シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

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[告知] シューベルトツィクルス第7回「人生の嵐 ―4手のためのピアノ曲―」

シューベルトツィクルス第7回チラシ
2017年6月22日(木)19時開演 東京文化会館小ホール * ゲスト:川島基(ピアノ)
♪序曲 ト短調 D668 * ♪12のドイツ舞曲 D420 ♪8つのエコセーズ D529 ♪12のレントラー D681より 現存する8曲
♪序奏、創作主題に基づく4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 D968A * ♪アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 D968 *
♪アレグロ イ短調 D947(「人生の嵐」) * ♪ロンド イ長調 D951(「大ロンド」) *
一般4,000円/学生2,000円 →チケット購入
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  1. 2017/06/22(木) 19:00:00|
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ロンド イ長調 D951 概説

ロンド イ長調 (「大ロンド」) Rondo A-dur ("Grand Rondeau") D951
作曲:1828年6月 出版:1828年12月(作品107)
楽譜・・・IMSLP

クライスレの証言によれば、この作品はウィーンの大出版社、アルタリア社のドメニコ・アルタリアからの委嘱によって1828年6月に作曲された。同年12月に同社から出版されたが、その3週間前に作曲者は既にこの世を去っていた。
製版に用いられた自筆譜が珍しく現存しているが、そこにはかなりの訂正や挿入の痕跡がある。どうやら試奏もせずに大急ぎで仕上げたらしく、たとえば[244]-[253]のプリモ、両手が同じ和音を奏するところに「col dextr 8」(オクターヴ下で)という略号のみが書かれているのだが、その通り演奏するとセコンドの右手と完全にぶつかってしまう。

「人生の嵐」と同様、「大ロンド」(Grand Rondeau)のタイトルは出版社が付けたものだが、それにふさわしい大規模で充実した内容のロンド=ソナタ形式の作品である。

(提示部)
a [1]-[8] イ長調(第1主題)
b [9]-[24] イ長調
a [25]-[32] イ長調
c [33]-[53] 嬰ヘ短調→ホ長調
d [54]-[68] ホ長調(経過句)
e [69]-[91] ホ長調(第2主題)
経過部 [92]-[102] イ長調
a [103]-[110] イ長調
b [111]-[126] イ長調
a [127]-[137] イ長調→ハ長調
(展開部)
f [138]-[151] ハ長調
e [152]-[175] 変ロ長調→ロ長調→・・・→イ長調
(再現部)
a [176]-[183] イ長調(第1主題)
c [184]-[204] 嬰ヘ短調→イ長調
d [205]-[219] イ長調(経過句)
e [220]-[240] イ長調(第2主題)
e [241]-[257] ヘ長調→変ロ長調→イ短調
経過部 [258]-[268] イ長調
a [269]-[276] イ長調
b [277]-[292] イ長調
e [293]-[304] イ長調(コーダ)
a [305]-[310] イ長調

少し細かく分析してみた。上記のabcdをすべてまとめてA群とすれば、ABACABAの大ロンド形式ということになるが、よく観察すると再現時にbを省略して、その代わりにコーダの前に登場させるなど、きめ細かい構成上の工夫がされていることがわかる。
aのロンド主題は、同じくイ長調のピアノ・ソナタ第13番D664の第1楽章や第20番D959の第4楽章にも似た、春の暖かい雰囲気を漂わせる美しい旋律である。経過的に登場するcの短調の開始はややメランコリックな表情を帯びる。副主題にあたるeは5小節という変則的なフレーズだが、やはり穏やかな性格で、ロンド主題aとの対照性には乏しい。
一方で、中間部に一度だけ登場するハ長調のfは極めて強烈で、神の啓示のごとき閃光を放っている。その後はeが次々と転調してロンド主題を導いてくる。このeは、再現部でも重要な働きをし、[241]からの一連のセクションで美しくも不気味な変容を遂げる。コーダもeから始まり、最後の1フレーズでaが回想され、飛び立った鳥が空高く消えていくかのように静かな余韻を残して終わる。
シューベルトらしい溢れる情感と、練り上げられた独創的な構築性が共存する稀有な作品である。

