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シューベルティアーデ電子版

ピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を展開中のピアニスト佐藤卓史がシューベルトについて語る
次回公演詳細

アダージョ ハ長調 D349 概説

アダージョ ハ長調 Adagio C-dur D349
作曲:1816年? 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

D459A-3+D349 自筆譜
D459A-3の最後の8小節と、D349の第1-31小節の自筆譜。右下のサインは例によってニコラウス・ドゥンバ。

メヌエットD41-21自筆譜の裏面、D459A-3(アレグロ・パテティコ)の最終小節を書き終えるやいなや、同じ段の続きに書き始めたのがこのアダージョである。D459A-3の大部分は失われているので、いったい何のつもりで書いたのかは不明だが、初期のシューベルトが小品集というジャンルを手がけていたとは考えにくく、ひとつのソナタの第1楽章と第2楽章(緩徐楽章)という関係性とみるのが自然だろう。
D459A-3と同じ五線紙には第31小節までが書かれ、第32小節以降は別の五線紙に書き付けられている。その末尾、第84小節まで書いたところで「V.S.」(素早くめくれ)と指示があるのだが、めくった裏面には歌曲「憧れ」D516のスケッチが記されていて、第85小節以降は行方不明(未完)である。よく見るとD516を書き始める前、五線紙の左上に大譜表を書いて消した跡があり、何かの手がかりになるかと思って注視したのだが、ニ長調(またはロ短調)、3/4拍子という曲頭の指示があるのみで、2/4拍子・(第84小節時点で)ホ長調のD349の続きということはあり得ない。3/4拍子ということはひょっとしてここにもメヌエットを書くつもりだったのかもしれないが・・・。
D349自筆譜の裏
歌曲「憧れ」D156初稿自筆譜の一部。最初に何か書きかけて消した跡がある。

構成でいえばABA'B'のB'部分の途中までが残されていることになる。Aは葬送行進曲にも似た荘重な和音連打と、それに3音の動機が応えるように進行していき、一方でBは付点リズムがスキップあるいはスウィングのように続く、いくぶん軽快で浮遊感のあるセクションである。Aがハ長調、Bがヘ長調で提示されるのに対し、A'は変イ長調、B'はホ長調といった遠隔調(長3度関係調)をとる。
B'の中断箇所の続きはBの並行箇所を参照してある程度復元可能である。しかし曲そのものがどのように終わるべきかは議論の余地が残るところだろう。
今回の補作にあたっては、ソナタに属する楽章の通例として開始の調性に戻るのが普通と判断し、Aを参考に新たにハ長調のA''を設定し、そこへうまく着地できるようにブリッジ部分に変更を加えた。つまり全体としてはA-B-A'-B'-A''というロンド形式風の構成となった。
シューベルトはひょっとするともっと大規模な構成を考えていたかもしれないが、主題のテンポ感なども考慮するとこれ以上の拡大は冗長さを招くだけであろう。
それにしても、中断箇所のB'の全体的な調性がホ長調、すなわちD459A-3の主調であることは興味深い。D459+D459Aに含まれるホ長調の楽章、すなわちD459-I、D459-II、D459A-3のいずれもが、その展開部にハ長調の部分を含んでいることと対応している。

同じくD41の自筆譜の裏面に書かれた未完の作品としてアンダンティーノD348がある。これもD349と何らかの関連性があるのではないかという説もあるが、確証はない。
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  1. 2020/09/04(金) 19:33:00|
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ピアノ・ソナタ 第3番 ホ長調 D459 ・ 3つのピアノ曲 D459A 概説

ピアノ・ソナタ 第3番 ホ長調 Sonate Nr.3 E-dur D459
作曲:1816年8月 出版:1843年(「5つのピアノ曲」として)
楽譜・・・IMSLP

3つのピアノ曲 Drei Klavierstücke D459A
作曲:不明 出版:1843年(「5つのピアノ曲」として)
楽譜・・・IMSLP


D459- I. Allegro moderato
D459- II. Allegro
D459A- 1. Adagio
D459A- 2. Scherzo. Allegro
D459A- 3. Allegro patetico


これらの5つの楽章(あるいは小品)は、1843年10月にライプツィヒのC.A.クレム社から「5つのピアノ曲」のタイトルで出版された。作曲者の死後25年後のことである。初版譜の表紙には「作曲者の遺作 確かな筋から合法的な手段で取得された作品」という物々しい断り書きが記されている。普通に考えて、原稿はフェルディナントから入手したのだろう。

