(第2回はこちら)佐藤 そこ(レックリングハウゼン)はどんな感じでした? オケの仕事としては。
林 合併したオケだったから、人数多くて130人ぐらいいて。日本にも似たようなオケがあるけど、二つの部隊に分かれて並行してやるようなところだった。
佐藤 へえ。
林 とにかく忙しくて、当時は。シンフォニー中心の定期演奏会は、周辺の小さな街でも行われたから回数が多かったし、もちろん歌劇場でのオペラ、ポップスコンサート、あと各地の教会で所属の合唱団との宗教音楽コンサート、ネトレプコなどの有名歌手とのガラコンサートでドイツ中回ったりもした。僕がオケの曲全然知らなかったのもあるんだけど、もう次から次へとひたすら譜読みで。そういう意味では大変だったけど、すごく鍛えられていい経験にはなったと思う。色々な曲弾けたからね。それこそオペラは、初めて弾くオペラが
「サロメ」で。リヒャルト・シュトラウスの。
佐藤 (笑)そりゃまた大変だな。
林 それが最初の仕事だったかな。「はい、まずはサロメお願いします」って。
佐藤 いきなりハイレベルなところから始まった。
林 最初のオケの曲は
ブルックナーの9番だった。それもまたマニアックな曲で。
佐藤 (笑)まあブルックナーはオーストリアではおなじみですけど。
林 その後
ハノーファーに移って。
佐藤 あ、その次がハノーファーなんだ。
林 そう。NDRっていう、北ドイツ放送の所属のオーケストラで、そこは第1コンサートマスターじゃなくて、副コンサートマスターだったんだけど。そこは僕がハノーファーのヴァイオリンコンクールを受けたときに、本選でそのオケがブラームスの協奏曲を伴奏してくれて、すごく良かった記憶があって。より世界的なソリストとか、有名な指揮者が来るオケだったから、それを経験したいという気持ちもあって、移った。充実した2,3年間だったんだけど、当時結婚して子供ができて、でも妻の所属しているオーケストラが遠くて通うには難しい距離で。
佐藤 うん。
林 ちょうど妻が働いてた街の近くのオーケストラ、
ヴッパータールの第1コンサートマスターがずっと空いてると聞いて。それに僕自身もやっぱり第1コンサートマスターをまたやりたい気持ちがあったから、オーディションを受けたら受かって。その後4年間ほど在籍していたよ。
佐藤 じゃあドイツは3箇所。
林 3箇所だね。3つのオケを合わせて9年間。だから
ウィーンも9年、ドイツも9年。佐藤 すごいな。それで帰ってきたのは去年(注・2021年)かな?
林 そうだね、縁があって読響からコンマスのお誘いを受けて。
佐藤 これはどこまで聞いていいのかわからないけど、日本のオケで2年ぐらいやってみて、ドイツ時代と働き方って結構違うものですか?
林 うーん、そうね。
佐藤 どんなところが違う?
林 もちろんドイツもいろんなオーケストラがあるから、一概に言えないとは思うんだけど。ドイツのオケの方が、割と時間をかけてリハーサルするっていうか、リハーサル日程に余裕がある感じはあるかな。回数も多いし。
佐藤 そうなんだ。
林 それもね、日数があると団員も最初ちゃんと準備してこなかったりするから、割とスロースタートな感じはある。最初好き勝手に弾いていて、最後の方になってぐわーっとまとまってくる。まとまらないこともあるけど(笑)。そういう感じ。
佐藤 そうなんだ。
林 あとプログラムも違うかな、結構。プログラムの内容も。
佐藤 曲はそうだろうね。
林 指揮者(シェフ)にもよると思うけど、ドイツは全体的にはあんまり
ロシアものをやらない。
佐藤 ああ、確かにその印象はあるかもね。
林 今の戦争は関係なくね。だから日本のオケの人は暗譜するほど弾いていると思う、チャイコフスキーの4番5番6番とかも、1回弾いたことあるかな、くらいの感じで。
佐藤 あっそうなんだ。
林 第九とかもね、それこそドイツのオケはそんなに弾かないから。何年かに1回。
佐藤 まあ第九は、日本は毎年やらざるを得ない。
林 「新世界」も滅多にやらない。
佐藤 あっそう?
