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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

[告知] シューベルトツィクルス第17回「変奏曲 ―シューベルティアーデの仲間たち―」

シューベルトツィクルス第17回
2022年10月6日(木) 19時開演 東京文化会館小ホール  * ゲスト:斎藤和志(フルート)
♪トリオ D610 ♪ドイツ舞曲とエコセーズ D643 ♪アルバムの綴り D844
♪ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲 D576 ♪ディアベリのワルツによる変奏 D718
♪アレグロ・モデラート D347(未完・佐藤卓史による補筆完成版) ♪アンダンティーノ D348(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
♪「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 D802 *
一般4,500円/学生2,500円 →チケット購入
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  1. 2022/10/06(木) 19:00:00|
  2. シューベルトツィクルス
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アンダンティーノ D348 概説

アンダンティーノ ハ長調 Andantino C-dur D348
作曲:1816年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


「30のメヌエット」D41の第23曲の裏面に本作の1ページ目が、同じく第22曲の裏面に2ページ目が書かれ、その続きは見つかっていない。第21曲の裏面にはD459A-3「アレグロ・パテティコ」の終結部とD348「アダージョ」の開始部が書かれていて、これらと関連する1816年頃のソナタの一部ではないかという説が有力である。

D348自筆譜1

自筆譜の1ページ目をよく見ると、発想標語ははじめAdagioと書かれたものを消してAndantinoに訂正されており、また調号も♯3つ(ホ長調/嬰ハ短調)書いてから消してある。ホ長調はD459A-3の調性であり、また音符を書き始めたあとに調号を消したとすれば、嬰ハ短調で数音を書き始めてから思い直してハ長調に変えたということになり、これもまた興味深い。
ソナタ楽章であるとすれば、曲調からみて緩徐楽章であることは疑いないだろう。

【セクションA】
[1]-[12] ハ長調
[13]-[22] ト長調
[23]-[35] ハ長調→変ホ長調
【セクションB】
[36]-[51] ハ短調
[52]-[59] 変イ長調
[60]-[66] ハ短調→ハ長調(推移部)
【セクションA'?】
[67]-[71] ハ長調、中断

セクションAはシューベルトの偏愛したダクティルスのリズムが支配する穏やかな音楽で、セクションそのものが小さな三部形式になっている。
セクションBは同主調のハ短調で険しげに始まり、変イ長調の美しいアルペジオと主調のドミナントを経過してセクションAが戻ってくる。しかしその5小節目までで用紙が尽き、続きは書かれたが散逸したとも考えられる。ただしこのあとしばらくセクションAの再現が続くことはほぼ間違いない。
セクションBの左手は[2]のメロディーの、装飾音のついた16分音符の音型を敷衍したものであり、調性からいってもソナタ形式の第2主題とは見做しがたい。そこでABAの三部形式と見立て、セクションAの復元ののちハ長調の小さなコーダを補った。
D347に比べるとだいぶ簡潔な補筆作業となった。
  1. 2022/10/05(水) 19:58:10|
  2. 楽曲について
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斎藤和志インタビュー(4) オーケストラの秘密・アンサンブルの秘訣

第3回はこちら

斎藤 指揮者も完全に分かれていて、Aタイプはこう「ふわん」と音が上向きになるんですけど、持続はしないんです。Bタイプの指揮者は基本的にフレーズが長持ちする。カラヤンが典型的なB1の指揮者です。そのあとのクラウディオ・アバドA1タイプ。だからベルリン・フィルの音があのとき劇的に変わった、軽くなったっていうのはそのせいが大きいとにらんでます。
佐藤 ははあ。
斎藤 面白いですよね。明らかに「らん」っていう鳴り方のオケになった。それまでは「だーーーー!」っていうオケだった。
佐藤 その印象ありますねカラヤン。
斎藤 だからスメタナとかチャイコフスキーとかブルックナーとか、そういう曲は分厚くて格好よかったけど、でもあれでプッチーニとかやると、ちょっと日本人からみてもちょっとどうかなーとか。
佐藤 (笑)
斎藤 ドイツってこういうもんなのかなあと思ったら、アバド時代になって、ドビュッシーとかすごく素敵な演奏になって、あ、インターナショナル化してみんな器用になって上手になったのかなって思ったらそういうことじゃなかったのかもしれない。ラトル先生になったらもうちょっと肉々しくなって、あれはもうB2でしょうねえ。
佐藤 あそうですか。
斎藤 もちろん、それだけじゃなく、それぞれの個性もあるんですけど。ただ、いろんなタイプがあって、人にとっての自然ってのが何通りもあるんだってわかっていれば、自分と違うタイプの人とアンサンブルやるときに、マウント合戦みたいにならなくて済むっていう。
佐藤 そうか。
斎藤 偉い先生には言わないけど、自分より年下とかには「シューベルトっていうのはそんなリズムじゃないんだ。俺に合わせろ」ってけっこう言っちゃう。アンサンブルってのは合わせるものだ!と思ってるからなんですけど、これ、行き過ぎると言われた人はつまんない演奏になっちゃうんですよね、死んじゃう。東京のオーケストラの長年の弱点っていうのはそこだったと思ってるんです。
佐藤 ほうほう。
斎藤 要するにコンマスとか首席奏者とかが、「俺のリズムに合わせろ」ってやってたわけじゃない? まあでも、それも必要だったんだと思う。昭和のオケとか単純に技術的にかなり怪しかったから、黙ってると下手すりゃ3小節ぐらいずれたりする。

斎藤和志インタビュー05

佐藤 (笑)
斎藤 懐かしい話で、『ハルサイ』(春の祭典)やってて、ヤマカズ(山田一雄)先生が一生懸命振りながら、「今どこやってるんだい!」コンマスが「先生、わかりません!」みたいな。だったら、俺に合わせろってやった方が結果的にはね。
佐藤 いやあまあ、レヴェルの問題ですね(笑)


