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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
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小倉貴久子インタビュー (3)若さゆえの情けなさ

小倉貴久子&佐藤卓史連弾

[インタビュー(2)はこちら]
佐藤 今回シューベルトのシリーズということなのでシューベルトのお話をしたいんですが、実は僕がシューベルトを勉強していく上で最初にすごく大事なことを教えていただいたな、と思っているのが小倉先生なんです。
小倉 そうなの!
佐藤 D935の即興曲集のレッスンをしていただいて、そのときに先生がおっしゃったのは、「卓史君はすごく若いしわかんないかもしれないけど、シューベルトの音楽っていうのはね、人が弱ったりしたときに、その弱い心に寄り添ってくれるような、そういう音楽なんだよ」って。そのときはまあそうかなって思ってたんですけど、だんだん本当にそうだなって思うことが増えてきて、それが僕の中ではシューベルトの音楽の中心として残っているんです。先生は学生の頃からシューベルトよく弾かれてたんですか?
小倉 いや、どっちかというと私、シューマンにはまってて。何かっていうとシューマン弾いて、初めてオーケストラと弾いたのもシューマンのコンチェルトだったぐらいで。
佐藤 ああそうなんですか。
小倉 ヴィレム・ブロンズ先生はシューベルトがお得意だったから、レッスン受けたりとかいうことはあったけど、やっぱり私もね、学生時代は本質的なところはわかんなかったと思う。人によって若いときからわかる人もいると思うけど、私の場合は、ショパンもそうなんだけど、フォルテピアノと出会ってわかるようになったところはあるかな。
佐藤 ああ。
小倉 なんか「たた、たた、」とか、連打で言い直すような感じがすごく多いじゃない、シューベルトって。連打って、ウィーン式アクションだとすごく苦手なパターンなのね。
佐藤 はい。
小倉 今回の曲もあるよね、「たた、」「たたた、」って。あれ、シューベルト特有のね。
ハンガリー風ディヴェルティメントD818より2
ハンガリー風ディヴェルティメントD818 第3楽章より。セコンド右手の連打型に注目。

