(
第3回はこちら)
斎藤 指揮者も完全に分かれていて、Aタイプはこう「
ふわん」と音が上向きになるんですけど、持続はしないんです。Bタイプの指揮者は基本的にフレーズが長持ちする。
カラヤンが典型的な
B1の指揮者です。そのあとの
クラウディオ・アバドは
A1タイプ。だからベルリン・フィルの音があのとき劇的に変わった、軽くなったっていうのはそのせいが大きいとにらんでます。
佐藤 ははあ。
斎藤 面白いですよね。明らかに「
らん」っていう鳴り方のオケになった。それまでは「
だーーーー!」っていうオケだった。
佐藤 その印象ありますねカラヤン。
斎藤 だからスメタナとかチャイコフスキーとかブルックナーとか、そういう曲は分厚くて格好よかったけど、でもあれでプッチーニとかやると、ちょっと日本人からみてもちょっとどうかなーとか。
佐藤 (笑)
斎藤 ドイツってこういうもんなのかなあと思ったら、アバド時代になって、ドビュッシーとかすごく素敵な演奏になって、あ、インターナショナル化してみんな器用になって上手になったのかなって思ったらそういうことじゃなかったのかもしれない。
ラトル先生になったらもうちょっと肉々しくなって、あれはもう
B2でしょうねえ。
佐藤 あそうですか。
斎藤 もちろん、それだけじゃなく、それぞれの個性もあるんですけど。ただ、いろんなタイプがあって、
人にとっての自然ってのが何通りもあるんだってわかっていれば、自分と違うタイプの人とアンサンブルやるときに、マウント合戦みたいにならなくて済むっていう。
佐藤 そうか。
斎藤 偉い先生には言わないけど、自分より年下とかには「シューベルトっていうのはそんなリズムじゃないんだ。俺に合わせろ」ってけっこう言っちゃう。
アンサンブルってのは合わせるものだ!と思ってるからなんですけど、これ、行き過ぎると言われた人はつまんない演奏になっちゃうんですよね、死んじゃう。東京のオーケストラの長年の弱点っていうのはそこだったと思ってるんです。
佐藤 ほうほう。
斎藤 要するにコンマスとか首席奏者とかが、「俺のリズムに合わせろ」ってやってたわけじゃない? まあでも、それも必要だったんだと思う。昭和のオケとか単純に技術的にかなり怪しかったから、黙ってると下手すりゃ3小節ぐらいずれたりする。
佐藤 (笑)
斎藤 懐かしい話で、『ハルサイ』(春の祭典)やってて、ヤマカズ(山田一雄)先生が一生懸命振りながら、「今どこやってるんだい!」コンマスが「先生、わかりません!」みたいな。だったら、俺に合わせろってやった方が結果的にはね。
佐藤 いやあまあ、レヴェルの問題ですね(笑)
ストラヴィンスキー:春の祭典~「生贄の讃美」周辺(「B2」ラトル指揮ベルリンフィル) この演奏は当然ながらズレもなく完璧ですが、音と映像はところどころ大幅にずれています(ベルリンフィル公式チャンネルより)斎藤 けっこう最近までそんな感じだった。でも今はみんなすごい上手になって、そんなことしなくてもおおむね合う。でもよく見ると「
たんたかたんたか」って弾いてる隣で、「
だんんだかだんんだか」って弾いてるおばちゃんがいたりする。「え、これ合ってないけどいいの?」って思うけど、面白いもので、客席で聴くと、ちゃんとひとつのうねりになってる。
佐藤 それは面白いですね。
