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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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36のオリジナル舞曲 D365 概略

36のオリジナル舞曲(『最初のワルツ』) Sechsunddreißig Originaltänze ("Erste Walzer") D365
作曲:1815~21年頃? 出版:1821年11月(作品9)
楽譜・・・IMSLP

歌曲「魔王」がギュムニヒ社から作品1として出版されたのが1821年1月25日のこと。その年のうちに作品7までの歌曲集が続々と出版されたが、それらはいずれも友人たちのカンパによる「自費出版」だった。出版社が製版代を負担したのは、その年の11月29日にカッピ&ディアベリ社から出版されたこの「36のオリジナル舞曲」(作品9)が最初である。言うならば、シューベルトは舞曲作曲家としての腕が認められて“メジャーデビュー”と相成ったのだ。
ちなみに作品8の「4つの歌曲」は、作品9よりも半年近く遅れて1822年5月9日に同じカッピ&ディアベリ社から出版された。この2作品は、いわば「バーター」、つまり抱き合わせで出版社に渡されたとみられている。会社は、確実に売れることが見込める舞曲集を先に出版して利益を確保し、歌曲集出版のリスクを軽減しようとしたようだ。シューベルトの舞曲集はこのあとも次々と出版されたが、そのたびに他の作品とバーターにされた形跡が窺える。

1821年中頃に友人ヨーゼフ・グロースに宛てた手紙で、「君のところにある僕のドイツ舞曲の楽譜を全部渡してもらえないか。出版に回すことになったから」と依頼しており、これがこの曲集の自筆譜だったとみられている。その自筆譜は現在は消失している。
初版譜のタイトルは「36のオリジナル舞曲」だったが、作曲家の死後1830年に再版された際に「フランツ・シューベルトの最初のワルツ集」という文言が追加された。これは同年、同じカッピ&ディアベリ社から出版された「最後のワルツ」作品127(D146)と対になるネーミングとして付されたのかもしれない。以降、この曲集は『最初のワルツ Erste Walzer』の愛称で親しまれてきた。

全36曲の大部分は、前半8小節、後半8小節(各繰り返し付き)の16小節からなる単純な二部形式で、冒頭から13曲目まで変イ長調のワルツが続く。以下に1曲ずつ、簡単に紹介していこう。舞曲の分類についてはこちらのページを参照されたい。