佐藤 ははあ。
小倉 なんかこう、言いたいこと、メッセージは強いんだけど、ダイレクトに伝えるんじゃなくて、寄り添うように来るっていうのかな。ズバッと来るんじゃなくて、「たたた、」ってね。それがシューベルトの面白いところだよね。
佐藤 なるほど。
小倉 私のフォルテピアノアカデミーにね、かげはら史帆さん(@kage_mushi)が聴講にいらしてたのね。
佐藤 ああ、ライターの。
小倉 そうそう。それでね、感想をTwitterにあげていらしたんだけど、スクエアピアノでシューベルトのレッスンをしていて、「とっても良い演奏だったけれども、ちょっと立派すぎるかなあ。もう少し情けない感じが良いんだよね」って言って、私が弾いたんだって。その、なんともいえない情けなさが良かったって(笑)
佐藤 あっはっはっは。いやぁでも、それ大事なところなんですよね。
小倉 そう、シューベルトってそういう意味で特別だよね。でもね、川口成彦君が何年か前に北とぴあでシューベルトのリサイタルやったことがあってね、川口君もすごいシューベルトが好きで。そのときに自分で解説文書いてたんだけど、シューベルトは若い奏者には難しいとか言われるけど、むしろシューベルトの音楽というのは若さゆえの感じがするって。
佐藤 うーん。なるほどね。
小倉 なんかこう、青い感じ。その若さゆえの情けなさっていうのかな。歳を取ったからわかる音楽っていうんでもないんだよね。なるほどなと思って。
佐藤 確かに。
小倉 あとはね、浜松市楽器博物館のコレクションシリーズでシューベルトの即興曲(D899-4)を録ったときに、1回弾くとね、調律師やディレクターとか男性陣が、みんな寄って来ちゃうの。いてもたってもいられなくなって。
佐藤 (笑)
小倉 どうも、男性の心に訴えるものがあるみたいなのよね。あの、「糸を紡ぐグレートヒェン」とかも、男性じゃないとああいうふうには書けない。女性はやっぱり、もっと強いんだよね。
佐藤 はああ、なるほど。
小倉 やっぱり男性の、理想とする女性像っていうか。独特のものがあると思う。だから、健康な女性があれを歌ってもうまくいかないじゃない(笑)
佐藤 あっはっはっはっは。不健康な方がいいんでしょうかね。
小倉 難しいよね。つやつやと綺麗な声で歌われると、良いんだけど、ちょっと違うかなって。あの脆い感じがみんなの心に訴えかけるんだろうね。こどもの頃とか、中学生ぐらいで、人に言えない恥ずかしかったときのこととか、みんなあるじゃない?
佐藤 はい。
小倉 そういう思いも、「いいんだよ」って共有できるみたいなさ。
佐藤 秘密を共有する感じですよね。たぶん、彼自身の創作活動が、シューベルティアーデの仲間たちにまずは聴かせてっていうところから始まったのが、表現のスタイルとしてあるのかなと思って。それこそ、ベートーヴェンみたいに出版して「世に問う!」みたいにはならなかったし、なれなかったのかもしれないですけど、それもひとつあるのかなって思うんですよね。
小倉 そうね。
佐藤 だから本当に、隣にいる人に聴いてもらって、その人だけに言いたいことがわかるみたいなところはあるかなと。
小倉 あるね。だけどたまにさ、妙に難しいじゃない?
佐藤 (笑)
小倉 ヴィルトゥオーゾ的なものが、あのヴァイオリンのファンタジー(D934)なんか。
佐藤 あれ無茶苦茶難しいですよね。
小倉 ほら、パガニーニのこと好きだったでしょ?
佐藤 ああそうですね。
小倉 お金ないのに、友だちの分までチケット買っちゃって、2回も行ったりね。まあパガニーニの演奏も、私たちがイメージしているのとは全然違ったんだろうなって私は思ってるんだけど。リストもそうだと思うんだけどね。
佐藤 うんうん。
小倉 シューベルトの心を打つって、どういう演奏だったんだろうって思うよね。
佐藤 そうですよね。でもヴィルトゥオジティに対する憧れもあったと思うんですよね。
小倉 あるね、きっと。
佐藤 だから弾けないようなことを書いてみて、まあそこまで考えないで書いてた可能性もありますけど。「さすらい人幻想曲」なんかも結構難しいし。自分が弾かないからこその難しさもピアノ曲に関してはあるのかなって思うんですけど。
小倉 確かに。だけどシューベルト本人は声もすごく良くって、弾き語りとかすると、誰もとてもああいう風な良い感じにはならなかった、って言われてるじゃない? リートなんか、詩の世界とぴたっと合っている世界で。シューベルトの音楽は、全部あのリートの世界から繋がってるよね。ああいうムードの中にピアノ曲があるっていう感じだね。
佐藤 そうですね。リートに関してはシューベルトは早熟っていうかね、それこそ「グレートヒェン」なんか17歳だし。
小倉 そうだよね。
佐藤 でもピアノ曲はもっと後にならないと、傑作って言われているような曲はなかなかなくって、前回のツィクルスのときはソナタの1番とか3番とかやったんですけど。
小倉 そうだよね、全曲やってるんだもんね。すごいよね。
佐藤 もちろんシューベルトらしい良いところはあるんですけど、あれだけの長さのものを書くにはやっぱり作曲の技術とかが必要で、それを身につけるというか、自分のものにするのに結構時間かかったのかなっていう気はして。20代の後半になってくるとソナタも充実してくるんですけど、それまでは結構あっちいったりこっちいったり。
小倉 そうだね。だけどさ、楽想という点では駄作がないよね。
佐藤 ああ、そうですね。
小倉 まあ誰と比べるかにもよるけど、普通もうちょっと駄作系があるのに。
佐藤 駄作系(笑)わかります。
小倉 未完であっても、なんか良い感じで。構成とか、全体の作り方が未熟なところはもちろんあるけど。
佐藤 そう、未完の曲にもすごく素敵なところがあるから、完成していないせいで弾かれないというのはもったいないと思って。
小倉 そう、もったいないよ。
佐藤 一応弾けるような形にしてやると、みんな「ああこんな曲があるのか」って。それで自分なりに書いたりしてるんですけど。
小倉 補筆してるんだよね。素晴らしい。