ストラヴィンスキー:春の祭典~「生贄の讃美」周辺(「B2」ラトル指揮ベルリンフィル) この演奏は当然ながらズレもなく完璧ですが、音と映像はところどころ大幅にずれています(ベルリンフィル公式チャンネルより)

斎藤 けっこう最近までそんな感じだった。でも今はみんなすごい上手になって、そんなことしなくてもおおむね合う。でもよく見ると「たんたかたんたか」って弾いてる隣で、「だんんだかだんんだか」って弾いてるおばちゃんがいたりする。「え、これ合ってないけどいいの?」って思うけど、面白いもので、客席で聴くと、ちゃんとひとつのうねりになってる。
佐藤 それは面白いですね。
斎藤 ちゃんと作曲家のタイプの音に聞こえるようになってる。だから意外と、「俺がたんたかたんたかって弾いてるんだからお前もそういう風に弾け」って言うと、ぴったり合ってるようで、そいつの音は死んじゃってて、客席には届いてない。だから厚みに欠ける。でも、音程でも何でもそうですけど、ちょっと差があったり、タイミングも全員でぴたっと揃うよりも、バランと出た方が厚みが出る。
佐藤 まあオーケストラっていうのはそういうものですよね。
斎藤 それぞれに違ったリズム感と違った音色感がある人たちが、一緒に全力で走っててなんとなく揃ってるから格好いい。それが今までの東京のオーケストラは、ピッタリ合ってるけどなんかつまんないし音が薄いよね、やっぱりベルリンやウィーンは違うよねって言ってたのの、理由の半分ぐらいはそれだったんですね。
佐藤 ほう。
斎藤 たとえばメンデルスゾーンのイタリアの3楽章、付点を「たん、たたん、たたん」って人と、「らんっ、たらんっ、たらんっ」ってなりがちな人がいると、指揮者が「合わせましょう」って。で、ぴったり合う。指揮者は満足そうに、ちゃんと自分の仕事したぞって。でも、意外なことに客席では合ってなかった時のほうが音自体は良かったりすることもあって、昔から不思議だなと思ってたんですよ。
佐藤 ふふふ。


メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」(「A1」アバド指揮ベルリンフィル) 第3楽章の該当箇所から再生されます

斎藤 『フィガロ』序曲【YouTube】とかも「んらららりん」って、なんとなくなってる人もいる。でも客席で聴くとそういうやつがいた方が良い音がして、しかもちゃんと「たかたかたん」と聞こえる。そういう点で、モーツァルトもつまりたぶんA2ってことなんですけど。
佐藤 なるほどね。
斎藤 ただ、そうじゃなく演奏しても素敵だっていうのがモーツァルトのすごいところですけどね。
佐藤 それはまあ、本当にあらゆる音楽についてそれはありますよね。どのように演奏してもある程度の魅力が。
斎藤 プレイヤーが、演奏していて生理的に気持ちいいっていうのもすごく大事なところですね。自分を殺してやっても模型のような作り物にしかならないわけで。そこは尊重と、自分を殺さないっていうののバランス。つまり会話と同じですね、相手をどこまで尊重したり譲ったりするのかっていう。すいませんべらべらと。こういうのが良くないですね、今日こそこの話はしないって決めてたのに。
佐藤 え、そうなんですか。そんなにあちこちで伝えてるお話?
斎藤 まあちょっとずつ広めてるんですけどね。でもソロでピアノ弾いてる人で、ああなるほどって思って下さる人は少ない。
佐藤 ああそうですか。
斎藤 オケマンには結構通じる。やっぱり、「なんでこいつこんなにリズム感俺と違うの?」っていう経験を毎日してるから。
佐藤 なるほど。
斎藤 よくよく話してみると、人によって「あの指揮者見づらいよね」「えそう?俺見やすい」って逆になることがよくあるんです。それも、自分と同じタイプの指揮者は見やすい。
佐藤 そうでしょうね。
斎藤 どこで力入るかっていうのがわかるから。見づらいのは、指揮法を大学とかで習って、それに縛られちゃって力みまくって下半身ガッチリ固めちゃって「よろしく・お願い・します」みたいな人はキビシイ。

斎藤和志インタビュー07

佐藤 (笑)誰から見ても見づらい。
斎藤 指揮法で「手首は動かすな、わかんなくなっちまう。肘で振るんだ」って教わっても、全身との自然な連動が取れてないで、全部固めて「お願いします、お願いします」ってやっても、プレイヤーとしては「無理です、無理です」ってなるじゃないですか。
佐藤 そうですね。
斎藤 それで才能あるのに窮屈そうな思いをしてる若い指揮者もいるなあと思うんですけど、ただ自分あたりが「そういうふうに振らない方がいいよ」なんて言いに行くのも全く僭越すぎて。
佐藤 それは確かに言いにくいですね(笑)
斎藤 そうそう、だからこういう話もあるよって浸透してくれればいいなって思ってるとこです。

