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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

小倉貴久子インタビュー (4)たくさんお菓子もらった、みたいな

[インタビュー(3)はこちら]
佐藤 この間、コロナで演奏会なくなったりみんないろいろあったと思うんですが、先生はどうでしたか?
小倉 実は楽譜を作ったりしてて。これなんだけどね…「ソナチネ音楽帳」



佐藤 へえー。
小倉 前に「ソナチネ・アルバム」っていうCDを出して、それはいわゆる「ソナチネアルバム」に載っている曲から、あんまり知られていない曲もあって、それを弾きたいっていう声があってね。
佐藤 (楽譜を見ながら)なるほど。
小倉 これね、コロナの産物なの。ずっと前から楽譜の話はあったんだけど、忙しくて全然できなくて。そしたら、3月の頭に担当の方から「小倉さんもしかして時間できました?」って。で、ものすごい徹夜しながら校訂したんだけど。
佐藤 2分冊。結構な分量ですね。
小倉 CDでは私はチェンバロとフォルテピアノを弾いてるんだけど、みんなはもちろんピアノで弾くでしょ。現代のピアノで弾くときにも、当時の様式感を学ぶことが必要じゃない?
佐藤 はい。
小倉 そのときに、感覚として作るっていうのがすごく大切で。たとえばイネガル[楽譜上では等価の、連続する音の長さに長短(優劣)をつけて演奏する方法。主にバロック期のフランスで盛んになり習慣化された]なんかも、指の都合でよたってるっていうのと違うじゃない? そういうのが、現代のピアノだけ弾いてるとわかりづらいところがあるっていうのかな。
佐藤 うんうん。
小倉 チェンバロの通奏低音的なバスの使い方とか、そういうのも、18世紀の音楽ではすごく重要なのね。ただ左手は大切だから出しましょうっていうんじゃ、うるさくなっちゃう。そんなことも当時の楽器で弾いてみると感覚的にわかるんだけど、じゃあ現代のピアノではどういうふうにすればいいか。そういうことを、年明け以降に雑誌と講座をオンラインで連動させて、やろうっていう企画があって。
佐藤 おお、面白そうですね。まさに僕も、フォルテピアノを通して得た古典派の語法みたいなものを、どうやって現代のピアノで翻訳するか、ということに興味があって。
小倉 そうなんだね。
佐藤 藝大のときに先生のクラスに入って、初めてフォルテピアノに触ってみたら、モダンピアノとの違いが大きすぎて、僕はしばらく慣れなかったですね。
小倉 うーん。
佐藤 タッチもそうだし、楽器の鳴るタイミングだとかいろんなことに。でも例えば同級生の羽賀美歩さん(@mifohaga)は同じタイミングで始めたはずで、2人とも中級まで2年間履修したんですけど、彼女は割とストレートにフィットして、そのまま大学院の古楽科に進まれて。
小倉 そうだよね。
佐藤 人によって器用とか不器用とかもあるとは思うんですけど。
小倉 でもね、佐藤君は指先のタッチがちゃんとできてるから、フォルテピアノもどんどんやるといいよ。
佐藤 うーん、ステージではもう長らく弾いていないですけど、2014年にトッパンホールでヴィオラ奏者のヴォルフラム・クリストと共演したときに、フォルテピアノとモダンピアノと両方並べてやりました。彼もヴィオラダモーレに持ち替えてダウランドやったりして。
小倉 素晴らしい。最近ヨーロッパの大学ではさ、副科っていうんじゃなくて、モダンとピリオドと2つ専攻を持つっていうようなのが多いみたいね。どっちもメインにするっていうか。
佐藤 まあそれも自然といえば自然なことですね。
2014.1.25.トッパンホールにて
2014年1月25日、トッパンホール「ヴォルフラム・クリスト×佐藤卓史」公演リハーサル 使用楽器はデュルケン(1790)のコピー