その後、最初の2楽章の自筆譜が発見される。そこには「ソナタ」の標題と、1816年8月の日付があり、第2楽章(出版譜ではスケルツォとなっているが、自筆譜にはただアレグロとのみ記されている)の中間部までで中断され、未完となっている。第3楽章・第4楽章の自筆譜は今に至るまで発見されていない。
ともあれこの自筆譜の存在によって、「5つのピアノ曲」は「ソナタ第3番」(5楽章構成)としてピアノ・ソナタの仲間入りをすることになる。
ただ、シューベルトのピアノ・ソナタで5楽章構成の作品は他に例がなく、スケルツォを2つ持つソナタというのも据わりが悪いことから、これが作曲者の意図した形ではないということは薄々感づかれてきた。第2楽章の自筆譜が未完であることから、シューベルトはこの時点でこの楽章を捨て、新たに第4楽章のスケルツォを書き下ろしたのだ、という説もある。
ところが、第5楽章アレグロ・パテティコの最後の8小節が、メヌエットD41-21の自筆譜の裏面に書き付けられ、それに続けてアダージョD349が書かれていることが発見されてから事情が変わってきた。アレグロ・パテティコは、おそらくソナタのフィナーレではなく、第1楽章として構想された作品であり、D349はそれに続く緩徐楽章なのだ。つまりD459-I,IIとは別個のホ長調ソナタがここに存在することになる。

そういうわけで現在のドイチュ目録では、ソナタとしてのアイデンティティが確かめられている最初の2楽章をソナタD459、それらと一緒に出版された残りの3楽章(3曲)を「3つのピアノ曲」D459Aとして、別々の番号で整理している。
クレムのもとに「確かな筋から合法的な手段で」もたらされた自筆譜はどのような状態だったのか。5曲がまとまっていたのか、他の多くの小品の中から任意に選び取ったのか、今となっては知る由もない。ただ、現在検討できる自筆譜の状況から察するに、
(A) D459-I(第1楽章)+D459-II(スケルツォ?)
(B) D459A-3(第1楽章)+D349(緩徐楽章)

という別系統のソナタ楽章が混在していることは確かである。
ひとつのソナタの中に、2つの緩徐楽章や2つのスケルツォが共存することはない。すると、類推となるが、明らかに緩徐楽章であるD459A-1はソナタ(A)に属し、D459-IIとは共存できないスケルツォD459A-2はソナタ(B)の後続楽章という可能性もある。ただしいずれも終楽章にあたる楽章がない。ファビオ・ビゾーニは従来D566のホ短調ソナタの関連楽章とされてきたホ長調のロンドD506が、ソナタ(B)のフィナーレとして構想されたのではないかと唱えている。
ソナタ(A)の成立時期は1816年8月で確定しているが、ソナタ(B)についてはさまざまな可能性がある。同じく1816年頃だとすれば、1817年作曲の第4番D537を「第5ソナタ」と記した謎にひとつの解決の糸口がもたらされるし、1817年とすれば同年の「6曲セット」の欠番たる第3ソナタ・第4ソナタの候補作品となり得るだろう。

ところで、シューベルトの完成されたピアノ・ソナタで第2楽章にスケルツォが来る作品はない。緩徐楽章とスケルツォの配置を逆転させたベートーヴェンの方式にシューベルトは従わず、モーツァルト以来の「緩徐楽章→スケルツォ」という順番に固執した。ところがピアノ・ソナタ以外の多楽章作品の中にはスケルツォが先行する作品もある。そのひとつがヴァイオリンとピアノのためのソナタ(二重奏)D574だ。
1817年の作品とされるD574と、この作品には非常に似通った楽想が認められる。

たとえば主和音の第2転回形のアルペジオで始まるスケルツォ(D574-IIとD459A-2)。
D574-II
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ D547~第2楽章 スケルツォ

D459A-2
3つのピアノ曲 D459A~第2曲 スケルツォ

ハ長調・3/8拍子で16分音符の刻みと3連符のポリリズムを持つ緩徐楽章(D574-IIIとD459A-1)。
D574-III
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ D547~第3楽章
D459A-1
3つのピアノ曲 D459A~第1曲

