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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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フランスの歌による8つの変奏曲 ホ短調 D624 概説

フランスの歌による8つの変奏曲 ホ短調 Acht Variationen über ein französisches Lied e-moll D624
作曲:1818年9月 出版:1822年(作品10)
楽譜・・・IMSLP

変奏曲の主題である「フランスの歌」とは、1813年にオルタンス王妃の作曲として発表された『忠実な騎士 Le bon chevalier』という題名のロマンス(歌曲)である。
オルタンス王妃ことオルタンス・ド・ボアルネ Hortense de Beauharnais (1783-1837)は、ナポレオン妃ジョゼフィーヌの前夫との間の娘で、ナポレオンの弟ルイ・ボナパルトの妻となった人物である。すなわちナポレオンの義娘であり、義妹でもある。ナポレオン皇帝即位後の1806年、ルイはオランダ王に就任し、オルタンスは王妃となった。しかし、この作曲者クレジットは多分に建前的なもので、実際には王室の音楽教師だったフランス人フルーティストのルイ・ドロエ Louis Drouet (1792-1873)の作曲と考えられている。作詞者は不明である。
数年後にはヨーロッパ中の愛唱歌となり、エステルハーツィ家でもよく歌われていたらしい。シューベルトは1818年夏のツェリス滞在時に初めてこの曲の譜面を目にし、その旋律を未完の4手のためのポロネーズ(D618A)の自筆譜の隅に書き留めた。そして、一家が好むこの曲を主題として変奏曲を書こうと思い立ったのだろう。9月には草稿が完成している。

曲は主題と8つの変奏からなり、最終変奏には長大なコーダがついている。
16小節の主題は8小節ずつの前半と後半に分かれ、それぞれに繰り返し記号がついている。歯切れの良いスタッカートや、バスの主音と属音の交代は、この主題に行進曲的な性格を纏わせている。それは当時の人々に、実父を処刑されたオルタンス王妃が象徴する「フランス革命」の記憶を呼び起こしたことだろう。
第1変奏ではプリモの右手にアラベスク状の3連符が登場し、主題旋律を優雅に装飾する。
第2変奏は8分音符で動くバスをセコンドの両手がオクターヴのスタッカートで奏する。冒頭に「(前半の繰り返しの)1回目はピアノ、2回目はフォルテで」と指示されているのも珍しい。軍隊風の性格が強調された、決然たる変奏である。
第3変奏はハ長調。ホルンの合奏を思わせるプリモの音型で始まり、セコンドが不気味な不協和音でそれに応える。前半は変ホ長調で終止するなど、不思議な雰囲気を漂わせる。
第4変奏はホ短調に戻り、一転快活な性格。セコンドの主題の上で、プリモの16分音符による音階風パッセージが駆け抜ける。
第5変奏はホ長調へ。3連符の安定した伴奏型が、ひとときの安らぎを感じさせる。主題の繰り返しの1回目と2回目は別々の変奏を施されており、延べで32小節となっている。
第6変奏はその平行調である嬰ハ短調に転ずる。セコンドの決然たるオクターヴユニゾンに呼応してプリモが音階やアルペジオのパッセージを華やかに披露する。このように、全曲を通してセコンドよりもプリモの技術的難易度が高めに設定されているのは、マリーとカロリーネの姉妹のいずれかにセコンドを弾かせ、シューベルト自身がプリモを担当することを念頭に作曲されたためと考えられている。
第7変奏はPiú lento(より遅く)と指示され、葬送行進曲の趣となる。繰り返しの2回目ではプリモに6連符のパッセージが現れ、秋風のような侘びしさが通り過ぎる。
一転してホ長調の第8変奏はTempo di Marcia, Piú mosso(行進曲のテンポで、より速く)と性格が明示されており、きびきびした付点のリズムに乗って勝利の凱歌が喜ばしく奏されていく。そのまま途切れなく続くコーダでは、シューベルトならではの遠隔調([223]で変イ長調、[241]で変ロ長調)への巧みな転調によって新しい世界の扉が開く。

作曲の4年後、1822年にカッピ&ディアベリ社から「作品10」として出版された。初版譜の表紙には「崇拝者であるフランツ・シューベルトより、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏へ献呈される」と大書されている。