斎藤 ちゃんと作曲家のタイプの音に聞こえるようになってる。だから意外と、「俺がたんたかたんたかって弾いてるんだからお前もそういう風に弾け」って言うと、ぴったり合ってるようで、そいつの音は死んじゃってて、客席には届いてない。だから厚みに欠ける。でも、音程でも何でもそうですけど、ちょっと差があったり、タイミングも全員でぴたっと揃うよりも、バランと出た方が厚みが出る。
佐藤 まあオーケストラっていうのはそういうものですよね。
斎藤 それぞれに違ったリズム感と違った音色感がある人たちが、一緒に全力で走っててなんとなく揃ってるから格好いい。それが今までの東京のオーケストラは、ピッタリ合ってるけどなんかつまんないし音が薄いよね、やっぱりベルリンやウィーンは違うよねって言ってたのの、理由の半分ぐらいはそれだったんですね。
佐藤 ほう。
斎藤 たとえばメンデルスゾーンのイタリアの3楽章、付点を「
たん、たたん、たたん」って人と、「
らんっ、たらんっ、たらんっ」ってなりがちな人がいると、指揮者が「合わせましょう」って。で、ぴったり合う。指揮者は満足そうに、ちゃんと自分の仕事したぞって。でも、意外なことに客席では合ってなかった時のほうが音自体は良かったりすることもあって、昔から不思議だなと思ってたんですよ。
佐藤 ふふふ。
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」(「A1」アバド指揮ベルリンフィル) 第3楽章の該当箇所から再生されます斎藤 『フィガロ』序曲
【YouTube】とかも「
んらららりん」って、なんとなくなってる人もいる。でも客席で聴くとそういうやつがいた方が良い音がして、しかもちゃんと「たかたかたん」と聞こえる。そういう点で、
モーツァルトもつまりたぶん
A2ってことなんですけど。
佐藤 なるほどね。
斎藤 ただ、そうじゃなく演奏しても素敵だっていうのがモーツァルトのすごいところですけどね。
佐藤 それはまあ、本当にあらゆる音楽についてそれはありますよね。どのように演奏してもある程度の魅力が。
斎藤 プレイヤーが、
演奏していて生理的に気持ちいいっていうのもすごく大事なところですね。自分を殺してやっても模型のような作り物にしかならないわけで。そこは尊重と、自分を殺さないっていうののバランス。つまり会話と同じですね、相手をどこまで尊重したり譲ったりするのかっていう。すいませんべらべらと。こういうのが良くないですね、今日こそこの話はしないって決めてたのに。
佐藤 え、そうなんですか。そんなにあちこちで伝えてるお話?
斎藤 まあちょっとずつ広めてるんですけどね。でもソロでピアノ弾いてる人で、ああなるほどって思って下さる人は少ない。
佐藤 ああそうですか。
斎藤 オケマンには結構通じる。やっぱり、「なんでこいつこんなにリズム感俺と違うの?」っていう経験を毎日してるから。
佐藤 なるほど。
斎藤 よくよく話してみると、人によって「あの指揮者見づらいよね」「えそう?俺見やすい」って逆になることがよくあるんです。それも、自分と同じタイプの指揮者は見やすい。
佐藤 そうでしょうね。
斎藤 どこで力入るかっていうのがわかるから。見づらいのは、指揮法を大学とかで習って、それに縛られちゃって力みまくって下半身ガッチリ固めちゃって「よろしく・お願い・します」みたいな人はキビシイ。
佐藤 (笑)誰から見ても見づらい。
斎藤 指揮法で「手首は動かすな、わかんなくなっちまう。肘で振るんだ」って教わっても、全身との自然な連動が取れてないで、全部固めて「お願いします、お願いします」ってやっても、プレイヤーとしては「無理です、無理です」ってなるじゃないですか。