D947の解説でも述べたように、この2曲は同一のソナタの中に含まれるべき楽章群であるという意見は根強い。確かにD951はソナタの終楽章とするにふさわしい内容と曲想を持っている。ただしクライスレの証言を信じるなら、出版社からの委嘱に基づいて書かれたのであって、この2曲を結びつける資料上の根拠は何もない。
2曲が別々に出版されたことで「ソナタ」の計画が頓挫してしまったのか、逆にソナタの完成を諦めた結果別々に出版することにしたのか、単に2曲の単独作品が偶然イ調だったというだけなのか。いずれにしても、最晩年のシューベルトの瞠目すべき創作力を物語る2曲だというアンドレアス・クラウゼの指摘は的を射ている。

D951出版直後の1829年、19歳のロベルト・シューマンが、ピアノの師フリードリヒ・ヴィークに宛てて書いた手紙が残っている。

シューベルトは、ジャン・パウルの小説と同じく、私にとって唯一無二の存在です。最近4手のロンドOp.107を演奏しましたが、これは最高傑作であると確信しました。雷雨の前の蒸し暑さや、恐ろしく静かで重苦しく叙情的な狂気、完全で深く、かすかで美的なメランコリーが、全き真実そのものの上に漂っている、このようなものを、他の何かと比べることができるでしょうか。
私はこのロンドがプロープストの演奏会で初めて演奏されたときのことを覚えています。演奏が終わると、奏者と聴衆たちはお互いを長いこと見つめ合いました。自分たちが今何を感じたのか、シューベルトが何を意図したのかわからず、声を出すこともできなかったのです。


相変わらずの文学的な言い回しが炸裂しているが、このロンドの中に他の音楽にはない何かを感じ取った、若きシューマンのシューベルト熱が伝わる一文である。
  1. 2017/06/17(土) 03:35:17|
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アレグロ イ短調 D947(「人生の嵐」) 概説

アレグロ イ短調 (「人生の嵐」) Allegro a-moll ("Lebensstürme") D947
作曲:1828年5月 出版:1840年(作品144)
楽譜・・・IMSLP

シューベルトの連弾作品の多くは、シューベルティアーデなどのプライベートな場で作曲者自身によって披露された。そのデュオ・パートナーを務めた人物として、ヨーゼフ・フォン・ガーヒーJosef von Gahy (1793-1864)の名前はよく挙げられる。彼は役人だったがピアノの演奏に優れ、シュパウンの紹介でシューベルティアーデのメンバーになった。シューベルトのお気に入りの連弾相手で、シューベルトの死後はその多くの室内楽曲を4手用に編曲した。彼や、劇作家のエドゥアルト・フォン・バウエルンフェルトEduard von Bauernfeld (1802-1890)、シューベルティアーデにこそ参加しなかったが密かに想いを寄せる相手でもあったカロリーネ・エステルハージ孃Caroline Esterházy (1811-1851)らとの連弾の経験が、あれほど大量の4手作品を生み出す原動力になったのだろう。
ただ、彼らはいずれもプロの音楽家ではなくアマチュアのディレッタント(愛好家)であった。シューベルト自身、ピアノの演奏技巧は一流とはいえず、そうした層との演奏を楽しんでいたふしがある。
しかし最晩年1828年の5月9日、完成したばかりのヘ短調の幻想曲D940を友人たちの集まりで初演したパートナーは、フランツ・ラハナーFranz Lachner (1803-1890)であった。彼はコンサートピアニストではないものの、長じてケルントナー劇場(現在のウィーン国立歌劇場)の指揮者やマンハイム、ミュンヘンのカペルマイスターを歴任、今でこそ有名ではないが、生前は多くの作品を発表し作曲家として尊敬を集めた人物であった。時にシューベルト31歳、ラハナーは25歳。才能溢れる若者との共演からシューベルトがインスピレーションを得たことは想像に難くない。最晩年の4手作品の充実は、ラハナーとの出会いがきっかけになったのかもしれない。

幻想曲D940の完成直後の5月に早くも書き上げられたのが、このD947のアレグロである。自筆譜は現存しないものの、ヴィッテチェク=シュパウン・コレクションに筆写譜が残っており、そこには「デュオ」というタイトルがついている。出版は1840年、ディアベリ社からで、このときに「人生の嵐(性格的アレグロ)」というキャッチーな表題がつけられた。