D624初版譜表紙

シューベルトの全作品中、公式にベートーヴェンに献呈された曲は他にないことから、この作品はベートーヴェンとシューベルトの直接の接点として語られることが多い。しかし実際のところ、このとき彼らが既に知り合っていたのか、あるいはこの献呈がきっかけで知り合うことになったのか、その詳細については確証がない。
「シューベルトはベートーヴェン宅を訪れ、おずおずと変奏曲の自筆譜を差し出した。ベートーヴェンは一見するや、いくつかの間違いを指摘し助言を与えた。シューベルトは恐れ入って、逃げるようにベートーヴェン宅を後にした」という有名なエピソードは、おそらくはアントン・シントラーの例の作り話であろうし、「ベートーヴェンはこの献呈を喜び、甥のカールと一緒にこの曲を連弾して楽しんだ」ともいわれるが、この頃のベートーヴェンは既に聴力を完全に失っていたはずなので、疑問も残る。出版社が仲介して、ベートーヴェンを名義上の被献呈者とした可能性もある。
いずれにせよ確実に言えることは、1822年時点のシューベルトが4年前に作曲したこの作品の仕上がりに強い自信を持っていたということだ。そうでなければ、限りなく尊敬する先達であり、まして変奏曲の大家でもあるこの巨匠に本作を捧げようとは思わなかったはずである。献呈相手ともなれば、必ず本人の目に触れるし、隅々まで点検される可能性も高いからだ。
さらに踏み込んでいえば、フランス革命の自由主義精神に共感し、ナポレオンに交響曲を捧げようとまでしたベートーヴェンに、オルタンス妃の主題によるこの変奏曲を献呈したということに、特別な意味を見出すこともできるだろう。
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  1. 2018/10/02(火) 22:29:05|
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序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 D968A 概説

序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 Introduktion, vier Variationen über ein Originalthema und Finale B-dur D968A(旧603)
作曲:不明 出版:1860年(作品82-2)
楽譜・・・IMSLP

1860年、ハンブルクのユリウス・シューベルト社(フランツ・シューベルトとは違う綴りで無関係)から出版されたが、来歴は全くわかっていない。このとき同じ「作品82」にまとめられたのは「エロルドの歌劇『マリー』の主題に基づく8つの変奏曲」D908で、D908が作品82-1、D968Aが作品82-2とされている。
そもそもD908は、作曲者生前の1827年にトビアス・ハスリンガー社から作品82として既に出版されていて、シューベルト社はハスリンガーからその権利を買い取ったようだ。クライスレは、D968Aの自筆譜も元々ハスリンガーが所有していて、シューベルト社にD908と抱き合わせで売りつけたのではと推測している。その原資料も出版後に散逸してしまったので、この作品に関する一次資料は何も残っていない。
モーリス・ブラウンは本作について、エステルハージ家のマリーとカロリーネの姉妹にピアノを教え、数多くの連弾曲が生み出された1818年のツェリス滞在時、あるいはそれに続く冬にウィーンで作曲された可能性を示唆しているが、推測の域を出ず、ノッテボームの目録では「偽作または疑わしい作品」にリストアップされてしまっている。

とはいえ、華麗な演奏技巧を駆使した才気走る作品であり、シューベルトの真作というにふさわしい名作といえる。
タイトルの通り、「序奏」、「主題」と4つの「変奏」、「フィナーレ」から構成されている。

序奏 モデラート([1]-[34])
フォルティシモの強奏で和音が打ち鳴らされ、華やかに幕を開ける。序奏では付点のリズムが支配的で、そのぶん[26]-[29]で付点のないメロディーが歌われる部分が新鮮に聞こえる。ドミナントの和音上でプリモが短いカデンツァを披露し主題へ移る。
創作主題 モデラート([35]-[50])
それぞれに繰り返し記号のついたA+Bの二部形式。半小節のアウフタクトを持つ、モーツァルト風のチャーミングな主題である。
第1変奏 ([51]-[66])
3連の16分音符を用いて旋律を装飾する。
第2変奏 ([67]-[82])
32分音符による装飾。B部分での分散和音のやりとりがダイナミックである。
第3変奏 ブリランテ([83]-[98])
更に細かい6連の32分音符のパッセージで半音階的に装飾していく。プリモ・セコンドとも高度な技巧を要する、本作で一番の見せ場。
第4変奏 ピウ・レント([99]-[134])
テンポがぐっと落ち、シューベルトらしい自由なハーモニーの飛翔がみられる。[124]からは主音の保続を伴うコーダとなり、突然の強奏でフィナーレを導く。
フィナーレ ヴィヴァーチェ([135]-[334])
小節数的には全曲の半分以上を占めるフィナーレ。急速なワルツのリズムに乗って、主題の自由な変奏が繰り広げられる。最後はだんだん遠ざかっていき、テンポも落ちたところで突如プレストに。7小節で華麗に曲を閉じる。
  1. 2017/06/14(水) 14:16:26|
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10の変奏曲 ヘ長調 D156 概説