佐藤 先生の「モーツァルトのクラヴィーアのある部屋」シリーズでは、モーツァルトの鍵盤曲は全部やったんですか?
小倉 完全ではないかもしれないけど、ほぼ全部かな。だけど、クラヴィーア・ソナタは少ないじゃない? だからね、小出しにしてたんだけど(笑)。あと変奏曲と。
佐藤 案外クラヴィーアのソロの曲ってそんなにたくさんはないですよね、モーツァルト。
小倉 ないね。ヴァイオリン・ソナタはたくさんあるけどね。トリオも全部やったかな。
佐藤 回数は、全部で40回でしたっけ?
小倉 40回。それで10回・20回・30回・40回の区切りはコンチェルトで。一番最初は、K.1から始めたんだよね。K.15っていうのがロンドンのスケッチブックなのね。その中から1曲、ご挨拶の音楽みたいな感じでさ、1分とか2分とかなんだけど、途中から15a,15b,15cってなっていって、K.15ffとかね。
佐藤 どんどん枝番号が細かく。
小倉 ちっちゃな曲がたくさんあるんだけど、そういう普通のコンサートとかでは取り上げにくいけど、聴いてみると良い感じの曲をね、1曲ずつ弾いて。繰り返し時にはちょっとヴァリアンテしたりとか。
佐藤 そうしてシリーズを完結するまでにいろいろご苦労があったと思うんですけど、一番大変だったのはどんなところでしたか?
小倉 毎回ゲスト作曲家を決めていて、なるべく1人1回ずつ。例外としてヨハン・セバスチャン・バッハ、クリスチャン・バッハ、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、ハイドン、ベートーヴェンだけは、2回出てくれたゲストなんだけど(笑)、あとはみんな違う作曲家で。中には「誰それ?」みたいな人もいて、やりたい曲の楽譜を手に入れるのが結構大変だったかな。10回目のサリエリのときは、コンチェルトの譜面が出版されてなかったから、佐藤君にウィーンの図書館で自筆譜をコピーして持ってきてもらって、お世話になったよね。
佐藤 そうでしたね。モーツァルトの作品は研究が進んでいるから大部分が明らかになっていると思うんですが、それでもやっぱり判明していない曲っていうのもあるんですか? たとえば存在は記録には残ってるけど楽譜がないとか。
小倉 あるよ。これはブライトコプフ・ウント・ヘルテル[ドイツの楽譜出版社。1719年創業、現存する最古の楽譜出版社]の歴史的犯罪なんだけど。K.33d、K.33e、K.33f、K.33gという番号がついている、4曲のクラヴィーア・ソナタがあったらしいのね。
佐藤 へえ。
小倉 目録だけね、最初の数小節だけ残っているの。見ると、良さそうな曲なんだよね。いま、ピアノ・ソナタっていうとK.279のハ長調、あれが第1番みたいになってるじゃない?
佐藤 はい。
小倉 でも、初期のヴァイオリン・ソナタ、つまりK.6~9と、26~31の「ハーグ・ソナタ」あたりって、モーツァルトとしては、たぶんクラヴィーア・ソナタを書いているつもりなんだよね。ヴァイオリン伴奏付きのクラヴィーア・ソナタって、当時は重要なジャンルだったし。その初期のソナタと、K.279の間を埋める存在だったわけ。
佐藤 ははあ。
小倉 だから割としっかりした作品だったと思うのね。ナンネル[マリア・アンナ・モーツァルト(1751-1829)、愛称ナンネル:モーツァルトの実姉]と、デュルニッツ[タデウス・フォン・デュルニッツ男爵(1756-1807):音楽愛好家。ミュンヘンで若き日のモーツァルトと出会い親しくなる]も持ってたんだけど、その自筆譜を。
佐藤 へえ。
小倉 それでね、ナンネルが、「これは弟の大切な作品ですからなくさないように」って言って、ブライトコプフに送ってるのね。だけどなくしちゃったみたいなの。
佐藤 あらー。
小倉 前にNHKの講座をやったときにもその最初の部分だけ弾いて、どれも良い曲なんだよね。でももうそれはないの。わかんないけどね、見つかるかもしれないけど。この間、無くなったと思われていたトルコ行進曲付きのソナタ(K.331)の自筆譜が出てきたし。
佐藤 あ、そうですよね。
小倉 だからブライトコプフの古い倉庫の奥の方にあった!とかいうことも。
佐藤 可能性はありますね。
小倉 あとね、エーベルル[アントン・エーベルル(1765-1807):ウィーンの作曲家。モーツァルトに弟子入りし、後に友人となった]の回でやったんだけど、エーベルルのソナタ第1番はね、当時モーツァルトのソナタ第20番、最後のニ長調(K.576)の次のソナタとして出版されてたの。
佐藤 ははあ、なるほど。
小倉 ハ短調の曲なんだけど、19世紀、いや20世紀になってもかな、ペータース版なんかで、ずっとモーツァルトだっていって。
佐藤 ええっ。それはまた。
小倉 絶対違うって感じなんだけどね(笑)。でも当時の人は、疑わなかったみたい。
佐藤 そういうのありますよね、ヴァイオリンコンチェルトも、6番とか7番とか。
小倉 ああそうか。モーツァルトはやっぱり有名だから、そういうのあるよね。レオポルトの、「ナンネルの音楽帳」っていうのは確実にあったわけだけど、「ヴォルフガングの音楽帳」って言われているのがあって、でもそれもどう見ても違う感じなんだよね…
佐藤 怪しいのがいろいろ…(笑)
小倉 連弾もさ、K.19dだっけ? あれは違うかもしれないって言われてるよね。だから、わかんないことはまだたくさんある。
佐藤 それも面白いですよね。
小倉 面白い。あのシリーズでも、「これは違うかもしれない、わかんないですけど」って言って弾いて。そしたら聴いた人がみんなそれぞれ「私はモーツァルトだと思う」「いや私は違うと思う」みたいなことを言って。
佐藤 あっはっはっは。でも考えたらブラームスとかだってよくわかんないのありますもんね。ちょっと時が経つと、いろんなことがわかんなくなっちゃうのかもしれないですね。
小倉 そうだよね。

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  1. 2020/11/11(水) 15:43:27|
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