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ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

小倉貴久子インタビュー (4)たくさんお菓子もらった、みたいな

[インタビュー(3)はこちら]
佐藤 この間、コロナで演奏会なくなったりみんないろいろあったと思うんですが、先生はどうでしたか?
小倉 実は楽譜を作ったりしてて。これなんだけどね…「ソナチネ音楽帳」



佐藤 へえー。
小倉 前に「ソナチネ・アルバム」っていうCDを出して、それはいわゆる「ソナチネアルバム」に載っている曲から、あんまり知られていない曲もあって、それを弾きたいっていう声があってね。
佐藤 (楽譜を見ながら)なるほど。
小倉 これね、コロナの産物なの。ずっと前から楽譜の話はあったんだけど、忙しくて全然できなくて。そしたら、3月の頭に担当の方から「小倉さんもしかして時間できました?」って。で、ものすごい徹夜しながら校訂したんだけど。
佐藤 2分冊。結構な分量ですね。
小倉 CDでは私はチェンバロとフォルテピアノを弾いてるんだけど、みんなはもちろんピアノで弾くでしょ。現代のピアノで弾くときにも、当時の様式感を学ぶことが必要じゃない?
佐藤 はい。
小倉 そのときに、感覚として作るっていうのがすごく大切で。たとえばイネガル[楽譜上では等価の、連続する音の長さに長短(優劣)をつけて演奏する方法。主にバロック期のフランスで盛んになり習慣化された]なんかも、指の都合でよたってるっていうのと違うじゃない? そういうのが、現代のピアノだけ弾いてるとわかりづらいところがあるっていうのかな。
佐藤 うんうん。
小倉 チェンバロの通奏低音的なバスの使い方とか、そういうのも、18世紀の音楽ではすごく重要なのね。ただ左手は大切だから出しましょうっていうんじゃ、うるさくなっちゃう。そんなことも当時の楽器で弾いてみると感覚的にわかるんだけど、じゃあ現代のピアノではどういうふうにすればいいか。そういうことを、年明け以降に雑誌と講座をオンラインで連動させて、やろうっていう企画があって。
佐藤 おお、面白そうですね。まさに僕も、フォルテピアノを通して得た古典派の語法みたいなものを、どうやって現代のピアノで翻訳するか、ということに興味があって。
小倉 そうなんだね。
佐藤 藝大のときに先生のクラスに入って、初めてフォルテピアノに触ってみたら、モダンピアノとの違いが大きすぎて、僕はしばらく慣れなかったですね。
小倉 うーん。
佐藤 タッチもそうだし、楽器の鳴るタイミングだとかいろんなことに。でも例えば同級生の羽賀美歩さん(@mifohaga)は同じタイミングで始めたはずで、2人とも中級まで2年間履修したんですけど、彼女は割とストレートにフィットして、そのまま大学院の古楽科に進まれて。
小倉 そうだよね。
佐藤 人によって器用とか不器用とかもあるとは思うんですけど。
小倉 でもね、佐藤君は指先のタッチがちゃんとできてるから、フォルテピアノもどんどんやるといいよ。
佐藤 うーん、ステージではもう長らく弾いていないですけど、2014年にトッパンホールでヴィオラ奏者のヴォルフラム・クリストと共演したときに、フォルテピアノとモダンピアノと両方並べてやりました。彼もヴィオラダモーレに持ち替えてダウランドやったりして。
小倉 素晴らしい。最近ヨーロッパの大学ではさ、副科っていうんじゃなくて、モダンとピリオドと2つ専攻を持つっていうようなのが多いみたいね。どっちもメインにするっていうか。
佐藤 まあそれも自然といえば自然なことですね。
2014.1.25.トッパンホールにて
2014年1月25日、トッパンホール「ヴォルフラム・クリスト×佐藤卓史」公演リハーサル 使用楽器はデュルケン(1790)のコピー

