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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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20のワルツ(「最後のワルツ」)D146 概説

20のワルツ(「最後のワルツ」) 20 Walzer ("Letzte Walzer") D146
作曲:1815年/1823年 出版:1830年(作品127)
楽譜・・・IMSLP


シューベルトの死の翌々年、1830年にディアベリ社から「フランツ・シューベルトの最後のワルツ」として出版された。最初の出版作である「36のオリジナル舞曲」D365(作品9)が『最初のワルツ』と改題されて新装再版されたのが同じ1830年のことで、出版社としては『最初のワルツ』と『最後のワルツ』を対応させることで相互の販売促進を図ったのだろう。
タイトルに反して、これはシューベルトが生涯の最後に作曲した舞曲集ではない。すべての収録曲について、珍しく自筆譜が残っていて作曲年代が明らかになっている。
それによれば第1曲と第3~11曲の計10曲は1815年の日付を持つ「12のドイツ舞曲とコーダ」(Brown, Ms.9)(ブラウン自筆譜番号についてはこちら)から採られていて、残りの第2曲と第12~20曲の計10曲は1823年2月の日付を持つ17の「ドイツ舞曲」の自筆譜(Brown, Ms.45)に由来している。2つの別々の舞曲集の束の中から、半分ずつ集められたということだ。
そのために、大まかに言って曲集の前半と後半で舞曲の様相が大きく異なっているBrown, Ms.9のドイツ舞曲の特徴は、なんといっても「トリオ」を伴う大規模なダ・カーポ形式で書かれているということだ。楽式としてはメヌエットに近く、その後のドイツ舞曲やレントラー等には見られなくなった、「古い」スタイルである。
通常のシューベルト舞曲は最短の場合A(8小節)+B(8小節)の16小節が基本で、演奏の際はそれぞれのセクションが反復されて合計32小節となるが、このトリオ付きのドイツ舞曲は
||: A :|: B :||: Trio-A :|: Trio-B :|| A | B ||
という楽式となり、1セクションが最小単位の8小節だとしても延べの小節数は80小節に及ぶ。1曲につき通常の舞曲の2.5倍の長さ(演奏時間)を要するということだ。

一方のBrown, Ms.45のドイツ舞曲は16小節(三部形式の場合は24小節。舞曲の構造についてはこちら)を基本とした「新しい」スタイルの舞曲だ。同じ自筆譜の他の作品が「34の感傷的なワルツ」D779や「16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ」D783などに収録されていることからみても、こうした生前の舞曲集に収められても違和感のないスタイルだということが納得されるだろう。
逆に言えば、出版社が保有していた自筆譜の中で、第1弾の出版に選ばれなかった、いわば“残り物”がここに集められたともいえる。1815年のBrown, Ms.9にはいわゆる「ドイツ舞曲」型のオクターヴ・和音連打の伴奏型が多く、いくぶん粗野な雰囲気が漂うが(中でも超ラディカルなD139はこの曲集にさえ収められなかった)、後半の1823年の舞曲にも力強いオクターヴを伴うものが多く、全体としてエネルギッシュな性格の舞曲集になっている。「優雅な」ワルツというイメージの過去の曲集にはそぐわなかったのかもしれない。
一方で興味深いのは曲の配列への気遣いだ。トリオ付きのBrown, Ms.9とトリオのないBrown, Ms.45から「新旧」の1曲ずつをまず抜粋する。その後、Ms.9は曲順の変更だけでなく主部とトリオの組み替えも施され、Ms.45では曲尾の不完全小節の処理まで丁寧に記譜されている。新全集が指摘している通り、これは曲集を「通奏」することを前提にした処置だろう。1830年の時点で、舞曲集はもはや単なるパーツの集積ではなく、1つのまとまった組曲として演奏されることが期待されていたということだ。
1825年までシューベルトの舞曲集をほとんど独占的に出版していたディアベリにとっては、作曲者が死去してしまった今、新たな舞曲が作られる可能性も無くなり、無断で預かりっぱなしになっていた自筆譜の中から残り物を見繕って「もう一儲け」したということになる。そういう意味では確かにディアベリにとっての「シューベルトの最後のワルツ集」というのは間違ってはいない。

舞曲の分類についてはこちら

1. 主部 ニ長調 [T] ドイツ舞曲型
 トリオ ト長調 [T] ドイツ舞曲型

 主部はBrown, Ms.9の第10曲主部、トリオは同じく第9曲のトリオ(原調は変ト長調)と異なる原曲から組み合わされたもの。主部は典型的な「ドイツ舞曲」型のオクターヴ連打の伴奏型の上で、力強く和音が刻まれていく。トリオは一転して長短リズムの伴奏に乗ったやさしいシチリアーノ風の舞曲。
2. イ長調 [B] メヌエット型-ワルツ型
 こちらはBrown, Ms.45の第3曲であるとともに、Ms.50、Ms.52にも登場する人気の舞曲。左手はやはりオクターヴだが、拍ごとに音が移動していく。3拍目に付けられたアクセントが特徴的だ。力強いffの前半に対して後半はpとなり伴奏型もワルツ型に変移する。
3. 主部 ホ長調 [T] ドイツ舞曲型
 トリオ イ長調 [T] 混合型