林 7番8番は意外に弾くんだけど、9番は滅多にやらない。
佐藤 なんでなんだろうね。なんでこんなに日本人は9番が好きなんだろう。逆にドイツのオケでこれはしょっちゅうやるとかっていうのはある?
林 というのはなかったかな。もちろんその土地のお客さんの好みの傾向はあったけど、お客さんを飽きさせないように、新しい発見があるようにと多種多様なプログラムが組まれていた気がする。
佐藤 僕はドイツのオーケストラの定期演奏会とかあんまり聴いたことないからわからないんだけど。そう言われれば、なんか
ブラームスとかよく見たような気が。
林 あ、それこそ
ハノーファーはブラームスよくやる。
佐藤 やっぱりそうなの?
林 ハノーファーっていうか北ドイツのものという意識が。
佐藤 ハノーファーはゆかりがあるらしくて、確かブラームスのピアノコンチェルト1番ってハノーファーで初演したっていう。
林 すごい弾いた、あれは。
佐藤 そうでしょ(笑)
林 3年間で5回ぐらい弾いた、日本の新世界なみに。「あれ、また?」みたいな。それでお客さんも入るんでね。ブラームスだとすごい入る。すぐ売り切れる。
佐藤 ハノーファーの駅のすぐ近くにヨアヒムシュトラーセ(ヨアヒム通り)っていうのがあって、そこにヨアヒムが住んでたのかどうか知らないけど、とにかくヨアヒムはずっとハノーファーにいたので、それこそコンクールもヨアヒムコンクールなわけだ(注・ハノーファー国際ヴァイオリンコンクールの正式名称はInternationaler Joseph Joachim Violinwettbewerb, Hannover)。それでブラームスがコンチェルトを書いたときに、まだ当時はブラームスってたいしたキャリアがあったわけじゃないので、ヨアヒムがだいぶ尽力して。ブラームスとしてはあれがほぼ初めての大編成の作品で、その初演をハノーファーでやったっていうんで、なんかハノーファーの音楽家からするとそれが誇りらしくて。
林 そうなんだ。ピアノコンチェルト1番、あとシンフォニー1・2・3・4は弾いたね。確かにハノーファーではブラームスはやった。
佐藤 自分たちのものだと思っているんだろうね。ご当地もの。
林 そうだね。オケも得意だったし、いっぱい弾いてるっていうのもあるんだろうけど。
(つづく)
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- 2023/05/06(土) 20:50:26|
- シューベルトツィクルス
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ドイツ舞曲 ニ長調 Deutscher D-dur D975
作曲時期不明 出版:1889年
ブラームスからウィーン楽友協会に遺贈された「6つのドイツ舞曲」の自筆譜(Brown, Ms.56)のうち、唯一他の曲集に採られなかった第2曲が本作である。
ニ長調 [B] ワルツ型1拍目に付点リズムを持つマズルカ風の舞曲。後半では2拍目にアクセントが置かれ、さらに民俗色が強まる。一方でVI度から始まる陰影に富んだ和声も魅力的である。
- 2022/04/10(日) 21:49:43|
- 楽曲について
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(
インタビュー第3回はこちら)
崎谷 実は
シューベルトを弾かせていただくのは本当に久しぶりで、ご迷惑をかけないようにと思ってるんですが。
佐藤 以前はどんなものをお弾きになったんですか?
崎谷 19番のソナタ(D958)。
佐藤 ああ、c-mollのね。
崎谷 そう、c-moll…(笑)以上、みたいな。
佐藤 以上! なるほど。
崎谷 大きいレパートリーはそうですよね。あとシューベルト=リストをちょっと。
佐藤 ああ。
崎谷 それから、室内楽でヴァイオリン・ソナタとか、「鱒」をやったりとかはありましたけど。あとファンタジー、連弾の(D940)。
佐藤 おお。f-mollの。
崎谷 それは
居福(健太郎)さんと。
佐藤 へえ! それはまたすごい組み合わせだね。どこで弾いたんですか?
崎谷 ヤマハホールさんで。確か浜松アカデミーの絡みだったんじゃないかな、上野優子さんと居福さんと私で演奏会をするというので。
佐藤 なるほど。そのときはどっち弾いたんですか? 下(=セコンド)?
崎谷 上(=プリモ)弾きました。
佐藤 上弾いたんだ。シューベルトについては、こんな作曲家だなあとか印象ありますか?
