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ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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小倉貴久子インタビュー (2)「これしかない」ということはない

浜松市楽器博物館2010
2010年2月、浜松市楽器博物館にて レコーディング後のミュージアムコンサート 使用楽器は1925年製プレイエル デュオ・ピアノ

[インタビュー(1)はこちら]
佐藤 僕が藝大の学生のときに、小倉先生がフォルテピアノの先生として着任されて、副科で2年間、それから卒業後も個人的に教えていただいたんですが。
小倉 そうだったね。
佐藤 レコーディングに誘っていただいたのが2010年なので、もう10年前ですね。
小倉 え、もうそんなになるっけ。浜松市楽器博物館のね、コレクションシリーズの録音を一緒にやってもらったのよね。

LMCD1926
浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ31
ラ・ヴァルス ~華麗なるデュオ・ピアノの芸術~
小倉貴久子&佐藤卓史
(ピアノ;プレイエル社デュオ・ピアノ1925)
ドビュッシー:リンダラハ、ラヴェル:ラ・ヴァルス、ミヨー:スカラムーシュ、フランセ:8つの異国風の舞曲他
浜松市楽器博物館/コジマ録音 LMCD-1926 ¥2,900+税

佐藤 はい。あのシリーズではもう本当にいろんな楽器を弾かれていますよね。
小倉 そう、あそこには5オクターヴの時代の楽器はあまりないけれども、そのあとのオリジナル楽器はすごくいっぱいあるのね。1台1台全然タイプが違うから、そういう楽器で録音したり、レクチャーコンサートをしたり、たくさん経験をさせてもらって。その中で、いろんな作曲家からいろんな曲が生まれた背景には、そういういろんな楽器があったっていうことがわかってくるんだよね。
佐藤 はい。
小倉 1台1台タッチも違うし、お手本があるわけじゃないから。19世紀の後ろの方だと、あのブラームスの音の悪い録音が残っているとはいえ。
佐藤 (笑)



小倉 それ以前は録音もないし、実際にどうやって演奏してたのかっていうのはわからないじゃない? だけど、その楽器から出る音とか、音のツボとかを試したりしながら、それと楽譜と、文献や証言、当時のエピソードとか、そういうものがパーッと結びついていく瞬間があるのね。
佐藤 ううむ。
小倉 ちょっと謎解きみたいで。私推理小説好きなんだけど、いろんなヒントが組み合わさってパズルのように作り上がっていくのが見えてくる、それがもうたまらないっていう感じで。でも、もちろんこれが答えっていうんじゃないんだけど。かえって、いろんな可能性があったんだなっていうこともわかるの。
佐藤 ほう。
小倉 「これしかない」っていうことはないというか。たとえばベートーヴェンでも、私が学生の頃ならヘンレ版でピアノ・ソナタの楽譜が全部出てて、もうこれでいいでしょう、決定版っていう感じだったのが、最近ベーレンライターが出版されたら、もう全然違う。ベートーヴェンもまだこんなに知られていなかったことがあったのかっていう面もあるじゃない? 今まで「こうだ」って言われてたことが、覆される瞬間が山のようにある。でもそれもまた絶対っていうわけじゃなくて、ベートーヴェン自身も「僕はこういうふうには弾かないけど、こうやって弾いてくれるとすごく面白い」って言ってたり。
佐藤 ああ。
小倉 そういう可能性の面白さを、作曲家自身も知ってたのかもしれないよね。そういういろんな楽しみが、フォルテピアノを知ることによって生まれてきたっていうのかな。だから、現代のピアノでどんな作品でも全部弾かなきゃいけないっていうのと、全く別の世界があるんだよね。