佐藤 今日最後にお伺いしたいんですけど、今はその古楽というかピリオドというか、なんというのかわからないですけど、作曲家の当時の楽器や演奏習慣を再現するということがかなり普及したと思うんですよね。
小倉 うん。
佐藤 プロのピアニストなら、フォルテピアノに触ったことがないっていう人の方が今は少数派かもしれないですし、聴衆にもフォルテピアノという楽器の存在や、どんな音がするのかというところまでかなり周知されている状態です。今後の古楽界の展望というか、このあとどういう方向に行くかっていうお考えはありますか?
小倉 "I hope"っていうことだったら(笑)。ヤマハとかがね、モダンピアノだけじゃなくて、そういう時代の楽器を作り出すといいなと思ってる。ほら、スタインウェイの「バレンボイムモデル」ってあったでしょ。
佐藤 はい。
小倉 あれなんかまさに、バレンボイムがシューベルトのシリーズを始めるときに、やっぱり現代のピアノではちょっとっていうので、スタインウェイ社に発注して。
佐藤 平行弦のですよね。
小倉 そう。確かに平行弦って全然違うのよね。まあ私はそのモデル実際弾いたことないし、金属製の鋳型鉄骨フレームの中でどう鳴るのかはちょっとわからないけれども、やっぱり低音・中音・高音と音域ごとの響きが分離するし、もともと曲のテクスチュアがそういうふうに書かれてるわけじゃない?
佐藤 はい。
小倉 だからそれを追求していくと、結局昔の楽器に戻っていくんだよね。それに、ピアノ最近あんまり売れないっていうけど、フォルテピアノ作れば、今楽器欲しい人すごくたくさんいるから。
佐藤 いや、僕も欲しいですよ。
小倉 そう、供給が追いついていないんだよね。もちろん個人のフォルテピアノ製作家はいるんだけど、少なすぎて。
佐藤 なるほど。
小倉 弾きたいって思ってる人はたくさん出てきてるのに、そっちがまだついていってない感じがするのね。大きな会社は制約があるから、本質的なことがやりにくかったり、やっぱり収益上げないといけないってなると難しいかもしれないけど、でもヤマハぐらい大きければさ、他で収益上がってるところのお金を使って! そういうことをやってくれると、もっとみんなが弾けるようになってくるし、そうなるんじゃないかと思っている。
佐藤 なるほどなるほど。
小倉貴久子&佐藤卓史対談中
小倉 カワイはね、やってたんだよ最初。
佐藤 そうみたいですね。
小倉 だけど早すぎたんだよね。素晴らしい挑戦だったんだけどね、その頃は需要もそんなに無かったし、何よりも当時の楽器についてわかっていなかったことが多くて。たとえばこのシュトライヒャーぐらいの時代の弦もね、10年前ぐらいまではどういうものかわかんなかったのね。チェンバロやヴァルターの弦は、マルコム・ローズっていうところが作ってるのがあったんだけど、その弦をシュトライヒャーに張ってピッチ上げると切れちゃうのね。