ヴィッテチェク=シュパウン・コレクションは、前述の通りウィーン楽友協会資料室に所蔵されている。「アルペジオーネ・ソナタ」D821と、本作D947の2曲がまとめられた第55巻を閲覧してきた。
1828年5月という日付があり、見開きの左ページがセコンド、右ページがプリモというパート譜形式で記譜されている。ぱっと見ただけで、書き間違いや書き落としが相当多いことに気づく。とりわけオクターヴ違いや小節をまたいだときの臨時記号はほとんど記されていない。これは当時の記譜習慣なのかもしれないし、原本が清書譜ではなく、正確に書かれていなかったということも考えられる。
一方で同じ自筆譜を底本にしたと思われる初版はというと、こちらは題名だけではなく楽譜そのものにもかなり出版社の手が入っていると思われ、オーセンティシティ(正統性)の観点からはかなり問題のある内容になっている。たとえば第2主題の再現時[458]、プリモに記された「con delicatezza」(繊細に)の発想標語は、どう考えてもシューベルトの指示ではない。
結果的に筆写譜・初版譜のいずれも信用に足らない部分があり、細かいデュナーミクやアーティキュレーションの違いについては、どちらを参考にすべきなのか迷うところも多い。

ディアベリによる「人生の嵐」という命名が知名度アップにつながったことは確かだが、そのせいで気まぐれで幻想的な作品という先入観を持たれやすい。ところが、実際には非常に堅固なソナタ形式で書かれている。

提示部 [1]-[259]
第1主題(1) [1]-[11]
第1主題(2) [12]-[36]
第1主題(1)の確保と展開 [37]-[58]
第1主題(2)の確保と展開 [59]-[72]
経過句 [73]-[88]
第2主題 [89]-[137] 変イ長調
第2主題の確保 [138]-[182] ハ長調
第2主題による展開 [183]-[198]
第1主題(2)による小結尾 [199]-[259]
展開部 [317]-[347]
ヘ短調~ [260]-[284]
ロ長調(主音保続) [285]-[316]
ホ長調(主音保続)~イ短調(属音保続) [317]-[347]
再現部 [348]-[622]
第1主題(1) [348]-[358]
第1主題(2) [359]-[389]
第1主題(1)の確保と展開 [390]-[407]
第1主題(2)の確保と展開 [408]-[421]
経過句 [422]-[437]
第2主題 [438]-[457] ヘ長調
第2主題の確保 [458]-[502] イ長調
第2主題による展開 [503]-[518]
第1主題(2)による小結尾 [519]-[577]
第1主題によるコーダ [578]-[622] イ短調

提示部・再現部の長大さに比して展開部が短いことや、提示の中で既に主題の展開が行われることはシューベルト後期のソナタでは通例のパターンだが、特筆すべきは第2主題がまず変イ長調で提示され、確保でようやく通常のハ長調に移行するという独創的な調性配置である。遠くから響いてくるコラールは、遠隔調を用いることであたかも異世界からのメッセージのように聞こえる。そしてその後の鮮やかな転調によって定石通り平行調のハ長調へ到達するため、ソナタ形式の論理性も失われない。
一方で第1主題の何かを拒絶するような強奏と、焦燥感のある旋律は実に印象的で、両主題間の対比も著しい。展開部だけでなく提示部の各主題確保後でも行われる、半音階を駆使した目まぐるしい転調は、まさに「人生の嵐」のニックネームにふさわしい。

モーリス・ブラウンをはじめ、この作品が多楽章ソナタの第1楽章として書かれたとみる研究者は多い。続くイ長調のロンドD951はその終楽章で、D617、D812に続く生涯で3番目の連弾大ソナタになるはずだったが、中間楽章を作曲できぬままこの世を去ってしまった、という推測である。
一方で、このソナタはD947とD951で完結していると説く者も多い。そのひとりがピアニストのアルフレート・ブレンデルだ。ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第27番」(作品90)をモデルにした、「急(短調)・緩(長調)」の2楽章形式のソナタという見立てである。
このことについてはD951の解説で再度検討することにしたい。
  1. 2017/06/16(金) 15:40:53|
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アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 D968 概説

アレグロ・モデラート ハ長調 と アンダンテ イ短調 Allegro moderato C-dur und Andante a-moll D968
作曲:1815~19年? 出版:1888年
楽譜・・・IMSLP