佐藤 今日最後にお伺いしたいんですけど、今はその古楽というかピリオドというか、なんというのかわからないですけど、作曲家の当時の楽器や演奏習慣を再現するということがかなり普及したと思うんですよね。
小倉 うん。
佐藤 プロのピアニストなら、フォルテピアノに触ったことがないっていう人の方が今は少数派かもしれないですし、聴衆にもフォルテピアノという楽器の存在や、どんな音がするのかというところまでかなり周知されている状態です。今後の古楽界の展望というか、このあとどういう方向に行くかっていうお考えはありますか?
小倉 "I hope"っていうことだったら(笑)。ヤマハとかがね、モダンピアノだけじゃなくて、そういう時代の楽器を作り出すといいなと思ってる。ほら、スタインウェイの「バレンボイムモデル」ってあったでしょ。
佐藤 はい。
小倉 あれなんかまさに、バレンボイムがシューベルトのシリーズを始めるときに、やっぱり現代のピアノではちょっとっていうので、スタインウェイ社に発注して。
佐藤 平行弦のですよね。
小倉 そう。確かに平行弦って全然違うのよね。まあ私はそのモデル実際弾いたことないし、金属製の鋳型鉄骨フレームの中でどう鳴るのかはちょっとわからないけれども、やっぱり低音・中音・高音と音域ごとの響きが分離するし、もともと曲のテクスチュアがそういうふうに書かれてるわけじゃない?
佐藤 はい。
小倉 だからそれを追求していくと、結局昔の楽器に戻っていくんだよね。それに、ピアノ最近あんまり売れないっていうけど、フォルテピアノ作れば、今楽器欲しい人すごくたくさんいるから。
佐藤 いや、僕も欲しいですよ。
小倉 そう、供給が追いついていないんだよね。もちろん個人のフォルテピアノ製作家はいるんだけど、少なすぎて。
佐藤 なるほど。
小倉 弾きたいって思ってる人はたくさん出てきてるのに、そっちがまだついていってない感じがするのね。大きな会社は制約があるから、本質的なことがやりにくかったり、やっぱり収益上げないといけないってなると難しいかもしれないけど、でもヤマハぐらい大きければさ、他で収益上がってるところのお金を使って! そういうことをやってくれると、もっとみんなが弾けるようになってくるし、そうなるんじゃないかと思っている。
佐藤 なるほどなるほど。
小倉貴久子&佐藤卓史対談中
小倉 カワイはね、やってたんだよ最初。
佐藤 そうみたいですね。
小倉 だけど早すぎたんだよね。素晴らしい挑戦だったんだけどね、その頃は需要もそんなに無かったし、何よりも当時の楽器についてわかっていなかったことが多くて。たとえばこのシュトライヒャーぐらいの時代の弦もね、10年前ぐらいまではどういうものかわかんなかったのね。チェンバロやヴァルターの弦は、マルコム・ローズっていうところが作ってるのがあったんだけど、その弦をシュトライヒャーに張ってピッチ上げると切れちゃうのね。
佐藤 はあ。
小倉 弱い。だけどモダン弦を張るとまた全然ダメで。そういうこともフランスで研究が進んで、今この時代の弦も作り出していて、このシュトライヒャーもそれ張ってるんだけど。ハンマーの表面に張る皮もね、皮のなめし方が今と違うから。当時のなめし方っていうのは、今では禁止されてるのね。
佐藤 え、そうなんですか。
小倉 内臓を使ってなめすから、ものすごい悪臭らしいんだけども、ザルツブルク近郊にそういう専門の研究をしてるところがあったり。
佐藤 へえ。
小倉 そういうことがヨーロッパでは進んでいて、日本も少しずつ変わってくるといいなあと思って。チェンバロは製作者もたくさんいて、楽器もたくさんあるけど、フォルテピアノはまだ少ないから、そこが充実してくれば、みんながどんどん興味持っていくんじゃないかな。やっぱり実際に触れることによって知ることもたくさんあるし。私のフォルテピアノアカデミーにもピアノの先生が受けに来たりするんだけど、生徒を教えてるときに「当時の楽器はね」とか言っても、やっぱり弾いたことがないとイメージがわかないよね。
佐藤 そうですよね。
小倉 前にピティナのステップ(→ピティナ・ピアノステップ)で、音楽の友ホールで、ベーゼンドルファーインペリアルと、クラヴィコードを並べて、どっちを弾いてもいいっていうときがあって。
佐藤 楽器のサイズが違いすぎますね。
小倉 私そのときトークコンサートで両方弾いて欲しいって言われて結構困ったんだけど。
佐藤 (笑)
小倉 こんなの意味があるのかなって思ってたんだけど、だけどね、そのステップで両方弾く人がいたのね。ベーゼンドルファー弾いて、ちょっとクラヴィコード弾いて、戻ってくるとね、ベーゼンドルファー弾くときのタッチが変わるんだよ。
佐藤 ははあ。
小倉 本当にほんのちょっとの体験でもすごく変わるんだよね。何の意味があるんだろうって思ったけど、いやすごい意味があるんだわって思って。だからいろいろなことをやっていくのは大切だし、そういう時代のことを知るにもいろんな切り口があるとは思うんだよね。奏法ひとつとっても、実際その時代の通りに弾いたらいいかっていうと、ただその通り真似しただけじゃ全然話にならない。イネガルしてフレーズが無くなったら何にもならないよね。
佐藤 もちろんそうですね。
小倉 机上の空論っていうかさ、そうではなくて、やっぱり当時のポピュラー音楽だったっていうことは、もう絶対言えて。生きてる音楽だから、そこに喜びっていうか、生命力っていうか、そういうものがなかったらダメなんだよね。当時の奏法や楽器を知ることによって、より一層楽しい感じになるっていうか、カラフルになる。たくさんお菓子もらったみたいな!
佐藤 なるほど(笑)
小倉 そういうことをもっと知ってもらえるといいなぁと思ってます。

(インタビュー完 ・ 2020年10月15日、さいたま市にて)
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  1. 2020/11/12(木) 15:30:01|
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