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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958 概説

ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 Klaviersonate Nr.19 c-moll D958
作曲:1828年 出版:1839年
楽譜・・・IMSLP


晩年の代表作である3つの大ソナタD958・D959・D960の清書譜の冒頭には「1828年9月」とあり、最後には「1828年9月26日」と日付が書き込まれている。そのため、9月頭にフェルディナントの家に引っ越してからの数週間のうちに、驚異的な速度で完成させた連作と考えられてきた。しかし後に初稿が発見され、最も早く着手されたD958の作曲開始は少なくとも「1828年春」まで遡れることがわかった。

シューベルトは10月2日にライプツィヒの出版社プロープストに宛てて、これら3曲のソナタを作曲したことを告げ、フンメルに献呈したいと希望を述べている。ヨハン・ネポムク・フンメル Johann Nepomuk Hummel (1778-1837)はモーツァルトの弟子で、若い頃はベートーヴェンのライヴァルとも目されたピアノの達人であった。既に出版されていたD845やD850といった、オーケストラ的な発想のソナタとは大きく異なるピアニスティックな書法に、シューベルトが大きな自信を抱いていたことを窺わせる。
しかしこの出版は実現せず、1839年にようやくディアベリ社から刊行されたときにはフンメルも既にこの世の人ではなく、出版社によってシューマンへの献辞が付された。

ベートーヴェンの代名詞ともいえる「ハ短調」という調性選択を含めて、その強い影響を感じさせるソナタではあるが、ベートーヴェン後期のソナタがフーガと融合しつつ小規模化し、最後の「ハ短調」ソナタ(作品111)では2楽章という極限まで切り詰められたのとは対照的に、シューベルトは4楽章という大規模な構成を採用している。フーガ的な対位法とも無縁で、むしろ独自のロマン性を古典的な枠組みに盛り込む試みが結実したものといえるだろう。
第1楽章の第1主題、主音Cから属音Gに向かって上行するラインと、それに反行して下行でCからGへ到達するラインの成す緊張感は、同じく3拍子でもあるベートーヴェンの「創作主題による32の変奏曲」WoO80の主題との関連性が指摘されている。普段のシューベルトとは異なる抽象的で図式的な音楽づくりは第1主題を簡潔に彫り上げるが、変ホ長調の第2主題ではいつもの歌謡性と反復が戻ってくる。
展開部では新たなテーマが登場し、この新主題を中心とした展開が行われる。この旋律はおそらく同時期に作曲していた歌曲『兵士の予感』D957-2(レルシュタープ詩、「白鳥の歌」所収)の引用で、静的な転調のシークエンスは一種の不気味さを湛えている。

D958第1楽章展開部主題
▲D958 第1楽章 展開部の新主題

兵士の予感
▲「兵士の予感」D957-2より

長いクレシェンドの到達点として劇的に開始される再現部では、第1主題は短縮され、第2主題はハ長調で提示部と同じように繰り返される。フェルマータの付された休止の後、展開部主題に基づくコーダが続き、静かに楽章を閉じる。

第2楽章は変イ長調の緩徐楽章。ABABAという形式だが、主要主題の後半、サブドミナントの和音で一瞬停止するあたりに異界への入口が潜んでいる。1回目のB部は嬰ハ短調から始まり、ホ長調・ホ短調という主調の長3度下の調性へ旅して戻ってくるという、シューベルトとしてはお馴染みの調性配置である。しかし2回目のA部ではサブドミナントがさらなる転調を誘い込み、半音高いイ長調でセクションを閉じるという「間違った」選択をしてしまう。そのせいで2回目のB部はより緊張感が高まり、何度も転調を試みた後、イ短調で戻ってくるが、最後の瞬間に魔法のように半音下へ降りて変イ長調で主題が回帰する。最後のA部でも、やはり間違った方向へ向かっていくが、休止を挟んで思い直したように変イ長調を確認し、平穏のうちに終止する。