斎藤 面白いのは、スポーツ選手っていうのは、我々よりもその辺について敏感ですね。
佐藤 いやまあ、そうでしょうね。
斎藤 一度、あるイヴェントで、プロ野球選手とかオリンピック代表とか、すごいレヴェルのプレイヤーを40人ぐらい集めて、いろんなドラムの音とか、打楽器のリズムを聴いてもらったの。で、自分がバッターボックスに立ったり、ダーツを投げたり、準備体操したり、ゴルフでアドレスに入るときに、どのリズムが自分の身体が動きやすいですかって聞いたら、40人いたのに、自分と違うリズムを選んだ人は1人もいなかったんです。
佐藤 ほう。
斎藤 音楽家よりもこれは遥かに敏感だなと。トッププレーヤーがですよ、俺はこれじゃ絶対バット振れないっていうんですよ。
佐藤 へえ。
斎藤 「自分のリズム」とか、「自分の相撲」っていうじゃないですか。卓球なんかもはっきりしてて、かこんかこんってリズム、あれを自分のリズムにした方が勝つんですって。
佐藤 ははあ、なるほど。
斎藤 でも今までスポーツの人は、自分のリズムって何なのか、書いてみてよって言ってもできなかったんですけど、でも我々はそれを楽譜に書けるから。それを話したらむちゃくちゃ喜ばれましたよ。
佐藤 へえー。
斎藤 「だからかー、俺ダーツのときにこいつの曲流れてるとやたら調子いいんだ」とか、あるんですよね。
佐藤 大事なんですね。
斎藤 だからスポーツの人たちは、聴いてる曲の好みがそういう風になってくるんですよね。Bタイプの人だと、忌野清志郎とか何が良いんだか全然わかんない、曲に聞こえないと。だからヴァン・ヘイレンとかが好きとかよく聞きます。
佐藤 ふうん。
斎藤 チック・コリアはよくデュオでアルバム出してるんですけど、共演する人で、自分と違うリズム感の、つまりクロスの人とはぜんぜんやってないと思うんですよ。
佐藤 それはわかりますね。
斎藤 ハービー・ハンコック、上原ひろみさん、小曽根さん、みんなリズムスクエアな人。キース・ジャレットとはやらないじゃないですか。仲悪いのかもしれないけど(笑)、たぶんなんか合わないって思ってるんじゃないですかねえ。
佐藤 まあそれはあるでしょうね。
斎藤 共演のドラマーとかにしても、自分とウマの合うやつとやってるなっていう感じがしますね。違う人とやるのもそれはそれで面白いんだけど。ええと、何を言ってるかわからなくなってきたんですけど、今回のシューベルトは自分にとってはそのようなチャレンジだという。
佐藤 なるほど。
斎藤 自分の中では、そういう作曲家と、佐藤君をリスペクトして、協調しつつ、自分を殺さず、かつ技巧的なんだけどこれ見よがしじゃない、直球、質実剛健っていう感じの音楽をがっつりやれるっていうのは非常に楽しみなところなんです。
佐藤 ありがとうございます。
斎藤 でも今ちょっと話してると、なんか同じタイプの気がしてます。
佐藤 そうですか、そうなのかな。
斎藤 なんかさっきリハーサルしてても、流れがあるじゃないですか。機会があったらいずれチェックさせてもらえればね。
佐藤 それは何かテストみたいなのがあるんですか?
斎藤 骨格の話なんで、横になってもらって、身体いろいろ押して、どういうふうに動くかっていうのをチェックすると、5分ぐらいでわかるはずなんですけど。ただ身体が本当に歪んじゃってる人は変な反応出たりするから、5分で専門家みたいにやるとたまに間違えちゃうことあるので、間違えるとえらい目に遭うから。
佐藤 ああそうなんですね。
斎藤 でも、特にプロの音楽家の人は、こうやって一緒に演奏した方がわかりやすい。つまりA1の人っていうのは、必ずアッチェレランド、リタルダンドのリズム感がある。A1の人にとってはそれが自然に聞こえるんですが、ただそう聞こえない人もいる。A2の某指揮者さんなんかは、カルメン【YouTube/アラゴネーズ(第4幕間奏曲)】やると「スペイン風に、短い音符を詰めて演奏して下さい」って言うんです。ああ、そういうふうに聞こえてるんだな、これがA2の人が聴き取ったA1のリズムなんだなと。A1の人にとっては意識しなくても勝手に詰まり気味になっちゃうような音型なんで、そういうとこにすごく特徴出るんです。だから音楽家はそういうのも含めて総合的に判定した方が間違いが少ない。
佐藤 なるほどね。
斎藤 A1の人のリズムって、メトロノームよりも、前に出ちゃうことが結構あるんですよ。だからスタジオとか行くと、「急いでます」って言われて録り直し、という。少し音を前に出して、時間稼いで、そのぶんてっぺんの音を自由に伸ばすみたいなアゴーギク。これはパラレルの人にはない。パラレルの人はジャストから後ろにレイドバックで、後ろにルバートする。これがショパンとかドビュッシーとかのルバートの違いかなって思ってるんですけど。
佐藤 なるほどなるほど。
斎藤 オケなんかはそれが全体で出る。たとえばワーグナーのニュルンベルク【YouTube】とかで、すごい自由にやってくれってB1指揮者が言うんですけど、A1風にやると、前にいっちゃう。これだと明らかにワーグナーって感じには聞こえない。でもパラレルの人は後ろに自由になるから、確かにこれだ、と。特にラヴェルがはっきりしてますよね、ピアノコンチェルトの2楽章【YouTube】とか。ジャストより後ろに自由に。
佐藤 わかりますね。
斎藤 でもたまにコンクールなんかで、A1全開で、前に来ちゃう人いるんですけど、素敵なんだけどラヴェルには聞こえないけど、どうなのかな・・・お、1位!みたいな。
佐藤 ほう。
斎藤 そういう時みると審査員の先生もA1の人が多かった、みたいなこともありますね。だからコンクールの審査する人もある程度こういう話わかってた方が本当は良いんでしょうけどね。
佐藤 もちろんそうでしょうね。
斎藤 日本音コンなんて、本選の点数公表されるじゃないですか。あれ面白いよね、やっぱり自分に近い人に良い点入れてるんですよね。
佐藤 ああ、まあわかりますけど。
斎藤 みんな「俺は全員をフラットに見てる」って思ってるんですけど、明らかにどこかで、自分の自然に近いのを、「これが自然でいいや」って思ってる。でも結構例外もあって、おかしいなって思ってると、まあこれは弟子だったりする。
佐藤 (笑)