1. 変イ長調 [B] ワルツ型
冒頭の4曲は1817年1月のインデックス(Brown, Ms. 20)にイ長調で記譜されているほか、年代不明の筆写譜(Brown, Ms. 30)にも含まれており、これらは同時期に成立したと見てよいだろう。
すべるような半音階の出だしが印象的だが、Brown, Ms. 20ではこれとは異なるアウフタクトを持っており、このアイディアが後半部分に生かされている。
2. 変イ長調 [B] その他+ワルツ型 『悲しみのワルツ』
最も有名なこの曲が、標題付きで収められている。自筆譜の情報については別記事にまとめた。
「悲しみ」の由来になったとも考えられる上声の下行音型と、上行するバスとの反行が美しい。後半で同主短調の変イ長調に転調、そのVI度調である変ヘ長調(!)の和音を、変イ長調の「ドイツ六の和音」(ドッペルドミナントの変化和音)に読み替えて転調するという、シューベルト得意の凝った和声進行により、ふと別の世界に入ったような不思議な感覚に襲われる。
3. 変イ長調 [B] ワルツ型
第1曲で述べた2つの自筆資料のほか、1817年頃にクロード・エティエンヌに贈った紙片(Brown Ms. 24)と、1818年11月にツェリスで書かれたBrown, Ms. 29にも登場する。Brown, Ms. 24はシューベルト自身が自作の譜面に「ワルツ」と書き込んだ唯一の資料として重要である。
3度の重音が多用され、快活ながら甘美な響きが特徴的である。
4. 変イ長調 [B] ワルツ型
自筆資料については第1曲と同様。
ショパンの「華麗なる大円舞曲」にも似た、ダクティルスから始まるワルツのリズムが全曲を支配する。バスが長く属音を保続するのも特徴。
5. 変イ長調 [B] その他+ワルツ型ドイツ舞曲型
ここから第13曲までの9曲の自筆譜は1819年11月の日付を持つBrown, Ms. 33として残っている。
IV度のドミナントの和音による意表を突いた出だし、右手の6度の重音が印象的である。後半の伴奏型は舞曲としては珍しく、8分音符の刻みになる。
6. 変イ長調 [B] ワルツ型
Brown, Ms. 33のほか、Brown, Ms. 40にも第7曲とともに収録されているが、そこでは第7曲の後半と組み合わされている。つまり現在の後半部分は、その後Brown, Ms. 33成立までの間に書き下ろされた可能性が高い。
和声外音を含む5度下行の音型がモティーフとなっている。最後の4小節で全曲をまとめる力が強い。
7. 変イ長調 [B] その他+ワルツ型
前述の通り、Brown, Ms. 40では異なる組み合わせで収録されている。
主音の保続の上でメロディーラインが下行していくという、前半部分のアイディアは第5曲と似ている。後半部分が第6曲のモティーフを踏襲しているのは、成立過程を考えれば当然かもしれない。いわば、前2曲の要素を合体させた舞曲といえるだろう。
8. 変イ長調 [B] その他
この曲と第10・11曲では、他の舞曲ではあまり見られない、流れるような8分音符の伴奏が採用されている。そのバス声部とメロディーラインがデュエットのように並進行していく。メロディーの2拍目にアクセントが付いているのも特徴的。
9. 変イ長調 [B] ワルツ型
装飾音と跳躍の多いメロディーラインは、レントラーの性格を帯びている。バスは長く属音を保続する。
10. 変イ長調 [B] その他+ワルツ型
8分音符の伴奏型、そして前半・後半とも属七の第3転回形から始まる複雑な和声進行が特徴である。後半の伴奏型は通常のワルツ型に変わる。最後の4小節の終止感が強い。
11. 変イ長調 [B] その他
8分音符の伴奏型が続く。語りかけるような旋律線、IV度のドミナントからふわりと始まる後半も印象に残る。
12. 変イ長調 [B] ワルツ型
一転して快活なワルツ。後半では2拍目に強勢が置かれる。
13. 変イ長調 [B] ワルツ型
大人っぽい雰囲気のメロディーラインは、しばしばオクターヴで重ねられる。
14. 変ニ長調 [B] ワルツ型
ようやく変イ長調から解放される。『悲しみのワルツ』が後に単独で出版された際、本作はそのトリオに選ばれた。確かにシューベルトの好んだ「長3度関係調」の転調という意味で、双生児ともいうべき舞曲である。この曲では前半の結びで突然イ長調に転調、後半でそれをドイツ六の和音に読み替えている。同主短調を経過しないのが『悲しみのワルツ』との相違点で、よりアクロバティックな転調が繰り広げられているが、ここまで単純な変イ長調の舞曲が続いてきただけに、その魔術性がさらに高まっている。
この個性的な舞曲の自筆資料が何一つ残されていないのは残念なことだ。もしかしたら1821年の出版直前に成立したのかもしれない。
15. 変ニ長調  [B] ワルツ型
自筆譜はないものの、筆写譜Brown, Ms. 30に収められている。右手が3度や6度の重音を多用するのが特徴で、にもかかわらず軽快な曲調となっている。終結部の終止感が強い。
16. イ長調  [B] ワルツ型
ここからは、3曲ずつ同じ調号のグループが並べられるパターンが、第27曲まで続く(「34の感傷的なワルツ」D779でも同様のパターンがみられた)。
本作は第3曲とともに、1818年11月ツェリスと記されたBrown, Ms. 29に登場する。
前半はバスの半音階進行、後半は田舎風の訛ったリズムが印象に残る。
17. イ長調 [B] ワルツ型
第17・18・25・28曲については、6曲からなる舞曲のスケッチ(Brown, Ms. 31)の中に旋律声部のみ書かれているが、他は前半後半の組み合わせがバラバラになっており、第17曲だけが完成型を保っている。
舞曲の種類分類については以前いろいろと述べたが、このイ長調の作品を含む一連の舞曲について、「装飾音の多さ」「跳躍の多い旋律線」「単純な伴奏型」「弱拍上のアクセント」といった特徴をもって「レントラー風」、つまり田舎風の性格と呼ぶことは差し支えないだろう。鳥の声やヨーデル唱法を連想させ、アルプスの田舎の村での民俗舞踏を思い浮かべるのは自然だと思う。