自筆譜はいわゆる「清書譜」ではなく、タイトルも日付も記されていない。筆跡から、1815年から19年頃の初期の作品と推定されている。特徴的なのは、インクと鉛筆で指使いが念入りに書き込まれていることで、そこから、この作品がピアノレッスンの教材として使用されたこと、もっと言えば教材目的で作曲されたことが推測できる。だとすると、やはりエステルハージ家の姉妹に関連する作品とも考えられる。ドイチュは、シューベルトが1818年夏のツェリス滞在以前から、ウィーンのエステルハージ邸を訪れて姉妹のレッスンをしていたという可能性を示唆していて、曲の習作的な簡潔さを考え合わせても、1818年以前に成立していた可能性は高いかもしれない。「ソナチネ」の愛称で呼ばれることもある。

ハ長調のアレグロ・モデラートは教科書的とすらいえるソナタ形式で書かれている。バスの4分音符の刻みの上で3度の重音で提示される第1主題、8分音符の伴奏型に乗ってダクティルスのリズムで始まる第2主題は、いずれも極めて古典的で、明瞭かつ純粋な性格を持つ。展開部は意表を突いた変ロ長調で始まるが、その後の転調はいささか図式的。再現は型どおりである。

イ短調のアンダンテは緩徐楽章で、プリモが旋律、セコンドが伴奏という役割から離れない。ややセレナーデ的な性格はあるものの、感情の深みや劇的な展開には遠い。ピカルディ終止でイ長調の和音で終わるが、普通に考えればこの後にハ長調のフィナーレが続いてしかるべきだろう。この作品を「ソナチネ」と捉えるならば、フィナーレを欠いた「未完」作品という解釈が妥当かもしれない。

ちなみに兄フェルディナントは、1833年に自身の作品「パストラール・ミサ」のクレドに、この曲を引用というか、そっくりそのまま編曲して用いている。フェルディナントはフランツの生前から、弟の作品を勝手に自作として発表することがあったが、フランツもそれをあまり問題にはしていなかったようだ。D968の自筆譜のプリモパートには、鉛筆の筆跡で「クレド」の歌詞が書き込まれているが、これはおそらくフェルディナントによるメモと考えられる。
「パストラール・ミサ」は1846年のクリスマスにウィーンの聖アンナ教会で初演され、「紛う方無きシューベルトの精神の遺産」と新聞で絶賛されたが、実際にはその大部分がフランツの作品の盗用だったことが判明している。
  1. 2017/06/15(木) 21:37:14|
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序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 D968A 概説

序奏、創作主題による4つの変奏曲とフィナーレ 変ロ長調 Introduktion, vier Variationen über ein Originalthema und Finale B-dur D968A(旧603)
作曲:不明 出版:1860年(作品82-2)
楽譜・・・IMSLP

1860年、ハンブルクのユリウス・シューベルト社(フランツ・シューベルトとは違う綴りで無関係)から出版されたが、来歴は全くわかっていない。このとき同じ「作品82」にまとめられたのは「エロルドの歌劇『マリー』の主題に基づく8つの変奏曲」D908で、D908が作品82-1、D968Aが作品82-2とされている。
そもそもD908は、作曲者生前の1827年にトビアス・ハスリンガー社から作品82として既に出版されていて、シューベルト社はハスリンガーからその権利を買い取ったようだ。クライスレは、D968Aの自筆譜も元々ハスリンガーが所有していて、シューベルト社にD908と抱き合わせで売りつけたのではと推測している。その原資料も出版後に散逸してしまったので、この作品に関する一次資料は何も残っていない。
モーリス・ブラウンは本作について、エステルハージ家のマリーとカロリーネの姉妹にピアノを教え、数多くの連弾曲が生み出された1818年のツェリス滞在時、あるいはそれに続く冬にウィーンで作曲された可能性を示唆しているが、推測の域を出ず、ノッテボームの目録では「偽作または疑わしい作品」にリストアップされてしまっている。

とはいえ、華麗な演奏技巧を駆使した才気走る作品であり、シューベルトの真作というにふさわしい名作といえる。
タイトルの通り、「序奏」、「主題」と4つの「変奏」、「フィナーレ」から構成されている。