崎谷 結構ね、シューベルト、生徒には弾かせるんですよ。好きなんですよね。
佐藤 ほう。
崎谷 でもね、すごく私の中では
難しい…ダイナミックレンジで表現する方なので。
佐藤 うーん。
崎谷 それが、そこまで許されないというのがあって、上限が特に。ただ、こう、なんでしょうねえ…シューベルトのイメージですか…(笑)もうそれは先輩に語っていただいた方が。
佐藤 いやいや、正しいこととかじゃなくて、どう考えているのかをね。皆さん結構面白いことをおっしゃって「ああ、なるほど!」って思うので。
崎谷 演奏の目線でいうと、とにかく決めたらダメだなっていうのがありますね。決め打ちして、こう弾くんだっていうふうにやらないという。
佐藤 はあー、なるほど。
崎谷 動詞が存続形、みたいな…
佐藤 なるほどなるほど。
崎谷 理詰めでああやってこうやって、というのじゃなくて、もちろん実際演奏するときには計画構築はあるんですけど…。まあたとえばお茶を入れるとしたら、お茶を入れてお茶を飲むんじゃなくて、お茶から立ち上る湯気をね、顔に浴びながら。
佐藤 湯気(笑)
崎谷 そういうところを楽しむ。香りとか、熱さとか。でももちろんお茶はあるんですけどね。
佐藤 (笑)
崎谷 抽象的で申し訳ない(笑)。だからお茶の味をどうこうっていうんじゃなくて、そういうところでやらなきゃいけないのかなあと。a-mollの16番のソナタ(D845)とかも、結構好きなんですけど。情熱は、非常にある人だったと思うんですね。ただ、その表し方が、普通の人が情熱を表す表現とちょっと違うのかなっていう。
佐藤 うん。
崎谷 内面に秘めるっていう、本人は秘めてるつもりじゃないと思うんですけど、なんかちょっと違うんですよね。そんなふうにしか言えないですけど。
佐藤 なるほどね。
崎谷 シューベルト今回15回目でらっしゃいますよね。
佐藤 そうなんです。
崎谷 もちろん他の作曲家も弾いてらっしゃると思うんですけど、シューベルトをお弾きになるときに特別な部分というのはありますか?
佐藤 僕自身はね、シューベルトは共感する部分が多いので、全然難しいと思わないの。
崎谷 ああ。
佐藤 もちろん弾くのが難しいっていうことはあるかもしれないけど、表現で「これはどういうつもりで書いたんだろうな」って思うようなところがほとんどないんですよね。
崎谷 なるほど。
佐藤 他の作曲家には、多かれ少なかれあるんです。「この人なんでこんな音書いたんだろう」とか、「なんでここにフォルテって書いてるんだろう」とか、思う瞬間っていうのが楽譜のあちこちにあるんだけれども、そういうのがあんまりないので、なんかすごく自然に「ああそうだねそうだね」って思って弾いていってるかな、演奏者の視点としては。というか、僕はどちらかというと、どうも
作曲家目線らしいんですよ。
崎谷 ああ。
佐藤 だから自分がこの主題で曲を書き始めたらどう書くだろうか、って考えるんですよね。で、「たぶんここはこうは書かない」っていうところが、あるんですけど、それがシューベルトの場合はないっていうか。
崎谷 へえ。
佐藤 もちろん僕にはそんな能力はないから、同じようには書けないですけど、もし思いついたらこれを採用しただろうなって。
崎谷 ああそうなんですね。
佐藤 でも、もちろんシューベルトにもいろんなフェイズがあるし、今言ってくれた、動詞が存続する感じってすごくよくわかるけどね。
崎谷 そうですか。
佐藤 それこそ今日崎谷君がレコーディングされていた
ブラームスも、シューベルトのことが好きというか、よく調べていて。
崎谷 うんうん。
佐藤 シューベルトの自筆譜をずいぶん持ってたんだよね。あと、その当時シューベルトの未完成の曲なんてほとんど出版されてなかったので、ウィーンのそういうのを持ってるコレクターから貸してもらったりして、ブラームスの筆写したシューベルトの楽譜っていうのが大量に
楽友協会に残ってるのね。ブラームスは亡くなる前に資料を全部寄贈したので。だからそこからブラームスがインスパイアっていうか、ヒントを得て作曲したものが結構あるし、シューマンも実はそうなんだけど…シューベルトの知られていなかった曲から、かなりいろんなものを取っていったな(笑)という感じがあるんですよね。
崎谷 なるほど。
佐藤 だからある意味では受け継いでくれたところもあると思うし。あとはなんといってもシューベルトは
ベートーヴェンと同じ時代に生きてたので。
崎谷 ああ、そうですよね。
佐藤 ほとんどベートーヴェンと人生はかぶってたわけじゃないですか、もちろんずっと若いけれども。だからベートーヴェンへのコンプレックスっていうかね。
崎谷 うーん。
佐藤 ベートーヴェンはシューベルトのことはほとんど知らなかったかもしれないけど、シューベルトはすごく意識していて。それこそc-mollのソナタはすごくベートーヴェンチックな、ベートーヴェンみたいな曲を書こうって思って書いたんだろうなっていう感じですよね。
ベートーヴェンのソナタ全集もここで録ってるの?