 主部はBrown, Ms.9の第1曲(=D135)主部、トリオは同第2曲主部という、主部同士の組み合わせである。第2曲の本来のトリオは嬰ヘ短調で、D145-W9に収められている。
 主部・トリオともども付点リズムを伴う和音連打が特徴的で、ファンファーレ風の豪勢な1曲になっている。
4. 主部 イ長調 [T] ワルツ型ドイツ舞曲型
 トリオ イ長調 [B] ドイツ舞曲型

 Brown, Ms.9の第11曲。主部は2小節に1回バスが打ち鳴らされる、拡大されたワルツのような伴奏型の上で、オクターヴで重ねられたメロディーが勇壮に奏でられる。トリオは一転して内省的。
5. 主部 ヘ長調 [T] その他
 トリオ 変ロ長調 [T] レントラー型

 Brown, Ms.9の第7曲だが、トリオは変イ長調から変ロ長調に移調されている。主部は三部形式ではあるが、A(16小節)-B(12小節)-A'(16小節)の合計44小節という大規模なもの。上行アルペジオと和音連打が活発な性格を与えている。トリオは主音保続のレントラー型伴奏の上で6度重音を基調とした旋律が歌われる。特にB部のシューベルトらしい繊細な半終止が美しい。
6. 主部 ニ長調 [B] その他
 トリオ ニ長調 [T] メヌエット型

 Brown, Ms.9の第6曲。主部の左手の音階的なパッセージは舞曲としては異色である。前半ではIからVへ、後半ではVからIへ向かうというシンメトリカルな構成。トリオは伴奏型だけしかないようなシンプルなものだが、すべての音の間に8分休符が挟まれている記譜法(スタッカートを意味する)が目を引く。
7. 主部 ロ短調 [T] ドイツ舞曲型
 トリオ ト長調 [T] ワルツ型ドイツ舞曲型

 Brown, Ms.9の第4曲。左手が打ち鳴らす和音の連打、右手のオクターヴ、強拍に付けられたsf、ロ短調という調性がデモーニッシュな性格を与える。トリオは一転して伸びやかでやさしい曲想。
8. 主部 ト長調 [T] その他
 トリオ ニ長調 [T] レントラー型

 Brown, Ms.9の第9曲の主部(原調は変ト長調)と第10曲のトリオの組み合わせ。1曲目と対になる存在である。3拍目のsfから1拍目に解決するタイ・スラーが剽軽な印象を与える。トリオはホルン風の重音のメロディーを左手が小川のざわめきのように静かに伴奏する。
9. 主部 ハ長調 [T] レントラー型
 トリオ ハ長調 [B] ドイツ舞曲型

 Brown, Ms.9の第12曲(終曲)。全体を通してバスの保続音が続き、いかにもレントラー風の鄙びた舞曲である。オクターヴで重ねられたメロディーが上昇していく主部に対してトリオはコラール風の書法で内向的。
10. 主部 ヘ長調 [T] ワルツ型
 トリオ 変ロ長調 [T] ドイツ舞曲型

 Brown, Ms.9の第5曲。オクターヴユニゾンの序奏から始まり、スタッカートの付いたオクターヴ重音、縦横無尽の転調とスペクタクルが満載。まるでシューマンの「パピヨン」や「謝肉祭」を思わせる刺激的なワルツだ。トリオでは単純な伴奏型の上で右手が8分音符のパッセージを奏でるが、B部では長3度下の変ト長調へ転調する。
11. 主部 変ロ長調 [T] ワルツ型ドイツ舞曲型
 トリオ 変ロ長調 [T] その他