佐藤 はあ。
小倉 弱い。だけどモダン弦を張るとまた全然ダメで。そういうこともフランスで研究が進んで、今この時代の弦も作り出していて、このシュトライヒャーもそれ張ってるんだけど。ハンマーの表面に張る皮もね、皮のなめし方が今と違うから。当時のなめし方っていうのは、今では禁止されてるのね。
佐藤 え、そうなんですか。
小倉 内臓を使ってなめすから、ものすごい悪臭らしいんだけども、ザルツブルク近郊にそういう専門の研究をしてるところがあったり。
佐藤 へえ。
小倉 そういうことがヨーロッパでは進んでいて、日本も少しずつ変わってくるといいなあと思って。チェンバロは製作者もたくさんいて、楽器もたくさんあるけど、フォルテピアノはまだ少ないから、そこが充実してくれば、みんながどんどん興味持っていくんじゃないかな。やっぱり実際に触れることによって知ることもたくさんあるし。私のフォルテピアノアカデミーにもピアノの先生が受けに来たりするんだけど、生徒を教えてるときに「当時の楽器はね」とか言っても、やっぱり弾いたことがないとイメージがわかないよね。
佐藤 そうですよね。
小倉 前にピティナのステップ(→ピティナ・ピアノステップ)で、音楽の友ホールで、ベーゼンドルファーインペリアルと、クラヴィコードを並べて、どっちを弾いてもいいっていうときがあって。
佐藤 楽器のサイズが違いすぎますね。
小倉 私そのときトークコンサートで両方弾いて欲しいって言われて結構困ったんだけど。
佐藤 (笑)
小倉 こんなの意味があるのかなって思ってたんだけど、だけどね、そのステップで両方弾く人がいたのね。ベーゼンドルファー弾いて、ちょっとクラヴィコード弾いて、戻ってくるとね、ベーゼンドルファー弾くときのタッチが変わるんだよ。
佐藤 ははあ。
小倉 本当にほんのちょっとの体験でもすごく変わるんだよね。何の意味があるんだろうって思ったけど、いやすごい意味があるんだわって思って。だからいろいろなことをやっていくのは大切だし、そういう時代のことを知るにもいろんな切り口があるとは思うんだよね。奏法ひとつとっても、実際その時代の通りに弾いたらいいかっていうと、ただその通り真似しただけじゃ全然話にならない。イネガルしてフレーズが無くなったら何にもならないよね。
佐藤 もちろんそうですね。
小倉 机上の空論っていうかさ、そうではなくて、やっぱり当時のポピュラー音楽だったっていうことは、もう絶対言えて。生きてる音楽だから、そこに喜びっていうか、生命力っていうか、そういうものがなかったらダメなんだよね。当時の奏法や楽器を知ることによって、より一層楽しい感じになるっていうか、カラフルになる。たくさんお菓子もらったみたいな!
佐藤 なるほど(笑)
小倉 そういうことをもっと知ってもらえるといいなぁと思ってます。