斎藤和志インタビュー06

斎藤 だいたいこの、点数の2大バイアス。人間っていうのはそんなもんですね。
佐藤 だからある程度公平性を期するんだったら、すべてのタイプの審査員を同じぐらいの数入れておくというのが。
斎藤 すごい、そこまで話ぱっとわかってくれる人はいないですよ。まあでも実際そういうふうに審査員選ぶわけにはいかないじゃないですか、「あ、もうB2足りてるんで」って(笑)。そこらへんはだから、まあなんというか半分遊びだと思って。分断のために使っちゃうと良くない。それに、本当にスゴイ人はそんなつまらないこと突き抜けて圧倒的にスターになりますからまあ関係ないって言えば関係ないともいえる。
佐藤 確かにそうですね。
斎藤 理解して、仲良くなるために。ああなるほど、これはこの人の正義なんだっていって、お互いの良さをどう引き出すかっていうところまで行ければ面白いかなって思いますね。インタビューっていうかただの雑談ですねこれ。
佐藤 いやあ、面白いお話でした。ありがとうございました。

(インタビュー完・2022年8月31日、さいたま市にて)
  1. 2022/10/05(水) 13:15:24|
  2. シューベルトツィクルス
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斎藤和志インタビュー(3) 4スタンス理論で炙り出されたゴーストライター

第2回はこちら

斎藤 ちょっと話は脇道にそれますけど、ショパンって、言われるじゃないですか。
佐藤 はい、オーケストレーションが下手だって。コンチェルトの。
斎藤 あれ、本人が書いていないと思うんですよ。
佐藤 え?
斎藤 そんな説ってないんですかね? あれは、僕からすると、絶対にショパンのオーケストラではないです。それはさっきの4スタンス理論にも関係してるんです。
佐藤 ええ、そうなんですか?
斎藤 つまりショパン自身はA2っていう、シューベルトと同じリズム感の人なんですけど、オーケストラを書いてる人はあれはたぶんB1タイプの人です。
佐藤 ええええ。
斎藤 チャイコフスキーとかワーグナーとかと同じオケの厚みで書いてる。だから本人はあれ書いてないと思いますよ。証拠も何もない、演奏してのただの直観ですけど。


ショパン:ピアノ協奏曲第1番+第2番(アルトゥール・ルービンシュタインpf)

佐藤 ほんとですか? それすごい話だな。
斎藤 僕は個人的には間違いないと思ってる。アシスタントか誰か。
佐藤 でもショパンがあの曲を書いたときはすごく若くて、19歳とかですから、誰かが手伝ったという可能性はありますよね、先生とか。
斎藤 僕はそうだと思っている。
※掲載にあたってリサーチしたところ、ショパンのピアノ協奏曲の出版譜のオーケストラパートは「ショパン以外の人物がオーケストレーションした可能性が高い」というのが公式見解のようです。詳しくはWikipediaの記事へ。

斎藤 ちなみにシューマンの曲もいくつかは、クララか誰かが
佐藤 あ、それはわりと確実な話ですよね。
斎藤 それも感じますね。
佐藤 やっぱり違うんですか。
斎藤 シューマンは我々と同じA1という人たち。ピアノコンチェルトの冒頭とか。


シューマン:ピアノ協奏曲(クリスティアン・ツィメルマンpf)

佐藤 跳ねがありますよね、あの人は。
斎藤 でもトロイメライ【YouTube】とかちょっと違う。
佐藤 トロイメライ、うーん、そうかな(笑)
斎藤 だから何曲か、シンフォニーとかのオーケストラちょっと手伝ってるところあるんじゃないかなと。
佐藤 オーケストレーション手伝ったぐらいは全然あるでしょうね、たぶん。
斎藤 明らかにブラームスと同じB2っぽいところがあるんですよ。
佐藤 ほう。
斎藤 それはシューマンが個人で書いてるところには出てこないから、あ、これ本人かな?と思うところは結構ある。そういう点でこの理屈は結構面白いですよ。
佐藤 すごく面白いです。
斎藤 まあ大概の人は、そんなくだらねえ、占いみたいな話信用できないよって思うでしょうけど(笑)まあでも、たとえ違ったとしてもどうせみんな死んでるからいいやっていうのもある。違ってても直接誰かがひどい目にあっちゃうような話じゃないから。で、はっきりしてることはひとつだけある。まあプロとしては内緒にしておいたほうがいいんでしょうけど、オケマンで、ショパンのピアノコンチェルトやるのに、オケの伴奏に無上の喜びを感じながらやってる人はまず滅多にいないですよ。
佐藤 (爆笑)
斎藤 だから、内緒なんですけど正直、ショパンコンクール、なるべく日本人の人に合格しないでほしいと思ってる。みんなもう何十回も弾きに来てくれるんですよ。ここぞとばかりに。
佐藤 (笑)
斎藤 まあ冗談ですが。もちろん、それを客席で聴いてたらすっごく幸せなんですよ。
佐藤 はい。
斎藤 格好いいなと思うんですけど、伴奏弾いてる方は正直あんまり・・・オーケストラ自体の音は。基本ピアノの和音をなぞって、白玉書いてるみたいな。
佐藤 でもどうだろうな、なんかそういうスタイルってあの頃あったのかなってちょっと思うんですけどね。ただショパン以外のそういう曲を、あんまりやらない、というかもう全くやらないから知らないだけで。カルクブレンナーとか、フンメルのコンチェルトとかいうのはたぶんああいうスタイルで、それを真似たんじゃないのかなあ。
斎藤 おそらくスタイルというよりは、あの音を置かないはずなんですよ。美意識的に。
佐藤 そうなのかな。
斎藤 だって隙間が空いてないとイヤなはずなんですよ、基本的にAタイプは。たとえばシチリアーノのリズムが特徴的で。
佐藤 はい。
斎藤 A1の人がシチリアーノ書くと、伴奏はぼーん、ぼーんとしか書かない。そうすると「ら~~んららん、ら~~んららん」って自由に演奏できる。


レスピーギ:シチリアーノ(古風なアリアと舞曲より)(コンスタンティン・シチェルバコフpf)

斎藤 でもB1のフォーレは。
佐藤 「たかたかたん、たかたかたん


フォーレ:シシリエンヌ(エマニュエル・パユfl エリック・ル・サージュpf)