低音部の半音階に導かれて始まる3/4拍子の舞曲調の無窮動(D574-IVとD459-II)。
D574-IV
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ D547~第4楽章
D459-II
ピアノ・ソナタ 第3番 D459~第2楽章

こうやって並べてみると、どこか同種の表現の根から生まれた双子のように思えてならない。
そう考えると、D459-IIは主調のホ長調、ソナタ形式で書かれているのだから、D574-IVのような急速な3拍子のフィナーレと考えることも可能だ。初版譜にスケルツォと題されている先入観で見てしまうわけで、本来自筆譜にはスケルツォとは書かれていない。すると、D459-IとIIだけで、たとえばベートーヴェンの作品78の嬰ヘ長調ソナタ(「テレーゼ」)のような2楽章ソナタとして完結しているとみることも可能だ。シューベルトのピアノ・ソナタに2楽章で完結しているものは他に無いけれども・・・。

というふうに、楽章構成の可能性を考えていくときりがない。
今回は1843年の初版譜の通りの順番で5つの楽章を並べて演奏し、その後にアダージョD349も付け加えることとした。


D459-Iの書法上の際だった特徴は、弦楽四重奏の発想で書かれていることである。シューベルトの初期のピアノ曲に弦楽四重奏を連想させる部分はとても多いが、ここまで楽章全体にわたって線的なテクスチュアが貫かれている作品は珍しい。声部の絡み合うさまが提示部の両主題の性格を決定づけており、ホモフォニック=ピアニスティックな書法はコデッタで部分的に現れるのみである。展開部は相変わらず主題を並列的に配置していくスタイルであり、主題間の相克はみられない。ホ短調のドミナントペダル(H音の連打)上で始まり、ハ長調に転調、そこからイ短調を経由して、イ長調(下属調)から再現部を開始する。モーツァルトのK.545が典型例である下属調再現はシューベルトのピアノ・ソナタにはあまり例がないが、ヴァイオリン・ソナタ(ソナチネ)イ短調D385で行われている。
D459-IIは前述の通り、三部形式の舞曲楽章のように見えて実際には明瞭なソナタ形式でまとめられている。奇妙なオクターヴユニゾンで始まる第1主題はやはり弦楽四重奏のスタイルに嵌め込まれたあと、ドミナントペダルの上で切迫感のある展開を始める。属調に転調して、右手のオクターヴトレモロ音型が印象的な第2主題となる。両主題に共通するのは2分音符+4分音符の「長短」のリズムモティーフである。展開部は4つの和音によるカデンツで強引にト長調に転調して始まり、線的な書法でゼクエンツ(同型反復)を繰り返しながら次々とさまざまな調性へ転調していく。再現部はほぼ型どおりだが、実際には第2主題部にいくつかの細かいヴァリアントが施されており、これは出版社や第三者による改変とは考えにくいので、現存する未完の自筆譜とは別にシューベルト自身が完成稿を書き上げたと考えるのが自然だろう。決して途中で見捨てられ、D459A-2に取って代わられた不出来なスケルツォではないのである。

D459A-1は穏和かつ深い情感を湛えた緩徐楽章だが、楽式としては展開部を欠くソナタ形式であり、この作品にはソナタ形式の楽章がことのほか多いのがわかる。冒頭はやはり弦楽四重奏風だが、次第にピアニスティックな書法が支配的になっていく。
D459A-2は三部形式の精力的なスケルツォ。時折伴奏型に舞曲の要素が顔を出す。中間部はPiù tardo(とても遅く)と指示され、やはり弦楽四重奏的なポリフォニックな音楽となる。
D459A-3Allegro pateticoという指示は、他のシューベルト作品では目にしたことがなく、出版社による改変かもしれないが、楽曲のキャラクターと合致しているようにも思えない。5連符・6連符といった自由なリズムによるアルペジオのモティーフはシューベルト作品としては異色で、ベートーヴェンの「熱情」ソナタの展開部を想起させる。第1主題提示後の推移部はやはり弦楽四重奏風のスタイルになるが、第2主題、そして展開部においては完全にピアニスティックな書法に移行している。コーダも甚だ精力的であり、ヴィルトゥオジティを存分に発揮させて曲を閉じる。
  1. 2020/09/03(木) 23:35:11|
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[告知] シューベルトツィクルス第12回「ピアノ・ソナタⅣ ―はじめてのソナタ―」