10の変奏曲 ヘ長調 Zehn Variationen F-dur D156
作曲:1815年2月15日 出版:1887年

楽譜・・・IMSLP PTNA(譜例のみ)
完成された初めての大規模ピアノ曲である。清書譜には立派な表紙がついていて、そこにはフランス語でタイトルが綴られ、作曲者「フランソワ・シューベルト」がウィーン帝室音楽院主任教師サリエリの生徒であることが記されている。モーツァルト関連の伝承で名高い(悪名高い?)宮廷楽長アントニオ・サリエリ(1750-1825)は、シューベルトのほとんど唯一の作曲の師であり、1808年から1817年という長期にわたって師弟関係にあった。
自筆譜の末尾に作曲年月日が記入されている。当時シューベルトは交響曲 第2番 変ロ長調 D125の作曲の最中で、新全集の解説では本作の主題が「交響曲の第2楽章(こちらも変奏曲、変ホ長調)の主題と似ている」と指摘しているが、確かにその通りである。
この作品には断片的な第2稿が存在する。これは歌曲「ランベルティーネ」D301の自筆譜の続きにスケッチされていることから、1815年10月頃に書かれたものと考えられ、つまり「2月15日」と明記された清書譜よりもあとに成立したものとみられる。主題と、第2変奏の途中まででこの第2稿は終わっており、第1稿と比べると細部に違いがあるものの、根本的にはほとんど同じといってよい。詳しくは後述するが、むしろ第1稿の方が出来が良く、わざわざ部分的に書き直した理由はわからない。

シューベルトはピアノのための変奏曲はほとんど残しておらず、独奏用の単独作品は本作と「ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲」D576の2作にとどまる。他の形式の作品の一部(即興曲D935-3、「さすらい人幻想曲」D780の第2楽章)や、室内楽曲(ピアノ五重奏曲「ます」D667の第4楽章、フルートとピアノのための「しぼめる花」変奏曲D802、弦楽四重奏曲「死と乙女」D810の第2楽章)などでは変奏の技法を駆使して素晴らしい世界を築いているが、それらのほとんどは既存の主題、それも自作の歌曲を主題に用いている。変奏曲のために書き下ろされた、いわゆる「創作主題」はシューベルト作品としては比較的珍しい。

変奏曲の分類としては古典的な「装飾変奏」に近いのだが、変則的な楽節構成と、変奏を続けていく中での構成の揺らぎがこの作品の特色である。

主題はAndante、ヘ長調、2/4拍子。弦楽四重奏のようなシンプルなテクスチュアである。冒頭からシューベルトの好んだ「ダクティルス」(長短短)のリズムが登場しているのも見逃せない。
主題の前半をA、後半をBとすると、Aは(4+5)の9小節、Bは(7+5)の12小節。こんな自由な楽節構造の主題は古典派には例がない。
A前半は普通の4小節で、ドミナントで半終止する。A後半はその繰り返しのように始まるが、属調のハ長調への転調があり、1小節伸びて5小節となる。
Bの前半はゼクエンツで始まるが、結果的に平行調ニ短調に向かい、4-5小節目でドミナントが確定する。そこから突然ヘ長調のドミナントに進み、2小節でヘ長調へ戻るというちょっとした荒技が繰り広げられる。B後半はA前半とほぼ同じだが、全終止のために1小節伸びて5小節となる。
というわけで、「a-a-b-a」の唱歌形式(というのだろうか?)の変形なのだが、その引き延ばし方がシューベルトらしく歌謡的で、同時にやや無秩序で「とりとめのない」印象を与えているのも否めない。
今後の各変奏との比較のために一覧にすると、
主題 Andante 4+5 | 7+5
ということになる。
ちなみに第2稿では、A部分の終わりにダブルバー(二重小節線)が引かれ、B部分にはリピートの指定がある。また冒頭のアウフタクトのC音が削除されて強起で始まっており、その代わりにB部分にH音のアウフタクトが加えられている(個人的にはこの「H-C」という開始は少々趣味が悪いように感じられる)。第2稿はあくまでスケッチなのだろうが、デュナーミクの指定もほとんどない。

第1変奏 4+5 | 6+5
左手のテノール声部に3連符の伴奏形が現れ、ぐっとピアノっぽい書法になる。右手には古典派風の装飾(ターン)が加わり、優雅な雰囲気が漂う。
意表を突くのは、B前半の小節数が1小節減っていること。主題のB前半の4小節目、ニ短調のドミナントを念押しするような進行が抜け落ちている。主題ではここはとりわけ印象的な部分だったのだが、変奏が難しくて割愛したのかもしれない。

第2変奏 4+5 | 6+5
右手の和音連打と左手の音域の広いアルペジオがスタッカートを伴う16分音符の3連符で登場し、デュナーミクの幅も広く、活気溢れるヴァリエーションである。Bの前半は打って変わって動きが静かになり、コントラストをつけている。前の変奏と同じく、Bの前半を1小節カットしている。
第2稿はこの変奏のBの2小節目で中断されている(第2稿には第1変奏は書かれていない)。目を引くのは活気の源ともいえるアウフタクトのトリルがなくなっていることで、主題のアウフタクトが削除されているから仕方ないのかもしれないが、魅力を減じているように思える。またB部分のはじめにはリピート記号がある。