(インタビュー完 ・ 2020年10月15日、さいたま市にて)
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  1. 2020/11/12(木) 15:30:01|
  2. シューベルトツィクルス
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小倉貴久子インタビュー (2)「これしかない」ということはない

浜松市楽器博物館2010
2010年2月、浜松市楽器博物館にて レコーディング後のミュージアムコンサート 使用楽器は1925年製プレイエル デュオ・ピアノ

[インタビュー(1)はこちら]
佐藤 僕が藝大の学生のときに、小倉先生がフォルテピアノの先生として着任されて、副科で2年間、それから卒業後も個人的に教えていただいたんですが。
小倉 そうだったね。
佐藤 レコーディングに誘っていただいたのが2010年なので、もう10年前ですね。
小倉 え、もうそんなになるっけ。浜松市楽器博物館のね、コレクションシリーズの録音を一緒にやってもらったのよね。

LMCD1926
浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ31
ラ・ヴァルス ~華麗なるデュオ・ピアノの芸術~
小倉貴久子&佐藤卓史
(ピアノ;プレイエル社デュオ・ピアノ1925)
ドビュッシー:リンダラハ、ラヴェル:ラ・ヴァルス、ミヨー:スカラムーシュ、フランセ:8つの異国風の舞曲他
浜松市楽器博物館/コジマ録音 LMCD-1926 ¥2,900+税

佐藤 はい。あのシリーズではもう本当にいろんな楽器を弾かれていますよね。
小倉 そう、あそこには5オクターヴの時代の楽器はあまりないけれども、そのあとのオリジナル楽器はすごくいっぱいあるのね。1台1台全然タイプが違うから、そういう楽器で録音したり、レクチャーコンサートをしたり、たくさん経験をさせてもらって。その中で、いろんな作曲家からいろんな曲が生まれた背景には、そういういろんな楽器があったっていうことがわかってくるんだよね。
佐藤 はい。
小倉 1台1台タッチも違うし、お手本があるわけじゃないから。19世紀の後ろの方だと、あのブラームスの音の悪い録音が残っているとはいえ。
佐藤 (笑)