第3楽章はハ短調のメヌエット。D959・D960の第3楽章(舞曲楽章)にはスケルツォが置かれており、メヌエットとはずいぶん古風な選択に思えるが、その不安げに漂うような音楽にはもはや舞曲の面影はない。主題の再現にあたっては4小節ごとに全休止が挿入され音楽の進行を妨げるが、この休止は清書稿で追加されたものだ。変イ長調のトリオでは少しだけ舞曲のリズムが顔を見せる。

第4楽章は大規模なロンド=ソナタ形式のフィナーレ。全体を支配するタランテラのリズムは、ベートーヴェンのソナタ作品31-3(変ホ長調)の終楽章を想起させるが、ハ短調の本作はより悲愴的である。半音上の変ニ短調(嬰ハ短調)の和音への傾きが特徴的で、技巧的な変ニ長調(ナポリ調)の和音連打の後、第2主題は嬰ハ短調で開始される。シューベルトならではの転調シークエンスを経て、結果的にこのセクションはソナタ形式の定石通り変ホ長調で閉じられるが、全休止を挟んでの展開部はロ長調(=主調の半音下)で始まり、またしても新たな歌謡的な主題が登場する。

D958第4楽章展開部主題
▲D958 第4楽章 展開部新主題のモティーフによる対位法的展開

ベートーヴェン第九Seid umschlungen
▲ベートーヴェン:交響曲第9番 第4楽章より

新主題に基づく大規模で対位法的な展開を通して、この「2度下行→3度下行」というモティーフが第1楽章の展開部主題の最後の3音であるとともに、ベートーヴェンの『第九』終楽章の「Seid umschlungen Millionen」(諸人手を取り)のモティーフでもあることに私たちは気づかされる。執拗な転調シークエンスは延々と続き、ようやくハ短調を確定させて再現へ至る。再現部の第2主題は変ロ短調で始まり、提示部と同様の転調によってハ長調へ至る。最後にもう一度主題が回帰し、長大で狂騒的な舞踏に幕を下ろす。
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  1. 2023/10/25(水) 21:13:40|
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ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ短調 D625+D505 概説

ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ短調 Klaviersonate Nr.12 f-moll D625+D505
作曲:1818年 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


1818年のツェリス滞在中に作曲されたこのソナタの唯一の原資料は、ウィーン楽友協会所蔵の筆写譜集「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」に収録されており、そこにはヘ短調の未完の両端楽章と、ホ長調のスケルツォが記されている。同コレクションの他の筆写譜と同様に多くの誤記を含んでいるが、この曲の場合は次兄フェルディナントの手による赤インクの訂正が目を引く。しかしその訂正は一見して誤りとはいえない箇所にまで及んでおり、今は失われた自筆譜と照らし合わせて朱を入れたのか、フェルディナント自身の解釈や趣味を反映したものなのかは判然としない。
このコレクションにおいては3楽章構成の、緩徐楽章を持たないソナタとして存在しているが、フェルディナントがディアベリ社のために作成した作品目録が後に発見され、このソナタに変ニ長調のアダージョD505が含まれていることが判明した。
このアダージョは1848年にディアベリ社から、ホ長調のロンドD506と組み合わせて「アダージョとロンド」作品145として出版されたが、その際には本来の変ニ長調からロンドと同じホ長調に移調させられた上、半分以下に短縮され、ロンドの序奏として半終止している。この無残な手術を行ったのはおそらく出版社であろうと考えられている。
アダージョの全体像はやはり「ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション」の別の巻で知ることができるのだが、ここでは本来あるべき第6小節が欠落しており、ディアベリ版の当該箇所を移調して補うことでようやく完成をみた。
ヘンレ版の未完ソナタ集を校訂したパウル・バドゥラ=スコダは、ヴァイオリン・ソナタD574と同様に中間楽章を転倒させ、スケルツォを第2楽章として、アダージョを第3楽章として演奏することを主張しているが、今回はシューベルトのピアノ・ソナタの通例に倣って第2楽章アダージョ、第3楽章スケルツォという順序で演奏する。