第12回チラシ
※公演中止・振替
2020年3月1日(日) 9月6日(日) 14時開演 音楽の友ホール
♪30のメヌエット D41より 現存する20曲 ♪ピアノ・ソナタ ホ長調 D154(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
♪ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 D157 ♪ピアノ・ソナタ 第3番 ホ長調 D459
♪3つのピアノ曲 D459A ♪アダージョ ハ長調 D349(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
一般4,000円/学生2,000円
  1. 2020/03/01(日) 14:00:00|
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第12回公演中止・振替のお知らせ

2020年3月1日(日)音楽の友ホールにて開催予定の「佐藤卓史シューベルトツィクルス第12回 ピアノ・ソナタⅣ ―はじめてのソナタ―」公演は、新型コロナウイルスに関する2月26日の政府発表を受けて開催中止となりました。楽しみにご予定下さった皆様には申し訳ございません。下記の通り振替公演を実施いたします。

2020年9月6日(日)14時開演 音楽の友ホール
佐藤卓史シューベルトツィクルス第12回 ピアノ・ソナタⅣ ―はじめてのソナタ― (振替公演)
公演内容・出演者には変更ありません。


ご購入済みのチケットは振替公演でそのままご使用いただけます。
代金の払い戻しをご希望の場合は各プレイガイドへお問い合わせ下さい。
(イープラス・チケットぴあでは3月2日~31日の期間に払い戻し可能となります。)
ご不明の点はアスペン 03-5467-0081 までお問い合わせ下さい。

振替公演の実施にあたってご配慮をいただきました音楽の友ホール様、また関係各位に心より御礼申し上げます。

佐藤卓史
  1. 2020/02/27(木) 18:00:00|
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30のメヌエット D41 概説

30のメヌエット Dreißig Menuette D41
作曲:1813年 出版:1889年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

はじめに自筆譜の問題に触れておこう。ウィーン市立図書館に所蔵されており、SCHUBERT onlineでも閲覧可能である。
全30曲のうち、第9・10曲、第19曲、第24~30曲が消失しており、現存するのは残る20曲である。つまり全体で合計3カ所の消失部分があるということになる。現存するすべての曲に通し番号が降られていることから消失曲が判明しているのだが、冒頭に「30曲」と明示されているわけではないので、最後の7曲は散逸したのか最初から書かれなかったのかは判然としない。
自筆譜は、時折書き間違いを修正している他は推敲の跡のない整然とした筆跡で、おそらく下書きを見ながら清書したものと思われる。

トリオを伴うメヌエットは、各曲とも五線紙の片面に収まるように書かれており、裏面にはみ出す曲は1つもない。第1曲と第16曲では収まらなかった部分を、余白部分に手書きで五線を補って書き終えている。
はじめの16曲、つまり最初の消失部分の第9・10曲をまたぐ第1~18曲については、奇数番号曲と偶数番号曲が1葉の五線紙の表裏に書かれていて、合計8枚の自筆譜にまとめられている。消失した第9・10曲も同様に1枚の紙の表裏に記されていたと想定して差し支えないだろう。

(1) 表 メヌエット D41-1 / 裏 メヌエット D41-2
(2) 表 メヌエット D41-3 / 裏 メヌエット D41-4
(3) 表 メヌエット D41-5 / 裏 メヌエット D41-6
(4) 表 メヌエット D41-7 / 裏 メヌエット D41-8

(おそらく1枚が消失)
(5) 表 メヌエット D41-11 / 裏 メヌエット D41-12
(6) 表 メヌエット D41-13 / 裏 メヌエット D41-14
(7) 表 メヌエット D41-15 / 裏 メヌエット D41-16
(8) 表 メヌエット D41-17 / 裏 メヌエット D41-18


ところがこのスタイルが変化するのは次の消失部分を越えた第20曲からの4曲である。それぞれ片面にメヌエットが書かれ、その裏面には違う作品のスケッチが書き付けられているのだ。全部で13枚からなる自筆資料のうち、上述した8枚のあと、9枚目からの内容はこうなっている。

(9) 表 メヌエット D41-20 / 裏 フーガD41Aの断片、続けて歌曲「子守歌」D498のピアノ独奏用編曲(ハ長調)
(10) 表 メヌエット D41-21 /  裏 ピアノ曲D459A-3(Allegro patetico)の最後の8小節、完結後同じ段からアダージョD349の第1-31小節
(11) 表 アダージョD349の第32-84小節 / 裏 歌曲「憧れ」D516のスケッチ(ピアノパートの前奏(決定稿には存在しない)の右手の他は歌唱パートのみ・未完)
(12) 表 メヌエット D41-22 / 裏 アンダンティーノD348の第42-71小節
(13) 表 メヌエット D41-23 / 裏 アンダンティーノD348の第1-41小節