崎谷 そうですね。
佐藤 どのくらい進んでるんですか?
崎谷 ちょうどヘンレ(原典版)の1巻が終わったところで。
佐藤 おお、切りの良いところですね。
崎谷 前期から中期に差し掛かるところまで弾かせてもらって、だんだん一番難しいところに差し掛かってるというか。後期ももちろんいろいろあるんですけど、ある程度自分の考えでやればいいのかなって思ってるんですけど。中期の、特にOp.31の3曲(第16~18番)に取り組むにあたって、どういうふうに作っていったらいいんだろうっていうのに一番悩んでるかもしれないですね。
佐藤 うんうん。
崎谷 私はやっぱりテンポに興味があるんで、
テンポをどういうふうに設定するのか。たとえば第18番のソナタ、慣例的に最初ゆっくり始まって、だんだん加速していくじゃないですか。
佐藤 第1楽章ね。うん。
崎谷 でも僕の中であれは納得できなくて。楽譜にはそう書いてないから。
佐藤 そうだね。
崎谷 だからそういう折り合いを、どういうふうに考えてたんだろうって。
佐藤 ああ、「折り合い」ってわかりますね。
崎谷 一方でテンペスト(第17番)は、明らかに緩急で書いているから、そういったところも18番でもあえて採り入れても良いのかなとか。だから去年の12月にはそうやって弾いたんですけど、変なことするねって言われて。
佐藤 ああそうなの?
崎谷 でも演奏家としては、ちょっと新しいアイディアでやってみたいなあと(笑)
佐藤 ぜひいろんな試みをね。もともとなんでベートーヴェンの全集を録ることになったの?
崎谷 そのレコード会社が全曲ものをやるという、たとえば巡礼の年とか、他の方がやられてるんですけど、そういう方針だったので。
佐藤 なるほど、そういうことだったのね。
崎谷 僕ハンガリー狂詩曲(リスト)弾いてたんで、ハンガリー全曲とか言われたんですけど、ハンガリー全曲はいいやと思って。
佐藤 それはなかなかつらい感じですね(笑)
崎谷 素晴らしい名盤もあるし、ハンガリーは。ベートーヴェンだってもちろん名盤あるんですけど、まず自分の勉強になるし、そのときは特にベートーヴェンが自分の中で非常に共感する作曲家だったんですよね。
佐藤 うん。なるほど。
崎谷 ルヴィエ先生もベートーヴェンがお好きで、よくレッスンされてましたし、恩師の迫先生も、松方ホールで全集録られてて。そういった影響もあり、ベートーヴェンやりたいですって言ったらすんなり通ったということなんですけど。ただ、自分自身は、得意か苦手かって言ったら、
あんまり得意じゃないですよね、ベートーヴェンは。
佐藤 え、そうなの?
崎谷 たぶん。好きですけどね、好きですし勉強になってますけど、なんでしょう、まあ
ブラームスの方がやはり得意かな。ベートーヴェンは自分で聴いて、もうちょっとなんとかならんかったのかなって思うことは多い。
佐藤 ああそうなんだ(笑)
崎谷 それはこれからの課題ですけど。
佐藤 どのくらいのペースでここまで録ってきたの?
