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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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34の感傷的なワルツ D779 概説

34の感傷的なワルツ Vierunddreißig "Valses sentimentales" D779
作曲:1823年? 出版:1825年
楽譜・・・IMSLP

1825年11月にディアベリ社から出版された、シューベルトの最も有名な舞曲集のひとつである。その知名度は、「感傷的なワルツ」という標題に負っているところが大きいが、実際にはシューベルト自身による命名ではないと考えられている。ディアベリとは1823年4月に絶縁しており、おそらくそれ以前に渡した自筆譜をもとに、ディアベリが無断で出版し、その際にこの魅力的なタイトルを付けたのだろうと思われる。
シューベルトの生前に出版された舞曲のほとんどは、自筆譜が失われている。製版後に自筆譜は破棄されるのが通例だったのだ。本作の自筆譜も消失しているが、いくつかの曲に関しては草稿が残されており、それらには1823年2月の日付がある。ディアベリとの関係を考えても、曲の成立はその前後と考えるのが自然だろう。
34曲という大規模な曲集が、はじめから連作として構想されたとは考えにくい。もしかしたら、もっと大量の舞曲の束の中から、出版社が34曲だけを選抜したという可能性もある。しかし曲の配列は闇雲なものではなく、調性が変わる際には近親調へ移動するように配慮されている。

曲集全体の印象は決して「感傷的」なものではなく、むしろ快活で軽やかである。短調のワルツはなく、たとえ短調の和音で始まっても平行長調で終止するように書かれていることも、曲集の明るい雰囲気の一翼を担っている。

