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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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ピアノ・ソナタ 第5番 変イ長調 D557 概説

ピアノ・ソナタ 第5番 変イ長調(/変ホ長調) Sonate Nr.5 As-dur(/Es-dur) D557
作曲:1817年5月 出版:1888年
楽譜・・・IMSLP

このソナタは調性の配列が奇妙である。第1楽章は変イ長調で始まるが、第2楽章は変ホ長調、第3楽章も変ホ長調のままで曲を終える。第3楽章は明らかにフィナーレの特徴を備えており、後続楽章があるようには思われないため、ソナタとしては完結するのだが、属調で終わるソナタというのは例がない
シューベルトの死後、兄フェルディナントはこのソナタをディアベリ社に送ったが、おそらく調性に疑念があるせいで完成作とは見なされず、出版はされずじまいだった。その後自筆譜はオークションにかけられ、現在ニューヨークのメトロポリタン・オペラ・ギルドの所蔵となっている。この自筆譜は第3楽章の[28]以降が欠落しているが、「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」の筆写譜で第3楽章の完成形を知ることができる。

この筆写譜も楽友協会資料室で実際に閲覧したが、自筆譜に基づく新全集とは細部にいくつかの相違がある。とりわけ第1楽章の[29]では、新全集では右手がオクターヴのトレモロになっているが、筆写譜では上声部のみの単音である。この作品も「2つのスケルツォ」D593同様、ニューヨークにある自筆譜とは別の自筆譜がかつて存在し、筆写譜の元となったその自筆譜は消失したものと考えられる。
ところで、「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」の中には、「断片」などと明記されている作品もあるのだが、D557は特に注記もなく、3楽章構成のソナタとして記されている。
本当にこの状態で完成しているのか、あとで第1楽章または第3楽章を移調するつもりだったのかはわからない。ハンス・ケルチュ Hans Költzschは「シューベルトの書き間違い」と断じているが、アンドレア・リントマイヤー=ブロンドルAndrea Lindmayr-Brondlは意図的な調性配置とみて「形式や楽章構成は古典的だが、調性だけが異常という実験作なのではないか」と論じている。

リントマイヤー=ブロンドルの指摘の通り、モーツァルトに通じる古典派の趣があり、全体的にソナチネ風のこぢんまりしたソナタである。
第1楽章の、勢いある付点を伴ったオクターヴユニゾンの開始は、メヌエットD380-3との関連性が指摘されている。第1主題はポロネーズ風の威勢の良さを感じさせるもので、しなやかなメロディーが両手で平行して歌われる第2主題と対照をなしている。短い展開部に用いられているモティーフはひとつだけで、第1主題と第2主題の間の経過句から採られている。
第2楽章は三部形式の緩徐楽章。8分音符の訥々とした伴奏型の上で、アウフタクトから始まるメロディーが歌われる。このメロディーは時に対旋律を伴いながらさまざまな音域に登場し、オーケストラの楽器間の対話、交響曲の一場面を想起させる。中間部では変ホ短調に転調し、32分音符の無窮動のパッセージが嵐のように鍵盤を駆けめぐる。
第3楽章はソナタ形式。第1主題・第2主題とも、シューベルト十八番の舞曲の要素が採り入れられ、ウィーンの軽やかな風を感じさせる。展開部では左手の速いパッセージに乗って激しい表現も聴かれる。再現部での転調も手際よく、勢いよく終幕へ駆け抜ける。
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  1. 2016/10/09(日) 03:20:10|
  2. 楽曲について
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2つのスケルツォ D593 概説

2つのスケルツォ Zwei Scherzi D593
作曲:1817年11月 出版:1871年
楽譜・・・IMSLP

旧全集よりも早く、1871年にウィーンのゴットハルト社から出版された。自筆譜は残っていないが、「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」と呼ばれる1840年代の筆写譜がウィーン楽友協会に所蔵されている。「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」については次回の記事で詳しく紹介したい。
楽友協会資料室を訪問した際にこの筆写譜も閲覧してきたのだが、1871年の初版譜とはずいぶん違いがある。最も大きな相違点は、第1曲の[15]の2拍目、上声の2つ目の16分音符が、筆写譜ではd、初版譜ではcとなっていることだ(平行箇所の[49]も同様)。
D593-1_A_end_NGA
スケルツォ D593-1 第13-16小節、ベーレンライター版新シューベルト全集。「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」に基づく。