この曲の前半では第3拍から翌拍へのスラー、後半では第2拍に置かれたシンコペーション的なアクセントが特徴となっている。
18. イ長調 [B] ワルツ型
Brown, Ms. 31においては第18曲と第28曲の前半と後半はそれぞれ入れ替えられている。
レントラー風の性格は前曲と共通しており、冒頭の高音域や後半のバスの属音保続が印象に残る。
初版譜は18曲ずつの分冊として出版されたので、ここが上下巻の区切れ目になる。
19. ト長調 [B] ワルツ型
下巻の巻頭にあたるト長調の3曲については、一次資料は全く残っていない。
プラルトリラーのついた跳躍音型のアウフタクトがモティーフとなっている。
20. ト長調 [B] メヌエット型ワルツ型
ff、左手にオクターヴの連打という荒々しい音楽で、優雅なワルツのイメージとはかけ離れている。
21. ト長調 [B] ワルツ型
3拍目にアクセントが置かれ、8分音符2つずつにスラーがかけられた古典的なアーティキュレーションが特徴的。
22. ロ長調→嬰ト短調 [B] ワルツ型
ロ長調の3曲は、D972やD366-11と同じ筆写譜の中に収められている。
冒頭、1小節の中でロ短調とロ長調の和音を行き来するさまは陶酔的で、異世界に足を踏み入れてしまったような恐怖すら感じさせる。後半は嬰ト短調に転調し、そのまま終止する。
23. ロ長調 [B] ワルツ型
奇数小節の3拍目から偶数小節の1拍目にかけられたタイやスラーがシンコペーションとなっている。
24. ロ長調 [B] ドイツ舞曲型
1拍目と3拍目でバスを奏する特徴的な伴奏型。fとpの交代が明確に指示されている。
25. ホ長調 [B] ワルツ型
Brown, Ms. 31のスケッチでは、前半と後半が逆になっている。装飾音と跳躍の多さが特徴で、全く声楽的ではない旋律である。
26. ホ長調 [B] ワルツ型
一次資料はない。短前打音がややスケルツァンドな雰囲気を醸し出す。後半のモティーフは前曲に似ている。
27. 嬰ハ短調→ホ長調 [B] ワルツ型
この曲も一次資料はない。短調で始まる曲は曲集で唯一。感情的な高ぶりが表出される。後半は平行調のホ長調に転ずる。
初版譜には誤植と思われる音が散見され、新全集に受け継がれている。読みにくい自筆譜だったのかもしれない。
28. イ長調 [B] ワルツ型
Brown, Ms. 31のスケッチで、第18曲と前半・後半が入れ替わっている曲。確かに第18曲と酷似したテーマである。
後半は3連符のアルペジオがモティーフとなり、旋律というよりはパッセージだけで出来上がった器楽的な舞曲。
29. ニ長調 [T] ワルツ型メヌエット型
第29~31曲の3曲は、1821年7月の『6つのアッツェンブルックのドイツ舞曲』(Brown Ms. 42)から採られた。ここまでの穏和な、ときに田舎風の踊りに比べると遥かに刺激的かつ扇情的な内容となっている。
ブラームス風の付点のリズムとほろ苦い減七の和音が組み合わされた主部。中間部では不協和音が強調される。
30. イ長調 [B] ワルツ型
右手のオクターヴのトレモロ音型がシャンパンの泡のようにはじける。
31. ハ長調 [B] その他+ワルツ型
ヘミオラ風のモティーフと突然のアクセントが聴き手を驚かせる。前半はファンファーレ風に閉じられ、後半でワルツ型の伴奏が登場するが、やはりアクセントによって遮られる。最後は左手が豪快にオクターヴを連打する。
これら3曲はいずれも機知に富んでおり、当時最先端の洗練された舞曲書法と言っていいだろう。
32. ヘ長調 [T] ワルツ型
曲集の締めくくりを飾るヘ長調の5曲は、1821年の自筆譜(Brown, Ms. 39)では嬰ヘ長調で記譜されている。第32曲と第33曲についてはト長調(Brown Ms. 43)の自筆譜もあるが、ヘ長調の自筆譜は見つかっていない。
前曲のハ長調を受け継ぐように、ドッペルドミナント属七の第2転回形で意表を突いたスタート。付点のリズムがモティーフとなっている。三部形式の中間部では長3度下の変ニ長調に転調する。
33. ヘ長調 ワルツ型
繰り返し記号がなく、丸1曲延べで書かれている唯一の曲。AA'BCの構成で、Brown, Ms. 39では後半16小節に繰り返しがあるので、もとは三部形式(T)と考えられる。ただ、Bで変イ長調に転調しているため、曲尾から繰り返すと違和感が大きく、繰り返しを省いたのは卓見といえるだろう。
右手の和音連打が主要なモティーフ。前述の通り、ヘ短調を経由して短3度上の変イ長調に転調する。
34. ヘ長調 [B] ワルツ型
2小節の前奏が付いているのは珍しい。半音階を多用したメロディー、3拍目で和音が交代するタイミングが面白い。後半はドイツ六の和音から始まる。
35. ヘ長調 [B] ワルツ型
低音域に下り、6/8拍子を錯覚させるメロディーが歌われる。第33曲と同様に変イ長調に転調している。
36. ヘ長調 [B] その他
長く続いてきたワルツのリズムがついに消える。コラール風の和音が連続し、静かに曲集を閉じる。

推定作曲年代は1816年頃から、出版直前の1821年までと長期にわたっており、曲によって作風は大きく異なる。しかし、調性・性格的に関連のある舞曲をグルーピングすることでストーリー的なまとまりを形成し、またレントラー風のシンプルな舞曲と個性的な舞曲が交互に登場することでコントラストも明瞭になっており、非常に優れた連作として編まれているといえるだろう。
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  1. 2019/04/04(木) 20:18:46|
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