このヘ短調ソナタは、同じ調性で書かれたベートーヴェンの『熱情』ソナタとの類似点が多い。第1楽章の第1主題のオクターヴユニゾンとトリルのモティーフは言うまでもなく、同じテーマが変イ長調で変奏され副次主題を形作る様子、また次第に3連符の刻みが主体になっていくところは、12/8拍子の『熱情』第1楽章を明らかに想起させる。緩徐楽章の変ニ長調という調性や、フィナーレの16分音符のパッセージも含めて、『熱情』がモデルになっていることはほとんど間違いないだろう。

第1楽章では、第3主題にあたる部分が『熱情』の変イ短調ではなく、平行調の変ハ長調をとっている。展開部でもシューベルトらしい独創的な和音連結によりややとりとめのない転調が繰り返された後、第1主題の再現を予告して筆写譜は中断している。以降型どおりに再現部を再建し、最後に短いコーダを加筆した。
変ニ長調のアダージョは平易な三部形式だが、中間部ではイ長調やハ長調といった遠隔調へ自由に飛翔していく。細かい書き落としが多く、臨時記号などは適宜補っている。
ホ長調のスケルツォは極めてエネルギッシュかつ強引な音楽で、半音階的な進行や技巧的なパッセージがインパクトを与える。イ長調のトリオでは転調のたびに和音が長く延ばされ、時間が停止したような不思議な印象を与える。
第4楽章は蠢くような両手ユニゾンで始まるが、すぐに嵐はおさまり、ヘ長調、変イ長調といった長調の世界に遊ぶ。ソナタ形式の再現部では左手のパートに数十小節の欠落を含むが、提示部からの移植で容易に補完できる。最後はヘ長調の和音が遠くから静かに鳴り響く。
  1. 2023/10/24(火) 11:03:39|
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[告知] シューベルトツィクルス第14回「ピアノ・ソナタⅤ ―幻想―」

第14回チラシ
2021年6月3日(木) 19時開演 東京文化会館小ホール
♪メヌエット 嬰ハ短調 D600
♪ピアノ・ソナタ 断章 嬰ハ短調 D655(佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 D571+604+570(佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D894「幻想」
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
  1. 2021/06/03(木) 19:00:00|
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ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D894「幻想」 概説

ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 Klaviersonate Nr.18 G-dur D894
作曲:1826年10月 出版:1827年4月(「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット」作品78として)
楽譜・・・IMSLP

この大ソナタは、シューベルトのコンヴィクト時代からの親友、ヨーゼフ・フォン・シュパウンに献呈された。シュパウンはこの作品についてこんな証言を残している。

ある朝彼に会うと、ちょうどソナタを書き終えたところだった。つっかえながらもその場で彼が試演してくれたその曲に、私がすっかり夢中になったのを見て、彼は「気に入ったなら、君のソナタにしよう。君に喜んでもらえるのが僕は一番うれしい」といって、ページを切り取って、私に献呈してくれた。それが作品78だ。

なんと美しいエピソードだろうか。
シュパウンは後年こうしたシューベルトのさまざまな思い出を回顧録にまとめていて、それによって我々もシューベルトの人となりを知ることができる。何も書き残さなかった悪友ショーバーとはえらい違いである。
シュパウンは出版に際しての公式な「献呈許可」を1826年12月15日に認めており、そこには「フランツ・シューベルトの第4ピアノ・ソナタ」とある。
しかし実際には、これはシューベルトにとって3曲目の―そして生前最後の―ピアノ・ソナタ出版となる。なぜ「第4ソナタ」なのだろうか?

シューベルトの死の直後にペンナウアーから出版された変ホ長調D568のタイトルは「第3グランド・ソナタとなっている。ということは、1826年4月にD850のニ長調ソナタが出版されたあと、12月までの間にD568の出版契約を締結した、ということなのではないだろうか。だがD568の出版は遅れ、その間にシューベルトは他界してしまった。
D894は1827年4月にハスリンガー社から「Museum für Klaviermusik ピアノ音楽の博物館」というシリーズの第9巻として出版されたのだが、そのときのタイトルは「幻想曲、アンダンテ、メヌエットとアレグレット」となっている。おそらく急に降ってわいたような出版話だったのだろう。それにあたって、「ピアノ・ソナタ」では売れないから、タイトルを変えさせてくれ、という提案をシューベルトは受け入れたようだ。この作品は4曲からなる小品集として世に出たのである。
「幻想」ソナタという愛称は、この初版タイトルに由来している。ただ第1楽章の冒頭に記された「幻想曲、または:ソナタ」という副題が、この作品の本来の姿を物語っている。