佐藤 そうですね。
斎藤 それで才能あるのに窮屈そうな思いをしてる若い指揮者もいるなあと思うんですけど、ただ自分あたりが「そういうふうに振らない方がいいよ」なんて言いに行くのも全く僭越すぎて。
佐藤 それは確かに言いにくいですね(笑)
斎藤 そうそう、だからこういう話もあるよって浸透してくれればいいなって思ってるとこです。
斎藤 面白いのは、スポーツ選手っていうのは、我々よりもその辺について敏感ですね。
佐藤 いやまあ、そうでしょうね。
斎藤 一度、あるイヴェントで、プロ野球選手とかオリンピック代表とか、すごいレヴェルのプレイヤーを40人ぐらい集めて、いろんなドラムの音とか、打楽器のリズムを聴いてもらったの。で、自分がバッターボックスに立ったり、ダーツを投げたり、準備体操したり、ゴルフでアドレスに入るときに、どのリズムが自分の身体が動きやすいですかって聞いたら、40人いたのに、
自分と違うリズムを選んだ人は1人もいなかったんです。
佐藤 ほう。
斎藤 音楽家よりもこれは遥かに敏感だなと。トッププレーヤーがですよ、俺はこれじゃ絶対バット振れないっていうんですよ。
佐藤 へえ。
斎藤 「自分のリズム」とか、「自分の相撲」っていうじゃないですか。
卓球なんかもはっきりしてて、かこんかこんってリズム、あれを
自分のリズムにした方が勝つんですって。
佐藤 ははあ、なるほど。
斎藤 でも今までスポーツの人は、自分のリズムって何なのか、書いてみてよって言ってもできなかったんですけど、でも我々はそれを楽譜に書けるから。それを話したらむちゃくちゃ喜ばれましたよ。
佐藤 へえー。
斎藤 「だからかー、俺ダーツのときにこいつの曲流れてるとやたら調子いいんだ」とか、あるんですよね。
佐藤 大事なんですね。
斎藤 だからスポーツの人たちは、聴いてる曲の好みがそういう風になってくるんですよね。Bタイプの人だと、忌野清志郎とか何が良いんだか全然わかんない、曲に聞こえないと。だから
ヴァン・ヘイレンとかが好きとかよく聞きます。
佐藤 ふうん。
斎藤 チック・コリアはよくデュオでアルバム出してるんですけど、共演する人で、自分と違うリズム感の、つまりクロスの人とはぜんぜんやってないと思うんですよ。
佐藤 それはわかりますね。
斎藤 ハービー・ハンコック、上原ひろみさん、小曽根さん、みんな
リズムスクエアな人。キース・ジャレットとはやらないじゃないですか。仲悪いのかもしれないけど(笑)、たぶんなんか合わないって思ってるんじゃないですかねえ。
佐藤 まあそれはあるでしょうね。
斎藤 共演のドラマーとかにしても、自分とウマの合うやつとやってるなっていう感じがしますね。違う人とやるのもそれはそれで面白いんだけど。ええと、何を言ってるかわからなくなってきたんですけど、
今回のシューベルトは自分にとってはそのようなチャレンジだという。
佐藤 なるほど。
斎藤 自分の中では、そういう作曲家と、佐藤君をリスペクトして、協調しつつ、自分を殺さず、かつ技巧的なんだけどこれ見よがしじゃない、直球、質実剛健っていう感じの音楽をがっつりやれるっていうのは非常に楽しみなところなんです。
佐藤 ありがとうございます。
斎藤 でも今ちょっと話してると、なんか同じタイプの気がしてます。
佐藤 そうですか、そうなのかな。
斎藤 なんかさっきリハーサルしてても、流れがあるじゃないですか。機会があったらいずれチェックさせてもらえればね。
佐藤 それは何かテストみたいなのがあるんですか?