 Brown, Ms.9の第8曲。装飾音のついた音階パッセージが鍵盤を駆け上がる精力的な主部に対し、穏やかなトリオでは手の交差を用いた珍しいテクスチュアがみられる。
12. ト短調→ト長調 [T] ワルツ型
 ここから後のソースはBrown, Ms.45となり、その第11曲。3拍目に置かれたシンコペーションと短調ならではの半音階がエキゾティックだ。B部ではシンコペーションが左手に移り、A部の再現ではト長調に転調するなど凝った構成をとる。
13. ハ長調 [B] メヌエット型ワルツ型
 Brown, Ms.45の第12曲。和音の連打や3度の重音が支配する活発な舞曲。
14. ト長調 [T] ワルツ型
 Brown, Ms.45の第7曲。跳躍の多いメロディーと和音の連打が交替する。アウフタクトのプラルトリラーやホルン風の重音が鄙びたレントラーの風合いを醸す。
15. 変ロ長調 [B] ワルツ型
 Brown, Ms.45の第14曲。全編を通じてppの繊細な舞曲。ト短調のドミナントの和音から始まり、細かいスラーがニュアンスを添える。
16. ヘ長調 [B] メヌエット型ワルツ型
 Brown, Ms.45の第15曲。和音の連打がエネルギッシュ。前半では3拍目に置かれていた強勢が、後半では2拍目に移動する。
17. 変ロ長調 [B] ワルツ型
 Brown, Ms.45の第16曲。ウラ拍で属音を保続する内声が右手に現れる。前半は平行調のト短調に終止し、後半はそこから主調に戻る。
18. 変ロ長調 [B] ワルツ型
 Brown, Ms.45の第17曲。前曲に続きppの柔らかなワルツ。右手は旋律声部と、8分音符のトレモロの内声を担当する。ト短調のドミナントで半終止するのも前曲に少し似ている。
19. ヘ長調 [T] ワルツ型メヌエット型
 Brown, Ms.45の第13曲。ヘ長調とニ短調の2つの極を持ち、最初のAはヘ長調からニ短調へ、B部は前半はヘ長調、後半はニ短調。そして戻ってきたAではニ短調からヘ長調へというシンメトリカルな構成をとる。
20. 主部 ニ長調 [B] レントラー型
 トリオ ト長調 [T] ワルツ型

最終曲は再びトリオを伴う大規模なワルツだが、これはBrown, Ms.45の第4曲と第5曲を組み合わせたものである。この長大なワルツ集を締めくくるには、最後に再びダ・カーポ形式の舞曲が必要、と出版社は考えたのかもしれない。主部はスラーのかかった長短のモティーフがため息のような表情を見せる。トリオは一転して快活かつ技巧的で、全体にわたって右手が重音を奏で、時に対位法的に絡み合う。
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  1. 2022/04/05(火) 22:43:18|
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ロンド ニ長調 D608 概説

ロンド ニ長調 Rondo D-dur D608
作曲:1818年1月 出版:1834年(作品138)
楽譜・・・IMSLP

 1813年にハ短調の「幻想曲」D48を書き上げたあと、シューベルトの連弾曲の創作には4年あまりの空白期間がある。1817年の末に手がけた、2曲の「イタリア風序曲」の4手用編曲(D592/D597)を経て、久々に取り組んだオリジナルの4手作品が本作である。
 作曲家死後の1834年に、ディアベリ社から「作品138」として出版されたが、1818年1月の日付を持つ自筆譜とはかなり多くの相違があり、自筆譜を「第1稿」、初版譜を「第2稿」と呼んでいる。第1稿は未完成であり、第2稿にはない3番目のエピソード(副主題部)が登場する(そしてこのエピソードが完成されておらず、続きをスキップしてコーダが書かれている)。一見して下書き然とした第1稿に比べると、第2稿はABACAのすっきりした構造に整理され、細部の書法もブラッシュアップされている。しかし第2稿の自筆譜はなく、D567/D568のソナタと同様、この改訂作業がいつどのようにして行われたのかはわからない。
 初版譜の表紙には『我々の友情は不変』(Notre amitié est invariable)というフランス語のタイトルが記されているが、当然ながらシューベルトがこのような標題を付けるはずはなく、出版社による命名と考えられる。ひょっとすると第3エピソードの削除をはじめとして、楽曲そのものにもディアベリの手が入っているのではないかという見方もある。

 付点リズムが支配的なニ長調のロンド主題(A)は、いくぶんポロネーズ風のリズムを持ち、軽いサロンの雰囲気を醸し出すが、いささか常套的で単調であることは否めない。第1エピソード(B)は荒々しいニ短調の強奏で始まり、装飾音を伴う逆ターンの音型モティーフが展開されていく。途中のヘ長調のセクションではウラ拍に付されたアクセントがリズミカルで楽しい。ロンド主題の回帰の後に始まるト長調の第2エピソード(C)では、長い保続低音が牧歌風の鄙びた印象を与える。コーダではダイナミックレンジが拡大、終盤ではプリモの左手とセコンドの右手が交差し、両者の右手がロンド主題のカノンを奏する(この交差が「我らの友情」云々の所以になったという説もあるが、連弾曲の書法としてはさして珍しいわけではない)。
 気楽で親しげな小品ではあるが、構成の求心力が弱く、霊感の閃きにも欠け、冗長の謗りは免れない。誰が実行したにせよ、第3エピソードの削除は正しい判断だったといえよう。前年の夏にショーバー邸を出てからツェリスに赴任するまで、シューベルトが感じていた不調の一端を垣間見ることができるかもしれない。
  1. 2018/09/28(金) 22:34:12|
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