D593-1_A_end_AGA
スケルツォ D593-1 第13-16小節、ブライトコプフ版旧シューベルト全集。初版譜に基づく。

ミスプリントや、出版社による勝手な改変の可能性もなくはないが、おそらくは内容の異なる2種類の自筆譜が存在し、ひとつが筆写譜の元となり、もうひとつが初版の製版に使われ、その後2つとも消失したとみるのが自然だろう。


「スケルツォ」はイタリア語で「冗談」を意味する。ピアノ曲としてはソナタの中間楽章、メヌエットの代替としてベートーヴェンが導入したが、ソナタに属さない単独のスケルツォは、大作曲家の作品としてはこれが最初ではないだろうか。
既に述べたとおり第2曲のトリオがソナタD568の第3楽章(メヌエット)のトリオとほぼ一致しており、この作品がD567の中間楽章のスケッチとして書かれた可能性はあるものの、D567の清書譜にはスケルツォが差し挟まれる余地はなく、この説を採ればスケルツォはかなり早い段階で捨てられた、ということになる。

筆写譜・初版譜の両方に記されている「1817年11月」という作曲時期を素直に信じれば、8月にこの年6曲目のソナタD575を書き終えた(これについても諸説あるものの)シューベルトが、ソナタとは関係なく生み出した単独小品、という見方もできる。私自身は、とくに第1曲の明快でキャッチーなキャラクターを考えると、ソナタの中間楽章として構想されたものとは思えないので、それ以上の根拠はないものの「単独小品説」を採りたいと考えている。
いずれにせよ、変ロ長調と変ニ長調のスケルツォが2曲セットになった状態で伝承されてきたわけで、当時のピアノ作品としては珍しい体裁であったことは確かだろう。


2曲とも、|:A:|:BA:||:a:|:ba:| Da capo複合三部形式で書かれている。
特徴的なのは、スケルツォとはいえテンポは中庸で、むしろ一部のメヌエットよりも遅いテンポが想定されていることである。しかし、とりわけ第1曲の左手のリズムはメヌエットとも、ワルツとも違う軽妙なもので、これが一種の「スケルツォ=冗談」感を演出していると言えるかもしれない。また、両曲の主部には2分割(8分音符)と3分割(3連符)が共存しているのが特徴で、リズミカルな活発さをもたらしている。その主部に比べると、トリオは両曲とも穏やかであり、第2曲のトリオが移植された先が「メヌエット」だというのも納得できる。


D593-1_A
スケルツォ D593-1 冒頭

第1曲(変ロ長調)は、先述した冒頭の左手のリズムが、明らかに舞曲の性格を帯びている。主部のB部分では、同種短調の変ロ短調を経由して変ニ長調へと転調し、そこから半音階的に変ロ長調へ戻っていくあたりに、その後のシューベルトにも通じる巧みな転調技法が垣間見える。変ホ長調のトリオはレントラー風だが、b部分のバスの独立した動きが興味深い。
全体として溌剌とした魅力に溢れており、技術的に平易なため、こどもの教材としてもよく用いられている。

D593-2_A
スケルツォ D593-2 冒頭

第2曲(変ニ長調)は、前曲と比べると落ち着いた印象の、中低音の重厚な和音で始まるが、すぐに高音域に移っていき、音階やアルペジオを駆使して鍵盤の端から端まで自由に行き来する、なかなか忙しい曲である。B部分では、前曲と同様に短3度上のホ長調(異名同音)に転調して、ここでやはり舞曲風の音楽になる。
ところでこの曲は主部からトリオに入る際に、拍節の繋がりがうまくいっていない。主部は強起(アウフタクトなし)だが、トリオは弱起(アウフタクトあり)なので、そこで余計な1拍が入ってしまうわけだ。
D593-2_endofA
スケルツォ D593-2 主部の終わりからトリオ冒頭。主部の最終小節もきっちり3拍あるので、トリオのアウフタクトが入る余地がない。

旧全集では、3拍子を守るために主部最後の2分音符を抜くという改変まで行っている。
このことから考えて、主部とトリオは別々の機会に作曲されたものを繋ぎ合わせた、という可能性もあると思われる。
  1. 2016/10/07(金) 16:39:15|
  2. 楽曲について
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