斎藤 そう! そうすると、その刻みに合わせて比較的カッチリスクエアになる。で、それはオーケストラで大人数でやると非常にはっきりしてくる。チャイコフスキーの伴奏とかは、「ぱぱぱぱぱ」ってずーっと詰まってる。あれと完全に同じ匂いなんです。
佐藤 ほう。
斎藤 一切抜けない。Aタイプならところどころ隙間というか余白が空くはずなんですね。
佐藤 ショパンに関しては、コンチェルトのオーケストラ部分は、たぶん初めはピアノで書いたんですよね。本人による2台ピアノ版っていうのが残ってるので、まずそれを書いて、その伴奏部分を、あとからオーケストレーションしたんだと思うんですよ。
斎藤 だから、誰かが。
佐藤 なるほど、まあその可能性はあるのかな。
斎藤 たとえばピアノ協奏曲に出てくるフルートのメロディーをフワッと抜いて演奏するのは基本的に無理なんです。なんでかっていうと、本来あのメロディー自体は抜いて演奏できるし、むしろ場合によってはするべきなのに、オーケストレーションが下で弦がばーっと持続的に鳴ってるから。
佐藤 ああそこが問題なんだ。
斎藤 抜くとメロディーがへこんで客席に聴こえなくなっちゃう。キープしてなきゃいけないんです。これ面白いことに、プレイヤーにも言えることなんですけど、メロディーの語尾のなんてことない全音符。ピアノはみんな同じように減衰するけど、管楽器だと、「らーん」って減衰する人と、「らああああ」ってキープする人と、はっきり分かれる。この人たちは、「ディミヌエンドだよ」って言わないと、らーんって演奏してくれない。で逆に、減衰していく人には、「キープだよ」って言わないと、らあああって演奏してくれない。こういう無意識のとこにけっこうタイプ差による好みが出たりします。
佐藤 はあ。
斎藤 B1の人って、譜面書いてても、比較的全部音符を埋めていく感じで書くんです。隙間をあまり作らない。クラシックに限らずチック・コリアとかもそうですね。だからあのメロディーって、抜いて演奏すると曲にならない。ディズニーのアラン・メンケン先生とかも。キープしてないと、成立しない音型してるでしょ。チャイコフスキーもそうです。途中で抜くと、オーケストレーションがずっと中詰まってるから、メロディー聞こえなくなっちゃう。
佐藤 なるほどね。
斎藤 だから我々はかなり意識して、抜かないようにキープだキープだって演奏しないと、難しい作曲家。でもシューベルトにはその必要は全然ない
佐藤 なるほど。
斎藤 シューベルトはおそらくA2で、持続するリズムっていうのはさほど出てこないんですよ。
佐藤 はあはあ、確かに。
斎藤 「しぼめる花」の序奏の刻みも(ダクティルス)、「たん、たんたん」であって「たあああたあたあ」ではない。
D802冒頭譜例
シューベルト:「しぼめる花」変奏曲~序奏冒頭部

斎藤 途中で抜いて成立する。フルートのメロディーも白玉だけど、微妙ではありますが、やっぱりそうなんです。あんまりコンサート前に種明かししちゃうとあれですけどね。
佐藤 いや、これは初めて聞く話ですね。
斎藤 まあこの話自体は、ほとんどスポーツの人たちの間で流行ってた理論だったんですけど、それを音楽にも、むしろ音楽にこそ大いに有効な話だってなったのは最近で。まあいきなりだとかなり怪しく聴こえるんですけど。
佐藤 うーん、まあ確かに筋は通ってますね。
斎藤 だから今はいろんな人に聞いてもらって、「あ意外にそうだよな」「これは違うかも」ってなって鍛えていってもらいたいとこですね。


リストは肘を使う

佐藤 ショパンに関して言うと、ショパンって指を伸ばして使う人なんですが、でも肘が動かなかったらしいんですよ。で、リストはその対極で、指は丸めて使うんだけども、腕全体が自由に動くようなピアニストだったと言われていて。それ以前の奏法って、チェンバロもそうですけど丸めてかつ肘は使わないっていうのだったので、ショパンとリストそれぞれに別々の革新を奏法に持ち込んだ、みたいなことを言われてるんですけど。
斎藤 それは非常に面白い。実際は丸いか平たいかというのは見た目であって、どちらの関節が主導かという問題なんですが、リストは明らかにB2、つまりリヒャルト・シュトラウスとかブラームスとかと同じで、だから確かに肘を自由に使っていたんでしょう。アルゲリッチとかもそうですよね。まあとはいえアルゲリッチって器用にプロコとかカクカクも弾きますよね。


プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(マルタ・アルゲリッチpf シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団) ピアノソロ開始から再生されます

斎藤 ピアニストの恐ろしさっていうのはそこです。ピアニストだけですよ、ああやって、他のタイプの動きを本番でも完全に近いぐらいコピーしちゃうっていう。よく身体壊さないなと思いますけどね。
佐藤 まあ器用な人は多いでしょうね、やっぱり教育の過程で矯正される部分も大きいとは思うんですけど。
斎藤 おそらくピアノの人はちっちゃい頃からやってて、合わない感じの人は途中で脱落して、向いてなかったって思ってる人もいるんじゃないですかね。
佐藤 あると思いますね。
斎藤 まあ本当に向いていない人もいるとは思うんですけど(笑)。そこへいくと、チェンバロがなんでAタイプが多くて、オルガンがBタイプが多いのかっていうのは関係しているかもですね。Bタイプは今言ったように、音が持続するのが自然なので、こういう人は、趣味としてたぶん、オルガンの音が好きというか自然なんですよ。
佐藤 あ、そうか、持続音だから。
斎藤 チェンバロは減衰する音しか出さない。
佐藤 ものすごい減衰早いですからね。
斎藤 だからチェンバロが好きな人って、「らん」と、こう音が抜けるAタイプ。古楽器科とか見ててもわりとそんなイメージありますね。だからめちゃくちゃアゴーギクがあって。でたまに、Bタイプでチェンバロ弾く人もいるんですけどね、そういう人たちは装飾音をやたら隙間なくジャラジャラ入れてるなっていうふうに。そういうふうに、身体の本能的なところに近い人の方が、面白い演奏してるってのはあるかなと。