11枚目の紙片は、鉛筆でそのようにナンバリングされているが(おそらくその主は例によってサインを残している以前の所有者ニコラウス・ドゥンバ)、後から挿入されたものと見られ、紙の縁の形状が若干異なる。これについてはD349の項で詳述したい。
2つ目の消失部分が第19曲1曲のみであることから、第19曲以降、シューベルトは書式を変更して、五線紙の表面だけにメヌエットを記し、その時点では裏面を空白のまま空けておいたようなのだ。そして後年、おそらく1816年頃に新しい作品のスケッチに「裏紙」を再利用したと考えられている。
裏面に書き付けられた作品のうち、作曲年代が判明しているのは子守歌D498のみであり、ヴィッテチェク=シュパウン・コレクションの記述により1816年11月とされている。ただしこのピアノ用編曲の筆跡は、いつものフランツ・シューベルトのものとは異なるように見受けられ、ドイチュによると兄フェルディナントのものだという。フェルディナントはおそらくこの主題でピアノの変奏曲を書こうとしたのだろうとドイチュは推測している。だが、最上段に1小節だけペン入れされているフーガD41Aは、その後も4段目まで薄く鉛筆で下書きされていて、子守歌の編曲はその上を塗りつぶすように書き始められているのだ。もしかしたらこのフーガの下書きを実施したのもフェルディナントだったのだろうか? いずれにしても、ここに登場するD348、D349、D459A-3、D516がすべて1816年の作品という推定はあまり説得力のあるものとはいえない。
メヌエットの中で他と明らかに状況が異なるのが第22曲である。1段目がまるごと削除されていて、2段目から新たに書き直され、その際に通し番号にも訂正の跡がある(訂正前は何番と書かれていたのかは丹念に塗りつぶされているため判読できない)。つまりこの自筆譜は清書稿ではなく、推敲を含む段階の稿のようなのだ。
そう考えると、現存する最後の4曲、第20~23曲は初期稿であり、後で清書譜を作ろうとしたか、あるいは作ったとも考えられ、さらにその後(不要になった)裏紙として再利用された、と見るのが妥当かもしれない。再利用の時点ではメヌエットはバラバラになっていて、適当な順番で使用されていったと思われる。アンダンティーノD348の続き、アダージョD349の続きを含め、消失してしまったメヌエットの裏に未知の作品が書き付けられていた可能性も高い。

このメヌエット集の来歴を明かしているのは、フェルディナントが作成したフランツの作品リストである。1813年の作品の中に「ピアノのための30のメヌエットとトリオ(消失)」とあり、長兄イグナーツのために作曲されたという。この記述を信じた上で、20曲のみが現存するD41をこれと同定したわけなのだが、若干怪しいところがある。この自筆譜の束はフェルディナントの所有物の中から発見されたのだが、にも関わらずなぜわざわざ「消失」と書いたのだろうか?
実は第4・6・12・13・22曲のトリオを、フェルディナントは(他の作品も含めて)「自作」のパストラール・ミサ(1833)に盗用し、1846年に初演・出版までしている。フェルディナントは既に弟の生前からその作品を盗用しては自作として発表し、時にそれを弟に直接詫びたりしているのだが、弟の死後はおおっぴらにこれを行うようになったようだ(同様に盗用されたD968についてはこちら)。とすると、フェルディナントはこのメヌエット集を消失したことにして、自分の作品に転用するためのマテリアルとして死蔵しようとした可能性すらある。「1813年」「30曲」という数字の信用性も揺らいでくるではないか。