小倉 それ以前は録音もないし、実際にどうやって演奏してたのかっていうのはわからないじゃない? だけど、その楽器から出る音とか、音のツボとかを試したりしながら、それと楽譜と、文献や証言、当時のエピソードとか、そういうものがパーッと結びついていく瞬間があるのね。
佐藤 ううむ。
小倉 ちょっと謎解きみたいで。私推理小説好きなんだけど、いろんなヒントが組み合わさってパズルのように作り上がっていくのが見えてくる、それがもうたまらないっていう感じで。でも、もちろんこれが答えっていうんじゃないんだけど。かえって、いろんな可能性があったんだなっていうこともわかるの。
佐藤 ほう。
小倉 「これしかない」っていうことはないというか。たとえばベートーヴェンでも、私が学生の頃ならヘンレ版でピアノ・ソナタの楽譜が全部出てて、もうこれでいいでしょう、決定版っていう感じだったのが、最近ベーレンライターが出版されたら、もう全然違う。ベートーヴェンもまだこんなに知られていなかったことがあったのかっていう面もあるじゃない? 今まで「こうだ」って言われてたことが、覆される瞬間が山のようにある。でもそれもまた絶対っていうわけじゃなくて、ベートーヴェン自身も「僕はこういうふうには弾かないけど、こうやって弾いてくれるとすごく面白い」って言ってたり。
佐藤 ああ。
小倉 そういう可能性の面白さを、作曲家自身も知ってたのかもしれないよね。そういういろんな楽しみが、フォルテピアノを知ることによって生まれてきたっていうのかな。だから、現代のピアノでどんな作品でも全部弾かなきゃいけないっていうのと、全く別の世界があるんだよね。

佐藤 単純な疑問なんですけど、フォルテピアノ奏者って、先生もそうですけど、ご自身の楽器を演奏会場に運んでいって演奏するスタイルが一般的かと思うんですけど。
小倉 うん。
佐藤 コンクールはどうなってるんですか?
小倉 ブルージュのコンクールは、舞台に楽器がいくつか並んでて、その中から選ぶ。予選だと、前の日にちょっと試し弾きできる時間があって、これでやりますって。
佐藤 で、そのあと練習はできるんですか?
小倉 その楽器ではできないね。
佐藤 へえ!
小倉 でも本選になると、使える楽器ももっと増えるし、その楽器で練習する時間もあるの。
佐藤 モダンピアノでももちろん1台1台癖があるし、コンクールのときは同じように楽器選びの時間があったりしますけど、フォルテピアノだともっと違いが大きいじゃないですか。
小倉 そうだね。
佐藤 それはステージの上で瞬間的に判断していくという?
小倉 そうだね。だから経験値は必要かもね。
佐藤 そうですよねぇ。
小倉 ある程度、いろんな楽器を知ってるっていうことは、必要かも。この間のピリオド楽器のショパンコンクールのときも、5台から選べたんだけど、練習時間はそんなに与えられているわけじゃないのね。ショパンがポーランド時代に使っていたウィーン式アクションのブフホルツという楽器のレプリカとグラーフ、イギリス式アクションのプレイエル、エラール、ブロードウッド。その5台の中でも、無難な楽器もあれば弾くことが難しい危ないのもあって。
佐藤 はいはい。
小倉 でも、危ないんだけど、それでしか表現できないものもある。だから選ぶ楽器によって、コンテスタントが演奏に何を求めてるかがわかったりもするんだよね。
佐藤 なるほどねえ。
小倉 安定を求めている人は安定した楽器を選ぶけど、もっとこう表現したいから、すごく不安定で危ないけど、あえてこっちを選ぶとか。エラールが一番無難だったのね。
佐藤 まあそうでしょうね。ショパンが言っている通り。
小倉 そう。怖いっていう人は結構エラール選んでたんだけど、でももちろんエラール選んで本選行った人もいるし、いろんなパターンがあった。5台中3台まで使えるんだけど、1次予選の20分の中で3台を使い分ける人と、1台だけの人もいるし。曲と曲の間をアドリブでつないでいく人もいた。
佐藤 ほう!
小倉 1位になったトマシュ・リッテルもそうだったんだけど。なんていうか、いろんなことができる。ある意味でクリエイティブだよね。
佐藤 そうですね。
小倉 もちろん良い音でとか、ミスなくとか、そういうことも重要なことではあるし、あまりにも音が悪かったり、あまりにもミスが多かったりするとやっぱりダメなんだけどね、だけどいくら音が綺麗でミスがなくても、やっぱりそれ以外に何にもないと1次予選も通らない。審査も難しいとは思うんだけどね。
佐藤 そうでしょうね。
小倉 でもやっぱり、才能があるなっていう人は、通るんだけどね。結局はね(笑)
佐藤 ですよね(笑)
小倉 青柳いずみこさんが、モダンのショパンコンクールもいつも取材していて、今回も聴きにいらしていて。
佐藤 はい。
小倉 ピリオドはもちろん初めてだったけど、聴いててずっと面白いって言ってた。1人1人があまりにも違うでしょ。だからフォルテピアノのコンクールっていうのは、かなり面白いかな。