斎藤 骨格の話なんで、横になってもらって、身体いろいろ押して、どういうふうに動くかっていうのをチェックすると、5分ぐらいでわかるはずなんですけど。ただ身体が本当に歪んじゃってる人は変な反応出たりするから、5分で専門家みたいにやるとたまに間違えちゃうことあるので、間違えるとえらい目に遭うから。
佐藤 ああそうなんですね。
斎藤 でも、特にプロの音楽家の人は、こうやって一緒に演奏した方がわかりやすい。つまりA1の人っていうのは、必ずアッチェレランド、リタルダンドのリズム感がある。A1の人にとってはそれが自然に聞こえるんですが、ただそう聞こえない人もいる。A2の某指揮者さんなんかは、カルメン
【YouTube/アラゴネーズ(第4幕間奏曲)】やると「スペイン風に、短い音符を詰めて演奏して下さい」って言うんです。ああ、そういうふうに聞こえてるんだな、これがA2の人が聴き取ったA1のリズムなんだなと。A1の人にとっては意識しなくても勝手に詰まり気味になっちゃうような音型なんで、そういうとこにすごく特徴出るんです。だから音楽家はそういうのも含めて総合的に判定した方が間違いが少ない。
佐藤 なるほどね。
斎藤 A1の人のリズムって、メトロノームよりも、
前に出ちゃうことが結構あるんですよ。だからスタジオとか行くと、「急いでます」って言われて録り直し、という。少し音を前に出して、時間稼いで、そのぶんてっぺんの音を自由に伸ばすみたいなアゴーギク。これはパラレルの人にはない。パラレルの人はジャストから
後ろにレイドバックで、後ろにルバートする。これがショパンとかドビュッシーとかのルバートの違いかなって思ってるんですけど。
佐藤 なるほどなるほど。
斎藤 オケなんかはそれが全体で出る。たとえばワーグナーのニュルンベルク
【YouTube】とかで、すごい自由にやってくれってB1指揮者が言うんですけど、A1風にやると、前にいっちゃう。これだと明らかにワーグナーって感じには聞こえない。でもパラレルの人は後ろに自由になるから、確かにこれだ、と。特に
ラヴェルがはっきりしてますよね、ピアノコンチェルトの2楽章
【YouTube】とか。ジャストより後ろに自由に。
佐藤 わかりますね。
斎藤 でもたまにコンクールなんかで、A1全開で、前に来ちゃう人いるんですけど、素敵なんだけどラヴェルには聞こえないけど、どうなのかな・・・お、1位!みたいな。
佐藤 ほう。
斎藤 そういう時みると
審査員の先生もA1の人が多かった、みたいなこともありますね。だからコンクールの審査する人もある程度こういう話わかってた方が本当は良いんでしょうけどね。
佐藤 もちろんそうでしょうね。
斎藤 日本音コンなんて、本選の点数公表されるじゃないですか。あれ面白いよね、やっぱり自分に近い人に良い点入れてるんですよね。
佐藤 ああ、まあわかりますけど。
斎藤 みんな「俺は全員をフラットに見てる」って思ってるんですけど、明らかにどこかで、
自分の自然に近いのを、「これが自然でいいや」って思ってる。でも結構例外もあって、おかしいなって思ってると、まあこれは弟子だったりする。
佐藤 (笑)
斎藤 だいたいこの、点数の2大バイアス。人間っていうのはそんなもんですね。
佐藤 だからある程度公平性を期するんだったら、
すべてのタイプの審査員を同じぐらいの数入れておくというのが。
斎藤 すごい、そこまで話ぱっとわかってくれる人はいないですよ。まあでも実際そういうふうに審査員選ぶわけにはいかないじゃないですか、「あ、もうB2足りてるんで」って(笑)。そこらへんはだから、まあなんというか半分遊びだと思って。分断のために使っちゃうと良くない。それに、本当にスゴイ人はそんなつまらないこと突き抜けて圧倒的にスターになりますからまあ関係ないって言えば関係ないともいえる。
佐藤 確かにそうですね。
斎藤 理解して、仲良くなるために。ああなるほど、これはこの人の正義なんだっていって、
お互いの良さをどう引き出すかっていうところまで行ければ面白いかなって思いますね。インタビューっていうかただの雑談ですねこれ。
佐藤 いやあ、面白いお話でした。ありがとうございました。
(インタビュー完・2022年8月31日、さいたま市にて)