佐藤 でもそれって、これまた追究していくとだいぶ危なくなりますけど、遺伝的なものとかってあったりするんですか?
斎藤 何万人も統計取ってますけど、あんまり遺伝は関係ないっぽいですよ。
佐藤 えー、不思議だな。
斎藤 例えば、藝大でこういう理屈も踏まえて教えてるんですけど、いま面白いことに一卵性双生児の、双子の女の子教えてるんです。ところがひとりがA1、ひとりはB2
佐藤 ・・・ええええ。そんなことあるんですか。
斎藤 だから出してる音も、リズム感も全く違うんです。不思議にも。ふたりとも優秀で、コンクールでよくふたり同時に本選に残って、でも「双子なのに全然違う音と違う演奏だね」って。デュオなんてやると合図を出すときに、いつも喧嘩になっちゃうみたいですよ。A1の子は、さんはい、1って上に行く。B2の子は「なんで、それわかんない」と。
佐藤 ははあ。それはすごく面白いですね。
斎藤 フルートの奏法にしても、下唇に押しつけるなっていう先生と、しっかり押しつけろ、プレスしろっていう先生にはっきり分かれる。これは全く逆なんですが、上顎を動かさないで、下唇をコントロールして吹いてる人と、下唇を固定して、上を動かしてフルート吹いてる人がいるんです。
佐藤 どっちかなんだ。どっちも動かすというわけじゃない。
斎藤 どっちもだとフガフガになっちゃう。どっちを支点にするかという感じですね。
佐藤 なるほど、どちらかを動かすと。全然思ったことなかったですね。
斎藤 指揮者も完全に分かれていて・・・

第4回につづく
  1. 2022/10/05(水) 00:15:48|
  2. シューベルトツィクルス
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アレグロ・モデラート D347 概説

アレグロ・モデラート ハ長調 Allegro moderato C-dur D347
作曲:1813年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP


D347自筆譜1ページ目
アレグロ・モデラート D347 自筆譜 1ページ目

表題もなく、発想標語(Allegro moderato)と楽器名(Clav.)だけが記されて始まった自筆譜は、3ページ目の半ば、[73]で中断されている。最後の3小節は最上声しか記されていない。
その裏面からは変ロ長調のフーガのスケッチ(D37A・未完)が始まっている。ということは、ここで作曲者は作曲をやめたということだ。キリの良い箇所でもなく、作品の全体像はわからない。途中まで書いて放棄したパターンであろう。
弦楽四重奏風の書法は、シューベルト初期の多くのピアノ曲と共通している。フーガは学習用とみられることから、サリエリのもとで実習をしていた1813年頃の作品と推定される。
何のつもりで書かれたのかもわからないが、途中で経過的に出てくる装飾的な音型や64分音符の上行音階、「運命」動機などがその後の展開のメインモティーフになっているのは興味深く、脈絡のない幻想曲風の構成とは異なる、有機的な展開を試みようとしていることが窺える。

D347自筆譜3ページ目
アレグロ・モデラート D347 自筆譜3ページ目。大譜表の4段目から下声が欠落し、3小節で中断される。

中断箇所の手前、[58]あたりから属調ト長調へ向かう傾向がみられることから、ここまでを第1主題と捉え、「展開部を欠くソナタ形式」の楽曲として補完することにした。
第2主題は、さすがに完全創作は諦め[3][4]の動機を利用してみた。主題提示の直後から小さな展開が始まる構造や、「運命」動機を低声部で保続する『未完成』第1楽章の模倣など、後期シューベルトの語法を半分遊びでオマージュしている。再現部はかなり切り詰めたが、それでもシューベルトの自筆の2倍を超える大規模な(骨の折れる)補筆となった。
10代のシューベルトが完成させていたらこんな曲にはなっていないだろうが、そもそも完成させる気はなかったのだろうから、あとは自由な創作として楽しんでいただければ幸いである。
  1. 2022/10/04(火) 21:10:27|
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斎藤和志インタビュー(2) 4スタンス作曲家分類論 ―ヒンデミットが「頽廃芸術」と糾弾された理由

第1回はこちら

斎藤 ここからはだいぶ先走った話になって、怪しい占いとか、そのテのイっちゃった話に聞こえるので、話半分で聞いて欲しいぐらいの話ではあるんですが。
佐藤 はい。
斎藤 面白いのは、作曲家も演奏家と同じように、生まれつきのリズム感があって、それが音楽の違いに表れているんですよね。それを文化の違い、言葉の違いだって一般的になんとなくフワッて言うんですけど、じゃあドビュッシーとラヴェル、なんであんなにリズム感違うのかと。たとえば、チャイコフスキーとラフマニノフ。あるいは、バッハとテレマンでもいいんですけど。
佐藤 なるほど。
斎藤 たとえば一柳先生と武満先生。ポピュラーだと忌野清志郎さんと玉置浩二さんとか、フレディ・マーキュリーとマイケル・ジャクソンとか。たとえ同じ時代の同じ国の人の場合でも全然違う、これが説明できなくてなかなか不思議だったんですけど、この理論でたぶん一発で。むしろ、ジャンルや時代、言葉なんかあんまり関係ないかもってなるぐらいです。
佐藤 へえ。
斎藤 もともとの音楽がどこから来たのか、リズム感っていうのはどこから来たのかっていったら、きっと原始的、本能的なノリ、つまり身体の動きから来たんだろうと。この国だからこう、この時代だからこうっていうのが、実はあまり関係なくて、その人の骨の動きがどうだったのかっていう。
佐藤 身体性ということですか。
斎藤 それが音楽の根源にも通じているんです。面白いのは、演奏家は無意識に、この曲にはこっちの方がふさわしいリズム感っていうのをちゃんと分かってる。同じ「タンタカ」って譜面であっても、ベートーヴェンの7番4楽章は「たんたかたん、たんたかたん」ってイーブンにかっちりやるけど、「こうもり」序曲なら「タンータカタンータカ、タンータカタンータカ」っていうのが普通だってみんな割と普通に思っている。