崎谷 12年から19年まで、7年かけて5枚。
佐藤 じゃあ十分に時間はかけつつ。でも1番から順番に出してるんだもんね。
崎谷 そうですね。だから本当はソナチネ(やさしいソナタ)を最初に弾いておかなきゃいけなかったんですけど。19・20番(作品49)ね。
佐藤 実は僕も全部録りたいと思っていて、僕は全然遅いペースでまだ2枚しか録ってないので、これ一生かけて終わるのかみたいな感じになってるんだけど(笑)。僕は最初に21から23を録ったんですよ。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21-23番ほか佐藤卓史(ピアノ)
Tactual Sound TSCP-0001
定価¥2,500+税
崎谷 それはなんでですか?
佐藤 ちょうどそのあと全国ツアーをやろうと思ってて、そこで有名な曲を8・14・21・23って弾くんだったので、そのプログラムの中で、自分が特にしっかり勉強したワルトシュタイン(21番)とアパッショナータ(23番)は録りたいと、じゃあ間の22も録るか、みたいな感じで、ゆくゆくは全部録るつもりでそこを録ったはいいものの、ウィーンのそのCDを録ったスタジオがそのあとなくなっちゃったりとかいうことがあって。
崎谷 ああそうなんですか!
佐藤 しばらく難航した挙げ句、2018年に、今度は12から15を録ったんですよ。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第12-15番 佐藤卓史(ピアノ)
Tactual Sound TSCP-0002
定価¥2,500+税
崎谷 なるほど。12から15。
佐藤 というところで今止まっていて、さあ次どこに行こうかなと。間のね、同じ作品31のあたりをいくか。そうすると中期がほぼ揃う。
崎谷 そうですね。
佐藤 あるいはまた全然違うところを攻めていった方がいいのか、いろいろ考えつつ、ちょっとあちこちを摘まんで弾いてみては「うーん」って腕組みをしてるんだけど。
崎谷 シューベルトは全部出されてる?
佐藤 シューベルトはね、セッションで録ったのはシューベルトコンクールのご褒美で録っていただいた単発のディスクしかないんです。
崎谷 そうなんですね。
佐藤 でも一応このシリーズは全部ライヴ録音してるので、それこそちゃんと自分で編集を覚えて、リリースしないとと思ってるんですけど、まだ長い道のりです(笑)
崎谷 それは当然出さないと。
佐藤 ちょっと崎谷君を見習って頑張らないと、と今日思いました。
(インタビュー完 ・ 2021年8月18日、ヤマハアーティストサービス東京にて)
- 2021/11/27(土) 23:33:04|
- シューベルトツィクルス
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(
インタビュー第2回はこちら)
崎谷 でも、私らから見たら5つ上の世代ですけど、佐藤先輩といえば大スターですよ。
佐藤 とんでもない。
崎谷 音楽的にもですし、活動の内容とか、すべて含めて、理想的だなと。
佐藤 いいよ僕のこと褒めないで。
崎谷 そりゃご本人はいろいろ思うことはあるでしょうけど、本当に尊敬できるっていう言葉がすっと出てきますね。僕は、先輩のように演奏一本ではとてもやれないと思っているので、演奏ももちろん大事なんですけれども、基本的にはどこかで指導しながらっていうことを軸に。
佐藤 そうそう、指導するのに、やっぱりこれまでの留学の経験とかは役に立ってます?
崎谷 そうですね、経験、うーん…
佐藤 どんなことを教えてるの?
崎谷 今教えている大阪教育大の学生は、理解力がある子が多いので、もう思ったことを言ってますけどね。基本的にどういう付き合い方をするのかが難しくて。
佐藤 ほう。
崎谷 要するに、
奏法をいじるかいじらないかって話ですね。
佐藤 はいはい。
崎谷 月一で来る生徒はいじれないんですよ、奏法。
佐藤 そうですよね。
崎谷 普段の先生のやり方でやってもらって、補強するしかないんですけど。でも、じゃあ奏法をやろうとなったら…
前腕を、4つに分けて、役割をあてて考えたりするんですよ。
佐藤 前腕を4つに分けるの?
崎谷 そう、前腕の最初のところ、手首側は、横に回転する。
佐藤 ほう。
崎谷 中央の、2番目のところは、上下に動かすと。3番目のところが、前後に。鍵盤の奥と手前です。
佐藤 なるほどね。
崎谷 で、肘に一番近いところは、横移動。というふうに分けて考えて、いろいろ論理を言うわけですよ。たとえば、
鍵盤の上にアナログ時計を置いて、このフレーズは、5時方向から逆時計回りに…
佐藤 あ、それはすっごいわかりやすいね!