佐藤 たとえば、全然これまで弾いたことがない楽器が来て、これでコンサートや録音をするとなると、どのくらいの期間で「自分の楽器になった」という感覚になるものですか?
小倉 たとえば音楽祭とかで、やりたくてもそんなに練習できない場合もあるじゃない? そうすると、それにぱっと馴染んで合わせなくてはいけないっていうのはあるかな。楽器のタイプにもよるけれども。だけど、最低1日は欲しいね(笑)
佐藤 そうなんですね。
小倉 1日もないのはちょっと困る。1日だって本当は少ないけどね。でも、どんな楽器で弾くのかがあらかじめわかっていれば、事前にそういうイメージを作り上げておくっていうのもあるのね。
佐藤 なるほど。
小倉 でもね、なんか人とおんなじで、すぐ打ち解けて仲良くなる場合もあれば、いくら一緒にいたってわかんない人もいるじゃない? そういう相性もある程度あるよね。
佐藤 それはなんとなくわかりますね。

[インタビュー(3)へ]
  1. 2020/11/10(火) 18:03:28|
  2. シューベルトツィクルス
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小倉貴久子インタビュー (1)やっぱり面白いことが好き

第13回公演ゲスト、小倉貴久子先生のご自宅でお話を伺いました。背後には1845年製作のシュトライヒャー。4回シリーズです。

小倉貴久子・佐藤卓史1

佐藤 小倉先生といえば、皆さんはもちろんフォルテピアノ奏者としてお名前をご存じだと思うんですが、でも聞くところによると、留学中にストラヴィンスキーのピアノコンチェルトを弾かれたとか。
小倉 そうそうそう!(笑)
佐藤 すごく幅広い音楽に対して取り組みをなさっていると思うんですけど、それは特に意識されてるんですか?
小倉 ストラヴィンスキーはね、あれって管楽器とピアノのコンチェルトなのよね。
佐藤 そうですね。
小倉 最初は藝大の学部生のときにね、その頃は別に古楽とか知っていたわけじゃなくて、モダンの曲も普通に弾いてたのね。管楽器の伴奏をよくやってたということもあって、管楽器の定期演奏会でストラヴィンスキーをやるっていうときに、ソリストに選んで下さって。
佐藤 なるほど。
小倉 そのあとオランダに留学して、9月から学校が始まるんだけど、一足先に8月に行ったら、ちょうど私の師事したヴィレム・ブロンズ先生が他の方と話していたのね。学校のプロジェクトでストラヴィンスキーのピアノコンチェルトをやるんだけど、ソリストのオーディションを受ける人があんまりいないって。
佐藤 難しいですもんね。
小倉 横から「え、私それ弾いたことある」って言ったら、「えっ!貴久子、受けるんだ!」みたいな感じで(笑)。ほんの1年前に藝大定期で弾いた曲だったしね。それで急いで日本から楽譜を送ってもらって、3週間後ぐらいにオーディションを受けて見事選んでいただいて、学校が始まるやいなや、アムステルダムスウェーリンク音楽院の定期演奏会でソリストを務めるという。
佐藤 そういうことだったんですね。
小倉 そう。ブロンズ先生は現代音楽の専門家じゃないから、現代曲のスペシャリストの先生のレッスンも受けるといいって言われて。オランダって古楽も盛んだけど、現代音楽も盛んで、現代曲で留学する人もいるのね。
佐藤 そうなんですか。
小倉 で、レッスン受けたらね、もう全然違うんだよね。
佐藤 へぇ。
小倉 現代曲の弾き方って全然違うの。やっぱりそういう道の人っていうのは違うんだなと思って。だからストラヴィンスキーもすごく好きだし、あとこの間はヒンデミットを。
  ▷ CD「ヒンデミット:ヴァイオリン&ヴィオラ・ソナタ集」(桐山建志&小倉貴久子)の情報はこちら!
佐藤 はい。
小倉 20世紀頭のベヒシュタインで弾いたんだけど。最初は、私ヒンデミットって全然イメージがなかったんだけど、やってみたら本当に良い音楽なんだよね。演奏する楽しみっていうことを追求した人で、独特の世界のロマンティックさがあって、ヒンデミットも本当面白いなって。だから、世の中にあるいろんな音楽の中で、共感する、自分の琴線に触れる部分があると、どんどんのめりこんでやりたくなるっていう、そういう感じだね。周りから「これやってみない?」って言われたら、「え、やってみようかな」みたいなノリで、やってみるっていう、そういう感じでいろんなことにチャレンジしていってるのかもしれない。古楽も、古楽器が好きだからとかいう理由では全然なくて、やっぱり音楽が一番生きるっていう、そういうところが楽しくてやってるんだよね。