序奏 モデラート([1]-[34])
フォルティシモの強奏で和音が打ち鳴らされ、華やかに幕を開ける。序奏では付点のリズムが支配的で、そのぶん[26]-[29]で付点のないメロディーが歌われる部分が新鮮に聞こえる。ドミナントの和音上でプリモが短いカデンツァを披露し主題へ移る。
創作主題 モデラート([35]-[50])
それぞれに繰り返し記号のついたA+Bの二部形式。半小節のアウフタクトを持つ、モーツァルト風のチャーミングな主題である。
第1変奏 ([51]-[66])
3連の16分音符を用いて旋律を装飾する。
第2変奏 ([67]-[82])
32分音符による装飾。B部分での分散和音のやりとりがダイナミックである。
第3変奏 ブリランテ([83]-[98])
更に細かい6連の32分音符のパッセージで半音階的に装飾していく。プリモ・セコンドとも高度な技巧を要する、本作で一番の見せ場。
第4変奏 ピウ・レント([99]-[134])
テンポがぐっと落ち、シューベルトらしい自由なハーモニーの飛翔がみられる。[124]からは主音の保続を伴うコーダとなり、突然の強奏でフィナーレを導く。
フィナーレ ヴィヴァーチェ([135]-[334])
小節数的には全曲の半分以上を占めるフィナーレ。急速なワルツのリズムに乗って、主題の自由な変奏が繰り広げられる。最後はだんだん遠ざかっていき、テンポも落ちたところで突如プレストに。7小節で華麗に曲を閉じる。
  1. 2017/06/14(水) 14:16:26|
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12のレントラー D681 概説

12のレントラー Zwölf Ländler D681 (第5~12曲のみ現存)
作曲:1815年頃 出版:1930年

(舞曲の種類)
(舞曲の分類)

D681の舞曲集の自筆譜はパリ国立高等音楽院の図書館に収められているが、最初の1枚は散逸したとみられ、第5曲から第12曲までの番号が振られた8曲だけが残されている。そのため端的に「8つのレントラー」と表記されることも多いが、今回はあくまで曲集の途中から演奏するという意味で「12のレントラーより」の表記を採った。
自筆譜の書法から1815年頃の作品と考えられている。各曲は変ロ長調・変ホ長調・変イ長調といったフラット系の調性をとり、初期の舞曲の常として構造はすべてB(二部形式)である。

5. 変ホ長調 ワルツ型メヌエット型
 1小節目のジグザグ音型と、2小節目以降の2拍目の2分音符に付けられたアクセントが楽しい。B部分では伴奏型がメヌエット型に変化し、アクセントは3拍目に移動する。
6. 変ロ長調 ワルツ型
 跳躍の多いメロディーラインはレントラー風。
7. 変ホ長調 ワルツ型
 伴奏型は1拍目を欠くワルツ型。アウフタクトを伴う2小節のフレーズが繰り返され、どこか古典的な趣。
8. 変イ長調 ドイツ舞曲型ワルツ型
 目を引くのはA部分の「mit dem Pedal」(ペダルを使って)、B部分の「ohne Pedal」(ペダルなしで)という指示である。ペダルの有無でAとBの響きの対比を意図した、非常に珍しい意欲的な書き込みである。A部分は荒々しい和音連打のドイツ舞曲型だが、B部分は軽やかなワルツ型に。共通するのは2拍のモティーフが連続するヘミオラ風のリズムの面白さである。
9. 変イ長調 その他
 第8曲~第10曲の変イ長調の3曲は通奏可能なように工夫されている。逆付点のリズムと、左手上声のメロディーのハモりが印象的。
10. 変イ長調 その他+ワルツ型
 属九の和音から始まるやや扇情的な表情。そして16分休符を伴う分散和音音型がチャーミングである。
11. 変ホ長調 その他+ワルツ型
 滑らかに下降する半音階のモティーフは、第9曲同様左手の3度で重ねられる。B部分は感傷的なII度調の借用ドミナントで始まる。
12. 変ロ長調 ドイツ舞曲型(変形)
 一転して威勢の良い舞曲。右手の無窮動の8分音符は4個(2拍)ずつの音型を繰り返し、ショパンの「小犬のワルツ」のような遊戯的な躍動感をもたらす。
  1. 2017/06/13(火) 23:58:53|
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