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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第12回「ピアノ・ソナタⅣ ―はじめてのソナタ―」

第12回チラシ
※公演中止・振替
2020年3月1日(日) 9月6日(日) 14時開演 音楽の友ホール
♪30のメヌエット D41より 現存する20曲 ♪ピアノ・ソナタ ホ長調 D154(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 D157 ♪ピアノ・ソナタ 第3番 ホ長調 D459
♪3つのピアノ曲 D459A ♪アダージョ ハ長調 D349(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
一般4,000円/学生2,000円
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  1. 2020/03/01(日) 14:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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ピアノ・ソナタ ホ長調 D154 ・ 同 第1番 ホ長調 D157 概説

ピアノ・ソナタ ホ長調(第1楽章の断片) Sonate E-dur D154
作曲:1815年2月11日 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 Sonate Nr.1 E-dur D157
作曲:1815年2月18日~ 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

1815年2月11日の日付を持つソナタ断片D154は、1週間後に作曲開始したD157の第1楽章の第1稿とする見方が強い。ヘンレ版ソナタ集第3巻(バドゥラ=スコダ校訂)でも「D157の初期稿」と断定している。
しかし、別々のドイチュ番号を与えられているのにはそれなりの理由がある。ひとつは作曲日が明示されていて、この1週間の間に少なくとも1曲の作品を仕上げているということだ。歌曲「絵姿」Das Bild D155の日付はD154と同じ2月11日なので、この2作の前後関係は不明だが、ピアノのための10の変奏曲D156は2月15日に完成しており、その3日後の18日からD157に取りかかった、ということになる。
そして「D154=第1稿」・「D157-I=第2稿」と断定するには、両者には差異が大きすぎるという問題がある。ソナタ形式の第2主題と展開部はほぼ同じだが、第1主題や推移部は全く異なる音楽である。そのためD154はD157-Iと共通する素材を用いた、別個のソナタ楽章とする見解もある。
D154の自筆譜は展開部の終わり近く(D157の並行箇所と比較すると残り1小節の時点)、第118小節で途切れており未完となっているが、中段箇所は五線紙の末尾に当たるため、続きのページは書かれたものの散逸したとも考え得る。

ともあれ、筆者としてはD154はD157の初期稿であり、一度は(おそらく)完成させたものの更なる改良を意図して1週間後に書き直したのだろう、と考えている。
その理由のひとつは、ほとんど同内容の展開部が、D157において10小節分拡大されていることである。展開部の貧弱さを補強しようという意識が既にこの時点で働いているのは興味深い(D567→D568の改訂時にも同様の展開部の拡大が行われている)。
さらに注目すべきなのは主要主題の扱いである。展開部の唯一の動機となる前打音を伴う重要な主題は、D157では属調のロ長調で提示されるため、それが第2主題であることは明確なのだが、D154においては主調のホ長調で始まり、途中でロ長調に転調するため、楽式的には主要主題といえるかどうか疑わしい。
D154 主要主題
ソナタD154 [28]-[43]
D157 第1楽章第2主題
ソナタD157 第1楽章 [42]-[58]


むしろ[46]からの3連符のパッセージのセクションを第2主題と考える方が自然かもしれない。最初の29小節間を第1主題とすると、この重要な主題は推移部ということになってしまうし、あるいは、冒頭29小節を「序奏」的なセクションと考えるならば第1主題ともいえる。いずれにせよ、D154は楽式が曖昧になってしまっていて、D157ではその欠点を克服していることからも、D157がD154よりも決定稿に近づいた段階の稿であると考えてよいのではないだろうか。

とはいえ、D154には初期着想ならではの新鮮な魅力があることも確かである。冒頭の16分音符で駆け上がる音階のパッセージとそれに続くトリルは、華麗で即興的なヴィルトゥオーゾスタイルを示しており、まるでベートーヴェンのようですらある。前述した[46]以降の3連符のパッセージも技巧的な見せ場となっており、またリズム分割のさまざまな方法が提示されていることもダイナミックな効果を生んでいる。この点においてD157は冒頭に3連符のアルペジオのパッセージがある他は8分音符(2分割)のリズムに画一化されていて、比較すると躍動感に欠ける印象はあるかもしれない。一方でD157は強弱の対比や音響像の変化に意識がおかれており、ピアニスティックなD154に比べるとオーケストラ的といえる。
D154で聴く人を驚かせるのは第2主題部、3連符のパッセージが駆け上がった先で2度にわたって待ち受けているコラール風の和音で、その半音階を駆使した奇妙な響きと、妙に間延びした拍節、そしてそれを受ける付点の下降音型が一種の破調として機能している。
D154 推移部
ソナタD154 [48]-[75] 言及されている和音は[54]-[56]、[69]-[70]にある

D157ではナポリの六の和音をフィーチャーした2番目のコラールだけが生き残っているが、リズムは1/2に縮節されており、フレーズ的にはやはり奇妙ではあるものの推進力を止めるには至っていない。
展開部の冒頭ではドミナントモーションの連続により、ロ長調からヘ長調という遠隔調へ強引に転調し、その属七の和音を異名同音でドイツ六の和音に読み替えることでホ長調へ戻るという手法が取られている。その後のドミナントペダルの部分を9小節伸ばし、第1主題が回帰する期待感を高めたのはD157の最大の改良ポイントと言って良いだろう。

D154の補筆に当たっては、D157のディテールを参考にしつつ、再現部は一時的に下属調(イ長調)へ転調することで主調を保つ方法を採った。
補筆にあたって注意したのは音域の問題である。展開部が最高音Fを頻繁に使用しつつそれを越えないのは、おそらく当時普及していたFからFまでの5オクターヴの楽器を念頭に作曲されたからではないかと考えたのだが、D157の再現部ではその半音上のFisが登場し、さらにコーダではAまで出てくるので、実際のところどんな楽器を想定して書かれたのかは不明である。

D157自筆譜の第1楽章の末尾には「1818年2月21日」とあり、4日間でこの楽章を完成させたことを示している。このあとにさらに2つの楽章が後続する。
第2楽章は同主調のホ短調、ABACAのロンド形式による緩徐楽章である。主題はシチリアーノのスタイルで、簡素ながら独特の寂寥感がある。第1エピソードはト長調、平易なメロディーがフレーズの枠を越えて連綿と続いていく。次の主題再現ではシチリアーノのリズムが消え、和声の骨組みとバスのスタッカートだけが残されて、孤独感が際立つ。第2エピソードはハ長調、低音部での分厚い和音連打が聴き手を驚かせる。3度の重音音型などの技巧的なパッセージを経て、16分音符による同音連打のモティーフが繰り返されながら推移していき、主題の最後の再現時にも遠雷のように続いている。
第3楽章は属調ロ長調のメヌエットで、ト長調のトリオを持つ複合三部形式。メヌエットとは題されているがかなり急速な印象で、実質的にはスケルツォといって差し支えないだろう。オーケストラ的な華やかな響きを持ち、時に急激な転調でドラマティックな表現を見せている。長3度下のト長調のトリオはsempre staccatoと指示された和音が連続し、剛健な主部とは対照的に高音部に偏った軽い響きと、頻繁な半音階進行も相まって浮遊感漂う不思議な音楽になっている。

本来であれば主調ホ長調のフィナーレが続くはずなのだが、作品はここで終わり未完結となっている。10の変奏曲D156と同様に、サリエリのもとでの卒業制作という意図があったのではともいわれている。
  1. 2020/02/25(火) 15:03:34|
  2. 楽曲について
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