佐藤 単純な疑問なんですけど、フォルテピアノ奏者って、先生もそうですけど、ご自身の楽器を演奏会場に運んでいって演奏するスタイルが一般的かと思うんですけど。
小倉 うん。
佐藤 コンクールはどうなってるんですか?
小倉 ブルージュのコンクールは、舞台に楽器がいくつか並んでて、その中から選ぶ。予選だと、前の日にちょっと試し弾きできる時間があって、これでやりますって。
佐藤 で、そのあと練習はできるんですか?
小倉 その楽器ではできないね。
佐藤 へえ!
小倉 でも本選になると、使える楽器ももっと増えるし、その楽器で練習する時間もあるの。
佐藤 モダンピアノでももちろん1台1台癖があるし、コンクールのときは同じように楽器選びの時間があったりしますけど、フォルテピアノだともっと違いが大きいじゃないですか。
小倉 そうだね。
佐藤 それはステージの上で瞬間的に判断していくという?
小倉 そうだね。だから経験値は必要かもね。
佐藤 そうですよねぇ。
小倉 ある程度、いろんな楽器を知ってるっていうことは、必要かも。この間のピリオド楽器のショパンコンクールのときも、5台から選べたんだけど、練習時間はそんなに与えられているわけじゃないのね。ショパンがポーランド時代に使っていたウィーン式アクションのブフホルツという楽器のレプリカとグラーフ、イギリス式アクションのプレイエル、エラール、ブロードウッド。その5台の中でも、無難な楽器もあれば弾くことが難しい危ないのもあって。
佐藤 はいはい。
小倉 でも、危ないんだけど、それでしか表現できないものもある。だから選ぶ楽器によって、コンテスタントが演奏に何を求めてるかがわかったりもするんだよね。
佐藤 なるほどねえ。
小倉 安定を求めている人は安定した楽器を選ぶけど、もっとこう表現したいから、すごく不安定で危ないけど、あえてこっちを選ぶとか。エラールが一番無難だったのね。
佐藤 まあそうでしょうね。ショパンが言っている通り。
小倉 そう。怖いっていう人は結構エラール選んでたんだけど、でももちろんエラール選んで本選行った人もいるし、いろんなパターンがあった。5台中3台まで使えるんだけど、1次予選の20分の中で3台を使い分ける人と、1台だけの人もいるし。曲と曲の間をアドリブでつないでいく人もいた。
佐藤 ほう!
小倉 1位になったトマシュ・リッテルもそうだったんだけど。なんていうか、いろんなことができる。ある意味でクリエイティブだよね。
佐藤 そうですね。
小倉 もちろん良い音でとか、ミスなくとか、そういうことも重要なことではあるし、あまりにも音が悪かったり、あまりにもミスが多かったりするとやっぱりダメなんだけどね、だけどいくら音が綺麗でミスがなくても、やっぱりそれ以外に何にもないと1次予選も通らない。審査も難しいとは思うんだけどね。
佐藤 そうでしょうね。
小倉 でもやっぱり、才能があるなっていう人は、通るんだけどね。結局はね(笑)
佐藤 ですよね(笑)
小倉 青柳いずみこさんが、モダンのショパンコンクールもいつも取材していて、今回も聴きにいらしていて。
佐藤 はい。
小倉 ピリオドはもちろん初めてだったけど、聴いててずっと面白いって言ってた。1人1人があまりにも違うでしょ。だからフォルテピアノのコンクールっていうのは、かなり面白いかな。

佐藤 たとえば、全然これまで弾いたことがない楽器が来て、これでコンサートや録音をするとなると、どのくらいの期間で「自分の楽器になった」という感覚になるものですか?
小倉 たとえば音楽祭とかで、やりたくてもそんなに練習できない場合もあるじゃない? そうすると、それにぱっと馴染んで合わせなくてはいけないっていうのはあるかな。楽器のタイプにもよるけれども。だけど、最低1日は欲しいね(笑)
佐藤 そうなんですね。
小倉 1日もないのはちょっと困る。1日だって本当は少ないけどね。でも、どんな楽器で弾くのかがあらかじめわかっていれば、事前にそういうイメージを作り上げておくっていうのもあるのね。
佐藤 なるほど。
小倉 でもね、なんか人とおんなじで、すぐ打ち解けて仲良くなる場合もあれば、いくら一緒にいたってわかんない人もいるじゃない? そういう相性もある程度あるよね。
佐藤 それはなんとなくわかりますね。

[インタビュー(3)へ]
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  1. 2020/11/10(火) 18:03:28|
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