ベートーヴェン:交響曲第7番第4楽章(イヴァン・フィッシャー指揮コンセルトヘボウ)とJ.シュトラウス:「こうもり」序曲(カルロス・クライバー指揮ウィーンフィル) いずれも該当箇所から再生されます

佐藤 なるほどね、スタイルとして。
斎藤 あの、ふわふわ、くにゃくにゃ動くのはA1のリズム感なんですけど、たとえばドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」【YouTube】みたいな、常にアッチェレランドとリタルダンドがかかっているような。
佐藤 はい、はい。
斎藤 あるいはプッチーニの「ムゼッタのワルツ」(『ラ・ボエーム』)【YouTube】とか。ドビュッシープッチーニ、あとドヴォルザークとかビゼーとかA1ですね。僕もA1なんですけど、僕らからするとあのリズム、実にしっくりくるというか普通なんですよね。あれがインテンポ。メトロノームに合わせたインテンポではなく、身体の動きに合わせたインテンポ。
佐藤 わかりますね。
斎藤 こういうのはラヴェルには絶対出てこないリズムですね。ラヴェルには揺らぎっぽいアゴーギクは無くて常にスクエアです。それは、ラヴェルはパラレルA2なんだって考えるとスッと納得できるんです。シューベルトもそう。あとプロコフィエフ、ストラヴィンスキーベートーヴェンマーラーも。
佐藤 ほう。
斎藤 でこのAタイプの人たちは、喜ぶときに「やったー」と上に身体が開く。だから1拍目が、せーの、「ふわん」とこう上に抜けるわけです。

Aタイプ

佐藤 うん。
斎藤 音があんまり「んーー」ってならない。ベートーヴェンもならない、メンデルスゾーンもならない、マーラーなんてあんなに分厚いけど、「らん」って。これが「らーー」ってなる人たちは、逆にBタイプ。肘と膝を使う人たちは、「ヨーシ」とガッツポーズをするんですね、無意識に。そうすると下方向に力が入るから、1拍目もせーの、「ぅううん」と下に。

Bタイプ

佐藤 なるほど。
斎藤 でそのBタイプの中にも2つあって、チャイコフスキーみたいなのがB1ってタイプだと理解してます。「くるみ割り」【YouTube】なんか華やかですけど、決してユラユラしたり先走ったり抜けたりはしない。伴奏の刻みもずっと均等で持続的に、いわゆるスコアが埋まってる状態。ワーグナーブルックナー、この人たちはB1です。それからバッハも、「だーだーだー」ってなる。それに対して「ぐわわーーん」といつもうねって動いてる人、ラフマニノフの「んららりらりー」(パガニーニ・ラプソディー~第18変奏)【YouTube】とか、あるじゃないですか。
佐藤 はい。
斎藤 あれがB2だと考えているんです。ラフマニノフ、リヒャルト・シュトラウス、あとブラームスも。
佐藤 なるほど。
斎藤 だからこれがチャイコフスキーとラフマニノフの違いですね。ブラームスとワーグナーの違いも同様で。同じ時代の同じ国の人でも違う。ただ、傾向として多い少ないというのはあって、フランス人はAタイプが多いのかもしれませんね。ドイツ風に対してフランス風っていわれてるのはおそらくそれなんですが、逆にドイツ人でA1だとヒンデミットとか。
佐藤 ヒンデミット、あそうなんですか。
斎藤 ドイツでは非常に珍しい。だから頽廃芸術家として演奏禁止になった。あれはフランス風と思われたんでしょう。
佐藤 (笑)そういうことなのかな。
斎藤 まあ本人たち死んじゃってるしいろいろ事情はあったんでしょうけど。フランス風序曲【YouTube/ヘンデル:「メサイア」序曲】のリズムってあるじゃないですか。
佐藤 はい。
斎藤 あれはまさにA1のリズムなんです。「たーーんたかたーーん」(複付点風)っていうやつ。実はヒンデミットもまったくあれです。だからそういう部分けっこう隠して書いてますよね。
佐藤 へえ。
斎藤 フランスでは逆にB2っていう、豪華絢爛だけどある意味クドいラフマニノフっぽい人がほとんどいない。あれがくどくてダサいと思われてる文化なのか人種的に少ないのか。
佐藤 ふむ。
斎藤 サン=サーンスは例外的にそうですよね。B2の人だと思います。特に協奏曲なんてブラームスみたいな音しますし、持続音が好きだからか「オルガン付き」【YouTube/第4楽章】なんて書いてる。まあ偶然だったらすみませんですが。
佐藤 ははあ。
斎藤 フランスでもフォーレとかブーレーズとか、あの人たちはB1、チャイコフスキーやバッハと同じリズム感。だから基本プラプラ跳ねない。でもフランスはたぶん基本的にAタイプの人が多い。「ふあん」っていう音楽が多いのはそれのせいだと思いますよ。基本的には上に行って引力によって落ちるってフレーズ感。それを「言語から来てる、ドイツ語はこうだから、フランス語はこうだから」って言う人もいますが、僕はそこからさらに一歩すすんで、「なんでフランス語があんな言語になったのか」っていうところから考えた方が面白いと思ってる。つまり、くにゃくにゃしてフワフワ動いて「むにゅむにゅ」とか言う人間が多かったんじゃないかなと。
佐藤 (笑)そうなのかな。
斎藤 まあこのへんは想像ですし、違ってたらスイマセンってことではあるんですが。