佐藤 こどもの頃からそういう好奇心旺盛なお子さんだったんですか?
小倉 そうだね。ピアノはね、私の母がピアノの先生だったから、私がやりたいって言って始めたわけじゃなくて、物心つく前に、もう弾いてたっていう。
佐藤 へえ!
小倉 お友達の好きなテレビ番組の主題曲とか、適当に耳コピして弾くとみんな喜ぶじゃない? そんな感じで、何でも弾いちゃって。専門的じゃないけど、自分でも曲作ったりとかして、割と自由にやってたかな。
佐藤 そこから音楽の道を目指して、藝大に進むっていうのは割とスムースだったんですか?
小倉 そうね、最初は漠然とピアニストになりたいって思ってね。飛行機に乗って、あちこち飛び回って演奏活動するようなピアニストになりたいって。ピアニストに対する憧れみたいな。
佐藤 ああ、僕もそうでした(笑)
小倉 だけどね、小3ぐらいだったかな。ホロヴィッツのカーネギーホールのコンサートの映像をテレビで観て、「うわ、なんだこれ!」と思って。どういうふうに演奏するか、演奏ということに対してすごく興味が出てきたのは、それからかなぁ。それからはピアノの練習が好きになって、こうやってみよう、ああやってみよう、って自分で試して。
佐藤 はい。
小倉 ただ父の仕事の関係で転勤が多くて、小学3年から5年まで大阪にいて、6年で帰ってきて、みたいな、移動が多かったのね。母は音大出たとかじゃなくて、私に手ほどきができるぐらい、ちょっとピアノが好きで教えてるみたいな感じだったから、音楽家の家庭じゃないし、先生探しは結構大変だったんだけど。
佐藤 ああそうなんですね。
小倉 だからそれがスムースっていうかはよくわからない。
佐藤 でも、何かきっかけがあって音楽家になろうって決意したというよりは、自然な流れで。
小倉 そうだね。それで結果的にたくさんの先生につくことになったので…藝大時代もね、一番最初は中山靖子先生(1921-2015)だったんだけど、大学3年のときに中山靖子先生が定年退官されて、そのあとは田村宏先生(1923-2011)で、田村先生は私が大学院1年のときに定年退官されて、それで平井丈二郎先生(1939-)と。藝大時代でさえも3人の先生につくことになって。いろんな先生からいろんな素晴らしいことを教えていただけたっていうのは、ある意味で良かったのかなって思う。
佐藤 そのあとオランダに留学されて、古楽に出会うことに。
小倉 そう、もともとはヴィレム・ブロンズ先生につきたくて行ったんだけど、オランダは古楽が盛んだったから、素晴らしい演奏会がたくさんあって、それを聴いてもう目から鱗でね、「これはどうなってるんだろう?」って。別に最初から古楽の世界に入ろうと思ったわけじゃなくて、どういうことが行われているのか知りたくて、それで遊びでいろいろ楽器を弾いてみて、やっぱり面白いことが好きで。
佐藤 なるほど。
小倉 大学院を休学して留学したから、2年間しか休学できないでしょ。それで帰る直前に、友達がブルージュの古楽コンクールのアンサンブル部門に出るはずだったんだけど、フォルテピアノの子が急に受けないって言うので、貴久子代わりに出ない?って誘われて。「え、私でいいの?」って。
佐藤 あはははは。
小倉 そんなノリだったのね。でもそれがなかったら、どうだったかなって。確かにフォルテピアノすごく好きで、いろいろ遊びで弾いてたけれども、そのまま日本に帰って、藝大の大学院のピアノ科に戻ったら、フォルテピアノを専門的にやるっていうところまではいかなかったかもしれない。そこで1位をいただいて、「これすごいコンクールなんだからしっかりね」ってみんなに言われて、あ、そうだったのかという感じで。
佐藤 ははあ。
小倉 ちょうどアンサンブル部門の2年後にフォルテピアノ部門があったのね。周りにも受けた方がいいって言われて、私も受けようかなって。受けるんだったらやっぱり楽器を手に入れないと、結局はよくわからないので。それから注文して、1年後ぐらいにフォルテピアノが出来て、日本に持ってきて、ようやく専門的に始めた、という感じかな。
佐藤 フォルテピアノを専門にするということについて、周りからの抵抗とかありましたか?
小倉 あったよ。帰国して大学院に戻ったら、平井丈二郎先生に、「フォルテピアノ? いや、現代のピアノは弾き続けた方がいいですよ」とか言われて、「いや、私はそういうつもりじゃ」みたいな。
佐藤 (笑)
小倉 コンクールの直後だし、もう本当にフォルテピアノにのめりこんでたから、修士論文もシューマンがテーマっていうのは決めてたんだけど、やっぱり楽器のことを絡めたくて、「シューマンのピアノ」っていう論文を書いたりとかして。でも日本ではその頃古楽とモダンって全然違う分野と思われていて、私なんか「モダンの人が始めた」って言われたし。
佐藤 今でもその傾向はあるかもしれませんね。
小倉 そういうつもりじゃなくてさ、本来は同じ音楽じゃない? オランダでは、古楽とモダンの敷居がなかったのね。私モダンの学生だったけど、「どうぞ」っていう感じで受け入れてくれた。だから今主宰しているフォルテピアノアカデミーでも、専門に学んでいない人も受けられるようにしていて、興味がある人には、ぜひぜひウェルカムでいたいのね。
佐藤 なるほど。
小倉 そういう部分がどんどん開かれていって、楽しい世界だっていうことをみんなが知ることが、すごく重要だよね。現代のピアノが嫌いだからとかいうわけじゃ全然ないし、でもすごい面白い世界だから。

[インタビュー(2)へ]
  1. 2020/11/09(月) 16:22:30|
  2. シューベルトツィクルス
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