崎谷 そういう論理を教えるっていうのが私のやり方ですね。
佐藤 へえ! すごいねそれ。
崎谷 研究してるんですけど、もっとわかりやすい言い方はないのかなって。
佐藤 プロフェッショナルですね。
崎谷 そういう研究が結構好きなんですよ。まあ、似非研究者ですけど(笑)
佐藤 いやいや、それはすごい良い先生ですよ。
崎谷 ただ、体重が僕あるんで。
佐藤 うん。
崎谷 こう、学生はやっぱり軽いんでね、体重が。
佐藤 (笑)そうだね。
崎谷 正味言ったら僕の2分の1以下ですよ。
佐藤 (爆笑)やっぱり女の子が多いの?
崎谷 まあそうですね。だから体重はセクハラになるからもちろん聞いたらダメなんだけど(笑)、そうなると、ちょっと軽い人の気持ちがわかりたいなっていうのが最近ね。
佐藤 あっはっはっは…
崎谷 いや僕が軽くなりたいっていうのもあるけど、軽い人がどうやって音を出してるんだろうっていうのは、指導者としては研究しないといけないなって思ってるんです。
佐藤 なるほど。確かに体格とか骨格って変えられないから、自分に似てる骨格のピアニストを見つけて、その人がどうやってピアノ弾いてるのかなっていうのを見るとすごく勉強になるよね。
崎谷 そうですね。
佐藤 でもみんなそれぞれ違うのに、同じように弾けば良いとは教えられないし、気になるところですね。
崎谷 難しいです。
佐藤 ぜひ指導法の本を書いたらいいんじゃないかな?
崎谷 そうですね(笑)研究がしっかりできれば。
ピアノと友だちになる50の方法
チェルニー活用法佐藤卓史・著 小原孝・監修
ヤマハミュージックメディア
定価¥1,600+税
佐藤 この間ヤマハさんのお仕事で、チェルニーの本を書いて欲しいって言われて。
崎谷 見ました。
佐藤 テクニックの分類をして、「音階を弾くときにはこういうことに気をつけましょう」みたいな簡単なことを書いたんだけど、とにかく言葉で説明するのがものすごく難しくて。
崎谷 難しいですよね。
佐藤 弾いてみせればこういうことだよって言えるんだけど、「手首をこの辺まで持ってきたらどう」とかいうことを、誤解しないように言葉にするってすごく難しいなあと思って。
崎谷 テキストと映像とを組み合わせてくれれば良いですよね。限定のYouTubeリンクを張って、とか。
佐藤 そうそう。まあそこまでしても違うメソッドの人はまた違うことを言うだろうし。
崎谷 違いますもんね。
佐藤 誰にでも当てはまるようなことを言うのは難しいよなあと。
佐藤 教鞭を執りつつ、
演奏活動も意欲的に。
崎谷 年に2回は、違うプログラムを作って頑張ってリサイタルをしようと思ってるんですけど。
佐藤 それ大変だよね。
崎谷 今兵庫県に住んでいまして、兵庫県はすごく文化を応援してくれる県なんです。
佐藤 ほう。
崎谷 都道府県でいうと、1人あたりの予算が3番目なんです。
佐藤 へえ。
崎谷 東京がもちろん1番なんですけど。私ももちろんこうやって東京で録音させていただいたりとかもあるんですけど、地元を大事にしていきたいと思っていまして。リサイタルをしても、そんなにたくさんの人が来るわけじゃないんですけど、ただやはり小中高生に聴いてもらいたいと思って、神戸のリサイタルには無料で入っていただけるように、ということはやっているんです。
佐藤 へえ、素晴らしいね。
崎谷 じゃあそこにどう引っ張ってくるのかっていう課題ももちろんあるんですけど。
佐藤 見てると、崎谷君はだいたい
王道の曲を弾いてるなっていうのがあって。
崎谷 あははは。
佐藤 なんかさ、変な曲を弾く人っているじゃないですか。誰も知らない、「何それ?」みたいな曲を。そういうのじゃなくて、いわゆるメインレパートリーを攻めてるなあって。
崎谷 自分はコンクールを結構長く受けてたので、そういったところをちゃんと勉強できてないと思っていて。
佐藤 え、そうなの?