全20曲はいずれも1つのトリオを持つメヌエットで、主部・トリオの前半部と後半部にそれぞれ繰り返しが設定されている(第11曲のトリオの後半のみ例外で、繰り返しがない)。D91(1813年11月22日)以降のシューベルトのメヌエットが、「2つのトリオ」を持つABACAという特異な構成を採っているのと比較すると、より一般的なスタイルといえる。
はじめの数曲、同じような付点のアウフタクトのモティーフが続くので、並べて聴くとやや面食らうのだが、次第に作風が変化していく。勇ましい軍隊風の曲想が次第に後景に退き、室内楽風のインティメイトな楽想や、モーツァルトを思わせる古典的なテクスチュアが増加してくる。またメヌエットというよりはポロネーズに近いようなリズムパターンも登場し、第16曲・第20曲(トリオ)・第23曲(トリオ)ではもはやエチュード的ともいえる16分音符のパッセージに埋め尽くされている。はじめは単純極まりなかった和声も、後半に近づくに従って複雑な色合いを帯びてくる。
このようなことから想像するに、この長大な曲集は1813年という一時期に一気に作曲されたのではなく、数年間にわたって書き続けてきたメヌエットを整理したものなのではないだろうか。その最初の数曲は少年期に遡るものかもしれない。第18曲までで過去の下書きが尽き、そこからは五線紙の片面に、新たに書き下ろしたのだろう。その成立時期は、シューベルトが「2つのトリオ」を持つメヌエットに取り組む直前、すなわち1813年と仮定しても大きく間違っていないと思う。
もうひとつ特徴的なのは、第1曲のトリオで既に4小節単位のフレーズを逸脱していることで、その後もたびたびこの基本を踏み外しているのだ。このことはこれらのメヌエットが、舞踏を目的として書かれたのではないことを物語っている。曲調から言っても通常のメヌエットのスタイルとは根本的に異なっている。「イグナーツのために書かれた」というフェルディナントの注記、そして特に最初の数曲に顕著な祝祭的な雰囲気を鑑みると、何らかの慶事(誕生日など?)に際して作曲されたのかもしれない。
  1. 2020/02/26(水) 22:00:56|
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ピアノ・ソナタ ホ長調 D154 ・ 同 第1番 ホ長調 D157 概説

ピアノ・ソナタ ホ長調(第1楽章の断片) Sonate E-dur D154
作曲:1815年2月11日 出版:1897年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 Sonate Nr.1 E-dur D157
作曲:1815年2月18日~ 出版:1888年(旧全集)
楽譜・・・IMSLP

1815年2月11日の日付を持つソナタ断片D154は、1週間後に作曲開始したD157の第1楽章の第1稿とする見方が強い。ヘンレ版ソナタ集第3巻(バドゥラ=スコダ校訂)でも「D157の初期稿」と断定している。
しかし、別々のドイチュ番号を与えられているのにはそれなりの理由がある。ひとつは作曲日が明示されていて、この1週間の間に少なくとも1曲の作品を仕上げているということだ。歌曲「絵姿」Das Bild D155の日付はD154と同じ2月11日なので、この2作の前後関係は不明だが、ピアノのための10の変奏曲D156は2月15日に完成しており、その3日後の18日からD157に取りかかった、ということになる。
そして「D154=第1稿」・「D157-I=第2稿」と断定するには、両者には差異が大きすぎるという問題がある。ソナタ形式の第2主題と展開部はほぼ同じだが、第1主題や推移部は全く異なる音楽である。そのためD154はD157-Iと共通する素材を用いた、別個のソナタ楽章とする見解もある。
D154の自筆譜は展開部の終わり近く(D157の並行箇所と比較すると残り1小節の時点)、第118小節で途切れており未完となっているが、中段箇所は五線紙の末尾に当たるため、続きのページは書かれたものの散逸したとも考え得る。

ともあれ、筆者としてはD154はD157の初期稿であり、一度は(おそらく)完成させたものの更なる改良を意図して1週間後に書き直したのだろう、と考えている。
その理由のひとつは、ほとんど同内容の展開部が、D157において10小節分拡大されていることである。展開部の貧弱さを補強しようという意識が既にこの時点で働いているのは興味深い(D567→D568の改訂時にも同様の展開部の拡大が行われている)。
さらに注目すべきなのは主要主題の扱いである。展開部の唯一の動機となる前打音を伴う重要な主題は、D157では属調のロ長調で提示されるため、それが第2主題であることは明確なのだが、D154においては主調のホ長調で始まり、途中でロ長調に転調するため、楽式的には主要主題といえるかどうか疑わしい。
D154 主要主題
ソナタD154 [28]-[43]
D157 第1楽章第2主題
ソナタD157 第1楽章 [42]-[58]