1825年以降の大ソナタへの取り組みの成果が結実した大作であるが、全体としては非常に穏和で、見方によっては冗長な印象も拭えない。
その一因は、「繰り返し」の多さにある。もともと繰り返しの多いシューベルトであるが、この曲では半ば意図的に繰り返しが多用されており、小さなモティーフから大きなセクションに至るまで、あらゆる要素は「繰り言」のように必ず反復される。だからといってシンメトリカルな楽節構造になっているかというと必ずしもそうではなく、「字余り」のような楽句もあって、音楽がドライヴするのを阻んでいる。
もうひとつ、この作品は「和音」の響きが支配する箇所が多く、シューベルトの本領である旋律の美しさでぐいぐい引っ張っていくようなところは少ない。減衰していくピアノの音にじっと耳を澄ますような、静的な音楽が聴き手の時間感覚を惑わせるのだ。
あわせて、両端楽章の左手の5度の響きの連続がいかにも「田園」風で、シューベルトならではの舞曲のリズムも相まって、田舎の鄙びた空気が濃厚に漂ってくる。「幻想」というニックネームがなかったら、きっと「田園」ソナタと呼ばれていたのではないだろうか? 大自然に身体ごと包み込まれるような安らぎと喜びを感じさせるこの作品が、夏の旅行中に書かれたというようなエピソードがあれば納得できるのだが、この年シューベルトはどこにも出かけられずにウィーンに留まっている
一方でリズムの分割に関する探求は前作D850よりもさらに進んでいて、第1楽章の11:1の鋭い長短のリズム(12/8拍子にベートーヴェンの「熱情」第1楽章からの影響を指摘する説もある)で和音が交代する第1主題はピアノならではの書法だし、第2楽章の反復時のリズム変奏の手法も手が込んでいる。

第1楽章の第1主題、前述の和音が静かに交代するさまは瞑想的で、「幻想」のイメージはここから生まれたのだろう。ニ長調の第2主題では左手にシチリアーノ風の踊りのリズムが現れ、音楽に活気を与えている。確保時にメロディーは16分音符で細かく変奏され、それが下行音階へ続いてゆき、激しいドッペルドミナントの和音へなだれ込む。展開部は第1主題と第2主題をバランス良く扱っており、対位法的・和声的な盛り上がりもあり、規模的にも全く不足のない、充実した内容となっている。ただ、同じ要素の反復はやはり多く、いくぶん冗長な感じも否めない(なおこの展開部の構成はD568の第1楽章の展開部と酷似しており、D568がこの時期に改訂された可能性を推測させる)。再現部では第1主題部をぐっと短縮して、第2主題以降を主調で再現する。コーダも相変わらず繰り返しの連続で、次第に遠ざかって消えていく。
第2楽章はニ長調で、ABAB'A'のロンド形式、あるいは展開部を欠くソナタ形式とも考えられる。A部はそれ自体がabaの三部形式で、本作の中では珍しくシューベルトらしい歌心が発揮された美しいメロディーだ。B部は一転して激しい和音の打撃と不安げな楽想が交互に登場する。反復される間に主題は細かい変奏を纏うようになる。
第3楽章はロ短調のメヌエット。典型的な複合三部形式である。厳しい和音の連打で始まる主部のデモーニッシュさは、すぐにニ長調の優雅な衣に隠れてしまう。トリオはロ長調で、レントラーの趣が強い。再現時には嬰ト長調(!)に転調する。
第4楽章はABACAのロンド形式のフィナーレ。のんきな調子の主題で始まり、合いの手のように現れるタタタタという和音連打(前楽章から引き継いだ要素である)がやがて主要なモティーフになっていく。最初のエピソード(B)はハ長調、シューベルトの好きなダクティルスのリズムに乗って無窮動のメロディーが続いていく。2番目のエピソード(C)は変ホ長調だが、ハ短調とハ長調の副エピソードを伴った長大なセクションである。ここでもダクティルスのリズムが支配的で、B部とのキャラクターの違いが明確化されない。ロンド主題にも反復時には細かい変奏が施されるものの、全体的にずっと同じようなことをやっているような、田園風景がどこまでも続いていくような長閑な印象を残したまま、静かに曲は終わっていく。
  1. 2021/05/31(月) 22:45:21|
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ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 D571+D604+D570 概説

