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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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フランス風の主題によるディヴェルティメント D823 概説

フランス風の主題によるディヴェルティメント ホ短調 Divertissement sur des motifs origineaux français D823
作曲:1826年? 出版:第1楽章…1826年6月、第2・3楽章…1827年7月(詳細は下記)
楽譜・・・IMSLP

この作品は出版事情が特殊で、第1楽章が1826年6月に「華麗な行進曲の形式によるディヴェルティメント 作品63」として、第2・3楽章が1827年7月に「アンダンティーノ・ヴァリエと華麗なるロンド 作品84」として別々に出版されている。第2楽章と第3楽章も分冊なので、1つの作品が3冊に分かれてしまったのだが、これは多分に商業的な思惑によるものと考えられる。しかし第1楽章と後続楽章の出版に1年以上のラグがあること、作品番号が2つにまたがっていることの理由はよくわかっていない。さらによくわからないのは、"sur des motifs origin(e)aux français"、直訳すれば「フランス風のオリジナルモティーフによる」という但し書きが何を指しているのか、ということだ。オリジナル(創作)というからには、実在のフランスの民謡に根ざしているということはない。単に「オシャレ」ぐらいの意味で「フランス風」と銘打った可能性もなくはない。

シューベルトは連弾曲を書く際にスコアではなく初めからパート譜の形式で作曲したようだが、この曲はプリモとセコンドの音が重複する箇所が散見されることから、試奏もろくにせぬまま慌てて入稿したことが窺われる。すなわち、出版社からの委嘱を受けて作曲を始めたが、第2楽章以降がなかなか完成しないので、第1楽章だけが先行出版され、そうこうするうちに作品番号がバラバラになってしまった、といういきさつがうっすらと推測される。

自筆譜はやはり失われており、出版の際の献呈はない。タイトルこそ「ディヴェルティメント」とはいえ、実質的にはソナタと見なせる堅固な構成を有しており、行進曲・幻想曲の趣が濃い「ハンガリー風ディヴェルティメント」とは一線を画している。
「行進曲のテンポで」と指示された第1楽章は大規模なソナタ形式をとる。悲壮感を秘めた堂々たる足取りのマーチがひとしきり展開されたあと、ト長調の第2主題が現れる。ゼクエンツを用いた情緒的な旋律は、前々年に初演されたベートーヴェンの「第九」のスケルツォの引用と思われる。主要旋律は次第にセコンドに移ってゆき、プリモは装飾的な音階のパッセージを絡めていく。両主題の動機を存分に用いた展開部では過激な転調が繰り広げられ、使用音域もどんどん広がっていく。型どおりの再現のあと、ドラマティックな同音連打の上に第1主題が回帰し、力強く楽章を閉じる。
第2楽章「アンダンティーノ・ヴァリエ」(アンダンティーノとその変奏)は本作の中核というべき傑作である。ロ短調の主題と、その4つの変奏からなる変奏曲形式。2分の2拍子で、その半小節(2分音符ぶん)がアウフタクト(弱起)となるフレージングは「フランスの歌による8つの変奏曲」D624(1818)と共通しており、強いて言うならばこれが「フランス風」の創作主題、ということかもしれない。そのアウフタクト上に置かれた訴えかけるようなドミナント和音から始まる主題は、シューベルトが書いた音楽の中でも哀切極まるもので、聴く者の心を捉えて離さない。後半に現れる増三和音や減七の和音の響きには、胸を刺すような痛みがある。ダクティルスのリズムでメロディーを装飾する第1変奏、スケルツォ風のスタッカートが跳ね回る第2変奏、プリモとセコンドの右手がカノンを繰り広げる第3変奏と続き、最終第4変奏はロ長調に転じる。テンポも緩み、微睡むような甘美な世界が訪れるが、それは束の間の夢。最後に主題が回帰し、悲しみの内に沈むように終わる。
第3楽章は非常に長大なロンド。のんきな調子の主題で始まるが、やがてダクティルスのリズムを延々と続ける2つの副主題が現れ、曲を支配するようになる。その「タンタタ」の執拗な連打はほとんど狂気の沙汰だが、結果的に現代のクラブミュージックにも通じる一種のトランス的な音響空間が創出されることになる。
ウィーン体制の閉塞感のもと、心地よい音楽がいつまでも終わることなく続いてほしい、という人々の願いが体現されたものなのだろうか。乱舞の果てに突如ホ短調のコーダに入り、曲は悲劇的に閉じられる。
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  1. 2020/12/07(月) 04:09:19|
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