むしろ[46]からの3連符のパッセージのセクションを第2主題と考える方が自然かもしれない。最初の29小節間を第1主題とすると、この重要な主題は推移部ということになってしまうし、あるいは、冒頭29小節を「序奏」的なセクションと考えるならば第1主題ともいえる。いずれにせよ、D154は楽式が曖昧になってしまっていて、D157ではその欠点を克服していることからも、D157がD154よりも決定稿に近づいた段階の稿であると考えてよいのではないだろうか。

とはいえ、D154には初期着想ならではの新鮮な魅力があることも確かである。冒頭の16分音符で駆け上がる音階のパッセージとそれに続くトリルは、華麗で即興的なヴィルトゥオーゾスタイルを示しており、まるでベートーヴェンのようですらある。前述した[46]以降の3連符のパッセージも技巧的な見せ場となっており、またリズム分割のさまざまな方法が提示されていることもダイナミックな効果を生んでいる。この点においてD157は冒頭に3連符のアルペジオのパッセージがある他は8分音符(2分割)のリズムに画一化されていて、比較すると躍動感に欠ける印象はあるかもしれない。一方でD157は強弱の対比や音響像の変化に意識がおかれており、ピアニスティックなD154に比べるとオーケストラ的といえる。
D154で聴く人を驚かせるのは第2主題部、3連符のパッセージが駆け上がった先で2度にわたって待ち受けているコラール風の和音で、その半音階を駆使した奇妙な響きと、妙に間延びした拍節、そしてそれを受ける付点の下降音型が一種の破調として機能している。
D154 推移部
ソナタD154 [48]-[75] 言及されている和音は[54]-[56]、[69]-[70]にある

D157ではナポリの六の和音をフィーチャーした2番目のコラールだけが生き残っているが、リズムは1/2に縮節されており、フレーズ的にはやはり奇妙ではあるものの推進力を止めるには至っていない。
展開部の冒頭ではドミナントモーションの連続により、ロ長調からヘ長調という遠隔調へ強引に転調し、その属七の和音を異名同音でドイツ六の和音に読み替えることでホ長調へ戻るという手法が取られている。その後のドミナントペダルの部分を9小節伸ばし、第1主題が回帰する期待感を高めたのはD157の最大の改良ポイントと言って良いだろう。

D154の補筆に当たっては、D157のディテールを参考にしつつ、再現部は一時的に下属調(イ長調)へ転調することで主調を保つ方法を採った。
補筆にあたって注意したのは音域の問題である。展開部が最高音Fを頻繁に使用しつつそれを越えないのは、おそらく当時普及していたFからFまでの5オクターヴの楽器を念頭に作曲されたからではないかと考えたのだが、D157の再現部ではその半音上のFisが登場し、さらにコーダではAまで出てくるので、実際のところどんな楽器を想定して書かれたのかは不明である。

D157自筆譜の第1楽章の末尾には「1818年2月21日」とあり、4日間でこの楽章を完成させたことを示している。このあとにさらに2つの楽章が後続する。
第2楽章は同主調のホ短調、ABACAのロンド形式による緩徐楽章である。主題はシチリアーノのスタイルで、簡素ながら独特の寂寥感がある。第1エピソードはト長調、平易なメロディーがフレーズの枠を越えて連綿と続いていく。次の主題再現ではシチリアーノのリズムが消え、和声の骨組みとバスのスタッカートだけが残されて、孤独感が際立つ。第2エピソードはハ長調、低音部での分厚い和音連打が聴き手を驚かせる。3度の重音音型などの技巧的なパッセージを経て、16分音符による同音連打のモティーフが繰り返されながら推移していき、主題の最後の再現時にも遠雷のように続いている。
第3楽章は属調ロ長調のメヌエットで、ト長調のトリオを持つ複合三部形式。メヌエットとは題されているがかなり急速な印象で、実質的にはスケルツォといって差し支えないだろう。オーケストラ的な華やかな響きを持ち、時に急激な転調でドラマティックな表現を見せている。長3度下のト長調のトリオはsempre staccatoと指示された和音が連続し、剛健な主部とは対照的に高音部に偏った軽い響きと、頻繁な半音階進行も相まって浮遊感漂う不思議な音楽になっている。

本来であれば主調ホ長調のフィナーレが続くはずなのだが、作品はここで終わり未完結となっている。10の変奏曲D156と同様に、サリエリのもとでの卒業制作という意図があったのではともいわれている。
  1. 2020/02/25(火) 15:03:34|
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