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- 2022/10/05(水) 13:15:24|
- シューベルトツィクルス
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2010年2月、浜松市楽器博物館にて レコーディング後のミュージアムコンサート 使用楽器は1925年製プレイエル デュオ・ピアノ[
インタビュー(1)はこちら]
佐藤 僕が藝大の学生のときに、小倉先生がフォルテピアノの先生として着任されて、副科で2年間、それから卒業後も個人的に教えていただいたんですが。
小倉 そうだったね。
佐藤 レコーディングに誘っていただいたのが2010年なので、もう10年前ですね。
小倉 え、もうそんなになるっけ。
浜松市楽器博物館のね、コレクションシリーズの録音を一緒にやってもらったのよね。
浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ31
ラ・ヴァルス ~華麗なるデュオ・ピアノの芸術~
小倉貴久子&佐藤卓史(ピアノ;プレイエル社デュオ・ピアノ1925)
ドビュッシー:リンダラハ、ラヴェル:ラ・ヴァルス、ミヨー:スカラムーシュ、フランセ:8つの異国風の舞曲他
浜松市楽器博物館/コジマ録音 LMCD-1926 ¥2,900+税
佐藤 はい。あのシリーズではもう本当にいろんな楽器を弾かれていますよね。
小倉 そう、あそこには5オクターヴの時代の楽器はあまりないけれども、そのあとのオリジナル楽器はすごくいっぱいあるのね。1台1台全然タイプが違うから、そういう楽器で録音したり、レクチャーコンサートをしたり、たくさん経験をさせてもらって。その中で、いろんな作曲家からいろんな曲が生まれた背景には、そういういろんな楽器があったっていうことがわかってくるんだよね。
佐藤 はい。
小倉 1台1台タッチも違うし、お手本があるわけじゃないから。19世紀の後ろの方だと、あのブラームスの音の悪い録音が残っているとはいえ。
佐藤 (笑)
小倉 それ以前は録音もないし、実際にどうやって演奏してたのかっていうのはわからないじゃない? だけど、その楽器から出る音とか、音のツボとかを試したりしながら、それと楽譜と、文献や証言、当時のエピソードとか、そういうものが
パーッと結びついていく瞬間があるのね。
佐藤 ううむ。
小倉 ちょっと謎解きみたいで。私推理小説好きなんだけど、いろんなヒントが組み合わさってパズルのように作り上がっていくのが見えてくる、それがもうたまらないっていう感じで。でも、もちろんこれが答えっていうんじゃないんだけど。かえって、いろんな可能性があったんだなっていうこともわかるの。
佐藤 ほう。
小倉 「これしかない」っていうことはないというか。たとえばベートーヴェンでも、私が学生の頃ならヘンレ版でピアノ・ソナタの楽譜が全部出てて、もうこれでいいでしょう、決定版っていう感じだったのが、最近ベーレンライターが出版されたら、もう全然違う。ベートーヴェンもまだこんなに知られていなかったことがあったのかっていう面もあるじゃない? 今まで「こうだ」って言われてたことが、覆される瞬間が山のようにある。でもそれもまた絶対っていうわけじゃなくて、ベートーヴェン自身も「僕はこういうふうには弾かないけど、こうやって弾いてくれるとすごく面白い」って言ってたり。
佐藤 ああ。
小倉 そういう可能性の面白さを、作曲家自身も知ってたのかもしれないよね。そういういろんな楽しみが、フォルテピアノを知ることによって生まれてきたっていうのかな。だから、現代のピアノでどんな作品でも全部弾かなきゃいけないっていうのと、全く別の世界があるんだよね。
佐藤 単純な疑問なんですけど、フォルテピアノ奏者って、先生もそうですけど、ご自身の楽器を演奏会場に運んでいって演奏するスタイルが一般的かと思うんですけど。
小倉 うん。
佐藤 コンクールはどうなってるんですか?
小倉 ブルージュのコンクールは、舞台に楽器がいくつか並んでて、その中から選ぶ。予選だと、前の日にちょっと試し弾きできる時間があって、これでやりますって。
佐藤 で、そのあと練習はできるんですか?
小倉 その楽器ではできないね。
佐藤 へえ!