斎藤 それで、今回ご一緒させていただくシューベルトっていうのはA2で、自分とは違うリズム感の人なので、気をつけないと「りーらりらりらりら」とやり過ぎちゃって、なんかシューベルトじゃないなっていうふうになる。
佐藤 はあはあ。
斎藤 でも、フルートにはクラシックの偉大な作曲家のレパートリーってあんまりないので、このシューベルトの「しぼめる花」の序奏とヴァリエーション、ヴァイオリンとかチェロの人からしたら、「ああ、よくある小品ね!」みたいなノリなのかもしれないんですけど(笑)、フルートにとっては、これは一大作品なんですよ。だからお声をかけていただいて、よしやってやると。一大チャレンジで、良い機会だからここでガチッと自分を鍛え直して、気合いの入った演奏をしようと思っているところなんですけどね。
佐藤 ちなみに、この「しぼめる花」はこれまで何回ぐらい演奏されたことがあるんですか?
斎藤 いやあ・・・
佐藤 学生時代にはもちろん勉強されて?
斎藤 もちろん、これ勉強しないやつはいないので。
佐藤 ああそういう曲なんですね。
斎藤 ただ僕の先生、パウル・マイゼン先生は、まさにシューベルトと同じリズム感のA2先生で、レッスン受けると「うわー、これはこの人にはかなわんな」と。自分のリサイタルってたまにしかやらないですからね、やっぱり一番得意な、自分が全開でできる曲からいこうかっていうふうにやってると、回数としてはそんなにやってないかなという感じです。それでももちろんシューベルトをって言われる機会もあって、何回かは演奏しているはずですけど、100回、200回はやってないですね。・・・いや嘘です。10回も吹いてません。
佐藤 そうですか。
斎藤 久しぶりです。何年も吹いてない。いざ久々にやってみるとすごくやっぱ難しいですね。これは単にリズム感の違いっていう以外に、シューベルトの曲はピアノもシンフォニーもそうだと思いますけど、演奏しやすくてヴィルトゥオーゾで、意外と簡単なんだけど格好よく聞こえるみたいなのとはまさに対極の。
佐藤 うん、確かにそうです。
斎藤 内容はすごくあるんだけど、弾きやすくはない。
佐藤 そうなんですよね(笑)。難しいわりには演奏効果が上がらないという曲は多い。
斎藤 ほんとそう。かといって無理に演奏効果を狙ってこれ見よがしにやるとものすごく安っぽーくなるじゃないですか(笑)。だから技術的にも音楽的にも直球でどーんと、小細工無しでやれる実力がある人が演奏すべき曲なんだなあというのは感じますね。
佐藤 はあ、なるほど。
斎藤 それこそオーケストラの世界でも、シューベルトのシンフォニーを定期演奏会で取り上げるなんていうことは今は滅多にないんじゃないですかね。
佐藤 ああほんとですか。
斎藤 やはりかなりの指揮者が、かなりがっちりリハーサルやって、オーケストラもかなり地力がないと、まあ、退屈に
佐藤 (笑)確かに。
斎藤 言い方は難しいんですけど、たとえば『ローマの祭り』なんかをやると、盛り上がるのはまあ間違いない。
佐藤 それはそうですね。
斎藤 チャイコフスキーの5番であったり、ベートーヴェンの7番やったりすれば、盛り上がる。曲自体がものすごく映えるというか。シューベルトも曲は素晴らしく良いんですけど(笑)、演奏がそれほどでもないと、なんかお客さんも「うーん、あ、終わったか?」みたいな演奏に。
佐藤 (笑)
斎藤 ですから、本当に感動的なシューベルトのシンフォニーの演奏会っていうのはそんなに機会がないんですよね。よく覚えてるのはチョン・ミョンフンとやった「グレート」。ああ、こんなにシューベルトっていうのは輝く音楽なんだ、なるほど、グレートっていうのはまさにそうだなって。あれは忘れられないです。でも、それも十何年前で。
佐藤 ああそうですか。
斎藤 それ以来、それほどの感銘を受ける演奏会は・・・いやわかんない、やってるかもしれないし、誰かやってる指揮者に、あの野郎って思われるかもしれないけど(笑)本当に力を持ったすごい作品だけど、それがちゃんと届くほどの演奏をするにはものすごい地力と頭、譜面をきっちり読み上げてて、それをこれ見よがしじゃなくて直球で演奏しないと、安っぽくなっちゃうっていう。そういう点で、今回は本当にビッグチャレンジなんです。
佐藤 ちなみにオケのメンバーの方々は、たとえば今度の定期のプログラムはシューベルトのシンフォニーだっていうと、どんな反応なんですか?
斎藤 それこそ、オーボエの連中なんかはものすごく張り詰めますよね。
佐藤 ああ、そうなんだ。
斎藤 簡単そうに美しく聞こえるじゃないですか。ものすごくシビアなんですよ。特に「未完成」とか。
佐藤 「未完成」のソロね。
斎藤 有名な曲ではあるんですけど、まずオーボエ奏者は普段よりさらに目を三角にしてリード調整してますね。
佐藤 (笑)
斎藤 そのくらい集中して、はじめて普通に聞こえるレヴェルになる、っていう感じなんじゃないですかね。ものすごい気を遣って、でも作り物みたいに作り上げるんじゃなくて、自然を壊さないように、だけど粗が見えないように。それでいて吹きやすいわけじゃないですからね。なんか不思議ですね、どの楽器に対してもそうなんです。
佐藤 そうなんですね(笑)それは何か楽器法が良くないということなのでは。
斎藤 いやそれとは違うんですよ。良い音はするんです。
佐藤 ああ、だけどやりやすくはないと。
斎藤 オーケストラやってると、それはすごく感じます。楽器法が下手で、変な音するアレンジャーの人と、すごく吹きづらいけど、すごく良い音する人っていうのは、厳然と差があります。
佐藤 そうなんだ。不思議ですね。
斎藤 だから一般にオーケストレーションが上手くないって言われている作曲家で、何言ってるんだ、そんなことないぞっていう人はいますね。
佐藤 へえ。
斎藤 オーケストレーションに問題あるって言われてて、その通りだ!っていう人ももちろんいます。
佐藤 あはははは。
斎藤 ちょっと話は脇道にそれますけど・・・

第3回につづく
  1. 2022/10/04(火) 14:39:52|
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