崎谷 やっぱり飛び道具的な、リストの「ドン・ジョヴァンニの回想」とか。
佐藤 まあでも「ドン・ジョヴァンニ」も別に変な曲ではないよね。
崎谷 変な曲ではないですけど、今はそういうのじゃない曲を勉強していきたいっていうことと、あとは
世の中の流れにちょっと逆らいたいっていう思いですよね(笑)
佐藤 ほう。
崎谷 裾野を広げるという意味で、わかりやすく、簡単に、短く、展示的にやっていくという流れは、それはもちろん誰かにやっていただかないといけないんですけど。でも私がやりたいことではないっていう気持ちが明確にあって。
佐藤 なるほど。
崎谷 この前のプログラムは1853年に作られた3曲を並べて。ブラームスのソナタ3番とリストソナタと、シューマンの「暁の歌」。
佐藤 うん。
崎谷 シューマンが全部絡んでるわけですよね、出会いの中に。
佐藤 そうだね。
崎谷 それを並べて、舞台上でどういう反応が起こるかっていうことを、自分は楽しみにしてるんですよね。ブラームス3番を弾いて、リストを弾いたあとに、シューマンに入る瞬間どんな思いがするんだろうと思って舞台に乗るという。
佐藤 素晴らしいね。
崎谷 そういう楽しみがないと、モチベーションが沸いてこないというかね。
佐藤 基本的にロマン派が好きなの?
崎谷 ロマン派の、
ブラームスがやっぱり好きなんじゃないですかね。自分に合っているような。
佐藤 そういえば、あの
「ドン・ジョヴァンニの回想」のYouTubeは、自分で考えたの? 誰かこういうのやったら良いよっていう人がいたの?
崎谷 いやいや。それこそ兵庫県で、若手の支援のための動画を募集してると。それをさせていただくときに、やっぱり面白いものをやろうと。さっきの話とも繋がるんですけど、ただ見せるだけではダメだろうっていうのはあるんですよね、自分の中で。背景を理解してもらうとか、それに付随する楽しい話を…
知的好奇心をかき立てたいっていう思いがあるので。
佐藤 うん。
崎谷 たまたま前年にこぢんまりとですけど、
オペラで指揮をする機会があったので。
佐藤 それもすごいよね、なんでオペラの指揮をしてるんだろうと思って。
崎谷 いや家内がね、オペラ伴奏の仕事をしてたりするんで。
佐藤 ああそうなんだ。
崎谷 そのご縁でというか、初めて振らせてもらって。
佐藤 初めて振ったのがドン・ジョヴァンニっていうのも、ものすごいオペラ指揮者デビューですね。
崎谷 ピアノトリオですよ、編成は。いきなりオケは無理ですから。
佐藤 にしたって歌い手はみんないるわけじゃない。
崎谷 いや、まあ、付き合っていただいたんですけど。たまたまそういう素材の写真もあったので、組み合わせてみたら面白いんじゃないかと。
佐藤 めっちゃ面白かったよ(笑)
崎谷 古い動画だけではダメだっていうレギュレーションがあって、新しいものを組み合わせてくれって言われたので、鍵盤を見せるという。あれはね、
アテレコをしたんですよ。ワイヤレスのヘッドフォンで自分の演奏を聴いて。
佐藤 難しそうだよね!
崎谷 そう、大変だった。演奏はここ(ヤマハアーティストサービス)で録ったんですよ。
佐藤 うん、見た見た。
崎谷 で、それにアテレコで指を合わせるっていう。
佐藤 大変ですよねそれ。昔のカラヤンのミュージックビデオみたいな。
崎谷 そんなのあるんですね。
佐藤 ああ知らない? カラヤンのミュージックビデオってたくさんあるじゃない、あれは全部アテレコなんですって。だから音は音で別に録ったのを流しながら、指揮をしてるふりをして、みんな弾いてるふりをしてるっていうことらしい。
崎谷 なるほど、まあ映像で見せるならそうなりますね。
佐藤 いやあでもすごい労作だなって思って。ほんと多才だよねえ。
(つづく)
- 2021/11/26(金) 20:32:42|
- シューベルトツィクルス
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