ピアノ・ソナタ 第9番 嬰ヘ短調 (断章・未完) Sonate (Fragment) fis-moll D571
作曲:1817年7月 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

アレグロ 嬰ヘ短調(未完) と スケルツォ ニ長調 Allegro (Fragment) fis-moll und Scherzo D-dur D570
作曲:1817年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ小品 イ長調 Klavierstück A-dur D604
作曲:1816~17年? 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

(シューベルトのピアノ・ソナタの一覧はこちら

D571の嬰ヘ短調ソナタもまた問題児である。
第1楽章が完結しておらず、さらには後続楽章も揃っていないという「二重苦」にもかかわらず、バドゥラ=スコダが先鞭をつけた復元の試みが功を奏し、現在では時折演奏会やレコーディングのレパートリーに上るようになった。それに値するだけの唯一無二の音楽であることは疑いない。

冒頭楽章の断片(D571)は1817年7月に作曲された。タイトルには「Sonate V」とあり、1817年に計画された6曲の連作ソナタの第5番として書かれたことがはっきりしている。



左手のアルペジオの伴奏型が初めに現れ(このような「前奏」から始まるソナタは当時としては非常に珍しい。同じ調性のシューマンのピアノ・ソナタ第1番を連想させるが、1897年の旧全集で初めて出版された本作をシューマンが知っていた可能性はない)、[5]から右手がオクターヴで第1主題を奏でる。属音の3連打で始まる旋律の、滴り落ちるような瑞々しさと儚い悲しみは、まさに稀代のメロディーメーカー、シューベルトならではのものだ。メロディーが終わったあと、伴奏の音型だけが残って展開の素材となり、転調を繰り返して[54]でニ長調の第2主題へ至る。前から引き継いだアルペジオの中からメロディーの断片が聞こえてきて、それが次第に繋がっていく。しかし第1主題のような歌謡的な旋律はもう現れず、全体としてはアルペジオが支配する器楽的なテクスチュアの提示部である。
ニ長調の主和音に終着したあと、[100]の1番括弧では主調嬰ヘ短調の四六の和音に進んで、冒頭に戻る。ところが2番括弧ではなんとヘ長調の四六の和音へスライドし、半音階的なゼクエンツを経て[106]で変ホ長調というとんでもない遠隔調へたどり着く。調号もこれに合わせてフラット3つに変更となる。アルペジオの伴奏型はずっと続いたままだが、最上声には第1主題の同音連打をモティーフにした新しい主題が登場する。曲は変ホ短調を経て変ハ長調、そして変イ短調の和音が現れたところで調号がシャープ3つに戻り、3度ずつ下降するゼクエンツがロ短調のドミナントの和音に到達し、メロディーは薄れて同音連打のモティーフだけが残る。そして[141]で自筆譜は中断する。

