである(途中から和音が追加される)。堂々たるオーケストラ的な発想なのかもしれないし、あるいは突如挿入されるスフォルツァンドや不協和音程はベートーヴェンへのオマージュなのかもしれないが、どちらの解釈も中途半端で、はっきり言ってあまり出来の良い変奏とは思えない。A・Bそれぞれにリピートがあるが、A部分のリピートにのみ「繰り返し時はppで」(1回目はf)と指定がある。

第7変奏 Scherzando |: 4+5 :|: 7+5 :|
ppでスタッカートのついた3連符と、レガートの8分音符の対比が軽快でユーモラスな印象を与える。音楽を主導するのは右手で、左手は伴奏に徹している。A・Bそれぞれにリピートあり。

第8変奏 |: 4+5 :|: 7+5 :|+コーダ9
付点リズムが特徴の、ギャロップ風の愉快な変奏。右手のオクターヴ連打は第6変奏と似ている。末尾にコーダというかブリッジが設けられ、付点のモティーフが展開されたあと、一転して即興カデンツァ風のパッセージとなり、C音のトリルで次の変奏に続いていく。

第9変奏 Adagio 4+5 | 7+5
テンポが遅くなり、右手の長いトリルや素速い音階のパッセージが時間の広がりを感じさせる。調性の一致もあるのだろうか、この変奏と次の舞曲風の第10変奏はベートーヴェンの「6つの変奏曲」作品34の終盤を連想させる。ベートーヴェンの作品34は変奏ごとに調性や拍子が変わっていくという革新的な作品で、本作はそこまで独創的なつくりではないが、シューベルトが本作のモデルにしたのは疑いないと私はみている。
テンポが遅くなった分、リピートは省略され、最後は半終止のまま第10変奏へ続く。

第10変奏(3/8拍子) Allegro 8+10 8+10 | 14+10 14+22 |+コーダ
テンポが上がり、拍子も3/8に(初めて)変更される。主題の1小節が2小節に分割されるため、小節数が倍増しており、かつリピートごとに異なるヴァリエーションが施されるため、上記のような小節数となる。陽気かつ軽快な舞曲風の変奏で、B部分には技巧的な見せ場もあり、フィナーレらしい華やかな盛り上がりを演出する。
Bの最後は左手のFのトレモロ(トニックペダル)上で半終止し、そこから無拍子の即興風の展開が始まる。途中でテンポはPresto、Adagioと変わっていき、最終的にTempo Iで主題が回帰する。最後の8小節で再びPrestoとなり、音階を勢いよく駆け上がって終幕となる。以上のコーダ部分はそれほど独創性豊かでもなく、演奏効果が上がるわけでもなく、素晴らしく書けているとは言い難い。

1814年10月、ミサ曲 ヘ長調 D105の初演の成功を喜んだ父フランツ・テオドールは息子に新しいグラーフのピアノを買い与えたという。本作のある種の技巧的な充実は、おそらくこの楽器がもたらしたものと考えてよいだろう。
  1. 2014/03/24(月) 23:15:05|
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