第3変奏 Più moto |: 4+5 :|: 7+5 :|
テンポが速まり、左手は32分音符の伴奏形、右手は「タタッタ」のリズムで和音を連打する。連打の3音目が休符になるこのリズムパターンはモーツァルトが好んだもので、いきおい古典派風味が濃くなる。A後半ではこのリズムパターンが左手に移り、右手は音階やアルペジオのパッセージを披露する。
前の2つの変奏で省略されたB前半の4小節目は復活するが、この第3変奏ではA・Bがそれぞれリピートされるように指示されている。

第4変奏(ヘ短調) |: 4+5 :|: 7+5 :|
同主短調に転調する、いわゆる「ミノーレ」の変奏である。特に指示はないが、静かな曲調から言って主題と同じAndanteのテンポであり、前の変奏の速度指示は引き継がれないと考えた方がよいだろう。
半音を伴いながらウネウネと蛇行する内声の順次進行が、陰鬱な雰囲気を与えている。主題よりもダクティルスが多く登場すること、Bの前半で変イ短調(平行調の同主短調)が使用されることも興味深い。前の変奏と同様にA・B両部分が繰り返される。

第5変奏 Andante con moto 4+5 |: 7+5 :|
右手の和音連打は伴奏で、主題旋律は左手に現れる。Aの終わりから右手の構成音が徐々に揺らぎ、メロディーを形成していく。きわめてデリケートな天上の音楽である。Bのみリピートがある。

第6変奏 |: 4+5 :|: 7+5 :|
両手のオクターヴ連打であるが、最初はそれぞれ1声であり、2声の対位法実習のようである(途中から和音が追加される)。堂々たるオーケストラ的な発想なのかもしれないし、あるいは突如挿入されるスフォルツァンドや不協和音程はベートーヴェンへのオマージュなのかもしれないが、どちらの解釈も中途半端で、はっきり言ってあまり出来の良い変奏とは思えない。A・Bそれぞれにリピートがあるが、A部分のリピートにのみ「繰り返し時はppで」(1回目はf)と指定がある。

第7変奏 Scherzando |: 4+5 :|: 7+5 :|
ppでスタッカートのついた3連符と、レガートの8分音符の対比が軽快でユーモラスな印象を与える。音楽を主導するのは右手で、左手は伴奏に徹している。A・Bそれぞれにリピートあり。

第8変奏 |: 4+5 :|: 7+5 :|+コーダ9
付点リズムが特徴の、ギャロップ風の愉快な変奏。右手のオクターヴ連打は第6変奏と似ている。末尾にコーダというかブリッジが設けられ、付点のモティーフが展開されたあと、一転して即興カデンツァ風のパッセージとなり、C音のトリルで次の変奏に続いていく。

第9変奏 Adagio 4+5 | 7+5
テンポが遅くなり、右手の長いトリルや素速い音階のパッセージが時間の広がりを感じさせる。調性の一致もあるのだろうか、この変奏と次の舞曲風の第10変奏はベートーヴェンの「6つの変奏曲」作品34の終盤を連想させる。ベートーヴェンの作品34は変奏ごとに調性や拍子が変わっていくという革新的な作品で、本作はそこまで独創的なつくりではないが、シューベルトが本作のモデルにしたのは疑いないと私はみている。
テンポが遅くなった分、リピートは省略され、最後は半終止のまま第10変奏へ続く。

第10変奏(3/8拍子) Allegro 8+10 8+10 | 14+10 14+22 |+コーダ
テンポが上がり、拍子も3/8に(初めて)変更される。主題の1小節が2小節に分割されるため、小節数が倍増しており、かつリピートごとに異なるヴァリエーションが施されるため、上記のような小節数となる。陽気かつ軽快な舞曲風の変奏で、B部分には技巧的な見せ場もあり、フィナーレらしい華やかな盛り上がりを演出する。
Bの最後は左手のFのトレモロ(トニックペダル)上で半終止し、そこから無拍子の即興風の展開が始まる。途中でテンポはPresto、Adagioと変わっていき、最終的にTempo Iで主題が回帰する。最後の8小節で再びPrestoとなり、音階を勢いよく駆け上がって終幕となる。以上のコーダ部分はそれほど独創性豊かでもなく、演奏効果が上がるわけでもなく、素晴らしく書けているとは言い難い。

1814年10月、ミサ曲 ヘ長調 D105の初演の成功を喜んだ父フランツ・テオドールは息子に新しいグラーフのピアノを買い与えたという。本作のある種の技巧的な充実は、おそらくこの楽器がもたらしたものと考えてよいだろう。
  1. 2014/03/24(月) 23:15:05|
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