以上が残されたD571(第1楽章)の姿である。この断章をいかにして完成させるかという話題については次の記事に譲ることにして、後続楽章について触れることにしよう。

D570の「アレグロとスケルツォ」がD571の関連楽章であろうということは、比較的早い段階から推測されてきた。嬰ヘ短調という珍しい調性(シューベルトの器楽曲で嬰ヘ短調を基調とする作品は他に見当たらない)、アルペジオを多用したテクスチャー、またフィナーレにふさわしい軽快な曲調は、「アレグロ」がこの嬰ヘ短調ソナタの終楽章として計画されたことを窺わせる。同じ自筆譜に書きつけられていたニ長調の「スケルツォ」はその中間楽章と考えるのが自然だ。シューベルトらしい舞曲風の「スケルツォ」は時に突飛な展開で人を驚かす。変ロ長調の中間部を持ち、セクション間のしりとりのようなモティーフのやりとりが楽しい。
例によってブラームスがこの作品に興味を示し、シュナイダー博士という人から借りてきた自筆譜をもとに作成したという筆者譜が、ウィーン楽友協会に保存されている。
ひとつ引っかかるのは、自筆譜ではアレグロの方が先になっていて、アレグロの最終ページの裏にスケルツォが記されているということだ。D571の後続楽章とするには、この曲順をひっくり返さなくてはならない。
もうひとつの大きな問題は、この嬰ヘ短調の「アレグロ」がまたしても未完成で、ソナタ形式の展開部までで筆が止まっているということだ。それこそ「一丁上がり」とばかりに、続きを端折って「スケルツォ」に取りかかったわけだ。この楽章の補作についても次の記事で触れよう。
D571にD570の2つの楽章を接続させることについては、研究者の間では概ねコンセンサスが取れていて、新全集でも同じ巻の中に収録されている。

ところが、このソナタは緩徐楽章を欠いている
シューベルトの完成した3楽章構成のソナタでは、例外なく第2楽章は緩徐楽章であり、スケルツォを持つものはない。スケルツォやメヌエットがある場合は必ず緩徐楽章のあとに置かれ、全体は4楽章構成となる。
その緩徐楽章の有力候補として、パウル・バドゥラ=スコダが見繕ってきたのがD604のイ長調の小品であった。

この小品は音楽としては完結しているが、タイトルも速度表記もなく、何のために書かれたのかは判然としない。1816年9月に完成した序曲D470の四重奏形式のスコアの続きに記されているが、バドゥラ=スコダやデイヴィッド・ゴールドベルガーによれば、D604とD570はいずれも1815-16年の自筆譜の余白に書き込まれているという共通点があるという。いずれも日付や署名、楽器指定を欠いているが、シューベルトがピアノ・ソナタの中間楽章を書くときはいつもそうだったとゴールドベルガーはいう。しかしながらそれ以上の積極的な関連性については確証がないとして、新全集ではD604はソナタから切り離して「小品」の巻に収録された。
構成としては典型的な「展開部を欠くソナタ形式」だが、第1主題のイ長調に対して第2主題は下属調のニ長調をとるのがいっぷう変わっている。再現部では第1主題の確保の際に属調ホ長調に転調し、そこから形通りにイ長調に戻る。曲は弦楽四重奏を思わせるテクスチャーで、微妙な和音の移り変わりが表情に繊細な陰影をもたらしている。確かに、開始早々に嬰ヘ短調のドミナント和音が登場したり、第2主題ではD570のスケルツォの冒頭と同じfis-eis-fisという音型を使用するなど、D571/D570との関連をほのめかす証拠は多々ある。第2主題の後半では右手に装飾的なパッセージが登場して、キラキラと忙しく動き回る。

D604第2主題  D570-2
はピアノ小品D604の[19]、第2主題冒頭部。赤くマークしたfis-eis-fisの音型のスケルツォD570-2の冒頭と一致する。
ちなみに青くマークした同音連打がD571の第1主題から来ているという説もあるが、クラウゼによれば「考えすぎ」。


D570-1のアレグロと、(またしてもベートーヴェンの「月光」ソナタ終楽章との調性配置の類似を指摘しているアンドレアス・クラウゼは、D604の追加には否定的で、このソナタは「月光」と同様、中間楽章にスケルツォを置く3楽章ソナタであるべきだと主張している。しかし「月光」ソナタの場合は冒頭楽章が既に緩徐楽章であったわけで、D571も緩やかな曲想とはいえ同列には論じられないと私は思う。
今回はバドゥラ=スコダの提案の通り、D604を含む4楽章ソナタ(D571+D604+D570-2+D570-1)の形で演奏することにしたが、未完の両端楽章にはオリジナルの補筆を行った。これについては次の記事で触れよう。
  1. 2021/05/22(土) 21:56:35|
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