小倉 でも本選になると、使える楽器ももっと増えるし、その楽器で練習する時間もあるの。
佐藤 モダンピアノでももちろん1台1台癖があるし、コンクールのときは同じように楽器選びの時間があったりしますけど、フォルテピアノだともっと違いが大きいじゃないですか。
小倉 そうだね。
佐藤 それはステージの上で瞬間的に判断していくという?
小倉 そうだね。だから経験値は必要かもね。
佐藤 そうですよねぇ。
小倉 ある程度、いろんな楽器を知ってるっていうことは、必要かも。この間のピリオド楽器のショパンコンクールのときも、5台から選べたんだけど、練習時間はそんなに与えられているわけじゃないのね。ショパンがポーランド時代に使っていたウィーン式アクションのブフホルツという楽器のレプリカとグラーフ、イギリス式アクションのプレイエル、エラール、ブロードウッド。その5台の中でも、無難な楽器もあれば弾くことが難しい危ないのもあって。
佐藤 はいはい。
小倉 でも、危ないんだけど、それでしか表現できないものもある。だから
選ぶ楽器によって、コンテスタントが演奏に何を求めてるかがわかったりもするんだよね。
佐藤 なるほどねえ。
小倉 安定を求めている人は安定した楽器を選ぶけど、もっとこう表現したいから、すごく不安定で危ないけど、あえてこっちを選ぶとか。エラールが一番無難だったのね。
佐藤 まあそうでしょうね。ショパンが言っている通り。
小倉 そう。怖いっていう人は結構エラール選んでたんだけど、でももちろんエラール選んで本選行った人もいるし、いろんなパターンがあった。5台中3台まで使えるんだけど、1次予選の20分の中で3台を使い分ける人と、1台だけの人もいるし。曲と曲の間をアドリブでつないでいく人もいた。
佐藤 ほう!
小倉 1位になったトマシュ・リッテルもそうだったんだけど。なんていうか、いろんなことができる。ある意味でクリエイティブだよね。
佐藤 そうですね。
小倉 もちろん良い音でとか、ミスなくとか、そういうことも重要なことではあるし、あまりにも音が悪かったり、あまりにもミスが多かったりするとやっぱりダメなんだけどね、だけどいくら音が綺麗でミスがなくても、やっぱりそれ以外に何にもないと1次予選も通らない。審査も難しいとは思うんだけどね。
佐藤 そうでしょうね。
小倉 でもやっぱり、
才能があるなっていう人は、通るんだけどね。結局はね(笑)
佐藤 ですよね(笑)
小倉 青柳いずみこさんが、モダンのショパンコンクールもいつも取材していて、今回も聴きにいらしていて。
佐藤 はい。
小倉 ピリオドはもちろん初めてだったけど、聴いててずっと面白いって言ってた。1人1人があまりにも違うでしょ。だからフォルテピアノのコンクールっていうのは、かなり面白いかな。
佐藤 たとえば、全然これまで弾いたことがない楽器が来て、これでコンサートや録音をするとなると、どのくらいの期間で「自分の楽器になった」という感覚になるものですか?
小倉 たとえば音楽祭とかで、やりたくてもそんなに練習できない場合もあるじゃない? そうすると、それにぱっと馴染んで合わせなくてはいけないっていうのはあるかな。楽器のタイプにもよるけれども。だけど、
最低1日は欲しいね(笑)
佐藤 そうなんですね。
小倉 1日もないのはちょっと困る。1日だって本当は少ないけどね。でも、どんな楽器で弾くのかがあらかじめわかっていれば、事前にそういうイメージを作り上げておくっていうのもあるのね。
佐藤 なるほど。
小倉 でもね、なんか人とおんなじで、
すぐ打ち解けて仲良くなる場合もあれば、いくら一緒にいたってわかんない人もいるじゃない? そういう相性もある程度あるよね。
佐藤 それはなんとなくわかりますね。
[
インタビュー(3)へ]
- 2020/11/10(火) 18:03:28|
- シューベルトツィクルス
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