1. ハ長調 [B] ワルツ型
 第1-4,33,34曲は、その他の3曲の舞曲とともに合計9曲の曲集として編まれた異稿が存在する。これによると、第1曲と第2曲はハ長調ではなくロ長調であり、もともとはロ長調で構想された可能性が高い。確かにシャープ5個のロ長調は一般向けには読譜しにくいので、出版にあたって移調したのかもしれないが、ハ長調とロ長調ではかなり調性感が異なる。
 最初の4曲に共通するのは、1と1/4拍、つまり16分音符1個+8分音符2個という変則的なアウフタクトのリズムである。このリズミカルなアウフタクトは他の曲集には見られないもので、音楽に活気を与えている。
 第1曲は爽やかな印象の舞曲で、上声に長い音符のオブリガートが現れる。
2. ハ長調 [T] ワルツ型
 右手が三和音を連打するモティーフ。B部分で変ホ長調に転調する。
3. ト長調 [T] ワルツ型
 D音を基軸に8分音符でジグザグする音型がスケルツァンドの雰囲気を演出する。B部分は属調のニ長調。
4. ト長調 [B] ワルツ型
 第2曲に似た和音連打、付点リズムのアウフタクトが威勢の良い印象を与える。
5. 変ロ長調 [T] ワルツ型
 分散和音形の跳躍の多い旋律線が、ヨーデル風でもある。B部分は属調のヘ長調。
6. 変ロ長調 [B] ワルツ型
 和音やオクターヴの連打が続く。3拍目に置かれたアクセントが民俗的な趣を醸す。
7. ト短調→変ロ長調 [B] ワルツ型
 装飾を伴い、高音からひらひらと舞い降りるような優雅な旋律。前半はト短調、後半は平行調の変ロ長調となる。
8. ニ長調 [B] メヌエット型
 ff、左手のオクターヴも相まって力強く男性的なステップ。第8,9,12,14曲は他の13の舞曲とともに草稿が残っており、そこには「1823年2月」の日付と、「ドイツ舞曲」のタイトルがある。
9. ニ長調 [B] ワルツ型
 右手が鍵盤上を駆け回る。2拍3連のヘミオラのリズムで、フレーズが分割されている。
10. ト長調 [B] ワルツ型
 冒頭4曲と同様の、16分音符が追加されたアウフタクトを持つ。8分音符2つずつスラーがかけられ、ヴァイオリンのボウイングを彷彿とさせる。
11. ト長調 [B] ワルツ型
 分散和音が高音域まで駆け上がる。爽快な印象のワルツ。
12. ニ長調 [B] ワルツ型
 前曲と対照的に、半音階を多用した音域の狭いモティーフ。後半の短調系の借用和音も相まって、洒落た印象を与える。A部分は1回目と2回目に違いがあるため、繰り返しではなくのべで書かれている。
13. イ長調 [T] ワルツ型
 前半の山場とも言うべき名曲。2小節の序奏も含めて、やや変則的な小節数をとる。2声で重ねられたヘミオラのメロディーには、「zart」(甘く、やさしく)との指示がある。B部分は幻想的な嬰ハ長調に転調、そこから主部に戻るときの魔法のような転調は、19世紀の舞踏会の優雅な空気を想起させる。リストが「ウィーンの夜会」S.427の第6曲に大々的にフィーチャーしたことでも有名。
14. ニ長調 [B] ワルツ型
 2拍目・3拍目のffの和音連打、強弱の対比がダイナミック。
15. ヘ長調 [T] ワルツ型
 1拍目にきびきびしたアクセントを伴い、8分音符のメロディーが音階的に上下行する。中間部は平行調のニ短調。
16. ハ長調 [B] メヌエット型ワルツ型
 前曲を引きずって、ヘ長調のドミナントから始まる。ファンファーレ風の分厚い和音が威勢良く連打される。
17. ハ長調 [T] ワルツ型
 倚音が豊かな表情を生み出す。属調・ト長調のB部分では右手が長い上行スケールを奏でる。
18. 変イ長調 [B] ワルツ型
 付点4分音符がリズムにスイングをもたらす。
19. 変イ長調 [B] ワルツ型+その他
 上声が属音のミ♭を保続。伴奏型はワルツ型から時折解放され、対旋律を担当したりと音楽を重層的にする。
20. 変イ長調 [B] ワルツ型
 付点4分音符+8分音符+4分音符の同音によるリズムが主要モティーフ。
21. 変ホ長調 [B] ワルツ型
 前曲のモティーフを受け継ぐ。後半の和声は変イ長調に傾く。
22. 変ホ長調 [T] ワルツ型
 1拍目の4分音符に精力的なアクセントを伴う分散和音のメロディー。B部分は属調の変ロ長調。
23, 変ホ長調 [B] ワルツ型
 ト短調のII度という特殊な和音から始まる。B部分はA部分の終結部のモティーフを引き継いで展開される。
24. ト短調→変ロ長調 [B] ワルツ型
 長く伸ばされたバスが主音を保続。メロディーに付けられたプラルトリラーが懐古の趣を醸す。
25. ト長調 [T] ワルツ型
 前曲に引き続きバスが主音を保続しがちで、田園風の情緒がある。B部分では3拍目に執拗なアクセントが置かれ、Aの再現はかなり変化している。
26. ハ長調 [B] ワルツ型
 第22曲と似たアクセントと分散和音のモティーフ。後半で和声が表情豊かに変化する。
27. 変ホ長調 [T] ワルツ型
 スタッカートや装飾音を伴う、スケルツァンドなワルツ。B部分は平行調のハ短調に転調し、ややワイルドな曲想になる。
28. 変ホ長調 [B] ワルツ型
 シューベルトの偏愛したダクティルスのリズムをフィーチャー。メロディーはオクターヴで重ねられる。後半同主調の変ホ短調から変ト長調へと美しく転調する。
29. 変ホ長調 [T] ワルツ型レントラー型
 16分音符1つぶん多いアウフタクトが復活。重音を伴う複雑な旋律音型がエレガントな印象を与える。
30. ハ長調 [B] ワルツ型+その他
 呼びかけるようなヨーデル風の音型が特徴。後半では2拍ごとにフレーズが分かれ、伴奏もこれに追随するため、拍感が不明瞭になる。
31. イ短調→ハ長調 [B] ワルツ型
 同じく短調で始まる第24曲同様、メロディーを古典的なプラルトリラーが装飾する。
32. ハ長調 [B] ワルツ型
 付点のリズムが全曲を支配。A部分は1回目と2回目で後半4小節が大きく変化する。
33. 変イ長調 [B] ワルツ型
 3拍目にアクセントを伴う1小節目の音型がモティーフとなり、全体に展開される。
34. 変イ長調 [B] メヌエット型
 これまでのワルツとは明らかに異なるメヌエット風の書法。

以上全34曲を見渡すと、ワルツ型の伴奏型が圧倒的大多数を占めているが、楽式はどちらかというと二部形式が多い中、要所要所に三部形式が点在し、コントラストを作っている。
ハ長調で始まりハ長調で終わる第1-17曲、変イ長調で始まり変イ長調で終わる第18-34曲の2部分に大きく分けると、前半はほぼ2曲または1曲ごとに転調するのに比べ、後半は3曲ずつ同じ調性の舞曲が並んでいることがわかる。また、前半は快活な曲調だが、後半になるに従って付点4分音符が頻出するようになり、ブラームス風の大人っぽい曲想の曲が増えていく。
この配列に作曲者もしくは編集者の意図が働いていることはおそらく確実だが、最後の変イ長調の2曲は、この長大な曲集を終わらせるにふさわしい舞曲かどうか、やや疑わしい。むしろ第32曲(ハ長調)で曲集を閉じた方が、全体の調性の流れとしてもしっくりくるような気がするのだが・・・。
そういった意味で、これら34曲は通奏を目的としておらず、はじめから抜粋での演奏を前提として集められたのかもしれない。
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  1. 2016/04/06(水) 12:19:51|
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